第31話:襲われている村5.5

時は少し遡る。


ただ一人、完全単独行動を命じられていたリグリットは頭を暗殺者へと切り替え、村長邸を移動していた。


(.....ユートから無音歩行とか教えてもらったけど....なんだよこれ...)


思わず心の中で嘆息する。

その無音歩行はもはや無音歩行の度を超えていた。

具体的には普通に歩いても音がしない、村長邸限定だがその内部における動きがわかる、そして下手に気を抜くと自分の存在がわからなくレベルの隠密なのだ。

時間がない(たぶん才能もない)ため、今回はユートの持つ無数の固有スキルの一つにより一時的に技能を伝授するスキルを用いてリグリットに伝授されたのだが....伝授された本人がもはや一番驚いていた。


(これ別に私じゃ無くても良かった気が....余計なことは考えないようにしよ)


下手に考えていると自己嫌悪の堂々巡りになりそうなためとりあえず首を振り、再び意識を周囲へと巡らす。

ユート曰く魔力を蜘蛛の巣状に広げて対象を知覚するという【天網恢々】と名付けられた技術だ。

向かう先は村長の私室。つまるところ敵のど真ん中もいいところ、もろ懐へと入り込んでいるのだ。


だが、一つ奇怪なというべきことがあった。


それは人との遭遇について。

通常この手の潜入において一番ベストなのは人と会わないことであり、今回はまさにそれであった。

それでもやはり広大な迷路ではなく、通常の家より少し大きめの2階建て住宅において家の住人どころか使用人の1人にも出会わない、というのはあまりにも妙だ。

一応常時村長邸の中の様子は探っているのだが、人と思われる生体反応は一箇所、二階の村長の私室から少し離れた場所に固まってあるのだが、それが先ほどからピクリとも動かない。


往々にして誰一人として人と出会わない潜入は最悪の結果が待ち構えていることが多い。

それが待ち伏せなのか罠なのか、はたまたそれ以外の何かかはわからないが、リグリットはどこか底知れぬ嫌な予感を感じていた。


(よし....行こう)


嫌な考えを振り払い、より警戒に神経を注ぎながらゆっくりと村長邸の奥へと移動する。

廊下を通り、部屋を横切って二階への階段へ。構造は全て頭の中に入っているため、一切寄り道はせずまっすぐに目的地への最短ルートを行く。


自身の起こす音はなく、住人の起こす音もない。

家の中は全くの無音であり、故に外の住人の話し声が途切れ途切れではあるものの聞こえてくるほどだ。


心臓が早鐘のように鳴り響く。

絶対ばれない、とわかっていてもやはり敵地の真ん中へと潜入するのは緊張するものだ。

だがその緊張故に感覚が研ぎ澄まされる、というのもあるためデメリットばかりではないが......リグリットはこの感覚がどうも好きになれなかった。

ユートが聞けば小一時間説教を受けそうだが、リグリットにとって緊張するというのは未熟だと思っているのだ。

ここだけの話リグリットは余裕ある大人というのに憧れている。

いつも優雅で落ち着き、危機に陥ろうとも笑顔一つで乗り切ってしまうそんな強さに憧れていた。


(.....!動いた)


リグリットが階段を登りきったところで生体反応が動いた。

罠か、それとも偶然か、心臓がさらに高鳴り短剣を握る手にじわりと汗がにじむ。

生体反応はゆっくりとこちらへと近づいてきている。

速度は徒歩程度、焦ってる様子や殺気にあたる気は感じられないが.....どこか足取りが怪しい。

まるで酔ってるかのように音がまばらで生体反応もゆらゆらと狭い廊下の中を右往左往している。


(なんだ....それにこの甘い匂い...)


どこか頭を直接突くような甘ったるい香り。完全な異臭ではあるため極力吸わないように布で口と鼻を覆う。

そんな異臭は奥に進むほど濃くなっていき、空気もどこか薄紅色に染まっていく錯覚を覚える。

だがそれでも、


(大丈夫....行こう)


頭を振るい、自身を奮いたたせて踏み出す。

影から影へと素早く移動し、徐々に目的地への距離を詰める。その間も生体反応はゆらゆらと近づいてくる。


そして、ついに生体反応の目視範囲となった。


(あれは....侍女達だが、やはり様子が変だ...)


現れたのはこの村長邸にて侍女として働く村の女性達だ。

だが、侍女達は昼間だというのにまるで酩酊しているかのような足取り、目はどこか虚ろであり肌は血の気が引いていた。それは貧血のような症状である。


(武装はない....行く!)


侍女達の一瞬の隙を突き、一息に目的地へと走りこむ。

鍵は開いていたため慎重かつ素早く開け、目的地である村長の私室へと入る。

中に部屋の主はおらず、先ほど侍女達が集まっていた場所に未だ残っている生体反応があるためそこに村長がいるのだろう。どこかその生体反応に違和感も抱くが、およそそれが正解だろうとリグリットは推測し、すぐさま部屋を見渡し物色に入る。


手近な棚を漁り、証拠になりそうな物を探す。

少々昔の癖で金目のものに意識が行きがちだったが、よくよく考えればよほどユートにせびる方が効率的だと思い、頭の中を入れ替える。

棚、本の間、机の引き出し等を順々にさぐり、高価そうな本、宝飾品、更には隠し財産的なものを見つける中、1つだけ奇妙なものを発見することができた。


(これは.....魔法陣?)


円形の幾何学模様の描かれた羊皮紙を一枚。

薄く煤に汚れており、端の方は焦げていたりするがそれでも何か明確な意図を持って描かれたものだと推測することができた。

だが、魔法に対して絶対的に知識が不足しているリグリットにとって何の目的かはわからなかったが、とりあえず証拠品として拝借しておいた。

ちなみにユートの用意周到さは凄まじく、もしも怪しい魔法陣発見した時用に使えなくするための札、というのを受け取っていたためそれを貼り、ポーチへと収納する。


(さて....これで私の仕事は一旦終了かな。見つからんうちに....)


こう言った家屋への潜入においてやはり行きは大変だが、帰りは窓から飛び降りれば楽に終えることができるため比較的簡単だ。無論ユート直伝の隠密をもって、という前提だが。

そのためリグリットはとりあえず物色したのを適当に元に戻し、念のため村長邸周辺に誰かいないかを注意だけして窓から飛び降りる。

集合場所へは堂々と玄関から戻れば大丈夫だろう。


その時、動かなかった生体反応が動き出した。





おまけ


ティファ

栗色の髪と瞳を持つエルフと人種のクォーター(エルフ4分の1)にして元奴隷。

十二将でも1位2位を争う頭脳派であり、ユート曰く少し天然が入った委員長タイプの女子高校生。

[保持固有スキル]

なし

代わりに祖父より受け継ぎユートが改良した槍術に加え、エルフ特有の魔法形式である魔術を高い精度で使うことができる。


シスルス

銀髪にスレンダーな身体付きの少女兼ユート愛用の刀。

意志ある武具インテリジェンスウェポンであり、特殊な部類のため十二将には数えられていないが無くてはならない存在。

元々はユートが手に入れた聖剣を破壊し様々な素材を突っ込んだところ生まれた偶然の産物であるが、シスルス曰く運命の出会いと前向きに捉えている。

名前の由来は人間嫌い(ユートと仲間除く)の花、薊の英名。

[保持固有スキル]

なし

だが元が聖剣であるが故に一般の武器に対する不壊性や不変性を持っており、混ぜた素材も相まって魔力親和性が非常に高い。

魔力を込めればまず切れないものはない(魔力が無ければものすごく切れ味の良い喋る刀)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る