第20話:つかのまの安寧&桐山 舞
長谷川との戦闘後、俺らは街の端にある宿屋に駆け込み、なんとかことなきを得ていた。
「はぁ....すまんな皆、知り合い....とは言いたくないが、本当にすまん、迷惑かけた」
今回のことは事前に勇者の予定を調べていなかった俺のミスだ。
結果的にハピア達に害が無かったとしても無駄な時間を食ったし仲間の顔バレもしてしまったため、今後めんどくさいことになりかねない。
それ以上に皆に不快な思いをさせてしまったことが申し訳なかった。
それに今後、あの騎士長の行動次第によっては大変めんどくさい事になりかねないだろう。
その事も含めて、皆の前で頭を下げた。
「ふむ、私とフィア達は構わんが...ユート、ハピア達がわかっていないようだから説明してやれ」
「ん?あぁ、そういや話してなかったか」
見やるとハピア、クラーリはキョトンとした顔をしており現在何が起こったのかがわかっていないようだった。
リグリットは半ば俺の過去を聞いたせいか余計に謎が深まった、的な表情をしている。
まあ、確かに10万殺して勇者と知り合いで魔王で、なんてそうそう簡単に理解できるものでもないか。
「そうだな....説明が面倒だから簡潔に言うとあいつらは同郷で、俺は"元"勇者だ、と言えばわかるかな?」
その時のハピア、クラーリ、リグリット3人の顔はまさに絶句、驚愕という言葉が似合いそうな表情をしていた。
正直この反応は俺自身も驚きだ。
なんと言うか今までの出来事、主に名前とか知り合いとかボス戦とかで半分くらいバレてるかな?ってのが俺の考えなのだが、どうやら認識不足だったらしい。
「そんな驚くとは思ってなかったけど....まあ、あれだ今はあくまで"元"勇者であってあいつらとは今の所なんの縁もないよ。さっきのでぶった切った」
もともと自堕落野郎のダメ谷と呼ばれ居場所が無かったのにも関わらず、クラスカーストの頂点に位置する長谷川と物理的なカースト頂点の荒木をボコった時点で確実にあの場に俺の居場所は完全に消滅しただろう。
それに下手をすれば今度こそ反逆罪か何かで斬首とかになりかねない状況にもしてしまったわけだ。
まあ、未練がないどころかようやく、といった感じだったのだが、その時一瞬、南の顔が浮かんだのは気のせいだろうか。
「コホン、だからまあ気にするな...とは言わんが、なるべく普通に接してくれたら嬉しいんだけど、どう?」
「どうって....いやいや、私は既にユートが魔王ってのも聞いてるし、それ以前にユートって全然勇者っぽくないよな」
「褒めてるのか貶してるのかわからんが....今まで通りで頼むよ。ハピアとクラーリはどう?」
「私は...いえ、私達は元からユート様の事を信じていますし、ユート様が勇者でも魔王でも主人である事は変わりありません!一生の忠誠を誓います!」
「....あ、ありがとうハピア....クラーリもな」
クラーリは言葉で表せなかったのかギュッと背中に抱きついてきたためその頭を撫でる。
こうして見るとリグリットは昔ながらの悪友でハピアは若干重いけど後輩、クラーリはアリサと同じ娘とかの感じがして、微妙にこそばゆいものだ。
そんな十二将の皆とはまた違う温かさを感じていると背中の重みに別の重みが加わった。
「ユート〜?私らのこと忘れてないか〜?」
いつの間にかクラーリの反対側の肩に陣取っていたアリアがクラーリと同じように抱きついてきた。
フィアとシスルスは....なんかソワソワしてチラチラと視線を送ってきているが....まあ放っておいて構わんだろう。
「忘れてねえって、ほら離れろ、重い」
「.......えい」
「ひゃっ!?てめえ、アリア!首筋舐めんな!」
「はははは!相変わらず首筋は弱いんだなユート!可愛い声で鳴き寄って、愛い奴め!」
「....ぶっ飛ばす」
場を明るくしようとしたのか、それとも欲故なのかはわからないが、今日も今日とて賑やかになりそうだった。
□
side:Karient Empire
悠人達が逃げた後、カリエント帝国の騎士長の1人にして勇者の戦闘教育係であるエジットは頭を抱えていた。
本来勇者は常勝無敗にしてカリエント帝国の戦力の象徴になるべき存在だ。
その考えは最初に勇者全員に叩き込み、勇者達も自身の存在が特殊であり負けてはならない存在だ、と自覚したはずであった。
にも関わらず、勇者の中でも総合戦闘力トップクラスの勇者が訓練を受けていない者に、ただの剣で負けた。
それがどういった事を表すのか、一目瞭然であった。
「.....すぐに陛下へとお伝えせよ。この場はどうにかする」
「はっ!」
とりあえず部下を1人、国に戻らせエジット自身は今後の事について考える。
現在の状況は最悪も最悪、倒された勇者 長谷川はなんらかのスキルもしくは魔法により気絶、更に失禁までしているとなると、フォローは困難を極めるだろう。
最悪の場合エジットは勇者に対する事について箝口令を敷く権利は与えられているが、人の口に戸は立てられないのが世の常である。
箝口令を敷いてもこれが広まるのは時間の問題、ならばどうするか、暫し考えた後エジットはその口を開いた。
「たった今!逆賊カミヤは、神聖な戦いにおいて魔物の毒を使い、正々堂々戦おうとしていた勇者ハセガワの騎士道精神を貶め、試合を放棄した!これは断じて許される事ではない!」
エジットが取った方法勇者のフォローではなく、相手を逆賊に仕立て上げ、悠人を悪に傾けることであった。
「勇者ハセガワは、逆賊カミヤによって囚われた臣民を解放し、自らの身を切り育てると提案したのにも関わらず逆賊カミヤはその言葉を無視、あまつさえ試合を途中で放棄し、逃亡した!」
そのエジットの叫びに周囲の民衆が湧いた。
民衆は口々に悠人に対する悪口、根も葉もない噂や有る事無い事を叫び散らす。
騎士長であるエジットは伊達に長い間騎士長という重大職務についているわけではない。
故に騎士長という身分上必要になる事は自ら学び、研鑽し、身につけていった努力家でもある。
そんなエジットが身につけたことの中に人心掌握の術が含まれていた事が今回はこうを成した。
まあ、いくらエジットと言えど民衆の叫びに勇者達が加わる、とは思っていなかっただろう。
勇者の中から数人、長谷川の下へと駆け寄り介抱し、その数人を筆頭に悠人の悪口を叫ぶ。
次第に叫びは大きくなっていき、ついには収集がつかないレベルにまで達していた。
そんな渦の中、1人冷めた目をしているのが1人いた。
「......くだらない...それよりも...」
桐山がポツリとそう呟いた。
今ではもう前後ろ問わず悠人の悪口が聞こえ、それを言う空気のようなものが形成されつつあったが、桐山はそんな事よりも、今激しく脈打っているこの心臓をどう落ち着けるのが最優先であった。
(神谷の剣技....あれは本物だ)
桐山は悠人の剣を見て確信していた。
神谷 悠人は人を殺した事がある、と。
桐山の実家はヤのつく仕事をしており、その中でも頭と呼ばれるのが桐山の祖父であった。
故に桐山は幼い頃より護身術程度の武術や剣術を習っており、殺気というのも素質があったのか幼い頃よりそれらしいものは感じることができていた。
だがそれも、悠人と比べるとお粗末なものであった。
悠人の発した殺気は常人ではわからない、それでいて精神を強く持っていないと一瞬で持ってかれるほどの強く濃い死の匂いがしていた。
それに桐山が舌を巻いたのは悠人の剣技にもであった。
悠人のあれは剣道に見せかけた実戦向きの剣術だ、という事を桐山は看破していた。
剣道とは同じ条件で行うものだが、あの戦いにおいて武器に限っては圧倒的に悠人が不利であった。
桐山自身も訓練で戦った事はあるが、聖剣ほどめんどくさい剣はないし、剣術に自身のあった桐山も何本も折られていた。にも関わらず、悠人は市販の剣で折られるどころじゃヒビすらいれず聖剣の攻撃を全ていなし切った。
これがどれほどの妙技であり神業であるか。
と、そこまで考えたところでふと桐山は袖が引かれていることに気づいた。
「舞ちゃん....」
「ん?あぁ、間宮さん...ってどうしたの?」
見やるとそこには真っ青な顔で沈んだ表情の間宮 美紅が立っていた。
いつものふわふわしている雰囲気ではない。
なにか恐ろしいものを見た、見てはならないものを見た、という表情をしており、それによって桐山はすぐに悟った。
「視えたの?」
「うん...聞く?」
「.....是非頼む」
「じゃあ....」
そうして間宮 美紅は己のスキルによって知る事のできたこの場所、リューター大洞窟での出来事について語り始めた。
この場所で数十分前、数時間前、何が行われていたかが事細かく具体的に震える声音で桐山に伝えられた。
「まじか...よ....」
桐山は絶句していた。
聞いたのはどこかの英雄とでも呼ぶべきものの冒険譚。
元クラスメイトでいつもダルそうにしてた男による圧倒的なまでの戦闘についてだった。
「.....間宮さん、それ誰にも話しちゃダメ。たとえ香山さんでもダメ。私達だけの秘密という事にしておいて」
ただでさえ今は悠人に対する風が強いのに、あまつさえそんな真実が語られてしまったら恐らくクラスどころか国が割れかねない出来事が起こり得るかもしれない。
その事を悟った間宮 美紅はウンウンと激しく頷く。
「神谷 悠人.....何者だよ....」
死を感じさせる殺気、凄まじい剣技、圧倒的な戦闘力
その3つは日本で過ごしていて手に入るものではない。
ではどこで、どうやって、どういった理由で手に入れたのか。
そんな事を考える桐山の心臓は周囲の民心のように加速していった。
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