秘密

それからというもの、結平は毎日のように会いに来てくれるようになった。私と結平の関係は、その密会を重ねる度に深くなっていった。

「ちーちゃん!」

結平に抱き締められる。結平にキスをされる。はたから見れば幸せな二人だ。

「クリスマスプレゼントさぁ…」

二人でソファに座っていると、結平がボソリと言った。

「…変えようか?」

「ん?なんで?」

ウサギのぬいぐるみに触りながら言う結平を、不思議に思ってのぞき込む。

「あのときはちーちゃんを子供として見ないとって思ってたからさ…こんなぬいぐるみあげちゃって…」

「……」

「だからアクセサリーとかの方が…」

「ヤダ!」

そう言って、結平からぬいぐるみを取り上げた。そしてギュッと抱き締める。

「私はこれがいい!」

「でも…」

「このぬいぐるみのおかげで、今こうして結平と一緒にいられるんだもん…」

まるで子供のようにそう言う私に、結平は再びキスをした。驚いて結平を見つめる。

「かわいいね、ちーちゃんは」

そう言って、私の赤く染まった頬を触った。私はネコのようにそれを受け入れる。

そんな幸せな日々が続いた。父と娘という壁を越え、深く愛し合った。肉体的関係はない。親子ではなくなるまではしないと二人で決めた。

つまりそれは…お母さんと離婚することを意味していた。

「…明日もう一度言ってみる」

真剣な表情で結平が言う。何のことなのか、すぐに理解した。

「お母さん…離婚してくれるのかな…」

結平は今までに何度も母に離婚を申込んでいた。その度に断られ、離婚届は破られている。

一体何枚離婚届を書いたら、お母さんは離婚を決意するのだろうか。でも離婚すれば、私は本当に結平を奪ったことになる。自分の母親から…

「…ちーちゃん」

肩を抱き寄せられる。

「待っててね…」

私は結平の肩に頭を乗せた。ぬくもりが胸いっぱいに広まった。


次の日の夜。

「…そろそろ寝ようかな」

テレビを消し、ベッドに向う。今日は結平が来なかった。

きっとお母さんと話し合っているのだろう…

結平ばかりに辛い思いをさせていることは分かっている。でも、さすがに血の繋がった母親に『離婚して』などと言えない。不倫の相手が実の娘だなんて言えない。いずれ分かるにせよ、今は言えない…

そんなことを考えながら目を閉じた。だんだん眠りに入っていく。そんなときだった。

ドンドンドン…!

玄関のドアが強く叩かれる音がした。驚いて飛び起きる。こんな夜に誰が来たのだろう…

恐る恐る玄関に近付くと、外から声が聞こえた。私はその声を聞いて、急いでドアを開けた。

「結平!?」

ドアを開けると、ひどく酔った結平が現われた。

「ちーちゃん、来ちゃった~」

足がふらついている。私は結平を支え、急いで部屋に入れた。

「こんなに飲んで…」

そう言うと、結平は笑って返した。今まで結平がこんなに酔ったところは見たことがない。またお母さんとの話が解決できなかったのだと悟った。

グラッ…

結平をベッドに寝かせようとしたとき、バランスが崩れた。結平が私の上に倒れる。体が密着する。

「結平…!ちょっ…どいで!」

慌てて結平を押す。その手を結平が強く握って止めた。

「結平…?」

次の瞬間、何も言えなくなった。結平にキスをされたから。それもとても深く熱いキスを…

「……っ」

息をするので精一杯。だんだん力が抜けていく。

「あっ…」

結平が首元を愛撫する。身体を触る。欲しがる自分が声を出す。

こんなに感じてしまうものなのか…愛する人が相手だと…

もっとほしい…もっと感じたい…

もっと…

もっと……

でも、こんなのはいけない。ここで負けてはいけない。欲望が頂点に達する前に止めなければ…

「結平…!」

なんとか名前を呼んだ。結平が手を止める。そしてゆっくりと立ち上がり、キッチンに向かった。私は急いで後を追った。

「結平…?」

結平が水を一気に飲む。そして荒々しくコップを置いた。

「ごめん…俺、決めたのに…ちゃんと決着つくまでしないって…」

「……」

「本当に…ごめん…」

小さな声で何度も言う。そのとき、私は初めて分かった。どんなに結平が辛いのかを…

「結平…私たち、会うの止めよ」

そう言うと、結平が驚いた顔で私を見た。

「結平、辛いでしょ?私とお母さんの板挟みで」

「そんなこと…!」

「私と会うと、どうしても早く離婚しなきゃって思うから…」

「……」

「私ができる唯一のことなの…ね?そうしよ」

結平が私に近付いて抱き締めた。それに応えるように結平を抱き締める。

「…分かった」

そう耳元で結平が言った。

「でも絶対迎えに行くから…」

まっすぐ目を見つめられる。その瞳には少しも濁りはない。

「待ってて…ちーちゃん」

そう言って、結平は部屋を出ていった。私はその夜、ベッドの中で静かに泣いた。


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