「こんにちは、おばあちゃん」

おばあちゃんに出会ってから、半年が経とうとしていた。あれから週に一度、おばあちゃんに会いに行っている。人と関わるのが好きではない私が、自分から会いに行っていた。

「チカちゃん、いつもありがとね」

ニッコリと笑うおばあちゃんを見て、自分らしくない行動の意味を考えるのを止めた。いつものように持ってきた花を花瓶にさし、椅子に座る。

「綺麗な花だね」

私は嬉しそうなおばあちゃんの姿を見るのが好きだった。

「チカちゃんは結平のことが好きなのかい?」

「え!?べ…別に好きじゃないよ!」

突然の質問に慌てて答える私を見て、おばあちゃんは笑ってこう言った。

「かわいいね、チカちゃんは」

結平と同じ笑い方。何もかも分かっていると言われているようなその顔は、いつも私の調子を乱す。「でも、想ってることは言葉にしないと伝わらないよ」

「だから何とも想ってないってば!」

ムキになって、思わず椅子から立ち上がる。やけに顔が熱い。

トントン…

そのとき、扉からノックの音が聞こえてきた。

「ばーちゃん、結平だけど…」

その声に焦る。

「入るねー」

私は慌てて病室の隅に隠れた。気付かれないように、低くしゃがんで息をひそめる。

「着替え持ってきたよ」

「いつもありがとね、結平」

和やかな言葉を交わし、結平が服を納め始めた。

「あれ?誰か来てた?」

ビクリと体が動く。

「…というか、毎週誰が来てんの?」

「え?」

「ほら、花がいつの間にか飾ってあるから」

不思議そうな結平の言葉に、だんだん心臓の音が激しくなる。聞こえてしまうのではないかと、必死に手で押さえた。

「あぁ、それは…」

おばあちゃんがチラリと私を見る。私は一生懸命頭を降り、自分のことを秘密にしておいてほしいと頼んだ。近くに置いてあった猫のぬいぐるみがおばあちゃんの目に入った。

「猫がね、くれたんだよ」

「猫?」

「そう…かわいい猫がね」

おばあちゃんはそう言って、楽しそうに笑った。

しばらくして、一旦結平が病室を出て行った。その隙に帰ろうと立ち上がる。

「何?猫って」

あながち間違いじゃないけれど…

「なかなかいい嘘でしょ?」

そう言って、おばあちゃんが無邪気に笑った。

「じゃぁ帰るけど、絶対結平には私が来てること言わないでね!」

「チカちゃん!」

急におばあちゃんが呼び止めた。

「またね」

いつもと変わらない笑顔。私は少し笑って、病室を後にした。


「…遅い」

それから数日のことだった。結平がまた遅刻だ。

ガラ……

帰れない苛立ちが頂点に達したとき、結平が店に入ってきた。

「結平!遅過ぎ!」

「……」

「聞いてんの!結平!」

「あ…ごめん、準備してくるから」

そう言って、奥に入って行った。

「……」

どうしたんだろう…明らかにいつもと様子が違う。あんな結平を見たの初めてだ。私は少しだけ、結平の様子を見に行くことにした。

「結っ…」

声がつまる。

それは…

「……っ」

泣き声が聞こえたから…必死に抑えていたけれど、少しもれていた。足を進めそうでいると、結平が私の存在に気付て涙をぬぐった。

「あっ…ごめん、すぐ準備するから」

いつもより小さく見える背中。

「…あと少しだけバイト代わってあげてもいいよ」

「え…?」

「だからそこにいていいって言ってんの!」

今、結平にしてあげられること…それは、結平に落ち着ける時間と場所を作ってあげることだ。

しばらくして、結平が出てきた。

「結平…」

なんて言っていいか分からない。悩んでいる私を見て、結平はクスリと笑った。

「何ー?改まっちゃって」

「え…?」

「まぁ、そんなちーちゃんもかわいいけど」

いつもの結平に戻っている。

「なっ…!」

「…ありがと、ちーちゃん」

ニッコリと笑うその顔は、私が知っている結平の顔。それを見て、少し安心した。


「結平…泣いてたな」

帰宅の途中、ふと結平の泣き声がよみがえる。

「…何があったんだろう」

嫌なことだろうか。辛いことだろうか。

それとも…

「悲しいこと…?」

……

「……っ!」

足を止めた。あることが頭によぎったからだ。それは最悪のことだった。

「…まさかね、あんなに元気だったし」

そう自分に言い聞かせて、再び足を進める。それでもどこか不安は消えない。気付くと私は病院へ走り出していた。

息を切らしながら行きなれた病院に到着した。不安を隠しきれず、早歩きで病室へ向かう。

「……」

扉を開ける前に、深呼吸をして息を調えた。そしてゆっくり重い扉を開けた。

「おばあちゃ…」

そこにはいつものようにニッコリと出迎えてくれるおばあちゃんの笑顔はなく、ポツンとベッドだけが置いてある。私はそれを見て、言葉を失った。

「あの…」

言いにくそうな声が我に返す。振り返ると、一人の看護師が立っていた。

「絹江さん…お亡くなりになられたんです」

それを聞いて一気に力が抜け落ちる。同時にあることが浮かんできた。

「あの…!結平は!?…お孫さんは」

「お孫さんは絹江さんの手を最後まで握られて…」

「……」

「絹江さん、最後まで笑っておられましたよ」

そう言って、看護師が微笑んだ。

「…そうですか」

私は誰もいない病室に入った。ゆっくりとおばあちゃんが寝ていたベッドに近付く。

「おばあちゃん…」

無邪気に笑うおばあちゃんの笑顔を思い出す。

結平の涙も…

私はぎゅっと手を握り締めた。

『結平のこと、お願いね』

『想ってることは言葉にしないと伝わらないよ』

おばあちゃんの言いたいことはなんとなく分かっていた。ただ自分の気持ちをごまかしたくて逃げていた。

「…分かったよ、おばあちゃん」

私は少しずつ、前に進み始めた。

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