新たな一面
「それがさ、すごくおもしろくてさ!」
いつもと変わらず、興味のない話を結平が話し出す。
「ちーちゃん?ちーちゃん!」
「え…!?」
「最近どうしたの?ボーっとしちゃって」
あのことを言われてからというもの、いつもこの調子。明らかにペースが乱されている。
私が結平を好きという一言で…
「悩みがあるなら聞くよ?」
ニコリと笑う結平。それはアンタだよと思いながら横目で見る。
そしてもう一人…
「愛美ちゃん!いらっしゃい!」
「こんにちは!結平さん」
あの日からつるむようになった『赤川愛美』。やけにこの二人は気が合うようで、それを見ているとなぜか無性に腹が立った。
「愛美、なんで毎日来るわけ?」
「なにー?客に向かってー」
「じゃぁなんか買いなよ!いつも話すだけ話して帰ってさぁ」
「だってね~?」
愛美が結平と見合わせる。
「チカの急変っぷりが何度見ても面白いんだもん!」
「俺もー!」
似た者同士。疲労も二倍だ。
「じゃぁそろそろ帰ろっかな」
しばらく話してから愛美が言った。そして私に近付いてきて耳打ちする。帰り際に必ず愛美が言うセリフ。
「…頑張って」
笑いながら小さく囁く。私はその言葉を徹底して聞き流していた。
「愛美ちゃん、いっつもなんて言うの?」
「…さぁ」
何事も、この環境の中では聞き流さないとやっていけない。まして結平の言うことをまともに聞いていたら、絶対おかしくなる。
「でもよかった!ちーちゃんにもやっと気が許せる友達ができて」
「は…?」
こんな唐突な発言には、さすがに聞き流せないけれど。
「愛美ちゃんと話してるちーちゃん、いい顔してるよ」
「そう言って面白がってるだけでしょ」
「まぁ、そうなんだけど…」
そのとき客がレジへやって来た。会話が中途半端に終わる。
「…とにかくよかったよ」
そう結平が小さく呟いた。やけにその言葉が胸に染み付く。結平が私を心配してくれたことが分かり、少し頬が赤くなるのを感じた。
「ったく…」
次の日、めずらしく結平が遅刻した。予定より一時間も遅れている。
「すみません!遅れました!」
入口の方から結平の声が聞こえた。私は怒ろうと大きく息を吸った。けれど結平の姿を見て、何も言えなくなる。
「…どうしたの?」
やっとの思いで一言発する。
「寝坊しちゃってさ、ゴメンね」
「そうじゃなくて!その格好…!」
さっき吸い込んだ息を今出した。大きな声が店内に響く。
「なんでそんなっ…!ホストみたいな格好してんの…!?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
結平が当然のように答える。
「俺、ホストなんだ」
そういえばそうだ…顔も性格も女に慣れてるとこも、全部ホストだ。考えればすぐ分かることだった。
…分かることだった…?私のことは全部見透かしているくせに、私は結平のことを何も知らない。なんか不公平だ。
「…ちーちゃん?もしかして怒ってる?」
本当だ…
どうしてこんなにイライラしてるんだろう。
「…なんでホストとバイト掛け持ちしてるの?」
「え?」
「ホストって稼げるんでしょ?バイトまでしなくてもいいじゃん」
「それは…」
そう言って、結平は遠くを見つめた。いつもと違う雰囲気を感じる。影があるように見えた。
「一人の女の人に貢いでるから…かな」
ボソリと呟いたその言葉はどこか意味深で、私はそれ以上質問することを止めた。
それからはシフトの違いや忙しさから、結平とはあまり話さなくなった。そして、どこか結平を避ける自分がいた。
「お疲れ様でした」
久しぶりにシフトになった。今日は結平より一時間早く終わる。なぜかよそよそしく挨拶をしてしまう。
「あ!ちーちゃん!」
客がいるのにも関わらず、結平が私を呼び止めた。
「またあれ作ってきてよ!」
「…あれ?」
「ほら、これ!」
そう言って手を上げた。
もしかしてあれはウサギの耳なのだろうか。客がいる前で必死に飛び跳ねる。
「あ!笑った!」
そう言われて、急いで顔を隠す。
「やっぱ俺、ちーちゃんの笑った顔好きだなぁ」
思わず笑ってしまったのがいけなかった。また慣れない言葉を言われる。 結平にしか言われない言葉を…
「ちーちゃん?」
顔が熱い…たぶん今、私の顔は真っ赤だ。私は逃げるようにコンビニを後にした。
あんなに恥ずかしかったはずなのになぜか少しだけ…嬉しかった。
「ほんとしょうがないんだから」
次の日の日曜日。結平はバイトで、私は休み。いつもなら昼過ぎまで寝ているが、今日は早起きした。
「結平、驚くかな」
楽しそうにリンゴをウサギ型に切る。バイト上がりの結平に、リンゴを差し入れする計画だ。シャリシャリと音がする中、結平の驚いた顔を思い浮かべた。
「チカちゃんの笑った顔見たの久しぶり!」
どこかで聞いた声。あぁ、あの人か…
「…別に笑ってないし。それよりなんか用?お母さん」
私と同じ、二つの顔を持つお母さんと久しぶりに顔を合わせる。
「もう!そんなに冷たいこと言わないで」
今は優しいお母さんの顔だ。
「最近、チカちゃん変わったね」
…よく言う。ほとんど話してないのに…
「恋…してるの?」
またかと言うように、ため息をついた。
「だからしてなっ…!」
「お母さんはしてるよ」
いきなり呟いたお母さんの言葉に戸惑う。
「そんなの…私には関係ない」
「それが関係あるの」
少し沈黙が続いた。その間にこれから何を言われるのかを頭の中で考えたが、何も思い付かない…
「お母さん、その人とゆくゆくは結婚しようと思ってる」
…結婚…?
「あなたにお父さんができることになるのよ」
私には生まれたときからお父さんがいなかった。事故で死んだとお母さんが言っていた。
…どうせ嘘だろうけど。
「……」
今になってお父さんができる。そんなの全然想像が付かない…私はどうすればいいの…?
「心配しないで。その人、とてもいい人だから」
「心配なんかっ…!どうせすぐ別れるだろうなって思っただけ」
強がりを言って不安を隠す。
「本気で好きなの!絶対別れたりしない…だから仕事も辞めたから」
そういえば、最近家に男が来てない。あの声も聞いてない…
「……」
…お母さんは本当に結婚する気なんだ。本当にその人が好きなんだ…
私は切り終えたリンゴを持って玄関に走った。後ろから聞こえるお母さんの声。それを聞かないように、外へ出て行った。
向かったのはバイト先のコンビニ。外から忙しそうに働く結平が見える。今すぐ結平と話したい気持ちを抑え、店の前に座り、待つことにした。その間お母さんとの話を整理しようとしたが、混乱してなかなか結論にたどり着かない。
それから何分経っただろうか、結平がコンビニから出てきた。
「結…っ」
名前を呼ぶのを止める。
「…なんであっちに行くんだろ?」
いつもと違う方向に向かう結平。私は気になってその姿を追った。
気付かれないように静かに後をつける。途中、何をやってるんだと思うこともあった。でもやっぱり気になって足を進めた。
そして行き着いたのは…
「病院…?」
どこか悪いんだろうか。怪我をしているようには見えない…
なんのためらいもなく入って行く結平を見て、ますます嫌な予想をしてしまう。走って結平の後を追った。
もう気付かれてもいい。早く詳しいことを聞きたい…
そんなことを思いながら病院に入った。
「どこ行ったんだろ…」
辺りを見回しながら歩いていると、『櫻井』の文字がチラリと見えた。足を止めて確かめる。そこには『櫻井 絹江』の名前が書かれてあった。
「……」
中から微かに話し声が聞こえる。私はゆっくりドアを開けてみた。そして見えたのは、楽しそうに話す結平と…
「おばあちゃん…?」
仲のいい二人の姿。どうやら絹江という人は結平のおばあちゃんで、お見舞いに来ているらしい。
ということは、結平は元気なんだ。
ホッと胸をなで下ろす。
少しすると、結平が立ち上がった。部屋から出ようと扉に手をかける。私は急いで廊下の角に隠れた。結平がいなくなり、私はもう一度部屋をそっと覗いた。
「そこにいるのは誰?」
その言葉に、ビクリと体が反応する。どうしたらいいのか分からず、その場に立ち尽くしていると、また中から声が聞こえた。
「中に入っておいで」
優しい声…
私はその声に誘われるように、ゆっくりと中に入った。
「……」
入ったはいいが、どうすればいいか分からない。一度も会ったこともない人の病室に、自分がいる不自然さに戸惑いを感じた。
「こんにちは」
そう言って、おばあちゃんはニッコリと笑う。その笑顔はどことなく結平に似ていた。
「こんにちは…えっと、黒沢チカといいます。結平さんとはバイトが一緒で…」
「まぁ、結平と。いつも結平がお世話になっております」
「あ、いえ…こちらこそ」
ありきたりの会話でその場を過ごす。そして、また沈黙に戻った。変な空気が流れる。
「…じゃぁ、私はこれで」
居心地の悪さに耐えられなくなり、病室から出ようとした。
「あ!チカさん待って!」
おばあちゃんに急に呼び止められる。
「もう少し、お話ししませんか?」
そう言って、ベッドの近くにある椅子に座るよう誘われる。おばあちゃんの憎めない笑顔。私はそれに逆らえず、椅子に座った。そのとき、チラリとウサギの形に切られたリンゴが数個目に入った。
「よかったらどうぞ」
遠慮しながらも、リンゴを一つ手に取った。
「…おいしい」
私がそう言うと、おばあちゃんはニッコリ笑って「結平も好きなのよ」と教えてくれた。
「結平はちゃんとやっていますか?」
唐突な質問に戸惑う。
「え…はい、やってると思います」
「そうですか。それはよかった」
おばあちゃんはそれを聞いて安心したように微笑んだ。そして遠い目をして話し出した。
「結平の両親は小さいときに事故で亡くしてね、いろいろ心配で…私もこんなになっちゃって、結平には苦労をかけてるんです」
そうだったんだ…もしかしてホストやっているのもおばあちゃんのため…?
前に『一人の女の人に貢いでる』と言っていた。きっとそれはおばあちゃんのことだったんだ。
突然、おばあちゃんに手を握られた。
「チカさん、結平をよろしくお願いしますね」
「え…!?」
予想外の言葉に驚く。しっかりと手を握られ、おばあちゃんに必死に頼まれる。
「でも、私は…」
おばあちゃんの手はとても温かった。胸のどこかで何かがあふれた。
「はい…」
私は思わず、そう返事を返した。安心したようにおばあちゃんが笑う。それから少しして、病室を後にした。
家に帰って自分の部屋に入った。目の前に一日中持ち歩いた物を置く。ふたを開けると変色したウサギの形のリンゴが現われた。
「……」
私はそれを見つめながら、今日あったことを思い出す。
お母さんのこと…
結平のこと…
おばあちゃんのこと…
今日はいろんなことがあった。これからどうしていけばいいんだろう…混乱が頭を掻き乱す。私はリンゴを掴み、一口かじった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます