結婚相手

それから月日は流れ、私は高校三年生になった。

「でね!ちーちゃん!」

「分かったから仕事して」

相変わらず結平とはこんな関係。何も変わっていない。むしろ前より話さなくなったのかもしれない。自分の気持ちに気が付き、どうしていいか分からなくなったからだ。

「…結平」

すねている結平に呼びかけた。

「…今度またウサギ型のリンゴ作ってきてあげる」

「本当!?やったー!」

嬉しそうに笑う結平を見て、幸せな気持ちになる。

変わらない中でも、少しずつ…

どこか変わっているようだった。


「じゃぁオレ、先にあがります」

四月中旬のある日、結平は珍しく早く帰った。いつもは遅くまでバイトをしているけど、今日は用事があるらしい。

「お疲れ様でした」

私は結平より一時間遅くバイトを終えた。薄暗い中、一人で家に向かう。

ガチャ…

いつものようにドアを開けると、玄関に見覚えのない靴が一足置いてあった。

男の靴…

最近見なくなった男の靴を見て、幼いあの日を思い出す。

「……」

私は綺麗に並べられたその靴を通り過ぎ、何も言わず家に入った。

「…チカちゃん!」

自分の部屋に入ろうとすると、お母さんが呼び止められた。

「紹介したい人がいるの」

「え?」

「…いいから来て」

訳が分からずリビングに連れて行かれた。椅子に座る、スーツ姿の男の背中が目に入った。それは、どこかで見たことのある後ろ姿だった。

「この人が前言ってた私の結婚相手よ」

あのとき言っていたことが本当であると認識する。無心で見続ける男の背中。すると、男がこちらを向いた。顔を見て、呼吸が止まる。相手も驚いているようだった。

「…ちーちゃん?」

そう、男が呟いた。

「…結平?」

その言われ慣れた呼び名に答えるように呟いた。

目の前に結平がいて、その横にはお母さんがいる…それって…

二人の間に流れる変な空気を、何も知らないお母さんが止めた。

「チカちゃん知ってるの?結平のこと」

結平…?

なんで…

…なんでお母さんが『結平』って呼ぶの?

「バイトが一緒で仲良くしてるんだ」

結平がお母さんに説明する。その隙に私は黙って自分の部屋に向かった。呼び止められても部屋に入る。

一人になりたかった。これ以上、二人の姿を見たくなかった。手には痛々しい爪の跡がついていた。


「…ちーちゃん!」

次の日、結平とバイトは一緒ではなかった。でも店から出ると、私を待っていた結平に出くわした。無視をして結平の前を通り過ぎようとする。

「待って!ちーちゃん!」

腕を掴まれる。私は顔を伏せたままその場に止まった。

「お願いだから俺の話を聞いて!」

「……」

「ちーちゃんのお母さんとは俺がまだホストのときに出会ったんだ。それからいろいろ支えてもらって…」

「…結平もバカだよね」

伏せていた顔を結平に向けた。

「お母さんなんかにダマされちゃってさ」

「え…?」

「あの人は顔と金しか見てない人なんだよ…まんまとダマされちゃったみたいだね」

「美夜子さんはそんな人じゃない…!」

『美夜子』

…お母さんの名前。結平…お母さんのこと名前で呼ぶんだ。

「…もう離して!」

思いきり結平の手を振りはらう。

「結婚でもなんでも好きにすればいいじゃん!私には関係ないんだから!」

そう吐き捨てて走り出した。結平から逃げるように…握られていた腕の温もりを消すように…私は走り出した。


「あれ~?君一人?」

きらびやかに光る町を一人で歩いていると、男が話しかけてきた。

「オレと楽しいことしない?」

「……」

「お金払うからさ」

足を止めた。そして服で目をこすって顔を上げる。

「…いいよ」

誘われるままにその男とホテルに入る。久しぶりに入ったホテルに懐かしさを感じた。

そういえば、結平に出会ってからは一度も来たことなかったっけ…

そんなことを考えている内に、男が私を押し倒した。

……

そのまま朝を迎えた。朝日を浴びながら、私はとぼとぼと一人で家に帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る