お題『天然くん』

「ほのか!」

ずっとずっと聞きたかった声が。

「ごめん遅れて!」

夜の色を少しだけ混ぜた夕焼けの中、確かな温もりを帯びながら私の元に飛びこんできた。

「めぐむくん!」

「ごめん!ほんとごめん!実は、母さんがさ、えっと、ぎっくり腰で、病院で……それで――」

息を切らせながらヘタクソな言い訳を並べるめぐむくん。だけど私は、めぐむくんじゃないほかのものに目が行っていた。

「次は絶対遅れないから、母さんが、ぎっくり腰ならないように頑張るから……!だから――」

「めぐむくん」

「うゎうゎほんとごめんなさいぃ! 次は絶対遅れないから!」

「違うよめぐむくん……」

私はめぐむくんの、男にしてはちょっと小さいような肩を、ぐ、と掴む。

「ちゃんと着替えなよ」

めぐむくんは。

パジャマだった。

私たちだけしかいないもうほとんど夜の公園に、めぐむくんの悲鳴が響き渡った。湖の鳥が羽ばたいた。

「ほんとごめんなさい。嘘ついてごめんなさい!なんか色々奢ります!」

怒ってないのに。私の機嫌を直そうとするめぐむくん。ごめんなさいごめんなさいクレープもパフェも奢りますだから許してへくしゅん、と変なくしゃみ。

私は着ていたコートをめぐむくんの肩に掛ける。風が薄い布を通って肌に触れる。私はめぐむくんの肩にぴたりと寄り添った。

この子といるとどうしても怒れないんだよな。

怒りという感情は、全て温かな優しさに変わってしまうんだ。

だけどやっぱり肌寒いから。

「クレープ中止!おでん食べ行こう!」

「わかった!寒いもんね!」

私は今とても幸せだ。

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ぶかつのしょーとすとーりー 恵口桜菜 @shiotaRana

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