第44話:ムレン伯爵領・ブクスト区

2、3日かけて俺らはようやくブクスト区に到着した...のだが、どういうことなんだろうか。なんだか記憶にあるブクスト区とえらく違っていた。


「....というかここで本当にあってるのか?これ」


そこにあったのはおよそ投石器をも跳ね返すであろう頑強そうな城壁に鉄骨が入っている城門。

スキルにより上空からの俯瞰風景はもっと衝撃的なものであった。俺の記憶上、前にも言ったが遺跡が多い故に不完全な防備しかできていなかった筈なのだが、どういうわけか今では所謂星型要塞へと変容していた。


「あぁそうか。ユートは知らんかったな。当主が変わったのは知っているだろ?その現当主が防衛に力を入れてな。ああなった」


「ああなったって....あれいくつ遺跡潰したんだよ」


俺は一度ほぼ全ての地表を確認して記憶している。そのためわかるのだが、この城壁によっていくつかの遺跡が完全に埋もれてしまっている。他にも半ば埋まっているものや入り口は見えているが中には罠のような施設があるものなど、かなり要塞化されていた。


それにしてもすごい変化だ。

今少し確認しただけでも城壁には梯子かけ防止用の返しに狭間、堀は空堀から水堀、しかも隠れるようにして隠し通路が数本水堀内を通っている。

おそらくだが、現状の戦争形態から変化するであろう少し先の戦争形態を見据えて作られたものだろう。

今代のムレン伯爵家当主は先見の明があるらしい。


「ふむ....今のうちにこの後の行動について説明しておこう。まず話し合いに行くのは俺とティファ、リグリットの3人のみだ。あぁシスルスは携えるけどな。話し合いの間留守番を頼むことになるが、その間は最低でもアリアかフィアを荷物番にして自由行動をしてもらってもいい。ただし2人組以上が条件だ。それとティファはクロを上空で旋回待機させておいてくれ。隠蔽用の魔法道具は渡しておく。何か質問はあるか?」


「...荷物番と言うがこの馬車ごと入らんのか?」


「いいや。もちろんこのままブクスト区へは入るし領主館にも入れるつもりだ。それでもやはり見張り番はいるだろ?置いてあるのは奪われてもいいようなものばかりだけどそれでも自分の持ち物を盗まれるのは嫌だからな」


「ほぉ...つまりムレン伯爵が何かやるかもしれないと?」


「ムレン伯爵の兵が、だな。より正確に言うならば"その場にいる兵が"、かもしれないけどな」


「了解した」


他はなさそうだったので簡単な作戦会議は終了。行商然とした馬車を手早くいかにも貴族がお忍びで(あるいは享楽で)馬車を出している然に色々変える。

服装はまあ動きやすさ重視の服装であるが、失礼のない程度に着飾っておく。と言っても指輪をいくつか嵌めて首飾り、それにアリアとティファあたりから強い要望があった曰く"男性用"らしい髪飾りをつけておいただけだ。

ちなみに立ち位置的に俺が当主のため、ティファは外交補佐役となる。故にティファにもいくらか着飾らせたのだが、その時アリアとフィアあたりからなんだか痛い視線が突き刺さったのは言うまでもなかった(?)。



◻︎



「次の方どうぞ」


城門にて検査をしている兵に声をかけられ馬車を進める。

ちなみに現在の御者はアリアであり、フィアは内部に潜んでいる(これはやましいことではなくて留守が先ほどフィアに決まったからである)。


「こんにちわ。ようこそブクスト区へ。失礼ですが現在特別警戒中につき検査にご協力ください」


対応をしたのは眩しくなるくらい清々しく無礼にならない程度に慇懃な態度の若い兵士だった。

対してこちらはアリアが対応した。


「ああ構わん。だがあまり当主殿を煩わせないでいただけるとありがたい」


「...?...わかりました。では簡単な問いをいくつか。何か身分を証明するものはお持ちですか?」


なんだかよくわからないキャラ付けをされた気がするのだが、まあ現場は現場に任せておこう。

アリアは兵士に言われた通り身分を証明できるもの、俺があらかじめ渡しておいた銀のロケットペンダントを兵士へと手渡した。


「これは...失礼いたしました。貴族様でいらっしゃいましたか」


「ああ。あまり名前は知られていないと思うが私が仕えるのはその通り特爵様だ。当主殿は後ろに乗っておられる」


「わかりました。ではあと一つだけ、ブクスト区へ来られました理由をお聞かせ願いますか?」


「...内密の訪問だ。それ以上は話せない」


「かしこまりました。どうぞお通りください。伯爵様の御邸宅へは専用通路をお使いいただいて構いません」


若い兵士はそれなりの階級なのかそう言ってかしこまった様子で一礼し後ろにいる兵士へと目配せをした。

すると引率役と思われる兵士(若い兵士よりは幾分か年上の男性)が「こちらです」と馬車を先導するように歩き始めた。

無論街の中央を突っ走るのは目立つ可能性があるためここは兵士の好意に甘えることにした。


専用通路と言うのはどうやら区切られているわけではなく、城壁には沿うように城壁と一定間隔で空けられた普通の通路らしく、今も先導する兵士が時折通ろうとする住民を注意しながらであった。

これならば街中突っ切ってもあまり変わらないんじゃないのか?と思いもしたが、おそらくあまりこの通路を使うべからずとでもあるのか人通りは少なかった。


ただ、やはりこう言う時にはお約束と言うものがあった。


「危ない!」


絹を裂くような声で叫んだのは兵士でも俺たちでもなかった。瞬間的にアリアは馬を強制的に止めた。

そのおかげか目の前に飛び出して来た小さな子供達は怪我一つなかったが、この状況はかなりマズイものがあった。

貴族の往来を妨げた、それは貴族の対応にもよって罪の重さも変わるものなのだが、正式な往来を(この場合の正式とは他貴族に会うなどの重要な用事がある場合のこと)妨げた場合は相手貴族にも迷惑がかかる可能性があるために罪が重くなる。具体的な罪名は不敬罪になるのだが、いくら子供がやったことでも罪になるものなのだ。


「無礼者!」


ほれこうなった。

案の定前を行く兵士がすぐさま駆けつけて座り込む子供達の前に行ってしまった。その顔は憤怒を通り越して青ざめてすらいるほどだ。兵士も子供もその親らしき人も。

それもそうだろう。特爵は一応侯爵と同等の地位だ。自分で言うのもなんだけどそれだけ上の身分の往来を妨げたとなるともう死刑だろう。故に兵士は既に剣を抜いていた。


「無礼者が!ここに来てはならぬと言ってあるだろう!」


「申し訳ありません!どうかお許しください!お願いします!」


「ならん。かのお方は高貴な身分のお方だ。いくら子供と言えど許すことはできぬ!」


ほれこうなった。

生憎とこうなったのは初めてではあるが、見ていてやはり気持ち良いものではない。

たぶんこのまま何もしなければこの場で子供だけでなく監督不行き届きで親もこの場で殺されかねない。往来の場で殺すなど愚の極みなのだがどうやらこの兵士は我を忘れているようだった。


「はいちょっと待った」


こんなところで民の不信を買うような真似は困るので、わざわ馬車から降りて兵士を制す。


「し....しかしこの者達は...」


「これは非公式と言うか突然の訪問だからね。こうなったことは仕方がないことだ。それにこんな所で時間を潰すほど暇じゃないんだよ。一言注意だけして終わったら早く連れて行ってくれる?それとも...逆らうかい?」


あえて脅し文句のような言葉+黒笑と言われたら笑みを浮かべてやると兵士だけでなくその場にいる全員(観客も集まって来ていた)が固まった。これをした時の反応は大体がこれである。特に俺の身分や実力を知っている相手には効果覿面だ。

まあ、実際に戦闘時は笑みを浮かべていることが多いらしいのでたぶんその時のが出ているのであろう。殺気をぶつけていないだけありがたいと思って欲しい。


俺はそれだけ言うと馬車の居住スペースへと戻る。

目を離してやるとホッと一息つくような音がいくつも聞こえて来た。

その後すぐに兵士は一言気をつけるようにと親共々軽く叱ってから再びムレン伯爵の邸宅への道を進み始めた。


程なくして眼前に立派な門が現れた。

立派、と言っても装飾の類ではなくて防備の面でだ。

おそらく城壁が破られた後の市街戦における籠城を前提としているのだろう。金属製の扉に物見櫓まであった。


「中へは他の者がご案内いたします。私は城門の警備がありますので、失礼いたします」


そう言って去って行く兵士。

それだけならばよかったのだが、どう言うわけかその邸宅の門の所には使用人で通路ができていた。

端的に言えば歓迎ムードであった。

その中から1人。セバスチャンっぽい執事のような老年の男性が歩み出て来た。

それを確認してから俺とティファ(それに隠密を発動させているリグリット)が降りる。


「遠い所からご足労誠に恐縮でございます。では早速ですが旦那様がお待ちになっています。こちらへどうぞ」


どこか違和感を覚えたが、案内してくれるならと素直に従いついて行くことにした。

馬車は馬車で別の場所に案内されるようでアリアは別館のような場所へと馬車を進めていた。


大きな扉をくぐるとそこはまさに貴族、と言った感じだが別視点から見るとその防衛能力の高さに驚かされた。

扉は横の広さに比べて縦は狭い。これはおそらく槍を持ってくる敵を想定しているのだろう。そして入ってすぐに入り口を三方から囲みようにして二階が作られて降り、その床は割と広い。弓兵を置いておけば入り口から入ってくる敵は一網打尽にできる作りだ。

二階に登る階段もわざわざ隣の通路にある程。まるで日本の城を思わせる徹底抗戦の建築方法であった。


そんな半ば城塞のような邸宅を進んで言った所で一つの扉の前に到達した。どうやら貴族間における話し合いに使われる少し大きな部屋らしく、スキルで見やると中にはラウンドテーブルが中央に置いてあった。

そしてその奥側に1人の男性が座り、側には護衛と思しき女性が立っていた。


「旦那様。お連れいたしました」


コンコンと控えめにノックをして老年の男性がそう投げかけると中からは若い声で「あぁ」とだけ響いた。

声質を聞く限り突然の来訪に戸惑っている様子も緊張している様子もない。むしろ余裕感さえ伺わせる声だ。

やはり拭えない違和感を感じつつ、開けられたドアから中を見る。


するとそこにいたのは、まだ若い男性。少年と青年の間くらいの男性であった。


「ようこそおいでくださいました。私が現ムレン伯爵家当主のトゥール・メリべ・ムレン。気軽にトゥールとお呼びください。カミヤ特爵殿」


身長は同じくらい。髪の色は金で端正な顔立ちをしているが、その顔からはまだ少年の面影があり、容姿だけ見れば伯爵家当主、ましてやこのブクスト区をあそこまで改革するような存在には見えない。

だが、今ので確信したことが1つあった。


「そうか...予知或いは解析系のスキルか」


先ほどまでの違和感はこれで説明がつく。

何故特に仲間内以外には誰にも言っていない情報、つまりムレン伯爵家への訪問を老年の男性が察しているような口ぶりだったのか、そして名前も名乗っていない俺の名前が簡単に出て来たのか(貴族としては決して名前は売れていないしそれ以前にフルで名乗るのは珍しい)。ムレン伯爵家はその家柄上情報に長けているためそう言われてしまえばそれまでなのだが、俺に気付かれずに俺の情報を集めようとするのは困難を極めるだろう。故の結論だ。


「ご慧眼恐れ入ります。私が持つスキルは【予見】起こり得る情報を視ることができるスキルです」


「...そうでしたか。では不要とは思いますが私も名乗りましょう。名をユート・カミヤ。爵位は特爵ですが気軽にユートとでも呼んでください」


「ではユート殿。どうぞお座りください。大まかな話は分かっていますが....話し合いを始めましょう」


「そうですね。話が早いのはこちらとしても都合が良い。では失礼します」


地位的には俺の方が上なのだが一応の礼儀以上相手、トゥールが座るのを確認してからからその向かいの席へと腰を下ろす。ティファは俺の右側へと腰を下ろした。

対するトゥールの斜め後ろに控える女性は座ることはせず、無表情のまま警戒の網を広げて維持し続けていた。

おそらく相当の手練れだろうが、残念ながら俺だけでなくティファも気づいていた。そしてそれを不快に思ったのだろう。かなり顔をしかめていた。


「...これは失礼いたしました。マルティナ、やめなさい」


そしてそのティファの反応に気づいたのだろう。一瞬驚いた表情を浮かべてからすぐに何事もなかったかのような表情に戻してマルティナと呼ばれた女性を叱った。

主人の言葉に従い警戒の網は縮めたためそれ以上はティファも気にしなかった。


「では改めまして。単刀直入にお聞きします。手を組みませんか?」


「理由をお尋ねしても?それと急がせるようで無礼とは存じますが飲んだ場合のメリット等もお聞かせ願いますか?」


「これもまた簡潔に....帝国が戦争を画策していることは存じていると思います。それにトゥール殿のお持ちのスキルによって行われたこともわかっていると思います。それに対抗するべくの布石です」


先ほど聞いたスキル【予見】はトゥールの言った通り起こり得る情報を視認することができる未来予知のスキルだ。

勿論完璧な未来予知ではなくある程度の情報を元にして初めて視ることができ、しかもその内容は改変が可能と言う制限付きではあるが、ムレン伯爵家の性質上かなり有用なスキルである。


「帝国に対抗するため、と言いましたが。忠誠心はどうであれ私は帝国貴族です。帝国が勝つ戦争というのは私にとってもメリットだと思うのですが?逆に対抗するということは帝国を裏切るということと同義でしょう。例え中立を求められたとしても裏切り裏切り。いくら我が兵たちが優秀であろうと本国からの大軍ましてや戦力が大幅に強化されている軍相手には勝つことは叶わないでしょう。その場合は如何に?」


城攻めの場合攻め手は守り手の3倍の兵数が必要である。

この原則は正解なのだがいくら3倍でも未訓練状態の民兵では精鋭に勝つことは難しいだろう。

今回はまさにそれだ。一般の兵ではいくら優秀だろうと勇者39名には3倍では絶望的である。ましてそれが大軍を引き連れてきたのならば尚更だ。即刻蹂躙される。

裏切ったならばそれは顕著で、奪い犯し殺すだろう。【智慧の図書館】は一転して地獄絵図の様相になってしまう。

そのことを建前として(もちろん本音でもあると思う)こちらを探っていると思われる。


本当は言うつもりはなかったが....主導権を握るためならば仕方がない。本音を言ってやろう。


「その場合は私が帝国を滅ぼします」


「なっ....」


取った。


「無理だとお思いですか?」


「それは...いくらユート殿でも」


「いいえ。可能です。やろうと思えばこの大陸の半分程度ならば瞬殺できますが....やりましょうか?」


ちなみにこれはマジで出来るけどやらない。

勘違いしないで欲しいのがやらないのは理由がないからであって理由があれば躊躇はしない。故にこれはただの脅し文句ではなくて実現性のある脅しだ。


「....そうですか。ではもしこの事を私が問題に..」


「途中で失礼だとは思いますが、私は私自身が傷つくのは構いません。ただ仲間が傷つくとなると...」


小さく笑ってやる。ただし目だけは笑わない。


「そう...でしたか。素晴らしい御心をお持ちですね」


「それほどでもありません。それで...如何でしょう。お返事は今でなくて構いませんので今回の件について説明してもよろしいですか?」


その問いにトゥールはただ頷くしかなかった。


「では失礼して。まず一番気になっているであろうメリットの方ですが、まず本領安堵。私が知る知識の開示となります。やって欲しいことはこちらの要請があるまで中立を保つこと。場合によっては参戦していただきますが、その時は勝利を約束しましょう」


「...私の立場等については明言されていないようですが?」


「あぁこれは失礼しました。そうですね...成功した暁には必ずや地位向上。一定の希望をお聞きする事を約束しましょう」


結果的に帝国への裏切りになるので帝国貴族ではいられなくなるので残念ながら現代の伯爵ではいられなくなる。

だがいわば俺が行おうとしているのはクーデターや革命に似た独立戦争のようなものであるため、成功すれば功労者として少なくない栄誉や褒賞を得ることができるだろう。それも俺が直接交渉した第一の貴族のため、他より多くなるのは確実だ。


「お返事はなるべく早く。できれば5日以内でお願いします。その間はブクスト区に滞在する予定なので」


「....ではその間は我が屋敷をお使いください」


「お言葉に甘えましょう」


立ち上がって一礼。

およそ調略と言うには足りない脅迫のようなものだったが、往々にして交渉というのはこう言うものだと俺は思う。

大いに悩ませて議論させた上で奈落の底に飛び込ませるような思いで承諾或いは拒否をさせる。

どちらも命がけの決心故に一度決めたら心はなかなか揺らがなくなる。まして悪く言って打算的なトゥールため、決めたらまず陣営を動かずにこの密約を遵守してくれるだろう。


まあ、最悪の場合は最悪の結果になるけれども....




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る