クリスマス

季節は冬。もうすぐクリスマス。今年はまだ、雪が降ったことはない。

「ねぇチカ、今年のクリスマスはどうするの?」

「別に予定はないけど。愛美は?」

「彼氏と過ごす予定!」

愛美の言葉に驚く。

「彼氏できたの!?」

「うん!だから今度は取らないでよ~?」

そう冗談で言う愛美に、あのことは過ぎたことなのだと再確認する。

愛美が私と結平の関係を知ってからは、結平の話題はなくなった。愛美なりに気を使っているのだと思った。


「ちーちゃん、今年のクリスマスって予定あるの?」

アパートに帰り、同じく結平も聞いてきた。そんなに私のクリスマスの予定を知りたいのだろうか。何もすることがない、寂しいクリスマスの予定を。

「結平は?」

「あー…俺は美夜子さんと出かけるけど…」

そうだ…結平にはお母さんがいるんだった。

「…私も彼氏とデート」

強がってウソをついた。

「ちーちゃん、彼氏いるの!?」

「あ…当たり前じゃん!」

分かりやすい動揺を、結平は見逃さない。見抜かれたとしてウソを突き通す。

「と…とにかく忙しいの!だからご心配なく!」

そう言い放ち、テレビをつけた。無理矢理この話題を終わらせる。

「ちーちゃん…」

結平が小さく呟いた。

「…クリスマス、一緒に過ごさない?」

突然の誘いに驚く。一瞬結平と一緒にクリスマスを想像してしまった。

「家族三人で」

それを聞いて、一瞬期待した自分が嫌になる。

そうだ、結平はこういう人だ。誰も一人にさせない。みんなを幸せにしようとする。だから今も私のところに来てくれている。

家族だから…娘だから…何を勘違いしているのだろう…

私は結平の特別じゃないのに…特別になれるわけないのに…

「家族でつるむとか…ムリだから」

「そんなこと言わず一緒に…」

「嫌だって言ってるじゃん!」

叫んだ弾みでか目が潤む。

「ちーちゃん…?」

「もういいから帰って…」

「でも…」

「帰って…!」

結平はそれ以上何も言わず、エプロンを脱いで部屋から出て行った。

「もぉ…ヤダ…」

椅子にかけられたエプロンを見ながら、私は髪をグシャグシャにかき乱した。


今日はクリスマス。世間にとっては幸せな日。街はきらめきを増し、眩しく輝く。

私はいつもより遅く起きた。

「……」

味がないパンを食べ、またベッドに寝転ぶ。数時間後、再び目を開けた。もう夕方になっている。冷蔵庫を開けてみた。何もない。

「…買いに行くか」

身だしなみを少し整え、財布だけ持って外へ出る。冷たい風が頬を冷やした。

「さむ…」

買い物から帰ってきて、急いで部屋のドアを開ける。今日はいつもより冷え込んでいるようだ。買った物を床に置き、あたたかいコーヒーを淹れた。テレビを見ながらゆっくり口に運ぶ。

『今日はホワイトクリスマスになるかもしれません!』

そう、知らないアナウンサーが言っていた。だからこんなに寒いかと納得する。本当、迷惑な話だ。

「さてと…」

そろそろお腹がすいてきた。キッチンへ向かい、買った物を取り出す。いくつかの惣菜とリンゴ一つ。

「ふー…」

机に夜ご飯を並べる。いつもより豪華な食事。一応クリスマスを意識している自分がいた。最後にウサギ型に切ったリンゴを置き、再び座った。

テレビのチャンネルを変える。どこもかしこもクリスマスの特集ばかり。机の端に置かれた皿に目を落とした。

「……」

無意識に切ったウサギ型のリンゴ。どうやらクセがついてしまったようだ。誰かの影響で。

このリンゴを見ていると、その誰かを思い出してしまう…

「結平…」

きっと今頃お母さんと楽しく過ごしているに違いない。

「何考えんだろ、私…」

そう言ってテレビを消した。こんな静かな夜ご飯は久しぶりだ。

ピンポーン…

夜ご飯を食べ終わったとき、玄関のチャイムが鳴った。今日は誰も来ない予定だ。私は不思議に思いながら、ドアを開けた。

「メリークリスマス!ちーちゃん!」

目の前に結平が現われた。サンタの赤い帽子をかぶり、大きな白い袋を持っている。

「結平!どうして…!今日はお母さんと一緒なんじゃ…」

「家に先に帰ってもらったんだ」

「お母さん、素直に帰ったの…?」

「うん。ちーちゃんに用があるからって言ったら」

…ありえない。あのお母さんが自分の男を自由にするなんて…ましてや私に…

「ちーちゃん!クリスマスプレゼントがあるんだ!」

部屋に入り、楽しそうに白い袋から何かを取り出す。それは綺麗にラッピングされていた。

「メリークリスマス!」

あっけにとられていた私に笑顔で手渡す。照れる気持ちを隠しながら、プレゼントを開けた。

「……」

中身を見て、さっきまでの嬉しさが一気にさめる。

「気に入ってくれた?」

その無邪気な質問を

「ぬいぐるみで喜ぶわけないじゃん!」

そう言って、私は叫んで突き返した。

袋から現われたのは、ウサギのぬいぐるみ。フワフワで、手触りがいい。最初は驚いたけど、正直少し嬉しい…

でも…これは結平が私を子供として見ている証拠…

「私はもう大人だよ!女なの!」

もっと結平に大人として見てほしい…どうにもならないけれど。

「…子供だよ」

静かに結平が言う。真剣な表情で。

「いや、もっと子供にならないといけない…」

その言葉に重みを感じた。このぬいぐるみは私を子供として見ている証拠ではない。もっと子供のように甘えてもいいのだというメッセージだ。

「……」

でも今さら甘えるなんてできない…今、結平に甘えてしまったら…私…

「な…何言ってんの…」

必死に胸の中で溢れてきたものを押し殺す。結平を父親だと自分に言い聞かせる。

「誰がなんと言おうと私は大人…女だもん!」

「ちーちゃん…」

「…お父さんだからって子供扱いしないで!」

息が弾むほど言い放つ。しばらく沈黙が続いた。

「…そろそろ帰らないと」

思い立ったように、結平は立ち上がった。それでも私はずっと座って動かない。

「ちーちゃん…」

結平が私の頭に手を乗せた。結平の温かい手を感じる。

「またね」

そう言うと、頭から手を離した。そして静かに部屋を出て行った。

結平が帰った後、私は黙ってウサギのぬいぐるみを抱き締めた。

フワフワで気持ちいい…それにかわいい…私好みのぬいぐるみだ。結平は本当に私のことをよく分かっている。

「……」

せっかく来てくれたのに、あんな言い方しかできなかった。

本当は嬉しかった。ありがとうって言いたかった。でももしあのときそう言っていたら、私は娘として結平を見れただろうか。

「ん…?なんだろ?」

ぬいぐるみがラッピングされていた袋の中に何か見える。

手紙だ。

私はそっとそれを開いた。


『ちーちゃんへ

初めてちーちゃんに手紙書くね。

なんか照れるな…

でも今から言うことは直接言えそうにないからさ、手紙に書くことにしたよ。

ちーちゃんにずっと言いたかったことがあるんだ。

ちーちゃんとは父と娘って関係になっちゃって…

そのせいで気を使わせてばっかりだったよね。

本当にごめん。

あのままの関係だったら、ちーちゃんの心の扉はもう少し開いてたかもしれないのに…

今さらそんなこと言っても仕方ないけど、一つだけ言いたいことがある。

ちーちゃん…

わがまま言っていいんだよ?

俺はそのわがままを受け止める…

大丈夫、それくらいの度量は持ってるから。

いつでもいい。

ずっと待ってる。

結平より』


手紙を読み終え、気付くと涙が出ていた。いくら拭いてもあふれてくる。

「……っ」

一枚の手紙。それはお父さんからではない…結平から送られたもの。

私が好きになった人から送られたもの…

私はギュッとぬいぐるみを抱いた。

もうこの気持ちはどうすることもできない…

「こんな気持ち、知るんじゃなかったよ…」

そう、ボソリと呟いた。そして玄関に向かって走り出した。


「結平…!!」

一生懸命走った。こんなに走ったのは久しぶりだ。やっとの思いで結平に追いつく。

「どうしたの!?」

私は何も言わず、結平に抱き付いた。二人の間にウサギのぬいぐるみが挟まる。

「ちーちゃん…?」

「…結平」

結平に何も言わせないように名前を呼んだ。

「私…結平のこと…」

もうこの気持ちは止められない。胸から溢れてしまったから。

どうなってもいい…言ってしまおう。本当の気持ちを…

「…大好き」

そう言って結平にキスをした。そのとき、空から白い雪が降ってきた。今年の初雪だった。


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