第30話:襲われている村⑤
「さて....どーすっかな」
後頭部を掻きつつ再び意識を村へと拡大させる。
案の定というかやはりというか、まだあいつらが動いていないところを見るにすこし展開が早すぎた感が否めない。大体いつもこうだ。
すこし昔の話になるが、とある過激な人種至上主義団体を壊滅させた時も綿密に計画を立てた挙句、相手が想定外に弱すぎたせいで全部パァになった事もあった。
その時は散々皆に怒られたが....またやってしまったよ。
「同じ轍は二度と踏まないのが信条だと言うのに.....まあいいか、過ぎた事だしばれなきゃ問題はない......ん?」
はぁっとこれまたいつも通りのため息を吐き、何気なしに男たちを見たところ一つ不可解な点を見つけた。
微かにだが動く男の髪、具体的には襟足の部分が地下だというのにまるで風が吹いたように揺れているのだ。そしてその異変に男達は気づいていない。
「ふむ....そういう事か」
ここは地下室であり、まず自然の風は入ってこない。ゆえに年がら年中じめっとした土の臭いが漂っている。
そんな場所で髪が不自然に、しかも本人も知らないとなると可能性はかなり狭められるだろう。それに今回のこの暴挙とも言える計画に盲目的に従ってるとなると.....一つ。
「ほい!」
悟られぬように瞬間的に移動し襟足に手を伸ばし、そして"それ"を摘み上げる。
「下級の悪魔....か、ふむ....こいつは送信機の役割か....じゃあもうバレてんな」
摘み上げたのは人の肌に合わせ背が肌色になっているもの。
形はノミを大きくした感じだと思ってくれればいい。だが、これはノミのように血を吸うわけではなく、宿主の情報、特に考えや視力を吸い上げ親玉に送信するちょっとうざい性質を持っているものだ。
ちなみに生きてはいるもののこいつらは単一の目的のために作り出される存在として生物として破綻しているため、俺は生物と見なしていない。
とりあえずソレをもう一人の男からも摘み上げ、厳重に封印してから虚空へと放り込む。これは後で証拠となるからな。
「さて....やることすんだんだけどな....」
早めに仕事を終わらせるのは良いことだ。だが往々にしてそういう者は貧乏くじを引きやすく、日本の場合は大抵新たな仕事が回ってくるだろう。
そしてそれと同じくらいやる事がないというのは退屈で苦痛だと俺は声を大にして主張したい。
「スキルで遊んでも場合によっては後々めんどくさいしな...シスルスどうしようか?なにか案ない?」
『と言われましても....そうですね、事情聴取でもされたらどうです?質問詰問尋問拷問、なんなら先ほどのように見せしめでハラキリというのはいかがです?』
「なんでこう外人てハラキリ好きなんだよ.....まあいいか、さすがに殺すのはアレだから話を聞こうか。大体どういう事情かはわかってるけど事情聴取をしよう」
ハラキリ以前に俺はこいつらを殺せないわけであり、こんなところでハラキリなんてされたら待ってる間ずっとうめき声とか恨み節を聞かにゃならんし何より密室での大量流血は臭いから却下だ。返り血も落とすのがめんどくさい。
だったらまあ事情聴取が最適解だろう。
そうと決まれば話は早い。とりあえず悪魔を取り去られてさっきから放心状態の一言も話さない男たちを強制的に覚醒させ、先ほどまで俺をいたぶっていた場所に座らせる。
それが何を意味するかは、どうやら男たちは悟ったらしい。
「さて....これから行うのは事情聴取だけど....拷問の技術力も舐めないほうがいいよ?」
契約内容は殺さないこと、死なない程度に拷問することはよほど俺らの世界のほうが上手く、それでいて苛烈だ。
人道的なんて口先ばかり、精神責めに肉体責めまで網羅し医学まで用いて対象に最大の苦痛を与えるのが地球流であり、忌むべき素晴らしい発明だ。
別にいたぶる趣味は無いが、趣味が無いだけで忌避はしていない。だから死にそうになれば回復してやればいいから問題はない。
「さあ、やろうか」
ガシャン!と背後にスキルで作り出した拷問道具を並べ、事情聴取もといただの暇つぶしを開始する。
□
ユートが魔王ぶっていた頃、丁度アリアチーム、ティファチーム、リグリットは各仕事を絶賛遂行していた。
まずアリアチームから、アリア達はティファに支持された通り村のはずれにあるボロい家、救村の功労者カルデラの元へと到着していた。
が、思わずアリアとハピアは一時停止していた。
「これは....」
「そう....ですね....」
目の前に広がるのはボロい家、そして....
「ふっ!はぁっ!」
木と金属でできた槍が描く軌跡は歪み、足はこびはバラバラ、腕の振りも腕力に物を言わせた感じであり、正直見るに堪えない光景であった。
タチが悪いのは槍を振るう本人、カルデラは至って真面目に行っているところがもう救いようがない。
物事を教えるよりも認識を改めさせるほうが遥かに難しいのだ。
「どう...しますか?」
「.....とりあえず吹き飛ばそう」
「ダ、ダメです!」
一応武芸者として堪えられなかったのかアリアが魔力を練り始めるのを必死で止めるハピア。
たぶんこの場に同じ槍使いであるティファがいれば説教もんだろう。そこからスパルタ指導のコンビネーションでおよそカルデラの心が折れる可能性がある。
とりあえずハピアがアリアを宥めつつ、練習(笑)が終わるのを待つ。
5分ほど経った頃、カルデラはフゥッと一息ついていかにもやりきった感を漂わせながら練習が終了した。
「おいそこの」
「んあ?そこのって俺のことか?というか誰....うわっ!」
腰に手を当てるアリアと呆れ顔のハピアを見て、あのトラウマでもフラッシュバックしたのかカルデラがのけぞって槍を不恰好に構えた。
「ほぉ....わざわざ話に来てやったのに敵対するか?あぁ?ユートの言いつけを守るのが至上命令だがこの場合は現場に決定権があるのだぞ?」
「アリアさん落ち着いてください!あーえっとですね....」
よほど槍を向けられたのが嫌だったのか、それともただユートと離れて機嫌が悪いのかは残念ながらハピアにもカルデラにもその真意は計れない。というかわからない。
だがまあ、すぐに己の身の安全を守るために槍を下ろすとかいうちょっと矛盾した行為をカルデラが決意したおかげでこの場は事なきを得た。
「そ、それで俺に何のようだ?」
「残念ながら私は説明下手でな、ハピア頼めるか?」
「あ、はい。えっとですね....単刀直入に言いますと、もうすぐこの村が壊滅します」
淡々と、まるでこれから雨でも降るよと教えるようにハピアが言った言葉にカルデラは絶句した。
「あぁ、勘違いしないでくださいね?私達が関わってる事は間違いないのですが原因を作ったのはこの村であり村を治める村長さんですので....どちらかというとこちらは被害者です」
「.....それで?」
「理解が早くて助かります。それでですね、この村の壊滅を防ぐ方法がありまして、その事についてのユート様....私たちの主の言葉を伝えさせていただきますね。えっとですね....こほん、『貴方に新村長をやってもらいたい』です」
再びの絶句。
この場に誰かいようものならその反応もわからんでもないのだが、あいにくとこの場にいるのは事情を知る2人と当の本人1人の3人だけであり、カルデラに答えを深く考える時間は与えられていなかった。
「この場で今すぐ3秒以内に答えなければ私たちはここを見捨てる。まあ、こんな土地いくらでもあるからな」
もはやここまで来ると横暴というより薄情だろうか。
ちなみにこれはただ言い方が悪いだけであってユートはそんなことは言っていない。正確に言うと『早急に返事がもらえないときは放っとけ』である。さすがに手間かけて救った村を潰すほどの自虐趣味はユートにはない。
ただ伝言ゲームは得てしてこうなるものなのだ。実際にカルデラの中では現在、葛藤というより恐怖の方が優っている。
「そ、その新村長というのはどういうことなのか聞いてもいいか?」
「はい。手短に説明しますと現在この村は壊滅一歩手前の状態であり、黒幕が村長さんのため予め統率役を決めておこう、ということです」
「信じれんかもしれんがとりあえず頷いとけばいい。契約書も何もない口約束だしな。それで、どうする?」
「......正直言うと状況がわからんが....わかった。その提案にひとまず乗ろう。だが、あとできっちり説明してもらうからな」
最後、男としてのプライドなのかキリッとアリアを睨むように見るが、逆に「あぁ?」とどやされて縮こまった。
もし、ここにユートでもいればこの世界の男には決まらない呪いでもあるのだろうかと本気で解呪に取り掛かろうとしたことだろう。
そして、まるで見計らったように別働隊のティファから連絡が入った。
□
アリアチームがカルデラの下へと到着したと同時刻、ティファ、フィア、クラーリのチームは作戦において必要ないものの重要度は高いという目的地へと到着していた。
「ここですか....他の家と比べてあまり差はありませんが.....やはり近寄るとわかりますね」
「....ユート様が言ってたのも頷ける」
「???」
目的地へ着くなり神妙な面持ちで頷く2人と戸惑う1人。
それはやはりくぐった修羅場の違いなのだろう。特段魔力探知等に優れているわけではないティファとフィアだが、何か得体の知れないものを感じ取ることはできるようになっていた。
それはおよそ戦意から悪意、殺気、果ては強者の気や才能の有無すらも直感で感じ取るほどだ。
そして今回感じ取ったのは、若い才能の気である。
「まだまだ青いですが.....ユート様が青田買いをなさるのも理解できますね」
「それはティファも同じ気が......まあ、今はユート様の意志を伝えるという大事な任務があります。やりましょう」
「はい。では解きます。一応周囲に気をつけてください」
そう言って3人の身を包んでいた魔法術(ユート命名)を解く。
ヒュンと一陣の風が吹き抜け、魔法術による不可視化が解除され側から見ればいつの間にか家の前に3人の人がいる、という状況になっていた。もちろん周囲に人はいない時を見計らい、さらには一時的に悪意ある人の払い結界を張っていたためこの登場に気づいた者は誰一人いなかった。
家の本人を除いて、だが。
そしてその風と人の突然の出現に気づき、家から人が出てきた。
「.....どうぞお入りください」
「これは....ありがとうございます」
出てきた人物は1人の女性。
ここいらではおよそ見かけない艶やかな黒髪に儚げな雰囲気を纏う美女。およそ10にもなる子がいるとは思えない若々しさがあった。
だがその顔はどこか厳しく、使命感か何かに突き動かされている感じの表情だ。
そして、ことらへの敵意は一切感じられなかったため、一応は警戒しながらもティファ達は家の中へと入っていった。
家内は普通の家と同じ内装をしているがその実所々に"日本的な耐震工事"が施されており、一目で(クラーリを除く)ティファ達はユートを知っている人物だ、ということがわかった。
おそらくユートが英雄と呼ばれている時にでも助けた村の中にいたのだろう。地震大国である日本出身であるユートはこういった防災についても教えているのだから。
「ようこそ...と言える状況ではありませんね。お初にお目にかかりますローソと言います.....ユート様はもしや...」
「はい。捕まりました」
「やはり....申し訳ありません!私たちが止めればよかったのですが....」
「いえ、構いません。むしろ止めていればあなた方がひどい目にあっていたでしょう。それで....些か急ですが本題に入ってもよろしいでしょうか?」
その真剣な瞳にローソとローソの妻であるリヌも真剣な面持ちで頷く。
「では....いくつかやっていただきたいことがあって私たちは来ました。それと一つ聞きたいのですが....ロック君の力にはお気づきでしたか?」
「えぇ。気づいたのは少し前に私が誤って過剰に回復させてしまった際に....」
つまりリヌがしてしまったその過剰分の回復魔法をロックがその己が内に眠っていた力で打ち消したのだろう。
回復魔法とはユートが最初に城の騎士達に渡したエリクサーのように過剰に回復させてしまうとその部位が逆に壊死してしまう恐れがあり、リヌも相当焦ったことだろう。
だが、おそらく焦るのはそれからであった。
「最初は気のせいかと思いましたけど私も一応は魔法師の端くれ....その後いくつか弱いもので確かめたところ....はい。遺伝でもない特別な能力を持っていることに気づきました」
それは大いに焦ったことだろう。
特別な能力、つまり固有スキルというのは持っているだけで将来が約束されることもあるが下手に持っていると逆に寿命を縮めかねないものだ。それが絶対魔法耐性があるとなれば各勢力がこぞって手を伸ばし、そしてナイフを伸ばすだろう。
「最初は....それこそ夫と喜びました。決して裕福ではないし生活が楽でもありませんので。ですが....」
「固有スキル狩り....か」
「はい。その噂を定期行商から聞きまして....それで...」
「わかりました。では2つほど頼みたいことがあります。1つ目、もうすぐ村長が倒れるでしょう。ですのでこちらで新村長を擁立するので賛成していただきたい。無論ロック君もです」
こういった村において次世代を担う若者は重宝されるのでいくら子供といえど意見は尊重されるだろう。
それにその際に耐震工事についてや畑作についてのこともいくつかカルデラに伝えておいてもらえれば改革をした、として村長くらいにはなれるだろう。
その旨を伝えると夫婦は頷いた。
「2つ目、これは拒否していただいてもかまいません。ロック君について、です」
「.....?」
「ユート様がロック君を将来立派に能力を使えるようになって欲しい、とのことなので、こちらである程度支援をさせていただきたいのです。支援内容は3つ。教育費の無利息貸し、身の安全の保証、そして必要な教育です」
「えっと....つまりうちの子に教育を受けさせて貰える、ということでしょうか?」
「はい。まずロック君には一人前の、奥様のような魔法師になって欲しいのです。いつか、この村がこういった危機に陥った時の戦力として。言い方は悪いですが、いわばこの村の衛兵のような役割をして欲しいのです」
「......1つ聞いてもよろしいですか?何故、この村の事を?」
確かにおかしいというよりも、もはや不審だろう。
突然やってきて子供をこの縁もゆかりもないであろう村を守るために教育したい、というのは。
ユート側にメリットがない。その事を聞いたローソだったが、その問いに対してティファは笑顔で答えた。
「ユート様が助けた方がいらっしゃる。これだけでもいいのですがもう一つ。あの方は非情で冷徹ぶっているところがありますが根は真面目絵お人好しなんですよ」
クスっと笑いつつティファはそう答えた。
つられて全く同意だ、と言わんばかりにフィアも失笑しクラーリも元気よく頭を縦に振る。
そして夫婦もつられたのか昔を思い出したような表情でクスクスと笑った。
「ふぅ....これ以上笑っているとユート様に怒られてしまいますね。では、返事をきかせていただけますか?」
「はい。その話は私たちにとって願っても無いものです。断る理由がありませんよ」
「では交渉成立ということで。っ!?....フィアさん、連絡を!」
不意にその瞳へと鋭い光を宿したティファの指示によりフィアはその場で即座に
その見つめる先、壁の向こうに広がっているごく微細な、人とは"違う"気配を確認しながら。
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