第3話:未知と別れ

翌朝、訓練場はいつにも増して騒ついておりほとんど皆、驚いたような顔をしていた。

それもそのはずで今朝、訓練場に来てみたら誰よりも早く神谷 悠人が木剣を片手に待っていたからだ。


「よぉ、皆さん遅かったな」


「神谷...」


驚くのはそれだけではない、腰には真刀と思われる刀を差し手には木刀を持っていた。

服装もいつのまにか支給品の訓練服ではなくどこか和装じみた服装へと変わっていた。


「館山、今から俺が皆をぶちのめす、そうしたら訓練に出なくてもいいよな?」


ニヤッと黒い笑みを浮かべる悠人。

だが反面クラスメイトは明らかな挑発行為に対し侮蔑と軽蔑の眼差しで返答をした。

それもそうだ、訓練すれば弱い者でも1人で熟練の一個中隊に対し互角以上の戦いができると言われているクラスメイトたちは訓練の途中とはいえまったく訓練していない神谷 悠人が勝負を挑んできたからだ。


そのことを考えていたら和装のことも刀のことも考えから消えた。


「くっ、くく...はははは!神谷が俺らに勝つって?知ってるか?そういうのは寝てる時に言うもんだぜ?」


その言葉にクラスメイトからは笑いが溢れる。

だがなおも悠人はニヤッとしたまま動かず冷静に、挑発的に返した。


「いいのか?負けた時に言い訳が出来ないぞ?ゴミ。掃除してやるから早く来い、それともゴミはやっぱり掃きに行かなきゃダメか?」


「あ?てめぇ今なんつった、もっぺん言ってみろ!」


ゴミ呼ばわりされたクラスメイト、荒木 翔は頭に血が上りやすいのだろう、怒りのままに悠人へと突っ込む。いつのまにか手にしていた大剣を構えて。


「翔!スキルの使用は禁止だぞ!」


「うるせぇ!」


大剣から絶望的な破壊力を持つ斬撃が放たれる。

だが悠人は未だ笑みを貼り付けたまま一歩後ろに下がりその横振りの大剣をかわす。


「ふむ...自分の魔力範囲内での剣の生成、か、珍しいスキルだが...『覚えた』し『理解した』」



スキル名:【変幻自在の剣製】

効果:自身の魔力範囲内で剣を生成する。

その際に個数、形状、硬度、重量、切れ味は自在に設定できるが複数設定には集中力と魔力を消費する。

生成した剣は破壊されるか持ち主から一定以上離れると消滅する。



翔はこのスキルでイメージこそ無骨なものの十分な切れ味と硬度を持った剣を創造したのだろう。

意外と珍しいし強力だ。

なによりなんかかっこいいと思うし。


だが、そんなことで悠人の腕が鈍るわけもなく、悠人は手にしている木剣を器用に操りながら迫り来る一撃斬殺の大剣をいなし翔との距離を詰めていく。


「ぐっ!...はぁぁ!」


翔が更に自身の体重を乗せて叩き切るように上から、なぎ払うように横からと悠人を攻め続けたが、大剣は接近戦に対し非常に弱い。

さすがに叩き切るのは普通の木刀のため避けるしかないのだが、体重も腰も入っていない横薙ぎはすぐにいなされ悠人との距離が1m無いほどにまで縮まることになった。


「....くっそ!」


仮にも翔はクラス内での勢力図ではほぼ天辺に存在しているのである、最底辺の悠人に負けるわけにはいかないのだ。

そのため翔は


悠人を"1人"で負かすことをやめた。


「上等だ!お前ら!やるぞ!」


そう翔が後ろ跳びしながら叫ぶと先ほどまでクラスメイト内にいた連中の中から数人、ガラの悪そうなやつが何やらブツブツと唱えながら飛び出してくる。

荒木 翔を中心とした不良グループの奴ら

立花 健二、渡辺 大毅、宮本 桂馬の3人だ。

クラス内ヒエラルキーナンバー2、腕っ節だけならトップに立つ連中だ、そのためクラスメイトは数秒先に起こるであろう悲劇に対し等しく目を伏せた。


「「「『ファイアバレット』!」」」


3人がそう叫ぶと3人の手のひらからそれぞれバラバラな大きさではあるが火の弾丸が飛び出した。

いわゆる魔法と呼ばれるものだ

そして今3人が放ったのは火属性魔法の初級魔法である『ファイアバレット』まあ、そのままだ。

だが、何の魔法防御も施されていない人間相手には致命傷に他ならない。


そしてそれは一直線に身動き一つしない悠人めがけて飛んでいく。

あわや死人が出るかもしれない大惨事の手前で悠人の手が一瞬光りぶれたと思えばその魔法が


"消えた"


「はぁ...」


ため息を吐いたのは無論悠人だ。

対する魔法を放った3人は驚愕の表情を浮かべ先ほどから何度か切りかかっている翔は疲労と疑問を顔に浮かばせた。

いや、疑問を浮かべているのはその場にいる悠人以外の全員だろう


何故、あんなにも彼は強いのか


そんなのは彼が"知っている"だけであるが彼らにそれを知る術はない。


そんなクラスメイトの考えなど露知らず、悠人は口の端を吊り上げ見下さんばかりの目で笑う。

それはクラスの最底辺が最天辺の存在に対してする顔ではなく、それを向けられた翔を怒らせるのには有り余るほどのものだった。


「てめぇ....死ねぇぇぇぇ!」


「....それは死亡フラグっと」


悠人は叫びながら突っ込んできた翔をかわしすれ違いざまに腹部へと一撃、そのまま走り後方の3人の腹にも等しく木刀での一撃を入れる。


悠人は一瞬にして4人を沈黙させて見せたのだ。


「さて...これでいい?それとも....まだ誰かこうなる?」


クラスメイトは絶句した。

いや、クラスメイトだけではなく引率の兵士達も言葉を紡ぐことができなかった。

まったく訓練を受けずに部屋にいた少年ユートが訓練を受けているもの達を1人で4人圧倒したのだ、絶句するのも無理はないだろう。


悠人は尚も見下すような笑みを貼り付けクラスメイト達の方を見つめる。まるでいつでも自分たちを殺すことができる、と大鎌を振り上げた死神に見られているようにクラスメイトは感じた


「終わりなら部屋に戻りたいんだが....そこを退いてくれるよな?」


今度はより威圧的な声音と黒さを増した笑顔でクラスメイトの人垣を割り部屋へと戻ろうとする。

だが、その悠人の前に兵士が5人、全員が完全武装をした状態で。


「...何用?」


「カ、カミヤ殿、今のがどういうことか説明してくれますか?」


その中で鎧を着込みながらも恐怖の眼差しを向けている兵士が尋ねる。


「どうもこうもない。またバカみたいな大声で部屋の前に来られては困るから別に訓練に出なくてもいいことを証明しただけのことだ」


背後のクラスメイトの一角が騒がしくなるは構わず兵士は重ねて問う。


「あの強さとスキルのことについて教えてもらっても?」


ふふっと悠人は内心声をあげて笑いたくなったが辛うじて堪え、顔には黒い笑みだけを貼りその問いについての回答をする。


「俺のスキルは『見極め』そのまんまだ。それに俺は昔実戦形式の武術を習っててな、だからあの程度の動きならいなせた」


もちろん全て嘘っぱち。

一応『見極め』というスキルはあるのだが概念的なもののた悠人はそのスキルを持ってはいない

まあ、それ以前にそれ以上のことをやってのけてしまうのだが。

武術を習っていたというのも完全な嘘

特にこれといって習ったものはなく学校の授業で柔道と剣道を少し嗜んだ程度でおよそ実戦には向かないし使えない。


だが、悠人には何者にも勝る圧倒的な経験がある。所謂経験値だ

人は誰でも死が隣にいる戦場に立てば成長するものだ、ましてやそれが絶望的な戦場だった場合、人は大きく成長することになる、悠人の場合はその経験が少し多すぎるのだ。

このことについては追い追い説明するとして、翔達を撃退できたのはマグレでも相手のミスでもない。


ただ絶望的までの力の差によるものでありそこに運の介入する隙は存在し得ない。


「そうですか、ですがこれ以上訓練をサボると言うのならば王宮へは滞在できません。それでもよろしいのですか?」


「あぁ、"もちろん"」


待ち構えていたようにその言葉を返す。

その返事を受けた兵士はあからさまな安堵の表情を浮かべつつ手にしていた槍の石突で激しく床を打つ。いつぞやのように


「連行しろ、陛下の御前で報告する」


「「「はっ!」」」


そうして悠人は兵士たちに拘束され連行される。

悠人は笑みを浮かべたままに。




–王の間–



「つまりユート殿はここに居たくないと申すのか」


「えぇ、私がここに居ましても皆の士気を悪戯に下げるばかりです。それに私のスキル『見極め』は効力が弱いため戦闘でもあまり役に立てません、勉強面も同様です。ですので私はこれ以上王宮に居ましても無駄に貴重な食料を減らすばかり....」


なるべく丁寧に且つ覚悟を決めたように話す悠人だが内心は笑いが止まらなかった。


「そうか...では少ないが支給金を渡す、それを持って明日の朝、ここを去るが良い」


「申し訳ございません、感謝いたします」


意外といい王様かと一瞬思ったがおそらくこの支給金は口止め料とかだろう。

さしずめ勇者の一人を本人が望んだと言え追い出すのは国に不満がたまるのだろう。


どうせ後で回収しに来るだろうし。


謁見の時間はわずか10分と同級に終わり俺は支給金として銀貨枚をもらい王の間を後にした。





「悠人!」


「ん?あぁ南か、なに?」


王の間を出てすぐ、待ち構えていたように南が駆け寄ってきた。

さしずめどうなったかを聞きたいんだろう、通路の角に女子数名、見えてるぞ


「なに、言われた?」


「やっぱそれか、言われたんじゃなくて俺が進言したんだよ。率直に言うと俺、明日ここを去るわ」


「?....ちょ、ちょっと待って!なんで悠人が去るの?あんなに強かったじゃん!」


南は納得がいかないのか廊下で大声を上げる。


「俺は根っからのインドアなんだよ、それにあれは運が良かったんだ、あいつらの動きが単調だったからな。それに....俺はここにいたくないんだよ」


そう悠人が告げると南は言葉に詰まる。

南は少なからず悠人への好意を自覚している分ショックが大きかったのだろう

口は言葉を紡ごうとするが喉が振るわず空気を求めるように動かすにとどまった。


その様を見て悠人はガシガシと自分の頭を掻いたあとにその手を南の頭の上に乗せ優しく撫でた。


「まあ...でも幼馴染の好だ、もし南が本気でやばいと思った時はこれを握って強く祈っとけ、どうにかなるかもしれんぞ?」


そう言って悠人は懐からキレイに装飾された小刀を取り出し南に手渡す。

華美ではなく雅といった方がその説明には合うだろう。少なくとも日本にあれば相当な値打ちとなり得るものだ。


だが、南にとっては値打ちとかどうでもよかった。


南は受け取った小刀を胸へと抱き、勤めていつも通りの笑みを浮かべる。


「そっか....ありがとう。でもね、女子に武器はどうかと思うよ?」


「....そうだな、アクセサリーにしたほうがよかったか?」


そう言って笑う2人の間には幼馴染にしか踏み込めない領域があった。


「まあ、南はここで頑張れ、俺も他で頑張るから、"またな"」


そう言って自室へと向かう悠人の背には涙を浮かべながらもどこか清々しい笑みを浮かべる南がいた。


手には小刀を握りしめて。

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