第19話:対イケメン勇者

竜種に囲まれた、大軍勢に囲まれた、そんな状況だったらとりあえずぶっ飛ばせばいいので問題はない。

世界中から悪意ある視線や言葉を投げかけられても無視すればいいので問題はない。

が、目の前に元クラスメイトと言うのは問題がある。

ぶっ飛ばすことはできないし無視もたぶん無理だ。

ある意味それはあちらもなのだろう、両陣営共に完全に固まっていた。

国務とか何とか言って封鎖したのだろう、周囲には騎士達しか見受けられず、住民も離れた位置にしか見られない。

なんというか、気分は希少動物だ。


「お前は.....」


そんな静寂をぶち破ったKY野郎は元クラスメイト達の先頭集団のうちの先頭にいたチャラ男、長谷川 俊だった。

案の定身につけているものはチャラチャラとした絶対に戦闘向きでない格好をしており、武器は聖剣だけとでも言いたげにナイフ1本も身につけていなかった。

そんな長谷川は何故か俺とは目を合わせることなくその周囲にいる、具体的にはアリアとかフィアとかに目線を向けていた。


「神谷....その周囲にいるお嬢さん方はお前の仲間か?」


「おじょ!?...ゴホン、あぁ、そうだ」


吹き出さなかっただけ褒めて欲しい。

まさかのこいつらをお嬢さん方て....確かに見た目かなり若いがこれはこの世界においての長命種、というだけあって実年齢は長谷川とか俺よりも上だ。

クラーリとリグリットはたぶん見た目相応だろうがアリアに限ってはもう検討もつかn....


「ユート?何を考えているんだ?」


「いやちょっとな。それで長谷川 俊、それがなんだ?」


「そうか....お嬢さん方!」


唐突に、何の前触れもなく何故か長谷川は言った。


「私達の仲間となりませんか?」


「ふぁ!?」


いや、これはまあ声を出しても仕方ないだろう。

証拠にいつも大体澄まし顔のアリアもフィアもポカンと口を開けて自分の耳を疑っていた。

というか相手側も長谷川以外そんな顔だ。


「どのような言葉をかけられたかわかりませんが、その者は所謂落ちこぼれです。今も迷宮に挑んでいたと思いますがさぞかし苦労をなされたでしょう。ですが、私は、私達は世界により選ばれた勇者です」


長谷川はトリップでもしたのか何故かそんな口上を自慢気に述べ始めた。


「な、なあユート。あいつはあれか?私らをナンパしているだけでなく我らが王を馬鹿にしているのか...?」


「ユート様、斬っても?あれは流石に私も我慢できませんよ?今すぐバラバラにしたいのですが....いかがでしょう?」


「待て待て、こんなとこで勇者殺しはいろんなところで出禁になるのはめんどくさいから!あと....ちょっと面白いからもう少し聞いていようぜ」


コメカミをひくつかせながら殺気を漲らせる2人を抑えつつ吹き出しそうになるのを我慢してその意味不明な演説を聞く。

どうやら俺との比較に入ったらしく、俺は運がいいだけの無能、偽物ということになっているらしい。


「それに対して私は勇者です。それも...この通り聖剣に選ばれたね」


そう言いながら派手に光り輝く聖剣を取り出し天へとかざす。

長谷川の持つ聖剣はゴテゴテに装飾された幅広の片手剣であり、なんかちょっと眩しい。

ちなみに余談だが聖剣は先天的、後天的に関わらずその者の心か精神かを参考に形を成すらしい。

俺の場合は鍔も反りもなく、飾りもない日本刀だった。

まあ、俺のことは置いておいてつまるところ長谷川の心もしくは精神はゴテゴテのチャラい奴、ということだろう。


「私なら貴女方にいい思いをさせられる、と思いますが....どうですか?お嬢さん方」


キラっと鳥肌が立つウインクを決めて、こちらへと手を出す。

あの顔は「断られるはずがない、だって俺だもの」的な顔だ、相当な面食いかああ言うのが好きな奴ならばあれで落ちるかもしれないが、残念ながらうちの仲間達はあんな色物は好きではなかったらしい。


「「うざい死ね」」


バサッと、まさかのフィアまでもがアリアと同じ台詞を同じタイミングで同じテンションと目で言い放った。


「.....は?」


「当たり前だ小童。ようやく会えたのだ、なのに何故お前のような小物の下に行かねばならんのだ」


「右に同じです。三枚下ろしがいいですか?それとも半身ですか?ブツ切りにしてオークの餌にでもなりますか?」


どうやら2人は怒り心頭らしい。怒髪冠を衝くとも言う。

あの比較的温厚で常識人なフィアが殺すこと前提で話してる始末だ。

どうやら長谷川は地雷を踏んだらしい、いや、地雷原でタップダンスして踏み抜いたと思う。

そのせいで長谷川本人や元クラスメイト達は大丈夫だが周囲の騎士はなまじ実力をつけているだけあって2人が纏う殺気とか闘気とかに当てられていた。

だけどそのクラスメイトの中に1人、明らかにその殺気闘気に反応して尚、こちらに興味を宿らせた瞳を向けている者がいた。


(あれは....桐山か。すごいな、この短期間でこれに興味を抱けるとか)


仮にも少し前まではこんな殺伐とした雰囲気を感じられる機会はそうそう無いだろう。

にも関わらず、第六感に部類される殺気とかの感知をやってのけたののもすごいがそれに対し興味を抱くのも観客としてなら賞賛に値するものだ。

俺でも同じ状況だったら恐怖しか抱くことはできなかっただろう。


「じゃ、じゃあ、そちらのお嬢さん方は...?獣人の」


おっと、なんか感心してたら話が進んでいたらしい。

長谷川の野郎が半泣きで標的をハピア&クラーリに変更しだした。本当、見境がない。

というかクラーリもかよ!とツッコミを入れようかと思ったらハピアが一歩前に出た。


「私とこの子はユート様の奴隷なので自由に決めることはできませんが、たとえ奴隷という身分で無くとも貴方を信じることができません。どうかお引き取りください」


「あ、バカ」


「......奴隷?おい神谷、奴隷とはどういうことだ?」


やってしまった。

そういえばこいつらが日本人で奴隷なんて文化を持っていない、逆に人権とかで嫌悪しているのを忘れていた。

長谷川の目が怯えから俺への嘲笑と侮蔑、それと少しの勝利を確信した色へと変わった。


「はぁ....言い含めておくんだった....」


そんなことを呟こうとも時すでに遅し、ハピアは良かれと思っていったのでこれは完全に俺の責任だ。

というか長谷川の口が醜く裂けていくのを見ていると大体今後の展開が読めてきたぞ。

ついでにめんどくさい解決策も思い浮かんだ。


「見損なったぞ....神谷!」


「ほぉ、見損なった、ということは元は期待してくれてたんだな、ありがとう。俺はお前のこと最初から底辺としか思ってなかったが?」


「はっ!話を逸らそうとしてもそうはいかない。神谷、お前は奴隷を買う意味わかってやってるんだろうな?」


「無論だな。奴隷を買う、ということはつまり責任を負う、ってことだろ?何お前、犯罪とか言うの?」


「当たり前だ!」


「はぁ...ここは日本でも地球でもないだが...」


「関係あるか!」


関係あるだろ。大いにあるだろ。

確かに地球で奴隷、つまり人身売買なんて過去の忌まわしき文化かもしれないけどこの世界においては至極一般的な文化であり国を支える経済の一環だ。

というかどの国も奴隷に関するある程度の法律は存在しているが、奴隷の売買は禁止していないしどちらかと言えば肯定して勧めている点すらある。

その実周囲にいる騎士達は完全に困り顔をしている。


「今すぐ彼女達を解放しろ。恥を知れ!」


ここぞとばかりに長谷川が吼える。

恥を知れ!て思い切り数十秒前の長谷川に言ってやりたい。


「断る。お前はバカなのか?今ここで解放したらこいつらは確実に路頭に迷って死ぬか良くてまた奴隷に逆戻りだ。もう一度言うぞ、バカなの?」


「だ、だったら俺が面倒見る。お前よりかは遥かに安定した収入もあるし貯金もある。衣食住だって頼んで城に住まわせてもらうさ」


「はぁ....もう一度言うぞ、お前はバカなのか?何で話がこいつらを譲る事になってんだよ。なに?本人達の意思は無視なのか?」


「ぐっ.....だったら俺と勝負しろ!男らしく勝負でこの事を決めようじゃないか」


....ダメだこいつ真性のバカだ。

まず男らしく、とか持ち出す時点でアレだしそれ以上にもうこいつの中で俺は勝負をする、となっているのがもう人間性を疑う。


「はぁ.....なんで俺がお前と決闘紛いの事をしなきゃなんないんだよ....」


「俺が買ったら全員の洗脳を解いて解放しろ」


「洗脳て....まあいいか、それで?俺が勝ったら?」


「この場は見逃してやる」


もうここまで来ると面白くて吹き出すというよりも無駄な時間を過ごしていると自己嫌悪しだすまでなった。

もしもいろんなしがらみとかなかったら多分この場で瞬殺して即逃げてると思う。


「はぁ....わかったわかった。戦ってやるから」


どうしようもなく漏れてくるため息をつきつつ、この場でシスルスを使うわけにもいかないためハピアやクラーリ用に買っておいた市販の剣を取り出す。

ちなみに言うとこの戦闘、技術面とか抜けば正々堂々とは程遠い。

まず武器の性能の差、それとやる気の差、あとこれが一番大きいのだが、聖剣にはそれぞれ特殊な力がある、という事だ。

それは無論、長谷川の聖剣にもあるはずであり、それがわからない以上めんどくさい事この上ない。


「逃げなかっただけ褒めてやろう、神谷」


「御託はいいからさっさと来い。先手ぐらい譲ってやるから」


そう言って剣を構える。

剣道で言うところの脇構え。

ちなみにこれを選んだ理由は簡単に言うとカモフラージュであって特にそれ以上の意味はない。

もう既にバレかけてる気がしなくもないが、一応言い訳ができるように日本である構えにしたまでだ。


「ふん、安心しろ俺はお前と違ってちゃんと訓練受けてるから寸止めにしといてやるよ!」


さすが運動神経が良くてイケメンだこと、こちらの世界の勇者補正とも言える力の加算で一足跳びに"一見"ガラ空きの左側へと切りかかってきた。


「ふっ!」


「なっ!...ら、らぁ!」


ガンッ!と剣と剣とがぶつかり合う甲高い音が響く。

驚いたような声をあげたのは無論、長谷川の方だ。

理由は長谷川の慢心とでも言っておこう。

何せ俺は左側へと斬撃を浴びせようとしてきた長谷川に対しただ右側にあった剣を振り抜いただけなのだから。


「くっ....」


長谷川が警戒して一歩下がる。

ちなみに今のが脇構えの攻撃方法、所謂カウンターである。

脇構えはその構えの性質上、弱点の密集する体の中央を相手から外し、刀身を見えにくくする、というメリットがある。

だがそれと同時に左側がガラ空きになる、というデメリットらしきものも存在するのだが、脇構えの本領はその左側にこそあるのだ。


まあ、これはある程度訓練した初心者にしか通じないのだが。


「ほらどうした、来ないのか?」


そう言いつつ今度は剣を下段に構える。

防御の型、誰がどう見ても明らかな挑発行為ではあるのだが、長谷川は来るのを戸惑っていた。

長谷川の眼に浮かぶ色は恐怖。

それはまあ仕方がないだろう。


だってそれを狙って"殺しにいったのだから"


さっき斬りつけたのは長谷川の左脇腹から胸のあたり、そのまま通れば切れ味の悪いこの剣でもやすやすと肺まで切り裂いていただろう。

それを俺は、長谷川がギリギリ防げるであろう程度には力を入れて"殺す気"で振り抜いた。

その恐怖はこれまでぬくぬくと過ごしていた長谷川にとって感じたこともない相当な恐怖だっただろう。

それ故に長谷川はその恐怖に驕りに近かった自信ごとやる気が飲まれ足が動かなくなったのだろう。


「長谷川。戦わないなら行ってもいいか?ここ居心地悪いんだけど」


「うるさい!や、やぁぁぁぁぁ!」


長谷川が破れかぶれに突っ込んでくる。

往々にして初心者の斬撃は思いがけない方向から飛んできて強者は倒される、と言うが圧倒的な実力差においてはそんな奇跡が起こる余地はない。

俺はこちらから攻めることは一切せず、長谷川の適当に振る聖剣を全て普通の剣でいなし続ける。


真正面からぶつかれば確実に折れる量産品の決して業物とは言えない普通の剣が通常の武具では壊せない不壊性と不変性を兼ね備えており勇者の最高武器である聖剣に対して一歩も引かないどころかむしろ押している。

ここまで来れば誰から見ても勝敗が既についていることがわかるだろう。

証拠にさっきから元クラスメイトや騎士団の連中がザワザワと少々騒がしくなってきた。

封鎖の外には剣戟の音を聞きつけて集まってきた野次馬達がヒートアップしていた。


「目立ちすぎたかな....おい長谷川、見逃してやるから行ってもいいか?」


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!」


「ありゃ、こりゃダメだな」


長谷川はもう完全に心が折れていた。

それでも剣を振り続けるのはおそらく(あいつの中で)底辺の存在である俺に対して負けたくない、とかいうよくわからない意地みたいなものだろう。


もはやいなすのも面倒になってきた。


「はぁ....えい」


「アガガガガ!?..か...みや....」


「名前呼んで倒れんなよ気持ち悪い」


もう何だか非常にめんどくさくなってきたので感知されないよう偽装した魔力に水の上級魔法である雷系の魔法を流して長谷川を感電させておいた。

別に殺してはいないが身体中の筋肉に意味不明な電気信号とか加わってそれはもうなかなかに悲惨なことになってる。具体的には手足が曲がり失神して失禁してる。


「御愁傷様です。さてと、じゃあ行かせてもらいますわ。アリア、フィア、ハピア、クラーリ、リグ....リグット!行くぞ!」


社会的に人生が終わりかねない長谷川に対して合掌しつつとっとと立ち去る準備をする。

アリアとフィアに聞いた話、この街にティファが来る可能性が非常に高いのでこの街に留まる予定ではあるが、こいつらが居たんじゃ話は別だ。

付かず離れずの位置、具体的には近くの森もしくは村に身を寄せる事にしたためこんなところはとっと立ち去るに限る。


というか騎士が抜刀してるからもう逃げる。

これ以上の戦いはごめんだ。バレかねない。


「あ、待て!」


「アリア!」


「『フレアライト』!」


夜間照明用の閃光魔法により辺り一面が真っ白に包まれた。

こうしてまあ、とりあえず危機的なものは去った...のかな?

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