第32話:襲われている村⑥
空気の異変は唐突に起こった。
「むっ.....これは....」
ごうも....事情聴取を終え、一通り道具とかを片付けているまさに今、明確な証拠が流れ込んできた。
スンスンとその流れ込んできた"匂い"を確かめる。
甘く、脳を直接揺するかのような酩酊感。そしてそれを認識してすぐに俺の体内ではその匂い物質の解明、有害物質のピックアップ及び抗体の生成、撃退が順次行われ、数秒後にはその酩酊感も消え去っていた。
残ったのは情報だけ。
「悪魔が発する一種のフェロモンだな....効果は酩酊だが...どちらかというと中毒性の高い魅了に近い、血液を凝固化させない成分も含まれてるとなると......吸血型の悪魔か」
悪魔にはいくつかのタイプがあり、今回のソレは主に対象の血を吸って自己を強化したり使役魔(下級の悪魔)を生成したりする吸血型と呼ばれるものだ。
大抵は美しい人或いはイケメンに化け、魅了し血を吸うという一昔前の吸血鬼のようなやり方だが、今回は吸血型の中でも比較的珍しいフェロモン等の匂いを使っておびき寄せる類の悪魔らしい。
深く吸い込んでしまえば最後、大抵の一般人は抵抗すらできずに食虫植物にあつまる虫の如く集められ、そして死ぬ。
「ただそれも逸般人には効かないけどな」
俺含め、十二将の面々はまず効くことはないだろう。
残念なことに一般人はとうの昔に卒業している。
「ただまあ....ちょっと厄介だよな」
『では手っ取り早く打ち倒してしまっては?せいぜい相手は72の悪魔にも及ばない木っ端ですし。いっその事ハピア達3人に任せてみてはどうでしょう?』
「それだと...少し厳しいな。72まではいかないが....おそらく相当溜め込んでる」
ほとんど確信していたこと、というか事前に分かっていたことだがこの騒動の黒幕はここの村長だ。
と、なると少なくとも村長が悪魔を使役しているか或いは村長自身が悪魔である、の二択となる。
前者の場合はそれほど脅威ではないのだが、後者の場合だといくら悪魔の気配や体臭等が消せても交渉の場の距離まで近寄ると俺と十二将なら確実に気づく。それに気づかないとなると、悪魔はかなり前よりこの村に住み、少しずつ気配や匂いを溶け込ませていったこととなる。
「悪魔は年月を経るほどに力を増していくからな.....おいお前ら、村長っていつから村長やってんだ?」
「ひっ!?あ...えと....少なくとも俺らが生まれる前からいたよな....?」
その問いかけにもう片方の男がコクコクと頷く。
「となると少なくとも20年以上か.....あいつらには少し重たいな....」
通常、下級の悪魔を生み出せる悪魔は例外を除きその全てが上級の悪魔であり、上級の悪魔1体分を討伐するには相応の準備をした5人組パーティーが無難だと言われている。
目安は大体リューター大洞窟の中ボスを余裕で倒せるほどだ。
些か手応えのないように思われるが、あくまで一体分であり、実際には悪魔の能力等の情報、精神汚染対策などそれなりに準備が必要となる。
「あいつらの武器は俺が鍛えたから問題はないし身のこなしもここ最近でだいぶ良くはなった....が、致命的に人数とそれに伴うロールが足りてない」
『えーっと....ハピアが前衛兼司令塔、クラーリが前衛、リグリットが斥候兼前衛.....見事な脳筋パーティーですね』
「タンク3はいいことだが願わくはあと3人、後衛攻撃職の弓と魔法師、それに支援職のヒーラーが欲しいとこだ。いやまあこれ以上仲間増やせば俺の命が危ないから増やす気は....一応無きにしも非ずと言ったとこだが.....」
十二将と書いて理不尽暴力集団とも読む。
『私達ではオーバーアシストになりかねますし、あー....今回はユート様達が教育という名目で倒してはどうでしょうか?今後村を"使う"時にも便利ですよ?』
「それが一番無難か〜....まあ、いいや。んじゃそろそろ行こか。この匂いで村が包まれでもしたら面倒だ」
最悪の場合ここが文字通りの墓場と化す。
フェロモン自体に殺傷性や殺人自殺を誘発させる効果はないにしろ、ほかっておけば間違いなく一般人なら酩酊感が消えず村が滅ぶ。ロックのガキも現時点で無効化できるか怪しいし、もし無効化できても他人のを無効化できないためどのみち悲惨な運命だろう。
「せっかく救ってやった村を滅ぼされるのは非常に癪だ。徹底的にぶちのめして地獄の釜へ放り込んでやる」
そう呟きつつ男達を連れて、幾許かぶりの地上へと向かう。
やはり地上とはいいものでまず空気が美味しい。地下に流れ込んでくれたおかげであの匂いはかすかにしか漂っていないが、さすがに村人は少し異常に気付き始めており、中央に集まった村人の中からいくつか声が上がっている。
その輪の中央には、俺が新村長として推薦し説得を任せたカルデラが何やら演説をしている。
どうやら上手くいったらしい。
「さてさて、あいつらは.....うげ、村長邸が....」
ただ目で探すのも面倒だったので魔力感知にして探したところ、ちょっと村長邸がえげつないことになっていた。
具体的にはなんかもう禍々しいというか気持ちの悪いドロドロとした魔力がゆっくりと村長邸を覆い始めており、近づくことすら憚られる状態だ。
そんな村長邸の横に逸れた木の下、あいつらがいた。
「!ユート様!」
「後でいいからまず報告を頼む」
別に事態は一刻を争うほど逼迫しているわけではないが、やはり時は金なり、光陰矢の如しだ。
再会の挨拶も程々にすぐさまティファから報告を受ける。
「はい。まず新村長擁立の件と教育補助については滞りなく終了しました。あとリグリットに任せていた村長邸の捜索については2つ、村長と思われる生体反応は私室の横からあまり動いていないそうです。それと...村長の私室から魔法陣が描かれた紙が1枚。使用済みです」
そう言って渡された羊皮紙を一瞥し、すぐにどんな悪魔かを悟ることができた。
「予想通り吸血型の上級悪魔だな。使用したのは....25年以上前、使用者まではわからんが十中八九
「それで、どういたしますか?」
「無論ここで消滅させる。それと今回もハピア達に見て盗んでもらうべく戦うけど....アリアとシスルスは村人番な。理由は2つ、まずアリアと対応する魔法師が今はいないこと、シスルスを使うと瞬殺になることだ。異論反論は認めない。最後の浄化もティファにやってもらうからそこは頼む。それじゃあ各自準備!」
非戦闘となるほぼ確実にアリアとシスルスは駄々をこねるため、先に釘を刺して黙らせておく。ここまで言えば基本的には従順なためいう事は聞いてくれるものだ。
まあ....後が大変だろうが。
「承知した。......あとで私の言うことを一つ聞けよユート」
『少々不満ですが....わかりました。では」
アリアと人化させたシスルス、それにハピアとクラーリ、リグリットを村人の保護に向かわせ、こちらはこちらで準備を開始する。
「戦闘組は手を抜けよ。それと俺が与えた専用武具の使用は禁止、各自俺が配布する武具を使ってくれ」
その言葉に頷く2人。
いくら手を抜こうとも俺が十二将の各々専用に作った武具等は使ってる素材からおよそ準神器と言っても過言ではないだろう。フィアの蛇腹剣然り、アリアの刺突杖然りだ。まあダウングレード版ではあるけれど。
「それは....少し残念ですね。久しぶりにアレを出せるかと思ったのですが」
「いやいや、お前のはたぶん五指に入るレベルで出しちゃいかんだろう」
ティファの専用武具は祖父から受け継ぎ俺が改良した槍術を存分に使うための槍だ。
ただし、ただの槍ではない。
「公然に知れ渡ってるならともかく、一突きで大穴をあける武具はな.....人のこと言えた義理ではないけれど」
ティファの槍も無論俺作のとんでも武器である。
その機能は突いた際に魔力を込めるだけで螺旋状の衝撃波を前方に一瞬生み出す、というもの。
これを受ければまず確実にその部分がおさらばし向こう側がこんにちわだ。
そんなものを今回使って圧勝したところで大体の民衆の反応なんて予想がつく。
「ということで、今回はこれ使え。フィアはこっちで」
そう言ってティファには一般的な大きさの朱色の槍、フィアには一般的なブロードソードを渡す。
これもまあ一般の品ではないが、そんなやばい金属は使っていない俺作の....いわば量産品だ。
まあ、量産品と言ってもそこらのよりかはよほどしっかりしているので問題はない。
「前回があんな失態だったからな、今回は連携を意識してくれよ?フォーメーションは全員が前衛で行く。さて.....もう来るかな」
全員前衛はもちろん意図してのことだ。
ちなみに全員が前衛というのは戦術的に見ても決して悪いことではない。役割を二重三重となる可能性もあり一人一人の負担は増えるものの、連携がしっかりとできているならばこれ以上に素早く戦闘を終わらせる手はそうないだろう。
無論マイナス面も多くあるが....今回は問題ない。
武器は一応納刀した状態で禍々しい村長邸へと移動する。
近づけば近づくほど感じる禍々しい魔力が強く感じられる。
もはや魔力感知を使わずとも暗い何かが村長邸を覆っていることがわかる。例えるならば立ち込める暗雲だ。
村人も村長が悪魔の使役者或いは悪魔だとわかっているならば中の様子がわかるためこの状態で急襲するなり強襲するなり方法はいくらでもあるのだが.....もう演技もいいか別に。
「はぁ.....村長さーん!話があるので出てきてください!」
表向きは村長のため、この声に反応しなければ村人に聞こえるように呼んだため村人も不審がるだろう。逆に出てくれば証拠を突きつけるなり魔力ぶつけて隠蔽或いは化けの皮をひっぺがえしてやればいい。
「ふむ......避けろ」
瞬間、禍々しい魔力の塊が明確な意図を持ってこちらへと飛んできた。
魔力弾が地に着弾し深くえぐり、その魔力がまとわりつく。
「ユート様!」
「攻撃力を持った寄生型の魔力だな。武器で弾けば問題無いが当たると結構面倒だぞ」
それも比較的えげつない威力のものだ。
それに着弾地点を見るに【理解】を使うまでもなくRPGで言う所のバッドステータス系攻撃だということがわかる。
それも毒と腐食の二段構造とかよくできている。
放たれたのは村長邸2階、リグリットの報告にあった通り村長の私室から少し離れた角の部屋だ。
今の音で村人の方も注目しているが......もはや姿隠す気無いな。顔だしやがった。
「もう少しで.....もう少しで"オレ"も王になれたというのによぉ!」
窓から顔をだした村長.....否、悪魔は顔半分を変形させた状態でそう叫び、今度は村全体を標的にあの魔力弾を放ち始めた。
「アリア!」
「問題ない!」
まるで砲弾の雨のように村全体に散らばる砲弾の方はアリアの方で全て撃ち落としてもらった。
アリアはああ見えて一度に最大で27の目標を捕捉、正確に迎撃ができるイージス艦みたいな能力を持つ。
無論、一度に数百という数の魔法で捕捉せずとも目標の撃滅は行えはする。
そんな光景を前に悪魔はより一層顔を変形させる。
「ちっ....あぁもウ面倒くさイなぁ!」
ついには身を乗り出し、ゆっくりと重力に逆らいながら地へと降りてきた。
嫌な予感は的中し、どうやら村長は使役者などではなくすでにすり替わっていたらしい。
その村長を模している身体は半ばまで黒い霧が覆っており、右足と左手、それに顔の左半分はすでに歪な悪魔のものとなっていた。
「数が多いダケのゴミ共がよぉ....俺様の道ヲ阻むんジャねえよぉ」
徐々に徐々に身体が悪魔のものとなっていく。
本来なら敵の変身とか準備とかを待ってやるほど俺は好漢ではないのだが....今回こそはいい加減きちんと戦闘方法を教えてやらねばならんからな。
ティファとフィアにも本気を出すなと厳命しておいたから大丈夫だろう。張り合う相手もいないことだし。
「ヒヒ...ヒヒヒッ!全テハオレノ、赴クママダァァァ!」
「抜刀!まずは様子を見る」
「「ハッ!」」
身体を完全に悪魔のモノとした村長....否、もはや村長とは呼べないソレと相対するように小さなフォーメーションを取る。全員前衛、と言ってもその中にはもちろん位置関係によって細かな役割というものがあり、俺はその中でも一応の指揮官、名付けるなら
「行きます!」
「腕は伸縮自在、それとフェロモンを出すからそこに気をつけろよ。不意打ちでも生身に食らえば大変だぞ」
突貫してくる悪魔に対しフィアが剣片手に受けの構えを取る。その間ティファはフィアの背後に陣取り槍を構え、俺は一歩下がり悪魔の全身像から行動を"確定"する。
「言うぞ!腕の伸縮範囲は元の長さから2mまで、可動範囲は人と同じだ。フェロモンについては腕についている口から息のように発する。基本的には全身が柔いからまずは足とフェロモンの噴出口を叩け」
その指示を元に2人の陣形が細かく入れ替わる。
俺も"確定"が済んだため位置を変え、悪魔の左側面に回り込んだ位置に陣取り、双剣を基本的に防御の型で構える。
「小賢シイ....■■■■!」
「右肩付近から火炎弾3発、それぞれ放射状に三方向。魔力で可視化する」
その指示に従いフィアとティファが射線から身を逸らす。
そしてその設定した射線と寸分違わない箇所を悪魔特有の魔法、邪術による火炎弾が通り過ぎる。
「ナッ!?」
悪魔が驚愕の声をあげる。
未来予知にも等しい先読みの技術。完全に射線を読まれた、それ以前に悪魔以外に意味が伝わらない言語を完璧に理解していることが驚愕なのだろう。
別に俺が悪魔の言語を介しているわけではないしまずあれは何をもってしても介することができない特殊なものだ。
ではどうしたか、それは俺が持つ固有スキルに由来する。
俺の持つ俺固有のスキルはそれぞれ【記憶】【理解】【習得】の3つだ。
これらはフィアの【剣撃収斂】のように攻撃的なものでもアリアの【炎神憑依】のように強化系でもなく、支援系に当たるものだ。
その中で唯一【理解】だけは【記憶】と併用することで直接戦闘に介入することができるものである。
具体的には、
「フェロモン来るぞ、右に避けろ!」
このように戦闘時、相手の肉体の動き、視線や意識の方向、そこにある魔力の属性的なものを全て瞬間的に記憶しそれらを一瞬で理解することで攻撃が来る前にどのような攻撃がどの程度どこに対して行われるかを悟ることができる。
まあこれもこれまでの戦闘から知識を引き出してそれらと照らし合わせて行われるので一般人にも出来ないことはない。
ただ俺のは特別製であり、測ったことはないが、音速越えようが光速での攻撃だろうと事前の動作さえ見ていればなんとかなる可能性が極めて高い、とだけは言っておこう。
つまり、俺の前においては微かな挙動でも全て先読みされる、ということだ。
......まあ、もちろんこれにも弱点はある。
まず俺のスキルは総じて大量の情報を使用するため、いくら人間が脳の大半を使ってないとはいえ常時そんなことをしていれば1年も持たず俺は多分壊れるだろう。
そのためこれらのスキルは全てが任意発動型兼条件発動型であり、今回は『相手の魔力の動きと敵意ある行動に反応』という条件のもと発動している。
それでもまあ、この程度の相手に問題はない。
「全員攻勢!一撃入れて下がれ」
フェロモンを出したそばからこちらで吹き飛ばして散らし、フェロモンが一時的に止まったところを見計らい一撃離脱の攻勢へと出る。
狙いは前回の指示通り脚と手にあるフェロモンの噴出口にプラスαで近い場所。
こういった戦闘において相手の戦力と機動力を削ぐのは騎士道としては卑怯だがかなり有用だ。
特に足元は機動力の要でありながら腕では守り辛く視線からも外れやすい箇所である。
3人で一斉には攻撃せず、1人が一撃を加える間残りはいつでもスイッチできるように構え、伸びる腕を防御ついでに斬りつける。
それを10度繰り返したところで、ついに悪魔は膝をついた。
「グガッ!?.....グゥ....小癪....■■■■、ガァッ!」
「本体から放射状に高温の熱波、飛べ!」
その合図とともにフィアとティファが魔力による強化で家屋を超える跳躍をし悪魔の邪術を躱す。
今のがおそらく全力だったのだろう。
高温の熱波はアリアの元まで届くほど効果範囲が広かったが、あいにく素直に受けてやる義理はない。
アリアもアリアで結界により村人を守り、自身は熱波を直接くらいつつもその熱を固有スキル【炎神憑依】により文字通り喰らっていた。
そしてその全力は悪魔にとって最後の切り札だったのか、身体の再生も完全に止まり、機動力も削がれ唯一伸ばせる腕も傷だらけでもはやその様は風前の灯、或いは巣に水を流された蟻だ。黒いし。
「もういいか、一応連携は見せれたよな?」
「3人の連携ならばこのくらいでしょう。それで、とどめは誰が」
自由落下を風の魔法で弱めつつ、そんなやり取りをする。
下ではもはや動くこともままならない悪魔が「ガッ」や「グッ」など擬音っぽいうめき声をあげている。
「はいティファ、ここで最適解はなんだ。俺以外で」
「えと....候補としてはフィアさん一択。理由としては私の槍でももちろんとどめを刺すことは出来ますが、確実に即死させるとするならば剣の方が良い。それにもしも自爆された場合は私では下手をしたら死んでしまいます」
「はいよろしい。じゃああとフィアよろしく」
「確かに並の人間よりは頑丈ですが....ティファだって魔力壁だの魔法術だので防げると....まあいいです。ユート様のご命令とあらば、行きます」
自由落下の減速を解き、地球同様の重力を乗せて隙なく空中で剣を構え、目標を明確化する。狙いは脳天、兜割り。
「巫山戯ルナ....オレガ負ケルワケ...」
「うるさい小蝿は駆除に限りますっ!」
ザン!とフィアが着地と同時に大上段に振り上げた剣を悪魔の頭から中央で分かつように振り抜く。
瞬間、念のために俺が剣へと無理やり彫った魔力回路に仕込んだ浄化系の魔法が発動、割れた悪魔は眩い光の粒子となりながら、空気中に溶けるようにして消滅した。
「対象の消滅を確認。周囲に怪しい気配なしっと、フィア、ティファお疲れ様だ、よくやってくれた。アリアとシスルスもお疲れ。ハピア達には後で戦闘について色々聞くからそのつもりで。あとは.....カルデラに任すか。俺は少し解呪やら捜索やらしてくるから、後よろしく」
迅速に物事を決めるのが俺の美点だと思っているので、とりあえず適当に労いだとか課題の指示、それと新村長(仮)への事態収拾の丸投げをしつつ、こっちはこっちで未だ陰鬱とした空気と甘ったるいフェロモンの残り香が漂う村長邸へと向かう。
何はともあれこれで一応はこれにて一件落着だ。
.....まあ、任務と言うわけではないが、自主的にやる仕事は裏の裏まで完遂しなければならんので、ここからは手当も何もつかない時間外労働だな。
□
村長邸、2階、角部屋。つまりあの悪魔が居座り、侍女達が酩酊した状態で出てきた一室だ。
道中倒れている侍女達を治療ついでに調べたところ、案の定首筋からは牙による吸血跡が残っていた。麻薬にも似た中毒症状を起こすあのフェロモンを多量吸っていたはいたが、1人1人体内浄化をしたところなんとか息を吹き返した。跡はレバーなりなんなり食べて足りなくなっている血液を補えば数日中に復帰できるだろう。
「さて、と.....あれだけ手間がかかったんだ。それに20年以上となると相当.....あ?」
ガチャリと鍵のかかった扉をピッキングで開け、中に何重にも結界を重ねがけして踏み込んだところ、ある意味で衝撃的な光景が広がっていた。
「ちょっとまて....なんで、"日本"建築なんだ?」
部屋の内装は和を中心にした障子や畳、床の間まで存在しており、その繊細で独特な内装は日本の旧家そのものであった。
いや、内装だけじゃなく部屋の中に漂う微かな香りはあのフェロモンではなく紛れもなく蚊取り線香の香り。
よく見ると部屋の窓際には風鈴のようなものまであり、悪魔がいたであろう場所こそ少し歪な色形をしているものの、その様はもはや日本だ。ここだけ日本と繋がってると言われても信じるほど。
「和は俺も好みだが文化が壊れると思い公然と伝えてはいない.....それに蚊取り線香まで再現しているとなると思いつき、あるいは俺からの言い伝えでもない......可能性は、1つ」
勇者召喚における平均的な召喚人数は2〜3人、今回は少々特別でもあったが基本的には少なくとも2人、多くとも5人の範囲内で呼ばれる。
そしてそれは俺の時もそうであった。
「.....俺がここに来た際、一緒に召喚されたのは3人、そのうち死亡が確認されたのが2人.....あと1人は....痛っ!」
俺の初めての召喚時、呼ばれたのは俺含めて4人だ。
関係はほぼ皆無だったが死んだ2人はたしか紆余曲折の末恋人同士にまでなり、そして悲惨な運命を辿った。
元パーティーメンバーではあるが....まあ今はそんなこと問題ではない。問題は残りの1人について。
どういうわけかその最後の1人を思い出そうとした途端、まるで思い出すのを禁止するかのごとく鋭い頭痛がし、思考が強制的に止められる。
あと1人の情報がどうしても出て来ない。
どんな顔で、どんな容姿で、どんな性格でどんな能力だったか、自分とはどんな関係性だったのか、男か女かさえ、何一つとして記憶から引き出されない。わかるのは存在だけ、という奇妙な状態だ。
「封印.....?いやでも干渉されているならわかるはずだ。存在を知っているだけでそのほかは皆無というのも記憶する時点で無理なことだし.....だぁ!くそ!わかんねえ!」
こんなことは初めでだ。
【記憶】【理解】【習得】の3つを持ってして覚えることが、理解することが、習得することができないのはかなり絞られている。
例えば誰も観測されない出来事、つまり過去の不明な真実は記憶されず理解もされない。俺の能力は既知の中において作用するものであり、記録に残っていないものはどんな卓越した技術であろうと習得ができない。
だが観測されないのは一緒に呼ばれた時点で不可能だ。
「仮定として....そいつ、Aは自身に関する情報を存在以外全て抹消することができる能力者....か、めんどくさいな」
それがもし仮に真実で、いつでも使えるとしたら非常に厄介だ。事前に対策が講じれず、戦闘の最中に戦う意味ごと消されてしまったらもはや戦えなくなる。
さしずめ、情報の統制者、ゲームにおいていつも
「
とりあえずそのことを脳内において最重要事項として記憶、今は記憶領域にしまっておいて部屋の物色を開始する。
ぱっぱぱっぱと床の間の箪笥から座布団の裏、畳の下などをひっぺがえして捜索する。
すると案の定畳の下からはわざとらしいようにしておかれた村長の悪魔召喚に関する報告書であった。
「ええと....まあ、これで、まあいいか」
ザッと読んだところ内容もしっかりしており筋も通っているため、一応は十分な証拠として採用。詳細はあとで読むとして....捜索はここらで打ちきろう。
そろそろ村人集も事の重要さに気付き始めたらしい。
さて、謎を1つ残すことになったけど、今度こそこれにて一件落着!
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