次の相手

パンッ…!!

鈍く響く音。頬がジリジリと痛む。

「人の彼氏取ってそんなに楽しいわけ!?」

昼休憩。複数の女子に呼び出され、一瞬にして囲まれた。目の前には泣いてる子が立っている。

たぶんこの子が彼女だろう…そして周りの子はその子を守るフリをして、私に嫌味を言いたいだけの悲しい人たち。

「学校じゃいい子ぶっちゃってさ、マジムカつく!」

次から次へと出てくる言葉は今までに何度も言われた。全部私が「羨ましい」としか聞こえない。


「ちょっと!あんたもなんか言いなよ!」

そう言って、泣いている子を促した。しかしその子は何も言わず、ただ泣くばかり。

こういう子、一番ムカつく…自分の問題なのに周りに頼って、ただ泣くだけ。

だから…

「…そんなんだから男取られんだよ」

泣き声が大きくなる。周りが慌てて慰める。

…いい気味。

「もう許さない…!」

一人が近くに落ちていた棒を掴み、私に近付いてきた。勢いよく高く棒を振り上げる。

それを見て身構えした瞬間だった。

「お前たち何してるんだ!」

目を開けると担任の先生が眉をひそめている姿が見えた。

「先生!」

私は走って先生の腕を掴んだ。そして泣きながらこう言う。

「あの人たちがいじめるんです!私の成績がいいからって…」

その後に泣き声を出せば…

「ひがんでいじめるなんてまったくお前たちは…」

簡単に信じる。なんせ私は優秀な生徒だから。

「違う!そいつはウソ言って…」

「黒沢がウソ言うわけないだろ!」

あの子たち、信じてもらえてないよ。本当のこと言ってるのにね。

…おもしろ。

そう思いながら悔しそうな顔を眺めていると、泣いている子と目が合った。目は赤くはれ、面白い顔。

私はニヤリと笑った。

「この…」

かすれた声で、その子が小さく呟く。

「…ドロボウネコ!!」

そう叫ぶと泣きながらその場を去って行った。


『ドロボウネコ』

相手は貶して私をそう呼ぶが、最高の褒め言葉だと思っている。

「黒沢…大丈夫か?」

「あ、はい。助けていただいてありがとうございました。それじゃ…」

「あ!待って!」

帰ろうとすると、いきなり先生が私の腕をつかんだ。

「…放課後、ちょっと職員室に来なさい」

そのとき私は、薬指に光るものを見逃さなかった。


「…失礼します」

放課後、言われた通りに職員室へ向かった。

「おぉ、こっちだ」

呼ばれる方へと歩き出し、用意されていたイスに座る。

目の前にいるのは最近婚約したばかりの担任の先生。担当教科は理科。顔は普通。成績や見た目でひいきをすることで有名で、一部の生徒からは嫌われている。

つまり、私にとってこいつは…

『便利な男』なのである。

「黒沢、お前大丈夫か?」

「何がですか?」

「生徒たちから黒沢の悪い噂を聞いてな…もちろん僕は信じていないが、今後の勉強の邪魔にならないかと思って…」

足を組み、ヒザの上に手を置いて話す。左手の薬指には銀色に光る指輪。

「大丈夫です」

「そうか?それならいいんだが…辛くなったらいつでも相談にのるからな」

職員室には誰もいない。先生と私だけ。

「それより先生…」

私はゆっくりと口を開いた。

「ん?なんだ?」

「先生、ご結婚が決まられたんですよね?おめでとうございます」

「あぁ、ありがとう」

照れながら礼を言う。無意識に右手で指輪を触る姿を見て、私は小さく笑った。

「…じゃぁもう、一人しか愛せないわけだ」

「え…?」

そっと先生のヒザに手を乗せた。スリスリと擦りながら会話を続ける。

「どうです?最後に一度、他の女を相手にしてみては」

「く…黒沢!?」

「少なくとも先生の婚約者より…」

先生の耳元に唇を近付ける。

「…気持ちいいと思いますけど」

ガラ…

職員室のドアが開いた。他の先生が入って来る。私はサッと手を戻し、先生に笑いかけた。

「いろいろご心配かけてすみませんでした」

「え…」

「それじゃぁ…また」

それだけ言って職員室を後にした。

「…おもしろ」

先生の赤くなった顔や熱くなった体を思い出すと、笑いが込み上げてくる。クスクスと笑いながら降りる階段は、なぜかいつもより長く感じられた。


「黒沢…僕もぉっ…!」

あれからすぐに先生は近付いてきた。婚約者なんかおかまいなし。ただ私と交じり合うために…

「はぁ…」

一段落ついてため息をついた。隣りには気持ち良さそうに眠る先生。

「…この先生、ヘタすぎなんだけど」

ベッドから立ち上がり、脱ぎ散らかした服を着る。

『さようなら』

そうメモ用紙に書き残し、部屋から出て行った。


「黒沢…!」

理科の授業の終わり、先生が私を呼び止めた。

「…今日の放課後、理科準備室に来るように」

予想はしていた。私を抱いた男はみんなこうなる。どうしようもないほど私にハマる…

「…はい」

先生の真剣な表情と私の意味深な返事で、周りが少しざわめいた。


「…失礼します」

放課後、理科準備室。ドアを開けて中に入ると、慌てて先生が近寄ってきた。

「黒沢…!来てくれたんだね!」

「……」

「あの…このことなんだけど…」

目の前に出される一枚の紙。私があの日に書いた別れの言葉が見える。

「これってどういう意味なんだ…?」

「そのままの意味ですけど」

そう言って、足を組んでソファーに座った。

「先生は『さようなら』って言葉、知らないんですか?」

先生が信じられないようなものでも見たかのような表情を浮かべる。

「嘘、だよね…?だって僕たちあんなに愛し合って…」

そのセリフは何度も聞いた。まったく、何勘違いしてんだか…

「先生、私が男と付き合う条件教えてあげましょうか」

「何…?」

「『女がいる男』」

「それなら僕は…!」

「それから…」

ゆっくり足を組み直す。そして笑って先生を見上げて言った。

「『抱くのが上手い男』」

二人の間に校庭から聞こえてくる部活動の声だけが響く。

「先生さ、経験少ないでしょ」

「なっ…!」

「もっと上手くならなきゃ婚約者も逃げちゃうよ?」

先生の顔がみるみる赤くなる。プライドを傷つけられ、バカにされ…小刻みに震える先生の手が悔しさを表す。

何度見てもおもしろい。…男のこういう顔。

「僕だって…」

先生が小さく呟く。

「僕だって…!!」

そう叫び、いきなり私を押し倒した。

「…っ!ちょっと!やめてよ!」

いくら抵抗してもさすがに男の力には勝てない。

はぁ…しょうがない。

「先生!誰か来る!」

「え!?」

先生がひるんだすきに逃げ出した。

「ったく、こんな嘘にダマされるなんて、本当にバカだよね」

乱れた髪を直しながら冷たく言う。呆然と座っている姿を見て、フッと笑った。

「せいぜい奥さんとお幸せに。それじゃ…」

そう言って鞄を持ち上げ、歩き出す。

「黒沢…!」

ドアに手をかけた瞬間、先生に呼び止められた。

「頼む!あと一回でいいんだ!」

「先生、もう何言われたってムダ…」

振り返り後ろを見ると、土下座をしている哀れな姿が目に入った。

「お願いだ黒沢!あと一回チャンスをくれ!僕、頑張るから!」

額を床につけ必死にもがく。先生としてのプライドも男としてのプライドも捨てて、ただもがく。

この人、相当おもしろい…

なんでここまでできるのか分からないけど、それならそれで楽しませてもらいましょうか。

「…しょうがないなぁ」

そう言って床に鞄を置いた。

そして…

ビリッ…!!

「黒沢…?」

思いきりシャツを破くと、いくつかのボタンが床に転がった。直した髪をまた乱し、はだけたシャツの間からはチラリと胸が見える。

「い…いいのか?」

私はニッコリと笑った。それを見た先生は慌ててベルトを緩め始めた。

本当にバカな男…こういう男には教えてあげなくちゃね。

女の…

私の怖さを…

私はスッと息を吸った。

「キャー!!」

いきなり叫ばれ唖然とする先生。

「黒沢…?」

「誰か助けて!先生が…先生が!」

そう叫びながら廊下に出た。そこにちょうど居合わせる保健室の先生。

ラッキー…

「どうしたの!?黒沢さん!」

「先生が…私を無理矢理…!」

保健室の先生が理科準備室を覗く。そこにはベルトを外した先生がポツンと立っていた。

「先生…!何をなさってるんですか!?」

「違っ…!黒沢!違うよな!?」

私は何も答えず、ただ泣き続ける。先生はそんな私に駆け寄り更に問う。

「黒沢!なんでこんなことを…!」

肩に触り、伏せた顔を無理矢理起こさせ、なんとか答えさせようとする。でもそれは逆効果。最後には駆け付けた先生たちが問詰める先生を押さえ付け、それは終了した。

「黒沢!なんとか言ってくれ!黒沢ー…!!」

その声は寂しく廊下に響いた。

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