第45話:ただいま

会談後、俺らはトゥールの言葉通り伯爵家の屋敷にて滞在することが許された。せめてもの意趣返しか部屋はあの場にいないはずのリグリットのぶん含めて合計で八部屋、つまり全員分の部屋が用意されていた。

まあ、緊急時のために部屋は2つに減らしてもらったので意趣返しのお返しみたいなのをくれてやることになった。


部屋割りは俺、ティファ、フィア、アリアで一部屋。ハピア、クラーリ、リグリット、シスルスで一部屋となった。

当然シスルスは大いに反対して終いには暴れ出しかけたが、なんとか説得したため、一部屋無くならなくて済んだ。


一応俺たちの立ち位置は目上の客人の扱いになったので朝昼夜はもちろん専属のメイドor執事まで付くことになり、まさに至れり尽くせりのもてなしを受けることができた。

まあ、俺らの部屋の方はよそ者を入れる気は無かったので断ったのだが、料理は毎回どれも美味しかったので遠慮なくご馳走にならせてもらった。


そんな豪華な暮らしが3日目に突入したある日、ついにその時がやってきた。

その日は快晴。散歩日和の天候だったため俺たちは十二将あいつらとの合流指定場所としたブクスト区の東にある小高い丘へと足を伸ばしていた。

その丘の中央には樹齢何百年の木が立っており、待ち合わせ場所兼ピクニック場所にはうってつけなのだ。


「さて...フィア。一合やろうか」


「是非お願いします!」


フィアの返事を聞いてからフィアに木刀を放り、俺自身も木刀を取り出して構える。フィアはフィアで少し離れた場所で構えを取った。

うちのピクニックではこれが割と定番だった。

一応貴族ということで頼めば軍の修練場などを貸してもらえるのだが、どうしても途中からテンションが上がってきて下手をしたら修練場ごと吹き飛ばしかねなかったため、ピクニックがてら模擬戦をやることが多かった。

その結果、ピクニック=暴れてもいい模擬戦と言うことになった。


「行きます!」


瞬間フィアの姿が視界から消える。

翼獣種としての人並みはずれた脚力によっての高速移動だ。

ただ、この程度は俺らの内では当たり前の範囲で対処は朝飯前のものだ。

俺はフィアの動きを目で追うことはせずに音や空気の動きから気配を掴んで振り下ろしてくる位置に木刀を置く。

そして木刀と木刀が触れ合う瞬間に足りない膂力を魔力でブーストして迎え撃つ。


「はぁっ!」


するとフィアはその拮抗状態を利用して体を浮かせて器用に身体を回転させた。それによりまさにマンガやアニメのような回転斬りみたいなのを放ってきた。

普通ならば空中でバランス悪いは隙は多いわで実戦にはおよそ向かないパフォーマンスのようなものだが、そこは獣人。高速回転で一瞬ではあるがタイムラグによる時間差攻撃、回転力と体重、重力が乗った斬撃と十分実戦に使用できる威力になっていた。


「おっ...やるようになったな」


「まだです!」


今度はその状態での蹴り技。

正直一般人相手ならばここまでせずとも通用するだろうが、どうやらフィアに驕りはなかったらしい。


少し油断していたな...


「なら...少し上げてやるよ!」


ということで自分の中で力を一段階上げる。

瞬間吹き飛ぶフィア。だがそこはさすが十二将の中でも近接戦闘では上位のフィア。顔は唐突な出来事に驚愕しつつも空中でバランスを整えて着地した時には既に迎撃の姿勢が整っていた。ただダメージは軽くなかったようで木刀は落としかけていた。


今俺がやったのは魔力による発勁の応用だ。

打ち合わせている剣に瞬間的且つ簡易的に魔力による回路を構築し筋肉収縮と体重移動によって生じた力(勁)を魔力でブースト、回路を通して対象の手元で作用させる。

まあ簡単に言えば某錬金術師の指パッチン炎ドンと同じような感じだ......一応それもできる。


「ほれ、おまけだ!」


俺はフィアに追い打ちをかけるべく最初にフィアがやった高速移動からの斬り込みを模倣する。ただし速度威力共にフィアのソレとは違う。体感でおよそ2倍弱の力によるものだ。

だがまあ、十二将の一員フィアなだけあって先ほどの反省も踏まえて受け流すべく剣を横に構えて下ろす。

俺もよく使い俺が教えて受け流し方法だ。


だが、よく使い教えたと言う時点でこの受け流し方の明確な弱点も理解しているわけである。


「あっ..きゃぁ!」


珍しく女の子らしい悲鳴を上げて再び吹っ飛ぶフィア。

今度は体勢を整えることができずにあわや擦り傷だらけ、となったところでフィアの体がふわりと柔らかく地面へと落ちた。


「そこまでだ。うーん...あれはユートが大人気ないのか?それともただ性格がえぐいだけか?」


アリアから模擬戦終了の合図と共に何故かお小言を頂戴した。


「いや、勝負に大人気ないとかないだろ。それに性格が悪い方が実戦では役に立つ。別に俺勇者じゃないし」


「魔王だからな、ユートは」


元魔王に言われると少し複雑な気持ちになる。

主に押し付けられたとか俺の悪評うなぎ登りとか。

いや別に嫌というわけではないのだはんだかもういたたまれなくなってくるんだよ...。


「ありがとうございましたユート様」


「ん、お疲れさん。さすがにレベルアップしたな。まさかフィアに4割以上出させられるとは...俺が鈍ったのか?」


「あれで4割....」


なんだか呆れたような声を出したのは俺らの模擬戦を木の上から観察していたリグリットだ。

ちなみに他の奴らはと言うと、ティファは今後必要になってくるであろう道具を指導と言う名のもとに作成させている。

つまりは仕事だ。反対に現在遊んでいるのがハピアとクラーリ。こちらはクラーリがまだそう言う遊びたい盛りなので連れていかれた。今頃はどこか(近く)で遊んでいるだろう。

ティファの使い魔であるクロは空中警戒、シロは陸上での周辺警戒と警備に余念がない。

シスルスは眠たいのか木陰で船を漕いでいる様子だ。


「さて、フィア。何か報告があるんじゃないか?」


「はい。昨夜、"予定通り"馬車に兵士が侵入しようとしました」


予定通りはなんだか語弊があると言うか誤解されると言うかだが、まああながち間違ってはいない。


「目的はこれを置いて行くことでした」


そう言ってフィアから手渡されたのは一切れの紙。

そこには『ムレン伯爵を殺せ』と簡潔に記されており、印はないもののそれなりにいい紙とインクを使っていた。つまりどこかの貴族あたりが出所だろう。

ただの推測に過ぎないが、おそらく特定の人物ではなく一定の爵位以上を持つ貴族を対象にした陰謀或いは策略だと考えられる。いくら聡明なトゥールとは言え自分を殺せなんて指示書のようなものが見つかれば無視できない。

しかもこれの性格の悪いところはどちらが先に見つけても疑心暗鬼に陥れ最低でもどちらか片方を潰すことができることだ。


「ふん、小癪な真似をしてくれるもんだな。が、まあいい。これは重要な手がかりだ。早急に犯人を突き止めトゥールに知らせる。フィア、その兵士はどうした」


「貴族の馬車に無断で侵入したとして引き渡しました。どうやら3ヶ月前に入隊した新人だそうです。なんでもその直前にやめた兵士からの推薦だったとかで」


定期的にスパイを交代しているのだろう。

あまり重要な情報はわからないが今回のような小手先だけの工作ならば有用だ。そしておそらく上の階級にもいると推測できる。でなきゃそんなたかだか3ヶ月の新兵が貴族の馬車に近づけるはずがない。


「よし。ではや....おっと、おいでなすったか」


唐突にこちらへと高速で向かってくる風切り音が聞こえた。

それはおよそ100m先から相当な速さで飛んでくる矢。

アリアとフィアは気づいてはいるが何かする様子はなく、懐かしむような呆れるような顔だ。反対にリグリットは気づいていないようで俺の言葉から推測してキョロキョロと矢を割と必死の形相で探し、ようやく見つけた頃にはあと数秒で俺の額直撃コースで即死にまでなっていたが、このくらいならばなんの問題もなく普通にキャッチできる。


「よっと...ん?矢文か、これ」


矢の半ばを掴んで見ると細い紙が丸まっていた。

古風なと言うか斬新と言うかだが、そこには真っ赤な血のように滲んだ文字で「おかえり」とだけ書かれていた。

たぶん赤い染料かなにかで書きたかったけれど巻いてる最中に滲んだ、とか言うものだろう。


........怖!?


「こんなもんただのホラーだろうがよっ!」


そう叫びながら飛んできた軌跡をなぞるように投げ返すが、10mも進まないところでその矢が弾けた。

さすがと言うか意味不明な腕前をしている。

まあ、だからと言ってこれ以上無駄に射られては困るので早めにとめておこう。


「ミーナ!」


そう木の上に呼びかけると、いつかの誰かのように器用な姿勢で落ちてきたので受け止める。

俺の腕に収まったのは少女。

特徴的なのはその瞳と耳。

エメラルドのようにキラキラと輝く瞳を持ち、その種族自体を示す細長い耳。

名をミーナ。種族はエルフであり、十二将が1人だ。


「流石の腕だな。全く衰えてない」


そう褒めると腕の中で薄い表情が微かに自慢げになった。

ある意味エルフのイメージ通りかもしれないがミーナは弓が神業の域に達しているレベルに上手い。

大抵目に見えていれば当てられるし魔力で軌道を曲げることも可能だ。故にその的の存在さえ感じてさえいればミーナの弓に死角はない。


余談だがエルフだからと言って皆が皆弓が上手いわけではない。人と同じようにそれぞれに得手不得手がある。一応共通認識としての弓矢が上手いと言うのは狩猟一族だからであって、例えばエルフと人のクオーターであるティファの祖父から受け継いだのは槍だ。中には大剣を振り回すエルフもいる。


とりあえず横抱き状態のミーナを下ろす。

これ以上は周囲からの視線的な意味で危険だ。


「1人か?」


「違う。けど早く来た」


言葉足らずで感情を感じさせない話し方のミーナ。

これは無愛想というわけではなくてただこういう性格なのだ。それでいて結構欲に忠実だから妙なギャップがある。


「ならもうすぐ来るか...うん。感慨深いものがあるな」


かつて一緒に死地を駆け抜け笑いあったり時には争ったりした仲間達。元は全員が違う出自だったが集まり集団を成した俺の家族にような存在。

僅かな時間ではあるがそれでもいつもいた仲間と別れて再び再開するのは俺とて少し感動的なものを感じる。


まあ...ちょっと再開が怖いのもあるけど....。


その時、なんだか間抜けな声が響いた。


「えっ、えぇぇぇぇえええ〜!」


これが「きゃぁぁぁ」とかだったらたぶん助けに入ったのだが、その悲鳴には多分の驚愕が含まれており、しかも1人分だったのでなんの問題もないだろう。ちなみにハピアの悲鳴(?)である。


「向こうは誰が?」


「ヒスイ達。私以外」


「あーそれは御愁傷様だな」


かつて説明したと思うがヒスイとは十二将の1人。

それでいてここらでは珍しい鬼種だ。

しかも見た目が美人な分より怖い。具体的には角があり牙もある。筋骨隆々と言うわけではないが引き締まっており、女性的な丸みを帯びながらも男らしい気概の持ち主だ。

姉御肌、と言えばわかるかもしれない。

他にも見た目こそ普通の少女だがその実正体が竜だとか海を統べる種族だとか神と崇められていた存在だとか....


「改めて考えると俺らって相当非常識なメンバーだよな。ちょっと心臓弱かったらポックリ行くレベルに」


「今更言いますかユート様....」


「その非常識なメンバーの中にはユートも含まれているからな?というか筆頭だぞ?」


「ん」


フルボッコであった。

というかフィアにまで言われるとは思わなんだ。

確かに俺は異世界出の元勇者で魔王とちょっと経歴おかしいけれどまだ他の十二将よりかはマシな気がするのだが....まあ...そういうのならそうなのだろう。自分のことは存外わからないものだ。


腑には落ちないが...不本意だし。


「まあいいさ。なんでも」


今はそんなことよりも再開が先だ。

僅かな距離ではあるが、待たせた俺が会いに行かなければ礼儀がなっていないと思い作業中のティファもシスルスも皆呼んでハピア達がいた方向に歩みを進める。


そして、見慣れた、それでいて懐かしい顔がいくつも並んでいた。

彼女らは皆どこか不満げがあるものも優しげな瞳でこちらを見つめていた。十二将の残りのメンバー8人にそう見つめられると気恥ずかしいものがあるのだが、まあ今は構いやしない。


俺は一歩踏み出し、笑いかけるように言った。


「ただいまだ」

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