友達
「結平、そこ整理しといて」
あれからまだバイトを続けている。かれこれバイトを始めて一ヵ月。あんなことがあったせいか、前のようにバイトを辞めようとは思わなくなった。
「ちーちゃん!これ、ここでいいよねー?」
いつの間にか名前で呼び合う仲。そんな初めての関係に、少し感じる恥ずかしさやくすぐったい気持ちは、一ヵ月が経っても消えることはなかった。
「これ…」
バイトの帰り際、結平にある物を手渡した。
「何!?くれるの!?」
そう言って、まるで子供のようにはしゃぐ。私はドキドキしながら、結平が開けるのを見つめた。
「ちーちゃん、これ…」
「ま…前好きだって言ってたでしょ!」
「……」
「嫌なら食べなくて…」
結平は箱に入っていた一つを取り出し、にっこり笑ってこう言う。
「ありがと」
その手には小さなウサギ型のリンゴが掴まれていた。
「ちゃんと俺の話聞いてたんだねー」
「聞こえたんです」
コンビニの前に座って話す。結平は隣りでさっそく嬉しそうにリンゴを食べていた。
「でも、なんでくれるの?」
「お礼だよ。遅くなっちゃったけど…助けてくれたからさ、いろいろ…」
いろいろ…それは先生のこと。あえて言わない。
「最近はどう?大丈夫?」
「うん、おかげさまで」
「そっか…またなんかあったら言えよ」
そう言って、結平は私を優しくなでる。私は乱れた髪を迷惑そうに直しながら、おいしそうに食べる結平をそっと見つめた。
「あれ?黒沢さん?」
それから数日後のことだった。いつものようにバイトをしていると、誰かが話しかけてきた。
「あー!やっぱり黒沢さんだぁ!」
うわ…クラスの子だ…
「バイトしてるなんて知らなかったよ!」
めんどくさいけど、とりあえずここは…
「アハハ、なんか言いそびれちゃって」
…笑っておこう。
「じゃぁまた買いに来るね」
「うん、ありがと」
その場を乗り切り、笑顔を止める。それを見逃さないのが結平だ。
「もしかしてちーちゃんって…優等生?」
「は?」
突然の質問に戸惑う。
「ニコニコ笑って誰にでも優しい感じ?」
「…悪い?」
「だからか!」
そう言って、勢いよく手を叩いた。
「だから作り笑いしてたんだ!」
「なっ…!」
「でも、そんなんじゃ疲れない?」
その質問が妙に胸に突き刺さる。今まで一度も言われたことがない疑問に困惑した。
私はその何気ない質問に、答えることができなかった。
「また来ちゃった!」
数日後、またあの子が現われた。
「ありがとう。嬉しいよ」
と言いながら、心の中ではめんどくさそうにため息をつく。
「ちーちゃんのお友達?」
隣りから更にめんどくさい人が入ってきた。私は何も言わずにその人を睨み付ける。
「君かわいいねー」
それに気付かず話を続ける。いや、気付かないふりをしているのか。
「にしても、最近の子は発達が早いな~」
この言葉を聞いて、私の中の何かがプツリと切れた。
「あの…オヤジ発言止めてくれませんか?」
「俺そんなこと言ってないよー」
「言ったじゃん!」
「言ってない」
「絶対言った!」
「そんなに言うなら聞いてみようよ」
結平がそう言ったとき、私は目の前にクラスの子がいることを思い出した。その子はあっけにとられて目を丸くしている。その見開いた目で今のやり取りを見ていたのだ。
「えっと…」
言い訳をしようにも、上手い言葉が見つからない。明日学校で今日のことを話される。私は覚悟するしかなかった。
次の日。覚悟して行った学校では、『本当の黒沢チカ』という話題は流れることはなかった。
「黒沢さーん!」
放課後、帰ろうとしていると誰かに呼び止められた。あの子だ。
「…何?」
その子は走って来たせいで、息を切らしている。
一体何を言い出すんだろう…まさか脅してくるとか…
疑うような視線で、次の言葉を待つ。
「一緒に帰っていい?」
その予想外の言葉に、私は思わずうなずいてしまった。
「黒沢さんってさ…」
しばらく一緒に歩くと、長い沈黙を向こうが破った。
「何…?」
緊張が走る。積もり積もっていく疑心暗鬼。もし昨日のことで何か脅してきたら…私の弱味に付け込んできたら…
…私はこの子に何をするか分からない。
「あの人のこと好きなの?」
その疑問に首をかしげる様子を見て、続けて言う。
「ほら、昨日隣りにいた…」
隣り…?
……
結平!?
「はっ!?なんでっ…なんでそう思うの?」
一瞬調子を崩したが、なんとか平常心に戻す。
「なんとなく…見てて思ってさ」
周りから見ると、そういうふうに見えているのだろうか。私が結平を好きだと…ありえない。
「私はこの前の黒沢さん、好きだよ」
「え…?」
「なんかありのままの黒沢さんって感じがしてさ」
そう笑って言う横顔は、どこか結平に似ていた。
「だから、応援するからね!」
こうしてもう一人、苦手な人が現われた。
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