入口

告白をしてから数日が過ぎた。あれから結平は部屋に一度も来ていない。毎日のように来ていたのに急に来なくなった。

結平に告白をしてしまったから…自業自得だ。

でもあのまま…父と娘の関係のまま、自分の想いを秘めることはできなかった。

あまりにもの苦さに、耐えきれなくなったから…

「え!?結平さんに告白した!?」

クリスマスにあったことを愛美に言った。

「それでチカはどうしたいの?」

「私は…」

愛美にそう聞かれ、言葉につまる。

私はどうしたいのだろう…

結平に告白して、どうなりたいというのか。お母さんの男までも、奪おうというのか…

毎日そのことばかり考えていた。


「はぁ…」

学校から帰る途中、何度もため息をつく。これからのことを考えると、気分が重くなった。結平とどう接するべきか分からない。

いや…答えはすでに出ているのかもしれない。結平は私とだなんて思ってないのだから…あの結平がお母さんを裏切るなんて、絶対にありえない。

ただ…どうやって元のように戻ればいいのかが、分からないだけなのだ。

「ちーちゃん」

不意に呼ばれる。私をこう呼ぶ人は一人しかいない…

「結平…!」

アパートの前に結平がいた。寒い中、私を待っていたようだ。久しぶりに結平に会う。うれしいという気持ちがあふれた。

「久しぶりだね」

「…うん」

会話が途切れる。何を話せばいいのか分からない。結平も困っているようだった。

「あのさ…」

これは私がまいたタネだ。自分でなんとかしないといけない。

「クリスマスにあったことは忘れて…」

「え…?」

「私、どうかしてた…娘が父親に告白するとかないよね」

そう笑って話すと、結平は何も言わずに下を向いた。

「あの日は何もなかった…今まで通り親子としてよろしくね」

これでいい…これで……

「寒かったよね。部屋あがっていくでしょ?」

「…ごめん、今日は美夜子さんと約束があって…」

「そっか…お母さんと約束してるんだ…」

本当にこれでいい…?ムリしてない?

「ならこんなとこいないで、早くお母さんのとこ行って!」

そう言って結平の肩を押した。結平の足が一歩前に出る。

「あー!寒い!早く部屋で温まろう!」

私は結平の顔を見ずに階段を駆け上がった。目からたくさんの涙が流れる。拭いても拭いても止まらない。

「…バッカみたい」

階段の途中で足を止めた。冷たい風が顔に触れた。そのときだった。

ぎゅっ……

後ろから誰かに抱き締められる。大好きな人の香りがした。

「…え?結平…?」

後ろを向くと結平がいた。結平は何も言わず、強く私を抱き締める。段差で結平は私より低くなり、まるで子供のようだった。私は結平の冷たくなった手に、そっと自分の手を重ねた。


私たちはそのまま部屋に入った。結平はあたたかいコーヒーを淹れてくれた。

「…はい」

「ありがと…」

無言でコーヒーを飲む。結平がどうしてあんなことをしたのかが分からなくて、私は結平が口を開くのを待った。

「ちーちゃん…」

しばらくして結平が言葉を放つ。

「…俺は嬉しかったよ」

「え…?」

「ちーちゃんに告白されて」

「それってどういう…」

ピロロロ…

結平のケータイが鳴った。画面を見て、結平の顔が少しゆがむ。

電話の相手がお母さんだとすぐに分かった。声が大きくて、電話の内容が丸聞こえだからだ。

「結平!あんた今どこにいるの!」

「どこって…」

「まさかチカのとこじゃないでしょうね!」

「……」

「はぁー…またチカのとこ行ってるの。約束してるんだから早く来なさいよ!」

「…分かってるよ」

「まったくいつもチカばっかり…いい加減にしてよね!」

そう言って電話は終わった。結平は重いため息をついて、ケータイをしまった。

「…美夜子さん、結婚してからまるで別人みたいに変わったんだ」

お母さんは昔言っていた。『女は二つの顔を持った方が利口なんだ』って…

「付き合ってた頃はあんなに優しかったのに…」

またしてもお母さんは結平を自分のものにするために、二つの顔を使い分けたというのか。

「俺、美夜子さんのこと頑張って愛そうとした!ちーちゃんのことも父親として…」

「……」

「でもできなかった…どちらとも」

どちらとも…

その言葉が耳に残る。その意味を考える。

「一生懸命父親としてちーちゃんを愛そうとした…大切にしようとした!」

結平…

「でもだんだん別のものに…」

それ以上言ったら…

「一人の男としてちーちゃんを愛すようになっていった…」

もう戻れなくなっちゃうよ…

「だからちーちゃんに告白されて…両想いだって分かって…嬉しかったんだ…」

私は結平に抱き締めた。結平も私を抱き寄せた。お互いの気持ちを確かめるように。お互いの想いを逃がさないように。

「でも、ダメだよ…」

残った理性が働く。

「私たち、娘と父親だよ…?」

そう言うと結平は小さく答えた。

「もうこんなに我慢したんだ…これ以上我慢なんてできない…」

私も…もう我慢なんて、できない…

私と結平は深いキスをした。二度目のキスはコーヒーの味がした。

「…今日はお母さんのところに行って?」

唇が離れると、私は結平に言った。

「でも…」

「行かないと変に思われるから…」

結平は少し考えて、小さくうなずいた。

「…じゃぁ、行くから」

元気がない結平に、私が甘えるように言う。

「…また来てね」

結平は笑って、手を振った。少し元気になった背中を、私は最後まで見続けた。

こうして私と結平は…

娘と父という、禁断の恋愛に足を踏み入れたのだ。


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