ド ロ ボ ウ ネ コ

@iroha516


「私たち、終わりにしよっか」

ボタンをはめながら冷たく言う。

「そんな…!僕たちあんなに愛し合ったじゃないか!」

ここはラブホテル。部屋はピンク色に包まれ、乱れたシーツが何があったのかを悟らせる。

「あんた、彼女と別れたんだって?」

「…それは君が好きだから」

「私は彼女がいない男なんか興味ないの」

そう言って、ベッドから立ち上がった。

「待って!まだ話が…」

男が手首を掴む。女は笑ってこう言った。

「さようなら」


女の名前は黒沢 チカ。高校二年生。白い肌に長い黒髪がよく目立つ。成績は常にトップで、校則違反なんて一度もしたことがない。

『優秀な私』

その逆に…

今まで付き合った期間は最長一ヵ月。付き合うのは彼女がいる男だけ。男とした回数なんて覚えていない。

『汚い私』

私は二つの顔を持ち、二つの行動をする。

自分がいかに人生を楽しく過ごせるか。

それが大事なんだと、小さいころ母が教えてくれた。


空が黒く染まる頃、玄関のドアを開けた。

「…ただいま」

いつもと変わらず返事はなく、代わりに聞こえる喘ぎ声。

「……」

私は何も言わず、自分の部屋に入った。壁が薄いせいか、それでも声は聞こえてくる。

お母さんのいやらしい声。

今日の相手もきっと違う男だろう。子供のときからそうだったからなんとなく分かる。

子供のころ…

嫌な思い出がよみがえる。


十年ほど前…

「ただいまー!」

私が外から遊んで帰ったときのこと。玄関のドアを開けるとお母さんの苦しそうな声が聞こえてきた。

「お母さん…?」

急いで声がする部屋へと走り、部屋のドアを開けた。見えたのはお母さんの幸せそうな顔。

そして…

知らない男と抱き合う母の裸。

私と目が合うと、汗まみれのお母さんがこう言った。

『女は二つの顔を持った方が利口なのよ』


初めてお母さんのもう一つの顔を見た夜。

私はベッドに潜って耳をふさいだ。目を閉じた。涙を流した。

お母さんの二つの顔…

『綺麗な優しいお母さん』

そして、

『体を売り物にする女』

それを知るのには幼過ぎた。理解するには大人になるしかなかった。

毎晩のように流れていた涙はいつしか止み、耳をふさいでいた手を離す。

私はあの日、何も与えられないまま大人になったのだ。


それが私がこうなった理由。今から思えばたいしたことない思い出だ。

だから別にお母さんを恨んではいない。むしろ感謝している。今、人生を楽しむことができているのはお母さんのおかげだから。あのとき、教えられた言葉のおかげだから…

ガチャ…

玄関のドアが開く音。小さく聞こえるお母さんと男の声。

私は遠ざかっていく靴の音を聞きながら眠りに入った。

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