第52話:必要のない会談
記念すべき第一回目の新誕祭は第一回神前武闘大会の表彰式と同時に盛大に終わりを迎えた。
それからは皆も何かを悟ったように黙々と働きながら驚くべき速度で軍備拡張が進んでいくことになった。
往往にして軍備拡張というのは反対されるものだが、この世界において騎士や兵士は高給取りで生きて帰ればかなりの名誉とされる。そして男子はそれらを目指すもののため特に反対は起こらなかった。
まあ、そんな思想に戦争という莫大な消費の機会があれば戸惑いこそすれ反対する奴が少ないことは当たり前のことと言えば当たり前である。
軍備拡張の具体的な内容は騎士兵士が1万から1万5千にまで増えたこと、新兵器の作成と試験の終了、騎士兵士への教育及び装備品の一新だ。
わずかな間でこれほどやってのけるのは一重に皆の協力の賜物だが、正直言えば些か気合の入りようが気持ち悪い。
聞いた話によるとここらでは狙われこそすれ大規模な戦争というのは今までほぼなかったらしく、50年以上前に裏切り貴族の私兵との戦争が最後だという。その他は小さな盗賊狩りだったりして大規模な軍隊の出動は無かった。故に士気は高かったたりする。
「まあ....グダグダよりはマシかな」
今目の前では木製武具を使った模擬戦争が行われている。
それぞれ司令官1人に50人ずつの兵士で合計10チーム、総勢にして5000人の大演習だ。
それぞれ陣地を定め、それらを取られたり殲滅されたら負け。殺しや死体斬りをしたら即退場、悪質なものはその場で罰が下される。だがそれ以外はなんでもなり。裏に回って奇襲しようが正面からぶつかろうが、はたまた裏切ろうがなんでもOKの実際の戦争に近い模擬戦となっている。
そして今、両軍がちょうど激突した。
陣形はそれぞれ西軍が包囲殲滅の鶴翼に似た陣。東軍が突破を狙った
陣形の構造上、包囲を突破するための
同数を相手取る場合、包囲戦はやった方が不利になる。
理由は単純でつまり兵の層が薄くなるためであり、分断されて各個撃破されるのがオチである。
だが、戦況は俺の予想の斜め上を行った。
「おっ....おぉ...すげえな」
目の前の光景に思わず感嘆が漏れる。
陣形的有利だったはずの東軍は鶴翼の中央を突破するようにして移動したが、西軍の将軍は一枚上手であった。
東軍が完全に鶴翼に入ったと同時に陣形が変化、中央本陣は防御型の方陣に、その他の軍は長蛇の陣の横バージョンのような陣形となった。
まるで獣が噛みつくようにして東軍の後部を真横から喰らう。
それからは泥沼の殲滅戦に近くなったが、本陣と分断されて突撃を敢行するはずだった東軍後部軍は各個撃破され、主力本陣は防御陣を敷いている西軍に足止めをされているうちに背後からの突撃で総崩れ。勝負はついた。
「すごいな。まさか鶴翼を囮に使うとは思わなかったぞ」
トゥールが予想外といった顔でそう漏らす。
「そうだな、鶴翼からの変化は見事だ。正直いって尊敬に値する。東軍も適切な判断だろうけど、一枚上手だったわけだ」
東軍だって決して間違いではない。
ただ相手が悪かった、というだけのことだ。
だが、負けは負けである。
「よし!負けた東軍は全員で片付けの後反省会!西軍は休んでよし!」
ルークが声をあげてそう叫ぶと勝った西軍の方からは歓喜の声が、負けた東軍の方からはため息が漏れた。
「何、俺も手伝ってやる!」
この一言で東軍の機嫌が戻るのでルークは凄いと思う。
結局、ルークを慕う部下たちが....と言うよりも西軍自体が片付けに志願。片付けは速攻で終わり、今では軽い宴のようになっている。
さすがに酒は出していないはずだが、軍隊の食事としては大盤振る舞いでバーベキュー状態なので皆が皆酔ったようにテンションが高い。
「いやさ、士気があがるから全く構わないんだけど....明日の朝には綺麗にしておけよ?来るんだから」
そうルーク達に忠告をしておいてからその場を去る。
今日は例の日の前日。予定としては明日の昼頃には使者達が
それはつまり開戦に向けて本格的に始動する、という意味合いを持っている。戦争だ。
世にも不思議。恨まれるのに消えず、愚かにも争い続ける戦争というものの始まりである。
■
使者が連れてきた勇者は驚くことに非戦闘系の2人だった。
いや、ある意味戦闘系よりも厄介な面子だ。
「あぁ〜...疲れた。んで俺がこんな事をやらなかきゃいけないんだよ」
渡辺 大輝
あの日、城を去った日に俺に向かって魔法を放ってきた不良グループの1人だ。あの時より幾分か筋肉がつき、立ち振舞いも一般兵士並みにはなっている様子から訓練には意外と真面目に取り組んでいたのだろう。
格好から見れば完全に武闘派な(武闘派で間違いはない)のだが、そのスキルは【精神支配】
一定領域内の精神を操作する精神干渉系の稀有な固有スキルだ。それで得物は杖だと言うので意外でもある。
もう1人。先程から緊張しているのかずっと黙っているのはクラス内であまり目立たない存在の江神 雅史。
体格は渡辺 大輝に劣りこそすれ記憶によればなんでもソツなくこなすセンスを持っている。
ただしそのスキルはセンス云々ではなく、【真実の瞳】と言うの虚偽を見抜く瞳のスキルだ。
どちらも咄嗟の戦闘では意味がないが、こう言った外交の場では大いに意味をなす。
例えば渡辺 大輝を人が集まる場所へ連れていけば精神を操り自身の有利に働かせることも可能だ。
例えば江神 雅史を交渉や調略の場に連れていけば相手がどう嘘をついているのかがわかる。
まあ、そんな事をやらせるつもりなんてないがな。
「トゥール、今から周囲一帯のスキル使用を封じる」
一言、トゥールにそう囁いてからスキルを発動させる。
【禁止】という簡単な名前のスキルだがそれは触媒を中心にした一定領域を自身も含めて魔力操作及びスキル発動を封じる封殺型のスキルだ。その昔少し改造してパクってみた。
その結果、魔力効率が非常に悪く、持続時間は触媒により、更に敵味方の区別がつかなくなる等の使えない等の事柄が更に悪化はしたが、一定以上の魔力を使用すればスキルの発動が可能になっているため、実質的には俺だけが使用できるようになった。まあ、こういったとき以外は使わないが。
現在は歓待役の人々が渡辺達を含めた使者達を迎えている(それを俺はスキルで盗み見している)。
こちらは事前に準備は全て終わらせてあるため、今や待ち構えるだけとなっている。心理的に優位に立つために30分も前から座っているのだが、正直若干暇な事は否めない。
どのみち会談の行く末は見えているのだから気負う必要もない。なんならここで3人分の首桶でも並べておくくらいなら思いつきでやれる。それはただの蛮族なのでやらないが....。
ちなみに十二将+三人は何やら彼女らだけで会議をしているらしく、珍しくこの場にはいない。
そこはかとなく嫌な感じがしないわけでもないが、どのみちここにいられても一部をのぞいて邪魔になるか威圧になるか程度なので構わないだろう。
そのため、暇を持て余した俺とトゥール(他の会談出席者は緊張しているようである)は意見のすり合わせをしながら俺は作戦を、トゥールも何やら今後の計画をなんとなく考えていた。
そんなことをしていると存外時間の経過というものは早い。
気配に気づいて顔をあげ、居住まいを整えると同時にドアがノックされた。
ドア越しに案内役の声が聞こえる。
それに対しトゥールが応え、ドアがゆっくりと開かれる。
そして三人の使者が入って来た。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞお座りください」
トゥールが"座ったまま"応対する。
それがどれほど無礼な行為か、渡辺達は分かっていなかったが、使者の方は顔が赤く、まるで茹だったタコのようだ。
それだけならまだ良かったのだが....残念なことに座っているのはトゥールだけではなく、全員だ。それに使者はブチ切れた。
「私は帝国を代表する使者である....座して対応とは何事か!」
バン!と机までわざわざ近づいて思い切り叩いて怒鳴り上げる。だが残念ながらここにいる全員は既に腹をくくっている。こんな恫喝程度ではビクともしなかった。
「どうぞお座りください」
再度トゥールがそう促す。表面上はにこやかに、だがその実もう黒いのが少し漏れ出て見える。軽い恫喝かな。
一方の使者の方は音がしそうなほど額に筋を立てていたが、一応は話し合いの体のため、席に着いた。
「さて、では率直にお聞きします。何故、使者様方はここに来られたのですか?」
「それは....トゥール・メリべ・ムレン伯爵。貴殿に謀反の疑いがあるからだ。情報によれば1週間ほど前に行われた新誕祭と言う新たな行事にて謀反を示す発言を貴殿自ら為された、と聞いたのですが....本当の事でしょうか?」
あまりにも単刀直入な言葉。
しかし帝国側としてはあってもなくても構わない大義名分を獲得するのが目的とも言えるため、このやり方は下策ではない。むしろ無用な怒りを買い、大義名分を得やすくなるだろう。使者の命を無視すれば、の話だが。
ただここでキレる俺らではなかった。或いはトゥールだから、だろうか。
「それはどこからの情報でしょうか?」
「ここに出入りしている行商からです。その行商の安全の為に身元に関する情報は伏せさせていただきますが、その者は前々から帝国に対して有益で信頼できる情報を提供してくれていたので無視できず、しかし事が事のため直接聞きに来た次第です」
確信した。この使者は完全な捨て駒だ。
あまりにも無知で馬鹿がすぎる。
『行商』が『前々から有益な情報を提供』これだけで帝国は各貴族の領地にスパイを紛れ込ませていた、と告白しているようなものである。
一般に貴族は干渉を嫌う。それをわかっているため代々帝国では貴族の領地には干渉せずを通している。無論、大事な事などはきちんとするが、基本的に目付けも付けずに領地支配は自由にやらせている。だが、この使者の発言でその全てが覆ることになった。
トゥールも少しだけ不快に思ったそうで眉がピクリと動いた。
「それは....どういうことですかな使者殿?貴族に対して間者を送るのは貴族領地不干渉の法律に反しますが」
苛立たしげにトゥールの代わりにそう言ったのは副領主であるヴァルト・ルールという老年の所謂補佐官のような役割の人物だった。
ヴァルトは先々代の領主から仕えているらしいのだが、珍しく開明派の人物で今回の離反の件についても賛成してくれた人物の1人である。普段は寡黙で職務に忠実。無駄なことは一切やらないという少し硬い人物だったが、今回はそんな彼でも許せなかったらしい。
「この法律は初代皇帝様が制定なされた貴族の建国に対する褒美の意味を込めた重要な法律です。それを破る、という事は我々貴族だけではなく初代皇帝様への明確な反逆行為として見られても仕方ありませんが....その辺りはどう考えなのですか?帝国の代表としてお答えください」
ヴァルトの言葉と眼には熱がこもっていた。
その熱に使者は圧倒されたようでビクリと肩を一度だけ震わせた。
「い、いえあの、これは....」
「使者殿....動揺は肯定として取られますよ?」
愚の骨頂
その一言が使者に対してとてもあっていた。
それからというもの、使者側は釈明をするタイミングを完全に逃したため、実質発言をほぼ許されない状況でこちら側からの詰問のような形で会談を終えた。
正確には双方意見をまとめてから明後日に再び、ということになった。
◻︎
「まあ....作戦を練るのにはちょうど良いか....」
使者の想定を遥かに超えた馬鹿さ加減によって会議は早々と終わりを告げ、しかも現状に変化も無いため元から予定にあった会議は中止せざるを得なかった。
ただそれ故にこのように時間が取れ、戦争においての作戦を練るための時間が空いたのだった。
さて、ここで軍事面の現状を整理しておく。
現在、我がブクスト区の補給部隊等を抜いた投入可能純戦力は私兵およそ1万5千。傭兵がおよそ300人。志願民兵がおよそ100人の合計1万5千4百人となっている。
予備兵を合わせれば2万を越すが、予備兵の5千を投入するとブクスト区の運営に支障が出るだけでなく未来にも影響が出てくるので予備兵は防城戦の際に運搬等を行ってもらう予定だ。
武具は全員に俺とアデル、ブクスト区の職人が作ったかなり強力な軍用装備を支給している。それに加えてルークを筆頭にした精鋭部隊には武器防具含めて俺作の所謂精霊の鍛えた武具を支給してある。
魔法兵部隊も訓練の段階を終え、今では素早い発動も可能である。
一方で防御兵器である城壁上の兵器は総入れ替えを敢行した。弓は足止め用の長弓。速射用の短弓をそれぞれ警備兵+100張を用意。矢数も先端に毒を塗った毒矢や魔力を込めると鉄兜をも貫く矢など相当数準備をした。
他にも対攻城兵器用のバリスタ、投石及び落石用の石、油と火種等々を用意して見た。無論その他修復素材も分散させて置いておいた。
そしてある意味一番重要かもしれない部隊である斥候。
班規模で組ませ、帝国の陣地や兵数の確認。補給路における罠や陣地等への工作活動。更には暗殺等も行ってもらう予定があるため、ある意味斥候と言うより忍者と言った方が適切だろうか。
いっそのこと忍者として育ててやろうか....
まあ、冗談は....一旦置いておいて、作戦の計画書をとりあえず書き上げる。わざわざバレる危険性のある紙に書くのは現実であることを示すため、というのと共有をしやすいため。
どのみち計画書の中身は相手が読んでも理解はできないだろう。例え勇者達現代知識持ちが見ても...まあ、あいつら馬鹿だから問題はない。
「なんで俺こんな内政チートやってんだろ....」
ふと、そんな思いが浮き出た。
手元の作戦計画書はおよそこの世界の軍師が思いつくものでは無い。魔法部隊を編成の後に殲滅のためでは無く混乱目的に使用し、騎兵突撃を敢行。補給線を破壊してから帰ってきて挟撃をする、なんてものは一流の軍師が必死に考えて奇策としてようやくでるくらいだろう。
片や俺は元からの知識量が違う。常識も違う。
政策だってそうだ。あの助けた村だってあの場で滅んでいたかもしれない所を俺が救うことになり、発展の為の意見を出した。
それを踏まえて思う。
果たしてこれは良いのだろうか?と。
正解不正解ではなく、どちらかと言えば俺がこんなにも干渉していいものか、という悩みだ。
俺は運命論を信じているわけではないが、大きな流れには大きな力を持ってしか逆らえない、というのは経験則上知っている。例えば侵略による国の滅亡という流れには侵略による国の防衛、つまり逆侵攻をして滅ぼされる前に滅ぼす。
或いはひたすら守るのに徹しても良い。
だがそのどちらにも共通するのは強大な力が必要。ということだ。
だがあの村やブクスト区はどうだろうか?
あの時村は確実に滅んでいた。だが俺がふらっと立ち寄ったことによって流れは変わり、今では逆に発展していく未来がある。
一方のブクスト区も俺が目をつけなければおよそこんな戦争をする必要は全くなかった。或いは乗っ取られていたかもしれない。
「....ダメだな。こういう考えは判断を鈍らせる」
次々と出てくる不安のようなものを散らす。
これ以上は思考を圧迫し判断を鈍らせる原因となる恐れがある。元から情報量が違うのだ。無駄な情報はいらない。
「それにまあ....運命とか俺が一番ぶち壊したからな」
この翌日、使者は死者となり、帝国は報復の進軍を開始した。
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