第25.5話:Under starlit sky

襲撃された夜、その日は適当にあり合わせのもので夕食を作り、あとは各々自由時間となった。

ちなみにテントは3つ用意、俺用と後女子勢が多いので2つだ。今更アリア達は俺と寝ることに抵抗とかあまりない(リグリットは知らない)かもしれないが、その場合襲われるのが俺なので分けてもらった。


そして現在、俺の場合自由時間が自由時間にならない可能性があったので少し離れた位置にて1人夜空を見上げ弱めの果実酒をやることにした。


「にしても.....空だけは変わってないよな〜」


月並みの感想だが実際にそうだ。

俺の知らない皇帝に変わり、俺の知らない道具が出現し、俺の知らない世界になりつつあるのにも関わらず空だけはあいも変わらずそのままだ。

詩的に表現するならば宝石をちりばめたような満点の星空。

些かおっさん臭くはあるが、星空を肴にしたこういう晩酌は結構好きな方だ。

酔うことは出来ないがそれでもどこかホッとする部分がある。


そんな臭いことを心内で呟きながらチビチビやっていると背後から近づいてくる気配を感じた。

ハピアだ。


「ユート様」


「んー?どした?」


振り向かず応える。

どうやら自主練を終え、簡易な水浴びをしたらしく俺の自作である石鹸の匂いが鼻をくすぐる。


「えと....隣、座ってもよろしいでしょうか?」


「あぁ。俺の隣でよければ」


そう応えるとハピアは失礼しますと俺の隣へと腰を下ろした。

だが特に何もすることはなく、ただソワソワと俺の方を見たり自身の手を眺めたりとこれだけ見れば恋する乙女のようにさえ感じられる落ち着きのなさだ。

たぶん座ってしまった以上自身の手持ち無沙汰加減に気づいてしまったところだろう。

まあ、ハピアは真面目だが頑固な部分もあるのでこのまま眺め続けても面白いのだが、助け舟を出すか.....


「ハピア、飲む?」


「あっ、い、いただきます」


もう一個取り出したコップに注ぎ渡す。


「ふぅ....ハピア、皆とはどうだ?少し展開が早すぎて慣れるのも大変だろう」


性奴隷になろうとしていた身から俺の奴隷となり、おそらく一般以上の生活を得て、仲間もクラーリ以外に5人も増え、今では旅(行商)までしているとなるともう急展開なんてレベルではないだろう。

まあ、その点元クラスメイト諸君らも同じような展開だが、やはり落差が激しいのは前者か。


「はい。皆さんにはよくしてもらっていますしその、展開が早いというのも大丈夫です.....」


そこで突然ハピアは会話を切り、下を向いた。


「私は、たまに思います。もしかしてこれは夢なのではないか、目を覚ましたらあの時に戻っているのではないかと.....生きる理由さえ見失いかけていた頃の自分に戻ってしまうのでは、と」


「そうか.....」


薬物を克服した者が数年間経って突然中毒症状が来る事をフラッシュバックと言うらしいが、ハピアのそれはそのフラッシュバックに近い事だろう。

過去が絶望的すぎたせいで今の幸せがわからなくなってしまうこと。十二将の中にもいたし一時的に人間不信にまで陥った者も知っている。

これは早めに克服させてやらないとハピアの性格上まずいだろう。


「なあハピア。よかったらお前の過去の話を聞かせてもらえるか?」


「.....私の....ですか?」


「あぁ。無論言いたくないなら言わなくてもいいが、どうだ?


「.........わかりました」


そうして、ハピアはゆっくりと胸に溜まった何かを吐き出すようにして語り始めた。





ハピアはカリエント帝国とエスコバル獣国との国境近くの小さな集落で暖かな春とともに生まれた。

集落で美人と有名な母と集落でも1位2位の実力を誇る双剣使いの父、そしてハピアより2歳年下の弟と一般的な4人家族だ。

生計も少しの狩りと農業で立てており、貧しくもなければ裕福でもない、やはり経済面から見ても一般的な家族となんら変わり無かった。


そんな家族に囲まれながらハピアは長女としてスクスクと成長していき、あっという間に齢12にまでなっていた。

その頃には父から双剣の使い方を教わっており、天賦の才があったのだろう、すぐに双剣にのめり込みそして強くなっていった。

夏頃になると父の狩りについていくようになり、冬には父から一本取れる程にまで成長していた。


対する弟は生まれつきあまり身体が強くなく、元気いっぱいに走り回るハピアをいつも遠くから眺めながら、ひたすら勉学に励んでいた。

そしてハピアと同じ齢12になる頃には集落でも有名な博識者となり、初級のみとはいえ集落で唯一魔法が使える存在となっていた。


対照的な2人ではあるが非常に仲が良く、集落において天才児コンビとして知られる程にまで有名になっていたが、事件が起きた。

原因不明の病が集落において大流行し、ものの3ヶ月で人口が半減する悲惨な傷跡を残していったのだ。

ハピアが15歳、弟が13歳の時だ。

原因不明、病人の共通点もなく、予防方法も治療方法も分からないような天災と言うべき病だった。


そして、いつの日か誰かが叫んだ。


「これは呪術によるものだ!」


当時、集落において魔法は奇跡と言われていたが、いくら体系化されてるといえど人の知識の届く範囲外の出来事ゆえに一部では呪術、邪術とも呼ばれていた。

それは魔法を知らないものの浅知恵であったが、その一言で集落はある意味一致団結した。してしまった。


その日のうちに、ハピアの一家は囲まれた。


周囲からは悪魔と罵られ、怒気、殺気、とにかく負の感情を宿した目と言葉でハピアの家は囲まれ、小さな家庭菜園の農場は無残にも踏みにじられていた。

集落の男たちは皆松明と思い思いの武器を持っている。

そんな連中に相対する形で立ち尽くすのが、ハピアの父親であった。


ハピアの父親は必死で「息子は関係ない」「あれはただの病だ」と釈明を続けるが、やはり未知のものに対する恐怖は根強く、魔法を一方的に害悪とし魔法使いを邪悪と定める思想は変わろうとしなかった。


やがて、誰かが放った矢がどこからともかく飛ぶ。

その矢をまるで開戦の合図のようにし男たちは大声をあげ、偏執の大義名分を掲げて家へとおそいかかった。


乱戦。

いくら強いといえど複数人を乱戦状態で相手にできるほどハピアの父親は強くなく、あっという間にハピアの父親は殺された。心臓を一突きされ、死体には無数の槍が突き刺さっている無残な死体。

やがて家の中からはハピアの母親、元凶とされる弟、そしてハピアが引きずり出された。


乱暴に投げ捨てられるように連れ出され、ハピアの母親は即座に首をはねられた。

弟は一番悲惨で四肢に槍を突き立てられながら燃やされた。


その瞬間、ハピアの中では何かが弾けたのだろう。

先程まで泣き喚いていたはずのハピアはピタリと泣くのをやめ、ただ一心に男たちを見つめた。

その目には深い絶望を通り越し、何事もどうでも良くなったような、とにかく不気味であった。

それがある意味ハピアには救いになったのか、男たちはこんな奴を殺したら何が起こるかわからない、とししばらく地下牢に閉じ込められることになった。


そこから約1年、1日の食事は小さな野菜だけというこれまでの暮らしとは比べ物にならないほどの酷い食生活だったが、ハピアはひたすら何もし無かった。

程なくして、こんな奴はとっとと追放したほうがいい、との意見が強まり、ハピアは通りかかった奴隷商にわずか銀貨1枚で売り飛ばされた。


それからというもの、やせ細り人種とは違う他種族であったことからハピアは奴隷商の店の端に追いやられており、同様に追いやられていたクラーリと出会った。

それからハピアは売れ残りの奴隷として月日を過ごし、ついに売り手として騎士団の玩具として決まりかけていたその時にたまたま通りかかった悠人と出会ったのだ。

それからはこれまで過ごしている通りである。





「ですから私は.....本当にユート様やアリアさんフィアさんにティファさんシスルスさん。リグリットさんもクラーリにも本当に感謝しています.....」


そうして話を締めたハピアだったが語尾が弱く、やはりどこか思いつめている様子だった。

やれやれ、こういうことは苦手だというのに.....


「ハピア。教えてくれてありがとうな」


「あぁいえ!聞き苦しい話を....」


「いやいやこの話を聞き苦しいと苦言を呈すほど俺は腐っちゃいないよ。それでだハピア、連続で悪いんだが、1つ聞かせてくれ」


「?....はい、なんでしょうか?」


「ハピア。お前は今、幸せか?」


「え?」


「お前はいまこの時、幸せと感じているか?」


ハピアの過去は決して幸福ではない。

家族がいた分ある意味リグリットより天辺と底辺の差が激しく、辛く苦しいだろう。

目の前で両親を、弟を殺され自分だけが生き残ってしまった罪悪感はハピアの中で決して小さくないだろう。

それは震災孤児や戦争での生き残り、果ては死に損ないに至っても同様なことでその者たちは他者に依存する、あるいは死に場所を求めるようになる。

たぶんだが、ハピアは後者であり、それがアリアが見た俺と似た魂なのだろう。

そして、そういう者は得てして幸せを忌避するようになる。


「私は.....怖いです。私がもし幸せと、この生活がずっと続けばいいと思ってしまったら、その途端に崩れ去ってしまうのではないかと。そして、また私は独りになってしまうのではないかと.....」


「そうだな.....よしハピア。少し目を瞑れ」


「え?」


「いいから、とりあえず目を瞑れ」


そう言って少し強引にだがハピアの視界を塞ぐ。

ハピアは湿っぽい話から突然の奇行(?)に心配というか不思議と思っているのだろう。暗い顔が一転してキョトンとしていた。


「あ、あの、ユート様?これは一体....」


「ほら、俺こういうの苦手だからさ」


些か理由にはなっていない気がするのだが、まあいいだろう。苦手なのは事実だ。


「さて、そのままよく聞いてくれ。ハピアさ、クラーリのこと好きか?」


「?.....はい。あの子は狭い檻の中にいてもすごく元気で、どれだけ元気を、笑顔をもらったかわかりません。あの子は私にとっての太陽、のような気がします」


「そうか。じゃあリグリットはどうだ?」


「リグリットさんは、とてもぶっきらぼうで感情表現が苦手でわかりにくいところもありますが.....リグリットさんは私が獣人とも奴隷とも見ずに1人の人としてみてくれる優しさが、とても暖かいです」


「アリアは?」


「アリアさんは厳しくて、時々暴走?することもありますが、とても快活でどんな時でも私たちに親身になって接してくれます」


「シスルスは?」


「シスルスさんは、まだあまりわからないところもありますが、それでもちょっとした気遣いや厳しい中にある優しさが一緒にいて、とても心地いいです」


「フィアは?」


「フィアさんは驚くほどに一途で、少し嫉妬深い?ですがその強さはすごく見習いたいと思います。特訓の時もわかりやすく丁寧に教えてくださり、とても感謝しています」


「ティファはどうだ?」


「ティファさんはまだ会って間も無いですが、それでも他の方と同じように身分問わず接してくれてとても嬉しく思っています」


依然ハピアは目を瞑ったままだが心なしか口角が上がり口調も明るいものになっていた。


「じゃあ最後、正直に答えてくれよ?俺の事はどう思う?」


「ユート様の....ことですか?」


「あぁそうだ。正直に言ってくれ。これは今後の旅でも必要なことなんだ、俺を助けると思って頼む」


少し、少しだけ心の中でハピアに謝っておく。


「ユート様は.....その、私の手の届かない位置にいると思います。壁なんかではなくて、越えると考えること自体が違う何かが....って、すいませんこんなこと言って!少し酔いが回ったようです....」


「いやいや、正直に言ってくれ、と言ったのは俺の方だからいいよ。ありがとう」


律儀に目を瞑ったままこちらへと急いで頭を下げるハピア。

ハピアは自分でこんな事を言ったのは酒のせいだ、と思っているようだが、本当の事を言うと違う。



【真実の精神】・固有

・自身の言葉を聞いている対象にキーワードを言うことで思っていることを違和感を感じさせず言わせる精神干渉型のスキル。

ただし一定以上の信頼、もしくは自身への恐怖心を獲得していなければ不可。



本来は尋問や拷問時に使うことが有用な固有スキルだ。

恐怖心からもいけるため口が堅いスパイ等にも使えるかなり便利なスキルであり、俺もそういったことには愛用していた。

そして今、俺はハピアに対してこのスキルを使い、実際にハピアが思っている本心を聞き出すことにした。

これはまあハピアが真面目ゆえの処置であり、別に下心があったわけではない。

まあ、今は関係ないか。


「っとハピア。もう目開けてもいいぞ。見せたかった景色はもう出来た」


「は、はぁ....出来たとはどういう」


ハピアはゆっくりと目を開け、そしてフリーズした。


「どうだ、ハピア。こうまじまじと空見たことないだろ」


満点の星空。


おそらく子供と異世界人特有の考え方だろう。

この世界で夜空なんてものはいつも上にあるものだがまだ治安が悪いためにゆっくりと眺めることは滅多にない。

吟遊詩人からの話を聞いて、見てみようと思うくらいであり、ましてやハピアのような長い間奴隷の者は話を聞く機会すらないだろう。


「ここは機械文明が皆無だからな、灯りがほとんど無い野原で目を暗闇に慣れさせておくと凄い」


大気を汚染するものなど殆どなく、まだまだ未開拓の森が大半を占めるこの世界において夜空の美しさは万の宝石をも凌駕するだろう。

空気は澄み切り数知れない星々が瞬く夜空、その中でも特に綺麗で美しく輝くのが月。


そしてこれが、俺の見せたかった景色だ。


「どうだ?特等席で見たご感想は」


「凄い....です。まさか頭上にこんな景色があるだなんて」


「それは良かった。俺もこの景色は好きでな、よく夜中に寝床を抜け出しては見ていたよ」


その後に何故か皆にばれて皆で見たり真面目組のティファとかに怒られたりするのが常だった。

偶にはそんな少し昔の思い出に浸るのもいいだろう。


「ん?どうした?ハピア」


「いえ、あの.......ありがとう...ございます」


「?何故に感謝って、待て待て待て、泣くな。頼むから泣かないでくれ!後で皆にドヤされ...あー!」


突然なのか俺が何かやってしまった必然なのかは全くもって不明だがとりあえずハピアの眼から雫が垂れ始めた。しかも大粒の。

....これは少しどころかだいぶまずい。

一回目の転移の際に十二将の中でも幼いエリスという獣人種が俺の隣で泣いた際、それはもう後でひどい目にあった。

ついでに俺の持つ無数とも言えるスキルの中で泣いた女の子をあやすスキルなんてものは存在しないし経験もない。そのため結局はしばらくの間オロオロして自然に泣き止むのを待つしかない。


そんな感じでやはりオロオロとしていたらある意味助け舟的なものがやってきた。


「ユ〜ト〜!何を2人でやっとるんだ〜!」


「おわっ!?アリア!?」


「アリアさんの言う通りです。そして久しぶりに会ったということで無礼講っ!」


「ティファ!?お前そんなキャラじゃ...おふっ!」


訂正、やってきたのは泥酔した舟、略して泥舟だった。

もしかしたら少し離れている間に盛大な酒盛りでもしていのかもしれない。いや、そうに違いない。

別に飲むこと自体はいいのだが、いくら酔ったと言えど背中にアリアとティファが不満を言いながら抱きつく、いつのまにかクラーリは俺のあぐらの上に座って舟を漕いでいる、両膝にはシスルスとフィアが無言で寝息を立てているという状況は混沌カオスだ。

いくら夜風が涼しいとはいえ暑い。


「お前らいい加減に離れろ!後ろの2人!無い胸を押し付けんな!」


「むっ....無い胸とは聞き捨てならんぞユート!私とても多少なりともあるわ!」


「無い胸....だろうと将来的には大丈夫なはずです。ということで、ユート様、任せました!」


「何を任せた!?恐ろしいことを、ってフィア!お前は寝てないのなら起きてこの状況をどうにかしてくれ!」


「ははは〜ばれてしまいましたかぁ....ZZZzz....」


「今寝るなよ!ハ、ハピア。お前だけが頼りだ。頼むから助け...どうした?」


ふと唯一の素面であろうハピアに助けを求めるべくそう声をかけると、何故かハピアが俯いて震えていた。

やばい、泣き叫ぶ!?と思った瞬間、ハピアが噴き出した。


「ふふっ...あっ、す、すいません...なんて言うか、面白くて...ふふふ」


「面白いか....面白くてもいいからこの状況をどうにかひゃう!?てめえアリア!いい加減にしやがれ!」


「ははははは!!愛い奴だな!ティファもやってみろ!」


「やるなよ!だぁー!ハピアー!頼むから助けって、うわ!?どうした?!」


これまた唐突にハピアがこちらへと抱きついてきた。


「ユート様!」


「は、はい!なんでしょう!?」


「私は"今"幸せです!」


「.....そうか、それはよかった」


その時のハピアの笑顔はとても輝いているように思えた。空の星々にも負けない輝きで。


「ところでだ、ハピア。俺はお前がそう答えてくれたからいいのだが、下見ろ下」


「ふふ...ん?下、ですか?えーと....リグ、リグリットさん!?いつのまに....」


最初いなかったはずのリグリットがハピアに潰されていた、というのが今回のオチでどうだろうか。

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