第51話:作戦会議&決勝
会議が終わり、その日の仕事は終了....とはならなかった。
リグリットが帰還したからだ。
「まずはご苦労様。危険な任務だったがよくやってくれた」
リグリットに頼んでいた事は内務次官 レンザの周辺調査と監視だ。あの伯爵を殺せという指令書を書いた本人であり、どうしてやったのかを背後関係と共に調べてもらった。
夜中、という時間帯もあり今この場にいるのは俺よりリグリットのみ、トゥールや他の者達への報告は後で俺が纏めてするつもりである。
「さて、夜も遅い。前置きはここまでにするから報告を頼む」
「あぁ。まずレンザって次官は確実に黒だろう。動機はおそらく金だ。どうやら少し前からある人物達から金銭的な支援を受けていたらしくな。それが大体2、3ヶ月前頃からと思う。支援の理由は実家の兄の方が事業に失敗して借金を残して蒸発、父親は無くなって母親は心労がたたったのか働かなかったらしく、レンザ1人では返せなかったためだと思う」
「つまり金絡みと....ん?人物達?」
「カール侯爵家。帝国の外交長官。反獣人団体の獣狩り。大きいところはこの3つだ。おそらくカール侯爵家を筆頭にしてここを乗っ取りたかったんだろう。ここは資源が豊富だからな。魔法道具とか」
ふむ....考えるに暗殺容疑があった、という事を建前に調査と称して潜入、その後レンザを更に利用して適当な事件、特に侯爵家や外交官を傷つける事を発生させてトゥールに責任を追及、最終的に領地ごと掠めとる、と言った具合だろうか。
あくまで予想だがおそらくこれに近い事だと思われる。
事前に阻止はしたが、こう言った輩は諦めが悪い。故に警戒はしておくに越した事は無いな。
「....まあ向こうが仕掛けてくるまで待つか」
そして厄介なことにこういう輩、特に侯爵家などのそれなりの地位があるやつらは大抵が計画を実行に移せる機会がないと姿を現さない。既に証拠はあるのだがそれだけで滅ぼすのは何かが違う。別に正義を求めてはいないし大義名分などはどうでもいい。けれど望んで悪を成すのも違う。
まあ、本音のところはさっさと滅ぼした方が楽なのだが、それをしたらこれまでのものが崩れてしまうだろう。
故に泳がせる。けれど警戒はする。そんな感じだ。
「トゥールには俺から伝えておく。リグリットはもう休んでくれ。報酬はいつでも要求してくれ。物品なら後払いも受け付けるぞ」
「あ....」
「ん?なんかあったか?」
「い、いや、なんでもない。そうだな....一段落ついたら貰う」
「そうか。じゃあおやすみ」
とりあえずこれでやることは終えた。
後は他に皆に任せつつ足りない部分を補う程度だ。
無論、戦争が始まるかすればまた忙しくはなるが、それまでは比較的人任せでゆっくりとできる。
その間がどのくらいかはわからないが、そうなったら久しぶりにゆっくりとこの街でも回りたいものだ。
そんな思考をしつつ、うつらうつらと船を漕いでその日を終えた。
◻︎
さて、来たる日、祭りの最終日の朝。
その日は当初の予定通り会議を朝早くから開いていた。
集まったメンバーは俺とトゥールの他に軍務長官ヘンリクと軍務次官、騎兵統合本部最高指揮官ルーク、副指揮官、参謀本部から3人の計9人。
議題は現在進行形で迫りつつある帝国の使者の対応とその後のこと。対応策はトゥールによって中立地域を立てて会談すると言うことに早々と決定したため、現在は仮想兵力による大雑把ではあるが作戦立案に入っている。
「まずこちらの勝利条件は戦争における勝利ないし対等な立場においての講話に持ち込むことにある。だが兵力差は割と絶望的、質はよほどこっちのが上だけど過去に数の暴力で押しつぶされた国はいくらでもあるからね。上手く立ち回る必要がある」
例えば第二次世界大戦時の某赤い国やその下の国などが得意(?)とした人海戦術は犠牲は多数出るが最も原始的で割と効果的な攻撃方法の一つだ。もちろんよく考えられたドクトリンの下に行うことができればその真価を発揮し、恐ろしい攻撃力を生むことになるだろう.
死をも恐れぬ突撃、と言うのは太平洋戦争期の日本でも行われてきたが、もし仮に今回それをやられたならば勝ち目は薄い。本格的に俺と十二将達が参加しなければ勝つのは難しくなる。
無論、人海戦術にはデメリットもある。
と言うかデメリットの方が多いので行う可能性は低いが、それでも兵力差の優位性は戦争において重要なファクターだ。
「そしておそらく考えられる戦場は2つ。野戦と防城戦。防城戦は言わずもがなブクスト区、今この場所になる。一方の野戦はこちらが陣取る位置に若干関係するだろうが、おそらくここの丘」
そうして机上に広げられた地図を指差す。
位置はブクスト区の前方、街道沿いに広がる広大な野原だ。
この辺りで大軍勢を展開するとなるとそこしか考えられない。程よく森や丘が存在しているため部隊を展開、移動、休息、隠蔽等がしやすく戦略的に見れば帝国側がここを選ぶのは間違い無いだろう。
そうなると俺達は部隊の背後にブクスト区、つまり文字通りの最後の砦を構えることになるのだが、俺達からしてもこの野原が野戦では最適な位置となる。
「まず早急に陣設営用の材木等を用意し、いつでも運び組み立てられるように。それと並行して城壁上の防城戦兵器の充実、その他武器のメンテナンスを含めた兵站の管理を徹底するのが先だな」
新兵器はいくつかアデル達に頼んで作らせているがやはりそれだけでは大軍相手には心許ないことこの上ない。
敵の騎馬突撃を防ぐ馬防柵、簡単な物見櫓等の防御施設に加えて、奇襲警戒用の鳴子や森内部の罠等の警戒施設等も作らなければならない。無論、それらの効力を十全に発揮するには部隊の適切な運用が第一条件になるのだが、それは大丈夫だろう。
「そうだな...ヘンリク、長官の名の下に土木部隊を組織してくれ。それと補給長官のアルダナと協力して補給部隊もだ」
「規模はどのくらいに致しましょう?」
「土木は50人程で十分だろう。当日は兵にも働いてもらうことになるだろうから。補給部隊に関しては常に補給路を維持しつつ多くの物資を運ぶ仕事があるから...護衛も合わせて1500人前後が妥当だろう。荷車や馬車も総動員しろ」
地球においての補給部隊は1500人ばかじゃどうしようもないが、ここは異世界。そしてここは魔法道具の産地ブクスト区。『底無しの
「次、具体的には戦術なんだが...今回は浸透戦術を軸にした作戦を取ろうと思う」
この浸透戦術とはとある人物によると、細かく調整された砲撃を短時間且つ強力に行い、敵の防衛施設を使用不能にし混乱に陥れた後に突撃隊によって敵の抵抗の中心を迂回しつつ前進、通信施設や補給施設等の後方地域を破壊するいわば戦車のない電撃戦である。
そしてこれをこの世界用に置き換えて説明すると、
「まず魔法部隊によって射程ギリギリからの全力魔法攻撃を行いつつ、その間に騎馬による突撃を敢行、この際に騎馬隊の隊長は邪魔にならないようならば好きに動いてもらって構わない。その後騎馬隊に連れられた歩兵部隊によって足止めしつつ騎馬隊はその隙に補給路を破壊、といったものだ」
もともとそれだけで10倍の兵を撃滅できるとは考えていない。だが敵は良くも悪くも強敵。故に舐めてかかる可能性が大いにある。というかそうしなければ無駄な出費に戦傷者を出す可能性が増えるため、およそ野戦では3万±1万未満といったところだろう。そのくらいの数ならば先行部隊として本隊よりも早く駆けつける事ができる。
そして、3万の兵士ならばこの方法に帰ってきた騎馬隊で金(鉄)床戦術を加えればなんとか跳ね除けることが可能だと考える。無論、違えばその時に臨機応変に対処するまでだ。
「いやまてユート。いくつか質問があるがいいか?まずうちに魔法部隊はいないのだが?」
「それは問題ない。今回はこれを使う」
そう言って俺が取り出したのはシンプルな指輪。
ただし、魔力を帯び刻印が彫ってある俺特注の品だ。
「魔力の簡単な操作ができれば誰でも扱うことのできるものだ。数はざっと500程で1つにつき10回は放てる。これだけあれば効力射としては十分だろう」
「これが500...ですか...失礼ですが、もしやユート殿がお造りに?」
「俺以外にこんなんできるやつは少ないかな」
はははと笑ってみるが長官達の顔は引きつっていた。
「まあユートは規格外だ。今更驚いても仕方がないだろう。これで魔法部隊については解決だが、もう1つ。その足止めの歩兵部隊が絶望的な結果にならないか?いや、戦争に犠牲はつきものだが、幾ら何でもそんな死地に置き去りは認められない」
慣れてきたのかトゥールは特に驚いた様子は無かった。
「それも問題はない」
次に取り出したのは腕輪。
これも普通のではなく、指輪以上に膨大な魔力を帯び刻印も複雑な代物だ。
「効果は転移。数は100。ただし体に触れていれば最大で10人までは跳べる。それとその足止め部隊にはそれなりの武具も支給する」
単純計算で1000人。
そして1000人が所謂精霊が鍛えた武器の真打を持っていれば使い手次第で倍どころか10倍でも止められる。
騎馬隊が手薄な補給部隊を叩いて戻るまでは持ちこたえられるだろう。なんなら殲滅も可能だ。
「そうか....ここまで御膳立てされて失敗は末代までも恥だな。ルーク、騎馬隊及び足止め部隊の組織を命ずる。精鋭を1500人程集めてくれ」
「そこに私が入っても?」
「一向に構いませんよ。と言うかそうしてくれた方が確実でしょう」
魔法部隊は適当だ。支給して1日もすれば使えるようになる。なんならうちのスパルタ教育を受ければ素質さえあれば短縮詠唱での魔法くらい使えるようになるだろう。ついてこれるかは不明だが。
「それと今回に限らず戦争において情報は重要なファクターだ。斥候部隊の他に工作部隊もつくる。これは....ヘンリク殿が最適かな?」
「お任せください」
「よし。うちからも何人か出そう」
リグリットに加えて十二将のミーナやドラキュリア、ユラあたりが妥当な人選だ。
「その他部隊編成は緊急時のマニュアル通りに行うものとする。以上だ。他に個人的な意見等があれば私かユート...は大会があるか。私が一括して聞こう。これは下の兵士たちにも伝えてくれ、優秀な作戦は採用する」
トゥールの締めによって朝の緊急会議の幕が閉じた。
時間的には大会の決勝戦まであと少しと言ったところ。今から早めの昼食と準備等を含めればいい時間になるだろう。
準備と言っても俺に準備運動等は関係ないため、実質着替えるだけだ。
少し凝った料理でも作れば時間もいい具合に潰れて且つ美味しいと一挙両得というものだ。
◻︎
腹も満たしたところで予想通り丁度良い時間になったので俺は着替えを済ませ、会場にて精神統一ならぬ思考統一をしていた。
これは固有スキルである『記憶』と『理解』の弊害で多すぎる有効記憶(勝手につけた所謂簡単に思い出せる記憶)により思考がまとまらなくなる現象を治めるためにするものだ。
最近はその頻度がやや多い気がするが、気にしている時ではないしきっと気のせいだろう。久々の
横を見やると反対側ではルークが俺とは違い、精神統一をしていた。
時間と共に存在感が増していく所を見ると魔力も練っているのだろう。やはり相当な手練れである。
俺とルークの間には言葉や視線のやりとりはないけれどその場はピンと張った空気が漂う。
おそらくここに覚悟をせずに一般人が入ればその緊張感に息を吸うのも忘れるだろう。それだけこの場は緊張していた。
「....では、決勝試合、ルーク選手お入りください」
案内係が何度目かの深呼吸後にそう告げるとルークはゆっくりと立ち上がり、己の得物を担いで入口の方へと歩いて行った。そこに俺への挨拶はない。全力でやる気なのだろう。
決勝試合は優勝者決定戦、と言うことでその登場の仕方は少し特別でわざわざ十分な時間を空けて別々に入場する。
これまでの試合も2人別々ではあったが、これは選手たちが自己的に行うものであり、今回はそれが指示されている部分に違いがあった。無論、入場してからは無駄に壮大で観客を煽る紹介方法が取られる。
「新誕祭、第一回神前武闘大会 決勝。まずは誰が何と言おうと優勝候補筆頭、我らがブクスト区が誇る英雄。ルーク選手の入場です!」
控室にいても轟く紹介の音声と観客の歓声。
その中を堂々とゆっくり歩いていくルークもルークでよく魅せる方法を心得ている。ただし、その顔は真剣そのもの、歩くたびにその足音が会場の空気を締め上げているかのようだ。
「これまでの試合を完璧な勝利で飾り、未だその体に傷をつけられたことはないルーク選手。果たして記念すべき第一回にその栄光を手にするのか!」
おぉぉぉ!と熱狂する観客。
それに応えるようにルークは大剣を掲げ、勢いよく地面へと突き刺すパフォーマンスを行う。
それにまた興奮する観客。もはや数人倒れておるのではないか?と思うほどの熱狂ぶりだ。
「ミヤ選手、お入りください」
いくぶん緊張がほぐれた(と言ってもかなり真顔)案内係に促され、俺も入場口へと向かう。
「さあ!この決勝に勝ち上がってきたもう1人。経歴の一切が不明。無貌の選手にして優勝候補に躍り出た、ミヤ選手の入場です!」
ルークに負けず劣らずの歓声に迎えられ、俺が入場する。
ただあまり目立つことは好きではない(今更感)ので、そんなルークのようなサービスはせずにまっすぐ且つ早歩きにならない程度の速度でルークの対面の位置へと移動する。
ただ、それを観客等は別の意味で捉えたようであった。
「ミヤ選手、これまでとは違い目に見える程の気迫です!」
どうやら早くルークとの試合を楽しみにしていると取られたらしい。まあ別にあながち間違ってはいないので構わないので特にこれといった仕草はしない。
「決勝はどれほどの激闘が繰り広げられるかは未だ未知数。どちらが優勝の栄光をつかんでもおかしくないでしょう!」
まるで激しい雷のような歓声。ボルテージは最高潮のようだ。ただし、静かに闘志を燃やすルークの張り詰めた雰囲気に徐々に会場から音が消える。
「お待たせしました、第一回神前武闘大会 決勝、試合開始」
これまでとは打って変わり、静かに試合開始が合図され、そして誰一人として物音を立てようとするものはいなかった。
ただシンと、それでいて気を抜けば意識が飛びそうな緊張感がこの場に渦巻いていた。
その中心はもちろん俺とルークだ。
より正確に言うならばその中間点、そこを中心にして俺とルークは動かないでいる。
それは簡単には説明できないが、説明するならば互いに自分の存在をその中間点でぶつけ合っている、とでも言おうか。
何はともあれ、この場で動こうとする者は愚か者に他ならなかった。
ジリジリと時間だけが過ぎ行く。
観客はおそらく時間感覚を失っている頃だろう。呼吸をするのも忘れて止まっている。
そのうち誰かが耐えきれなくなり、大きく息を吸った。
「ふっ!」
それを合図に動いたのはルーク。
周囲の意識が呼吸音に収束した瞬間の攻撃。早く、そして巧い。タイミングとしてもこの状況を打開する時としてはまたとない絶好の機会だろう。
大剣での剛一閃。それでいて的確に狙う技術もある。
受けるものが並の者であれば認識した瞬間に取られていただろう。
並の者ならば、だが。
「....」
最低限の動きで剣を運び、その動きを持ってルークの大剣を斜め下方向にいなしてやる。
ルークの剣撃は地を抉ったが、刀身の先を埋めて止まった。
今度はこちらの番。
ルークの持つ大剣はよく手入れされており、叩き潰す目的である大剣にしては切れ味がとても良い。だが所詮は刀程ではない。体重と刃の向きに気をつけて踏みつけてやれば切れることはないだろう。
思い切り刀身を踏みつけてやり、左手に持ち替えた剣で横振りする。
「ハァッ!」
それを真正面から手甲で弾くようにして受ける。
それだけではおよそいなすことはできても弾くことは難しいはずなのだが、ガンッ!と鋭い音を立てて剣が来た軌跡をなぞるように弾かれた。
魔力操作とシールドバッシュの応用、しかも衝撃の方向修正も行なっている。
そうやってただ弾かれただけならば反撃の機会を与えるだけだが、ルークは魔力自体をこちらに流し込んで筋肉を硬直させている。俺がフィアとの訓練で行った技術のもっと単純なもの。ただこちらへと無理やり魔力を流して麻痺させる技術だ。
さすがに巧い。
これをやれるのは世界にそうはいないだろう。しかもそれが生粋の剣士がやってるとなるとルークくらいしかいないだろう。
無論、俺や十二将を除いて、だが。
腕の一本使えない程度、対処は朝飯前だ。
弾かれた勢いを殺さずにそのまま横回転。本当は魔力によって無理矢理麻痺させられた筋肉を治してやればいいんだが、今回はあえてせずにそのまま斬撃をルークへと繰り出す。
狙うは手甲で弾き辛い下半身、特に足。
「っ!?...ちっ!」
舌打ちをしつつルークは大剣を手放して俺の斬撃を避けた。
やはりルークはかなり実戦向きの戦闘スタイルなのだろう。
この場合、実戦向きと言うのはルークが武器を手放して追撃を防ぎつつ距離を取り、近場での武器調達を目的としているものだ。実際の戦場ならばそこらに武器が落ちている事だろうし。
だが今回はその武器がない。故にルークは即座に腰の片手剣を抜き放ち構える。
そしてまた膠着状態に陥った。
いや、あえて陥らせた、と言った方が適切だろう。別にルークが先に攻撃しようとも後に攻撃しようとも知ったことではない。正直言ってルークは少し手強い相手程度だ。それこそ俺に相当な制限をつけてくれなければ対等には渡り合えないと確信している。
だからこそのハンデだろうか、俺だって観客を楽しませるくらい決勝戦なのでする。というか俺自身テンションが上がってきている。
「ふぅ....ハァッ!」
ルークは1回深く息を吐き、全身と剣に魔力を回す。
ルークの魔力総量は見たところあまり多くはないが、その分扱いが上手い。
なんだかさっきからルークの事を褒めてしかいない気がするが....まあいいか。
ルークも決めにきているのだから、俺も決めに行こう。
「.....」
ルークと同じように全身に魔力を回す。
神経系と魔力を接続し身体機能を意識の下に掌握。意識さえあればどんな体勢からでも立て直し攻撃ができるものだ。
ただし防御反応も意識の下に収束される。つまり痛覚に関しては反射を防げるほど我慢強い状態になった、みたいな感じだ。
「ふぅ...ハァッ!」
ルークが一瞬の脱力後に文字通り目にも留まらぬ速さで突っ込んで来る。剣は片手に肩の位置で持ち、風の抵抗を受けぬように地面とは平行、刃は後ろにある独特の構え。
おそらく自力で編み出した大上段の変形系なのだろう。繰り出す速度はお世辞にも速いとは言い難いが威力は振る距離によっても左右する(と言っても一定以上長いと意味はない)ため、強力な斬撃を放つもの。
デメリットも勿論ある。まず体が空く。つまりは防御を捨てるも同義の構えだ。タイ捨流に似た動き。
担肩刀勢と呼ばれる確か日本にもあった構えだ。
ならばこちらもそれなりの剣術でお相手しよう。
俺は剣を腰の鞘へと納刀する。その状態のまま腰を低くおろし、足を開く。
それまでの間にルークは既に俺の間合いへと入り込んでいる。
親指で弾くようにして鯉口を切る。
同時にその勢いを体の半回転で加速。左手で鞘を走らせ、右手で引くことによって更に速度をブースト。
居合は本来は座った状態での速攻が前提だ。
そしてそれはおよそ刀なんてものが禁じられている現代日本、2000年以降の人物でさえ、極めれば文字通り目にも留まらぬ速さで抜くことができる。
まあ、今俺が行おうとしているのは厳密には居合ではなく、立ったまま行う立合なのだが、素早く抜き放ち一太刀で斬りつける、という意味では正しいので気にしない。
ただ、速く。何よりも速くを極めた攻撃の真髄の1つをお見せしよう。
雲耀。
まるで時が静止したかのように時間が間延びする。
だが俺の意識は正常だ。故にただ刀を魔力によって強制的に振るわせる。ゆっくりと、だが現実では目にも留まらぬ速さで振るい、目の前に迫るルークを狙う。
まずは手元、ルークが持つ剣の持ち手を打ち、次に両肩、両肘、両膝、腰、胸、腹。ここまでで10連撃。かかった時間は1秒以下。そして最後に鎧の中央。鳩尾の部分に一撃を加える。
「っ!,ハッ...ゲホゴホ....グッ....」
人類の希望の一角であるルークでさえ視認はおろか反応すらすることのできない。それ以上にどこを打たれたかを気づくことができない攻撃。
それでも意識を失うことはなく、ボロボロになりつつも片膝をついているのは尊敬に値する。
だがもはや剣は落とし、満身創痍も等しいルークに戦闘力は皆無だった。
「....参った。私の負けだ」
無理を悟ったのだろう。ルークは潔く両手を挙げて降参の意を示した。
それによって静まり返る会場。
今回もリーリスの時と同様に無視して帰ったりはせずに手を差し出し引き上げる(と同時に回復させといた)。
少しオーバーキル気味だったが、ルークなのだから別にいいだろう。ルークも負けた悔しさがありながら清々しい表情を浮かべていた。
「勝者、ミヤ選手!よって第一回神前武闘大会の優勝はミヤ選手となりました!」
その声に歓声がこの3日間で一番に湧き上がった。
だが、俺は勝利の余韻に浸る時間すらなく、すぐに領主屋敷へと戻らなければならなかった。
帝国の使者が来るのにもはや時間は残されていなかったからだ。
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