第2話:英雄の再来
「神谷!いい加減訓練に出ないか!みんな迷惑してるんだ!おい神谷、聞いているのか!」
あれから既に1週間、まだ朝日が昇って間もない頃、城の一角にそんな怒声が響いた。
口調は丁寧ながら苛立ちを隠そうともしない声の主はひたすら目の前にあるドアをドンドンと叩いている。
だがその問いかけには一向に返答がなく、部屋の鍵も閉まりっぱなしだ。
ドアを叩いているのは悠人のクラスメイトであり"元"クラス委員長候補である館山 裕也
彼は真面目で模範のような生徒であり悠人と真反対といってもいいほどの性格をしている。
そんな彼が声を荒げ朝から周囲の迷惑も考えないでいるのはもちろん悠人に理由がある
悠人はここ数日、というかここに来てからずっと訓練に出ていないのだ
最初の頃は腹痛や頭痛を理由に休んでいたが最近ではめんどくさいや休む理由すら言わない時があるほどであり、クラスを代表して裕也が言いに行くことになったのだ
ちなみに南はいつものようになるからと禁止された。
「いい加減にして出てこい、今なら謝れば許してくれる、だから早く出てこい!」
許してくれるとか言いながらも声を徐々に荒げさせるとかいう意味不明な戦法に出た裕也であったが部屋からの返答はない
さすがの裕也もブチ切れたのかドアを叩く音が徐々に大きく荒々しくなっていった。
「いい加減にしろ!皆頑張ってんだよ!」
遂に裕也の声は廊下一帯に響き渡るほど大きくなりドアからは一際大きく音を立てた。
沈黙
とうとう部屋からの返答はなかった。
「ちっ、この穀潰しが」
裕也はそう捨て台詞を吐くとドカドカと音を立てながらその場から去っていった。
まあ、15分以上も大声で怒鳴り続け恥をかいた挙句、無視されれば誰だってこうなるだろう。
当の悠人本人はと言うと。
「ったく、朝っぱらからうるさいな。こちとら忙しいんじゃ」
ひたすら荷物の整理をしていた。
荷物の整理と言っても元の世界から持ってきたのは服と時計だけなので整理しているのはその荷物ではない
悠人は何もない虚空に手を突っ込み様々なものを取り出しては確認し、再度しまう、という作業をかれこれ1時間ほど繰り返している。
なぜこんなことをしているかというと前来た時に持っているものを"記憶"しわすれたためだ。
適当にほっぽり過ぎたと若干反省しつつひたすら同じ作業を繰り返す。
そんな彼がまず取り出したのはお金、といっても100円玉などの日本円ではなくれっきとしたこの世界のお金だ。
ちなみにこの世界のお金には大きく分けて3種類存在する。
主に人が使用しもっとも価値があると言われている『テル硬貨』
白金貨、金貨、銀貨、大銅貨、銅貨、鉄貨の6つに分かれている貨幣であり、それぞれ10枚で1つ上の貨幣と価値が上がる。
上から日本円で約100万、約10万、約1万、約1000、約100、約10となっている。
次に、獣人種が主に使用する『タネ』
これは硬貨のみならず紙幣も存在しており上から黄貨、緑貨、赤貨、石幣
これはテル硬貨より安く、上から日本円で、約1万、約1000、約100、約10となっている。
最後に、魔族が主に使用する『ケン石』
石と付いている通り、材質は主に石を使用しておりその中に微量に含まれる魔石の成分で価値が変わる。
この貨幣が一番安く不安定であることからあまり使われない。
その他の種族は貨幣をほとんど使っておらず麦や酒、魚などを採っての物々交換や、もしくはそういった概念が存在していないのが多い。
そんな中悠人が取り出した量は凄まじく、テル硬貨3万枚分、内訳は白金貨1万枚、金貨1万5千枚、銀貨2千枚、大銅貨2千枚、銅貨千枚となり合計金額は既にこの時点でも天文学的数字となっている。
それに加えタネとケン合わせて1万枚分となっている。
これは主に大英雄や魔王としての功績が凄まじいためであり、正直国ごと買い取れる可能性もあるレベルだ。
「あぁ....金って無いと欲しいけどありすぎると邪魔だよな....幾つか置いて行こうか」
そう言って金貨が入った袋をいくつか用意しベッドの下へと隠しておく、"誰にも"見つからないようにして。
次に彼が取り出したのは金属や宝石などの品々
これは主に彼が"自ら"採掘したものである。
ユートの名は大英雄や魔王の他に、製作者としての名もあるのだ。
部屋にはゴロゴロとした金属塊がいくつも転がり、悠人はそれらを一瞥しては虚空へと投げ入れるという一流の職人が見たら発狂しそうなほど雑に扱っていた。
それらはどれも高純度高品質、それでいて希少な代物であり普通に暮らしていたらまずお目にかかれ無いものばかりである。
例えば、鬼の国に古来より伝わる伝説的な金属でありその特徴的な色と美しさからその名がついたという緋緋色金
全金属中、最高硬度を誇り、神話に登場するあらゆる武具に使われているという
そんな日本でも有名すぎる金属が現れては消えてを繰り返す異様な光景がここに展開されていた。
あとは様々な武具の類なのだが....
「さて....そろそろ乗り込んでくるかな」
そう言って悠人は出していたすべての品物をしまいベッドに腰をかけ本を開く、まるでさっきからずっと本を読んでますよ、といった感じに。
すると5分もしないうちに悠人の言った通り力強くドアが開けられた。
「カミヤ殿、そろそろ訓練に出ていただかないと困ります」
入ってきたのは騎士甲冑に身を包んだこの国の兵士2人
これもまた先ほどの裕也同様に口調は穏やかなのに対し苛立ちを隠せていない
手には槍を握りしめており、兜の下の目はゴミを見るような目になっている。
「見ての通り今読書中なんだ、悪いけど後でいい?」
悠人は極めて冷静に且つ挑発的にそう言うと、案の定その言葉に対する兵士達からの返答はなく、代わりに槍の石突が激しく床を打った。
「連れて行くぞ」
「はっ!」
そう言うと兵士達はズカズカと部屋へ入り悠人を両脇から抱きかかえるようにして部屋から運び出そうとする。
どうやらさすがの兵士も堪忍袋の尾が切れたらしい、割と乱暴に悠人を部屋から運んでいく。
「歩けるから離して欲しいんだけどな」
「黙れゴミが、貴様にはみっちりと我らが直々に戦闘法を叩き込んでやる」
どうやらこの兵士達は相当ご立腹なようだ
まあ、それもそのはずで戦争こそ起こってないものの各国膠着状態では悠人のように何もせずに飯ばかりを消費するのは悪でしかないのだ。
しばらくして兵士達に連れてこられた場所は通常の訓練所とはまったく別の特別訓練所と呼ばれる場所だ
ここは特別訓練所と名がついてはいるがようは邪魔な奴に制裁を加え従わせたりする場所であり一種の拷問矯正施設である。
つまりこの兵士達は悠人をちゃんと訓練させるためにここに連れてきたというわけだ。
字面だけ見れば悠人が悪で兵士達は甲斐甲斐しくも世話を焼くいい人、となるのだがそれは違う
言い方にもよるが....
有無を言わせず強制的に異世界へと引っ張り込んだ挙句困惑しているにも関わらずここの知識を詰め込み戦闘訓練をこれまた強制的に受けさせる。
その訓練をしない悠人を拷問部屋のような場所に連れ出し兵士2人で1人の少年をボコる
ということになる。
側から見ればどちらが理不尽かは一目瞭然なのだがいかんせん、クラスメイトの特に男子連中が喜んで参加し出したためクラスの過半数が戦闘訓練賛成となり反対連中は何も言えなくなってしまった、ということだ。
「さて、これよりカミヤ ユート殿には特別訓練を受けてもらう、剣を取れ!」
(なにが特別訓練だ、ただのリンチだろ)
心中でそう思いながらも渡された木刀を手に取る。木刀とはいえ生身に人間に当たれば大怪我をしかねないほどなのだが、どうやら兵士達にそんなことは関係ないらしい
おもっきし振りかぶって脳天を狙ってきた。
「はぁ!」
『私の主に何をする人間!』
あと少しで悠人の頭にたんこぶじゃ済まない傷ができるところで突如、何処からともなく声が響き、兵士の剣が微塵と化した。
「.....え?」
兵士達2人は揃いも揃ってポカンとした顔で今起こった珍事に言葉をなくしているが悠人だけは不敵に笑い部屋の一点を見つめていた。
悠人が見つめる先、先ほどまでは確かに誰もいなかった場所に今はその人物が立っていた。
その人物は長く流れるように美しく輝く銀髪を持ち、凛として整った顔立ちの少女がそこにはいた。
「私の主に手を出すとはいい度胸だな人間、今すぐ叩き斬ってやる!そこになおれ!」
その少女は怒りに声を荒げ手には刃渡り1mはあろう大ぶりの刀が握られていた。
地球で持っていれば即職質からの銃刀法の違反でしょっぴかれる類のもの
しかも腰や周囲には鞘がなく、柄もない完全な抜き身である。
「はい、シスルス、ストップ。今殺されると非常にめんどくさいことになるから待った」
「で、ですが!」
「ストップ」
悠人は少し怒気を込めてそう言うと刀の少女、シスルスは殺気と刀を引っ込め静かにその場で傅いた。
「ただいまシスルス」
「....おかえりなさいませ我が主様、お待ちしておりました」
今の現状に2人の兵士はただただ困惑した。
穀潰しを指導しようと特別訓練所に連れ出したのはよかったのだがそこからが驚きの連続だ。
突如振りかぶった木刀が柄の部分を残して消えたと思えば見知らぬ少女が意味不明な真剣片手に殺気をぶつけてきたのだ。
ましてやその少女が連れてきた穀潰しに傅いているとなると本格的に意味がわからない
我が目を疑うと言うのはこういう状況なのだと2人の兵士は思った。
「お、お前らは何者だ、そこの穀潰しは転生者のはずだぞ、この世界に知り合いがいるというのはありえん」
かろうじて絞り出した言葉は震えており、はたから見ても恐怖心を押しとどめようとしているのがよくわかる
だがそれでもその言葉を出したのは兵士の意地というものだろう
数秒後、その言葉に後悔するとは思わなかったようだが。
「感動の再会に水を差すとは..."ユート"様、この無礼な木偶を刻んでもいいでしょうか?」
「ユート!?」
その声をあげたのは先ほどまで黙り込んでいた兵士だった。
その様子にやっちまった、と言わんばかりに悠人はこめかみに指を当てる。
だがそんな悠人の様子を知りもしなかったシスルスはその反応に満足が入ったらしくその素晴らしくフラットな水平線を張ってさらに続けた。
「そうですこの方こそ大英雄にして無敵の存在、今の今まで敵なしのユート様です、そしてわたしがユート様の右腕にして武器のシスルスです。どうぞお見知り置きください」
言葉こそ丁寧なもののシスルスのその言葉の半分は悠人への賞賛、残りの半分で威圧兼自分は悠人の右腕だアピールに費やす徹底ぶり
悠人は徐々に頭痛がしてきた。
「ユ、ユート様でございましたか!こ、これはなんと申したらいいか....どうか先ほどまでの無礼お許しください!」
「は、はぁ?誰だよユートって、なんで穀潰しに跪いてんだお前は!」
騎士の反応が分かれたのには理由があるだろう。
前にも言った通りユートの話は一部の地域にしか伝わっていない。それ故反応に差が出たのだろう
悠人自身はさほど...これっぽっちも気にしていなかったがやはりシスルスは黙っていなかった。
シスルスはそのうつくしい銀髪を逆立たせるとどこから出したのか刀を片手に再び殺気が溢れ....出すことはなかった。
「フギャ!」
「何しようとしてんだよバカ」
シスルスの頭に拳骨が落ちシスルスはよくわからない声を出す。
だが悠人はもう一人のことをすっかり忘れていた。
「貴様、同期といえどユート様をバカにするのは許せん!今すぐ跪いて謝れ!人類の英雄だぞ!」
「はぁ?何言ってんのおm...ブハッ!」
兵士に兵士の拳骨が放たれた。
「痛ってえな!誰だよユートって!俺が知ってる大英雄はエルライン様のみだ!」
悠人は聞いたことがなかったのだがもう1人、この世界には大英雄と呼ばれる存在がいる。
それが兵士の言った大英雄エルラインだ。
整った顔立ちの美青年であり剣の腕が立つと言う。
一応功績として『救国』『北方討伐』そして『世界戦争の終結』なのだが最初のと最後のは完全にユートの功績だ。
つまり、エルラインとはユートの功績を国より"受け取り"大英雄となったただの
「そんな傀儡英雄とユート様を一緒にしないでください、とても非常にかなり不愉快です」
「あぁ!?もっぺん言ってみろガキ!エルライン様は穀潰しなんかと一緒なわけねえだろ!」
「はぁ...お前らちょっと黙れ、殺すぞ」
どうやらシスルスの暴露は火に油を注ぐどころか圧縮した水素をぶち込んだらしい、兵士は完全に爆発した。
そんな修羅場とも言える状況において本人にもかかわらず置いてけぼりにされている悠人は我慢の限界だったらしく、ガラにもなく少し声を荒げる。
そのたった一言に悠人以外全員が口を閉じて黙り込んだ。兵士2人は若干困惑しつつシスルスは土下座の体制で。
ちなみにシスルスが土下座するまでかかった時間はゆうに1秒を切っている。
「シスルス、後で仕置き」
「うぐ....つ、謹んでお受けします...」
「それから兵士の方々.....とりあえずこのこと黙っといてくれませんか?バレると面倒なんで」
悠人はなるべく威圧するように低めの声でそう言うと兵士2人はビクッとしてから顔を見合わした。
職業柄こういう取引には慣れているのだろうか、ならば、と悠人は何か要求される前に報酬を提示した。
「もし、言わないでくれたら俺が持っているものであげられるものならなんでも一つ譲渡しよう、金貨、装飾品、霊薬基本はなんでもある」
その問いかけに先ほどまで反抗的だった兵士が反応した。
「だ、だったらエリクサーはあるか?妻が病気でな、大英雄ならそれくらい持っているんだろう?」
エリクサー
霊薬の中でもかなり上位に位置するものだ
飲んだものの病気を治し自己治癒力を高める効力がある。
これは貴重なためかなり高額で今の相場はわからないが最低でも市場に出れば金貨3枚、日本円にして30万円もする代物だ
だが、悠人はかなりの数保有している、それも通常のエリクサーではなく悠人の特別な配合で効力が通常のものより高い
かなり挑発的な言い方だったが悠人はさして気にした様子はない
以前にもこのようなことは星の数ほど経験しており今更怒れという方が無理というものだ。
「わかった、そっちは?」
「何かユート様が鍛えた剣を頂戴できれば....」
図々しい奴だ、と本来は思うだろうが悠人はやはりそう思わなかった。
それほど自分で鍛えた剣はどうでも良かったのだ
しかし....悠人はその武具の価値を知らない。
ユートが鍛えた剣というのは現在の価値にしておよそ白金貨1枚、100万はくだらないのだ。
元々悠人は自作の剣などを市場に出すことがなく譲渡もしくは廃棄していた剣が何かの拍子に市場へと流出、その性能の高さと品質の良さから幻の名剣とまで言われているまでに至った。
だがユートの名が知られていないのは相変わらずであり、そのため市場ではその剣について「妖精が鍛えた剣」などと噂されている。
「剣、か、片手でいいよね」
そう言って悠人は虚空へと手を突っ込んだ。
しばらく突っ込んで引っ張り出してきたのは緑の液体が入ったビン3本と綺麗な細身の片手剣一本と袋を2つ。
それを取り出すところ見た兵士たちは先ほどまでの関係はどこへやら、仲良く同時におぉ〜と軽い歓声を上げる。
「はいじゃあこれがエリクサー、3本あるけど全部飲ましたら回復過多で軽く死ぬからな?2本は予備、1本を薄めて毎日少しずつあげれば無理なく回復するから、あとこれその人への見舞金、治ったらいいもの食わしてあげな」
そう言ってエリクサーのビン3本と袋を1つ渡す。
するとその兵士は少し驚いたあとに何か凄いものを見た顔になり、その後溢れてきた涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらありがとうございますとつぶやいていた。
現金なやつだ。
「はいこれ所望の剣、刀身には緋緋色金を使用してるから魔力込めれば赤熱する、だけど相当な出力だから気をつけること、あとあんた相当疲れてる様子だからこれで疲れを癒してきたら?親といいものでもたべるのもいいし」
そう言って剣と袋を渡す。
その兵士は目をキラキラと子供のように輝かせた後に先ほどの兵士とは違うが泣きながらあなたのことを一生忘れませんとその場で跪いていた。
こっちはさっきから変わってないな。
「あの.....良かったのですか?そんなに大盤振る舞いされて」
「いいんだよ、霊薬も剣もまた作れる、それにこういうのはいいものを渡しておいた方が後々に役立つんだよ、まあ、だけど....シスルス」
そう言うとシスルスは主の意思を悟って身体を"変化"させる。
気がつけば悠人の手には美しく薊の花の意匠が施された一本の刀が存在していた。
素人でもわかる名刀中の名刀、おそらく神刀と呼ばれても疑わないようなものだ。
刀の表面に流れるように刻まれた美しい波紋、その切れ味の良さを示す鋭く光る刃、反りと鍔はなく直刀に近い形状の刀だ
悠人はその刀を徐に兵士の方へと向ける。
「警告する、もし俺の正体がバレるようなことがあれば...容赦なくこの国ごと大事な人を塵も残さないくらいに吹き飛ばす、あとこれ以上俺にたかろうとするな、その場合も一緒だからね?」
最後には語尾を和らげ二パッと微笑む様はぱっと見天使の微笑みだったが、言われている兵士2人にはその笑みの裏に言ったら死、それも絶望的な死が見えていた。
「あぁ、それと後で頼みたいことがあるから訓練が終了次第ここに来て、誰にもつけられず」
その天使と悪魔の顔を持つ悠人のギャップに兵士たちは悠人が去ってからもしばらく身動き一つ取れずにいたという。
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