第25話:束の間の休息....否

馬車の乗り心地はどうだ、と聞かれるとやはり自動車が普及していた日本暮らしだった者からしたら不規則に揺れるわ座席硬いわであまり乗り心地は良くない、と答えるだろう。

まあでも決して居心地が悪いというわけでもなく、やはり馬車には馬車の風情というものがある。

まあ、つまり何が言いたいかというと馬車はいいよ、って事だ。


今回俺らが買ったのは比較的大型のもので御者台に3人、居住用の荷車には座れば10人、その後ろの行商用の商品荷車が1つ、それらを引く馬が4匹と、これだけでもかなり出費となった。

何はともあれ、これでようやく当初の予定を遂行できりようになり、万々歳だ。

本音を言うと商品陳列と馬車の改造に後1日使いたかったのだが、あいにくと勇者御一行から一刻も早く離れたかったので仕方がなく、買って1時間後にはもう出発していた。


そして現在、出発してから2時間と少し、場所はリューターからだいぶ離れた道をゆっくりと馬車に揺られている。

ちなみに席順は御者台に俺、それと両隣に十二将の参謀的立ち位置のティファ、それと緊急迎撃用にアリア、残りのフィア、シスルス、ハピア、クラーリ、リグリットは後ろにて商品の陳列等をやってもらっている。


「そうだ、今更なんだがどうしてわざわざ行商をするかわかるか?」


「あれだろ、よくお前が言っていた....じょ、情動?」


「情報ですね。行商はその商売方法上各地を巡るため、行く先々の情報や行った先で取引相手などから得る情報を多く扱うことになりますし、それらを名目に情報も集めやすくなります」


「正解。アリアはアホだな。んで、その情報を集める理由が....」


「情報は力であり、何事も有利に進めるには情報がいるから、ですよね?ユート様」


俺が言うよりも前に背後からそう答えたのはフィアだった。ヒョコッと顔を出してる姿はその美麗な顔立ちとのギャップで妙に可愛らしく見える。


「ああその通りだ。よく覚えていたなフィア」


「ええまあ、私は十二将でもあまり特別な方ではなかったのでユート様の事をよく観察していたので」


「特別ではない気がしないのだが....まあいいか、陳列は終わったのか?」


「はい。皆が手際良く並べていたので早めに終わりました」


「それはなにより。じゃあ休憩してていいぞ。今日はこのまま夜まで進んで、そこで野宿する予定だから」


そう言うとフィアはぺこりと礼をして戻っていった。


「で、だ。幸いというかあいにくというかはわからんがこの世界で情報はあまり重要視されてないからな...って、どした?」


「あぁいえ、説明を続けてください。ちょっとした嫉...いえ、なんでもありません」


「ならいいけど....で、話を続けるんだけど。その情報を集める事は皆にやってほしいんだよ」


「ん?ちょっとまてユート。ティファならともかく私は情報収集とかできる性格に見えるか?後ろもたぶんハピアとリグリットぐらいしかできんだろ」


「それくらい知ってる。だからこそだ。また今回みたいな事が起こりかねんだろ?そうしてまたバラバラになられたら困るしそれに今後生きていく上で大事な事だからな、情報収集は」


まだ全くと言っていいほど地球送還の魔法及び魔法陣の情報は噂のレベルでも聞いた事がない。

もし仮にあれが俺をよく思わない者、例えば帝国の上の方や俺が壊滅させた団体による人為的なものだとしたら俺がここにいる事がばれた時点でまた送還されるだろう。辛うじて幸いなのは髪色が違う事ぐらいだが....バレるのもまあ時間の問題だろう。


「楽観視ばかりもしていられないからな、とりあえずは皆に情報収集、その情報を活かす術を身につけてもらう事にする。それでいいか?」


「そう言われて私らが断るわけないだろう。わかった、私1人苦手というのは格好も悪いしな。ティファもいいよな?」


「もちろんです。私は元から文官として育てられましたし、その情報がいかに重要かも理解しています。ご指導の方よろしくお願いします、ユート様」


「ん、よろしい。じゃあ後でいいから皆にも言っといてくれ」


「「あいわかった(かしこまりました)」」


その後は道中何事もなく、皆で談笑しつつ馬車に揺られた。





馬車に揺られることおよそ3時間と半分ほど、空が赤く染まり始めたため今日は街道沿いから少し離れた木陰にて野宿となった。

簡易テントを張り、獣除け、防寒、料理の為に火を起こす。馬は馬車と共に木にくくりつける。

一連の動作を流れるように、とはいかないものの俺以外を中心に進めている。

理由はもちろん様々なことを経験させる為であり決して俺が楽したいからでは無いです。はい。


「うーん.....猫でも愛でようかな」


ポン!と【召喚術】で猫を呼び出す。

前にも言ったが何故かこれだけは極められず、精霊と交流できるのに契約できず、魔物を屈服させれるのに契約できず、と言った具合で結局猫としか契約できなかった。

が、まあ召喚獣なんて正直いらないので別に猫でもよかった。かわいいし。

そんな事を心内で思いながら猫の綺麗な毛並みを堪能していたところ、異変は起こった。


「お〜よしよs..........っ!?なんだ!?」


ガバッと猫を還しつつ勢いよく立ち上がる。

さっき、猫を撫で回していたあの一瞬で俺の危険時に発動する回復魔法が緊急発動した。場所は左腕。

微かに感じる魔力の残滓はおふざけで偶に襲ってくるアリアとも凄まじい抜刀速度を誇るフィアとも違う。無論ティファもシスルスもハピアもクラーリもリグリットとも違う。

第三者、それも索敵結界を張っていないとはいえ俺の天然の索敵、悪意感知範囲にすら引っかからない相当な手練れか人間をやめた何か。


俺はすぐさまその攻撃から考えうる相手の脅威度を算出、俺を基点として皆が覆われるレベルの索敵、対魔対物、対空間干渉、認識阻害及び隠蔽、反射起爆の結界を何重にも展開した。脅威度は勿論最上位クラスだ。

その後すぐに受けた傷の確認と傷から考えられる凶器、発動又は発射位置の特定に入った。


(傷は鋭利な何かが貫通したもの、だがその程度で緊急発動するとは思えないから中で即効性の腐食系の毒、あるいは組織破壊か脅威的な何か。傷の角度から見て相手の位置は俺から真っ直ぐ行ったどこか、最低でも1km以上は離れている。背後に何かが地を穿った跡もアリアたちを襲った痕跡はないから俺だけを狙った魔法系の攻撃)


その後すぐに仮定した攻撃方法を脳内で検索にかけるが特に俺が気付けなさそうなものは出てこなかった。

ならば考えられるのは封印の魔水晶のような俺が地球にいた間で出てきた新しい攻撃手段。

それこそ超遠距離から的確に対象の腕を撃ち抜ける狙撃銃のような魔法....あるいは可能性はほぼ皆無だが銃などの火器の類。


もし、こんな芸当が出来るとなると最低でも十二将クラス、場合によっては人間をやめた俺と同格程。


「仮に十二将で出来るとしたら.....ミーナぐらいか」


詳しい事は再開した時とするがこんな芸当を平然とやってのけるのが十二将が1人、ミーナだ。

ミーナは森の民、エルフと呼ばれる存在ゆえに弓の扱いが非常にうまく、ミーナの腕なら目視範囲どこにでも必中する。

更に魔力を矢として放つ事もでき、本気を出せばただの弓で最大射程3kmでアンチマテリアルライフル並みの威力を出す事もできる。


だが、あいつの性格でこんな事はしない。


「じゃあ誰が....勇者の1人?いや、そんなスキルホルダーはいなかったし.....それ以前に方角も違う。じゃあ.....カエン、か?」


考え得る範囲で最近俺が恨みを買っていそうな人物といえば封印の魔水晶を配っているカエンぐらいだろう。

クライアントを消したし結構探りも入れているため情報が行っていたら少なからず恨まれはするだろう。

それでここまでやるかは不明だが、とりあえず今はカエンを容疑者として考えていこう。


「封印の魔水晶......の別の使い方か?確かあれは魔力を無効化するものだったから考えられる副次効果は....魔力隠蔽か!」


あくまで仮定だが、もし仮に封印の魔水晶に副次効果、或いは第二の効果があるとしたら関連性があるものとして魔力の隠蔽が考えられる。

特殊なスキルを使わなければ魔力は完全に隠蔽できず、俺がアリアと出会う際に行っていたように極力"抑える"ことしかできない。

ゆえに俺はその微弱な魔力から気配を感じ取ったりしているのだが、封印の魔水晶が魔力を打ち消すのなら隠蔽も可能な可能性がある。

些か暴論ではあるが、まあ今はいいだろう。


「早い話現物を調べるしかないか....皆にはそれとなく注意を促すとして、少なくとも向こう一週間は厳重に警戒だな」


もしも俺の読みが悪い方に当たっていて俺と同格程度の者がやっているとしたらいくら十二将とて危険だ。

皆揃うまで、少なくとも半数は揃うまで明確に教えるのは危険だろう。もしかしたらさっきの一撃はどこからでも狙えるという警告の可能性もある以上このことは俺のみで調べつつ、皆がそろい踏みしたら第一優先目標として調べ上げる。もちろん犯人は見つけ次第締め上げる。


「ユート様!準備できましたー!」


そうこうしてるうちに背後からは何事もなかったようにハピア達の呼ぶ声が響いた。

さすがにアリア、フィア、ティファ、シスルスは俺の結界に気づいたのかそれとなく戦闘態勢に入っていた。


「今行くよ」


結界を維持しつつこちらも何事もなかったように装いつつ皆の下へと向かう。

まあ、最悪の場合でも俺らがいる場所以外の地表全てを薄く削ってやれば問題はないな。





同時刻、某所



そこは、その空間だけはまだ夜でもないのに一寸先は闇、という言葉が似合う程に暗く、それ以上に不気味な空気が流れていた。

そんな場所に1つ、動く影はうーんと遠くを見るような仕草を見せ、少しだけ肩を落とした。


「あらら、結界張られちゃった」


後ろ髪をガシガシと掻きながらそんな事を呟く。


「30人使って腕一本、しかも1秒持たないとなると.....あーめんどくさい」


どこか不貞腐れた感じでその影は足元にある丸いボールのようなものを蹴っ飛ばす。

それはぽーんと飛び、床に当たった瞬間にグチャ、と潰れるような音がして何かが飛び散った。

その後も影は不貞腐れた感じで次々と何かを蹴り上げる。


「本当っ、役にっ、立たないよねっ!あっ、やべえ飛びすぎた」


そのうちの1つが闇から飛び出した。

出てきたのは人の首、しかも拷問でもされたかのような傷跡が生々しくその顔には残っており、常人ならば見ただけでトラウマものだろう。

だがその影はまるで気にする様子がなく、構わず蹴り続ける。


程なくして周囲の闇は空気に溶けるようにして晴れていき、更に衝撃的な光景が出現した。

死屍累々、地獄絵図、そんな言葉があるように、その場所には老若男女問わずバラバラにされた死体が転がっており、蹴り上げられている首は苦悶の表情を浮かべていた。

そして、同時に現れた影は黒いローブを目深く着込んでおり、顔こそわからないもののその口はまるで子供が遊んでいるように口角が上がっており、嬉々として"こんなこと"をしているようだった。


「あははは!まあ、別に何人使おうがいいよね!」


ぴょんぴょんとやはり子供のように飛び回る。

かと思ったら突然ピタリと動きを止め、今度は不気味に笑い出した。


「ふふふふふ....ははははは....ひひひひひ....」


まるで壊れたように笑い狂う。

腹を抱えて笑い、涙を流しながら笑い、ほくそ笑むように笑い、悲しそうに笑い、楽しそうに笑う。


「ま、まあ!ばけ、ものには....いい!よねぇ...ふひ...」


そして、ひとしきり笑い続けると黒ローブは落陽の闇に溶けるようにしてその姿を消した。

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