一人
それから一週間しない内に、結平とお母さんは結婚した。そして結平は私の家で住むことになった。私は毎晩知らない男と寝た。家にいるのが辛かった。夜にあの声を聞きたくなかった。結平がお母さんとなんて、考えたくなかった…
「チカ!聞いて聞いて!」
ある日、学校で愛美が話しかけてきた。愛美には結平のことを言っていない。あれだけ応援してくれた愛美に、どうしても言うことができなかった。
「私、彼氏できたんだ!」
愛美の唐突な言葉に驚く。
「違う高校の人でさ、告白されて付き合うことになって…」
照れる愛美を見て、少し笑った。
「だからチカと結平さんが付き合ったら、ダブルデートしようね!」
楽しそうに愛美が言う。
「……」
愛美、ごめん…
それムリだよ…
だって結平は私の…
「チカ?大丈夫?」
「…え?」
「最近元気ないけど…」
愛美に顔をのぞき込まれる。私は顔を見られないように、外を向いて「別に」と答えた。
その日の夕方、外に出ようと玄関に向かうと結平に出くわした。久しぶりに結平の顔を見た気がした。
「……」
慌てて目をそらす。その場から逃げようと、玄関のドアノブに手をかけた。
「…毎晩、どこ行ってんの?」
いつもと違う低い声。私は背中を向けたまま答えた。
「…結平には関係ないじゃん」
「バイトも来てないみたいだけど」
「バイト…辞めたから」
「なんで?…俺のせい?」
「受験があるからだよ。何勘違いしてんの…調子にのらないで」
それからまた無言の時間が続く。結平の視線が痛い。
「…じゃぁ、行くから」
家を出ようとすると、いきなり結平が腕をつかんだ。
「ちょっと…!離してよ!」
振りほどこうとしても、離してくれない。腕に痛みと熱さを感じた。
「行かせない」
今まで見たことのない真剣な表情で、結平がそう言った。強い目で私を見る。私はその目に負けそうになった。涙が出そうになった。
「分かった…分かったから離して」
その言葉を聞いて、結平がゆっくりと力を弱めた。私は目を合わせないように、黙って自分の部屋に戻った。
夜、久しぶりに自分のベッドに入った。今日はゆっくり眠れるような気がする…
眠りに入ろうとしたとき、お母さんが帰ってきた。
「結平~!」
どうやらひどく酔っているみたいだ。お母さんは子どものように結平を呼んだ。
「ね!しよっか!」
「ダメだって!今日はちーちゃんが…!」
結平の言葉が途中で途切れる。そしてキスの音が微かに聞こえた。急に胸が締め付けられる。
なんなんだろう…
この痛みは…
結平に握られた腕は薄く赤く染まっている。私はその腕を握り締めながら、ゆっくりと目を閉じた。
次の日学校が終わり、寄り道をした。家に帰るべきか迷っていたからだ。
「あの…!」
行くあてもなく歩いていると、いきなり後ろから呼び止められた。振り向くと同い年くらいの男が見える。
「黒沢さん…ですよね?」
「はい…」
「…僕と付き合ってくれませんか?」
久しぶりの告白に少し驚く。
「私、女がいない男とは付き合わないから」
「知ってます!この前彼女できて…だから!」
ジッと男を見た。顔は普通、違う学校の制服、気弱そうな性格…
「…いいよ」
これで家に帰らなくてすむ。
そいつにはいろんなことを教えてあげた。
「今日したこと、彼女にしてあげて。喜ぶから」
そう、ベッドの中で言う。私が教えたことを忠実にするおかげで彼女とは上手くいき、私とも長続きしていた。
もうすぐ一か月。あの日から結平とは会っていない。
結平…
どうしてるかな…
「チカ…!」
愛美に呼ばれてハッと我に返った。
「…あ、何?」
「彼氏ね、すごくいい人なんだ!」
最近、愛美は彼氏の自慢話が多い。上手くいっている証拠だ。愛美はいつも幸せそうだった。それは羨ましく思えるほどに。
「そうだ!今日彼氏と約束してるから、チカもおいでよ!」
「ヤダよ、そんなの」
「紹介したいんだ!お願い!」
愛美の説得に負け、放課後に愛美の彼氏と会うことになった。
待ち合わせの場所へ二人で向かった。はしゃぐ愛美につられ、自然と笑う。
「あ!もう来てる!」
愛美は彼氏を見つけると、手を振って走り出した。私は飽きれながら後を追った。
「チカ!この人が私の彼氏だよ!」
愛美の彼氏を見た。見慣れた制服。見覚えのある顔。向こうの戸惑った表情。時間が止まった。何も聞こえなくなった。誰でもいいから、ウソだと言って欲しかった。
「チカ…?」
心配して愛美が私を呼んだ。
「あ…はじめまして」
とっさに笑顔を作る。でも向こうはまだ戸惑ったままだ。三人の間に変な空気が流れた。
「…じゃぁ、私帰るね。二人の邪魔したら悪いし」
「そんなこと言わずに、せっかくだから三人で遊ぼうよ!」
「ごめん、用事あるから…」
そう言って、その場から逃げた。愛美にバレたらと思うと、いてもたってもいられなかった。
「…どういうこと?」
その日の夜、公園で愛美の彼氏を問詰める。
「分からないよ…僕だって驚いてるんだから」
その言葉を聞いて、私は大きなため息をついた。
「もう、終わりだね」
「終わりって…?」
「あんたとの関係だよ!こんなこと愛美に知られたら…!」
いつもの自分らしくない動揺に驚く。落ち着かせようと、ゆっくり深呼吸をした。
「…飽きてきたとこだったし、ちょうどいいよ」
「そんな…!」
「あんただって、私のおかげでいろいろ勉強できたからよかったでしょ」
愛美の彼氏はずっと下を向いたままで、何も答えない。
「それじゃ、愛美のこと大切にしてあげてね。あとこのことは言わな…」
「イヤだ!!」
いきなり大きな声を出した。静かな公園に響き渡る。
「イヤだよ!だって僕は黒沢さんと付き合うために、愛美に告白したんだよ!?」
「は…?いいから愛美を幸せにしてあげてよ。愛美、あんたをすごく好きなんだからさ」
「僕が好きなのは黒沢さんだよ!愛美なんか…好きじゃない!」
ガサ……
暗闇から物音が聞こえた。数秒後、この場に最もいてはならない人物が現われた。
「愛美…?」
愛美が涙を流しながら、目の前に現われる。
「あの…これは…」
言い訳をしようとしても、上手い言葉が思い付かない。
「…今日二人共様子おかしくて、彼の後をつけてきたら…」
「……」
「ウソでしょ…?ねぇ…チカ!!」
そう言って、愛美が私の肩を激しく揺すった。
「…ごめん」
謝ることしかできない…
「…今まで彼がしてくれたことは全部…全部チカが教えたことだっていうの?」
ゆっくり肩から手が離れる。そして愛美とは思えない怖い顔で、私をにらんだ。
「…ドロボウネコ…」
その言葉が、私の胸を突き刺した。
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