8
「ふぁ~……」
大きな欠伸をしつつ、今日も弌夜はけだる気に通学路を歩いていた。
朝は嫌いだ。また学校という窮屈な場所に身を置かなければいけないと思うと、拒否反応が出てしまう。
それでも何とか我慢して、午前中は教室で過ごせる。だが、その我慢も午前中までだ。それ故に午後はサボるという習慣が出来てしまった。今日も今日とて一時間目からけだるさを前面に押し出し、授業を受ける気もさらさらない態度を隠すことなく晒している。
そんな弌夜の授業態度を改めさせようと、担任を始め諸教師たちも再三注意をしたりペナルティを科したりと、いろいろと試みたこともあった。しかしその条件に弌夜がのるはずがない。いや、そもそも校則を守ろうとしていないのだ。罰則を設けても、素直に受けるはずがなかった。
教師陣も頭を抱えるほどの問題児だった。
そしてその影響か、生徒たちからも怖がられる存在となっていた。ケンカをするなどといった騒動を起こすことは全くないのだが、どうやら近寄り難い雰囲気があるようだ。
故に、弌夜に話し掛ける生徒も滅多にいなかった。
「あ、伊崎くん」
四時間目が終わり、弌夜にとってようやく一息吐ける昼休み時間。トイレに向かっていた弌夜を呼び止める女子生徒の声が聞こえた。
珍しいことがあるものだと思いつつ、聞き覚えのある声に振り返る。
「今日も部活、見に来る?」
そこにいたのは朔良だった。校内の廊下で会うのは初めてだ。
「何で?」
「出来れば……また見に来て欲しいな、と思って」
「……」
朔良に言われるまでもなく、弌夜は見学に行こうと思っていた。偶然見た朔良の行射だったが、見学会などで見るうちに朔良の行射にハマり、今では放課後の楽しみになっている。
だが、こんなふうに懇願されたのは初めてだった。故に朔良からのこの誘いは少し違和感があった。
「行くつもりだったけど?」
弌夜の答えに、朔良はほっとした表情を浮かべる。
「そっか、良かった。ありがとう。じゃあ、また放課後」
そう言って小さく頬笑むと、朔良は自分の教室に戻って行った。
「放課後、か」
朔良の後ろ姿を見送りつつ、何故だか、朔良の行射を見ればその違和感も解けるような気がした。
変なところで直感が働き、それに確信めいたものを感じる。弌夜の非凡な才能は、こんなところでも発揮されていた。
朔良と別れてからトイレを済ませた弌夜は、いつもの場所で午後の授業をサボっていた。
「成政湊……」
学生カバンを枕にゴロリと寝転んだ弌夜が、ぽつりと呟く。
工藤より湊の方が、存在として朔良に近いと感じた。朔良のことを知るなら、当然湊のことも出てくるはずだ。
「聞けば、あいつのことも話すんだろうか?」
自分に敵意を向けてきた湊のことを思い出す。
考えれば考えるほど複雑そうな家庭事情に、どうしたものかと弌夜は軽く悩んでみた。
「……」
だが、そうしていることに、ふと自分自身に疑問を感じた。
こんなふうに自分以外の人物のことを考えたりするのは、初めてではないだろうか?
今まで、他人のことに対して、自分の時間を割くことをしてこなかった。そんな弌夜が朔良のことに関しては、だいぶ考える時間を割いている。そして、それを苦痛に思っていないところが弌夜は不思議だった。どうやら相当、朔良のことが気になっているようだ。
はぁ~と一つ眺めの溜息を洩らし、視線の先の五月晴れの空を見つめる。木々の間から零れる日差しが心地の良い。
その木漏れ日を全身に浴びながら、徐々に重くなってきた瞼に抗うこともなく、弌夜はゆっくりと目を閉じた。
「今日はここまで」
現国の教師が授業終了の声を掛けたと同時にチャイムが鳴る。午後の授業も全て終わり、途端に教室内にざわざわとした喧噪が広がった。
ひとしきり他愛もない会話をした後、部活組と帰宅組に別れた生徒たちは、次第にそれぞれへと移動し始めた。
「朔良」
クラスメイトで親友の
由香はバレーボール部に所属しており、現在レギュラーとしてライトアタッカーのポジションについている。
ボーイッシュでショートカットの髪型が良く似合っている女の子だ。性格も姉御肌で面倒見が良く、下級生からはもちろん、上級生からも一目置かれている存在だった。
朔良とは中学校からの付き合いで、ある程度朔良の家庭事情も知っている。
サバサバして物怖じしない由香の性格は、朔良にはとてもありがたいもので、互いに気が置けない親友だった。
「部活行こう」
「うん」
「今日は一緒に帰れるんだよね?」
歩きながら訊ねてきた由香に、小さく微笑んだ朔良は「うん」と頷く。
「珍しいね。お兄さんは?」
「今日は用事があるみたいで、部活にも来れないって。誰かと一緒に帰っておいで、って釘刺されてる」
「そっか。ま、あたしとしては、朔良と帰れることなんて滅多にないから嬉しいけどさ」
苦笑して言う朔良に、由香がにっと笑う。
そう。部活終わりはいつも工藤と一緒に車で帰るので、由香と下校することは本当に稀だった。
「じゃあ、部活が終わったら渡り廊下で待ち合わせね」
「ん、分かった」
由香と手を振って別れた朔良は、いつもの戸口ではなくその反対側へ回った。
いつもの場所。学生カバンを枕にして、眠っている弌夜が今日もいるはずだ。
「……あ、れ?」
だが、角を曲がってすぐ見えるはずの弌夜の姿は、そこになかった。
――いつもここで横になってるのに……。
朔良が肩を落とす。何を期待していたのかは分からないが、自分が酷く落ち込んでいることは分かった。
『行くつもりだったけど?』
そう、弌夜は言っていた。まずもって嘘をつくことはないだろう。朔良に嘘をついても得になることはないし、そんな性格ではないと思う。いつも直言居士な弌夜だからこそ、そこから発せられる言葉も信用出来ていた。
しかし今のこの状況は朔良にとって予期せぬことで、少し動揺した朔良は、そこに立ち尽くしてしまった。
――何か用事が出来て来られなくなった、とか?
不安気に眉根を寄せる。
――先生に呼び出された、とか?
これは有り得そう、と思ってしまった。
――もしそうだった場合、その後で見に来てくれる、かな?
来てくれないかもしれない……。
その時間帯にもよるかもしれないが、もともと面倒なことが嫌いな性格をしている弌夜が、先生に呼び出されたあと、わざわざ弓道場まで来てくれるはずがない。そのまま帰るのが有力だ。
「……」
考え込んでいたら、落ち込みに拍車が掛ってしまった。自分勝手な思考を巡らし、諦めたように溜息を吐く。
――今日は来ないかもな……。
結局、結論も自分勝手に出した朔良は、この気持ちをどう浮上させるか悩んだ。
「何やってんの?」
「!」
そんな時、不意に背後から素っ気なく声を掛けられた。驚いた朔良が肩を震わせて振り返る。
「…………」
「何?」
振り返った朔良が無言で弌夜を見つめるため、弌夜も怪訝気に聞き返した。
「いや……来ないかと思って」
驚いた表情のまま朔良が答える。
「……俺、嘘はつかないけど?」
「うん。それは分かってる」
「……」
弌夜の目が、微かに瞠目した。間髪入れずまっすぐに言われ、今度は弌夜が驚く。
「ここにいなかったから、何か用事が出来たか、先生に呼び出されたのかと思って。それで、先生に呼び出された案を有力候補に挙げて考えてたら、今日は来ないかもしれないって思って……」
――何だ、そりゃ。
ついさっきまで考えてたことを素直に話した朔良に、弌夜は呆れた表情を向ける。
今の言葉で、自分が朔良の目にどんな風に映っているのか、弌夜は理解した。
その二つなら確かに後者の方が有力だろう。弌夜の学校内における生活態度は、決して褒められたものではないのだから。
だが朔良は、まだ良く弌夜を分かっていない。
何故なら、例え呼び出されたとしても弌夜がそれに応じることはないからだ。
実際、今まで幾度となく呼び出されたことはあったが、一回も職員室に出向いたことはない。自慢して言えることではないが、これが真実だ。
しかし一方で、確かに朔良は弌夜の言葉を信用していたことも十分に理解出来た。その上で、来られない理由を考えていた。
小さな息を洩らした弌夜は、朔良の頭に手を軽く置いた。
「ちゃんと見てるから、早く準備して来い」
「うん。ありがと」
「……」
微笑む朔良を、凝視してしまう。
ドキドキしたわけではないが、可愛いかも……と思ったことは自分の心の中で認めた。
「俺はそっちから入っとく」
そう言って弌夜が指差す戸口は、いつもは施錠されているのだが今日は戸が開いていた。
「うん。じゃあ、行くね」
弌夜に声を掛けた後、朔良は足早に反対側の(正規の)戸口へと向かった。
開いてるんだから近い方から入れば良いのに、と思いつつ、朔良の後ろ姿を見送った弌夜は、自分が指差した戸口から弓道場に入った。
中に部員の姿はない。しかし窓が換気のためにきちんと開けられているところを見ると、朔良の他に誰か一人は来ているはずだ。
――あの主将か?
そんなことを考えていたら、「見に来てくれたの?」と明るい声が飛んできた。声を掛けてきたのは、予想通り弓道部主将の克生だ。
「……どうも」
「どうぞ、どうぞ」
思わぬ歓迎振りに、弌夜は訝しむように眉根を寄せる。
「大丈夫。前にも言ったけど、無理に勧誘したりしないから」
弌夜の表情で察した克生が、苦笑して否定した。
そんなに分かりやすく顔に出てたのか? と思った弌夜だったが、別に取り繕うことはしなかった。良く言えば、素直と言ったところだろうか? ただ、上級生に対しての態度ではないだろう。
「弓道、見てて楽しい?」
寛容な克生は、弌夜の失礼な態度に気分を害することもなく、にっこりと訊ねる。
「まぁ……楽しいです」
弌夜の場合、その後に「泉水のは」と繋がるのだが、そこは省いた。弌夜にしては、克生の立場を読んだ良い受け答えだ。
その弌夜の答えに、克生が目を細める。
「そ、良かった。じゃあ、ゆっくり観覧していってね」
そう言った克生は、手を振って弌夜から離れていった。
――ほんとに弓道好きが多いな。
克生の後ろ姿を見ながら、心の中で呟く。
朔良もそうだが、見学会の射手メンバーに選ばれていた赤坂、真木原を見ていてもそう思った。やはり上達に一番大切なのは、弓道が好きだという情熱なのかもしれない。
しみじみと納得した弌夜は、観覧席の階段を上った。
「克生! 顧問室に仁科来てたんだけど、何で?」
弓道場に来て早々、赤坂が大声を張り上げて不思議そうに訊ねてきた。
端から聞いていれば、この質問は疑問に思うだろう。弓道部顧問の仁科が顧問室にいるのは当然のことなのだから。
だが、遅刻魔の仁科が自分たちよりも先に顧問室に来て、部活の準備をしているのだと思えば驚きもする。
「あぁ。今日、工藤師範が休みなんだ。だから」
「な~るほど」
「早く準備した方が良い。師範がいない分、今日は部活動自体が上手く機能するか分からないから」
克生の言葉に深く納得した赤坂は、一目散に更衣室に向かった。
その赤坂と入れ替わるように、朔良が射場に姿を現す。そして自分の弓具を調整するために、射場の隅に腰を下ろした。
「泉水」
「はい?」
泉水に近寄りながら、克生が声を掛ける。
「伊崎くん、また見に来てるんだな」
そう言って、視線を観覧席に向けた。その先には、退屈そうに欠伸をしている弌夜が座っていた。
けだる気な弌夜に、克生がふっと笑う。
「あ、いえ、今日は私がお願いしました」
「……え? 見に来てくれって?」
不思議そうに訊ねると、朔良は少し視線を落とした後に「はい」と頷いた。
「……」
その様子に克生が心配気な表情を向ける。
「深い意味はないんですが。ちょっと……」
言葉を濁す朔良に、克生もそれ以上、理由を聞こうとはしなかった。
どうも様子がいつもと違う。不動心の朔良にしては珍しいと気になりながらも、克生は少し朔良に注意しておこうと心の中で思った。
「よぉ。克生」
いつもと変わらず、スーツ姿で弓道場に入ってきた仁科が、手を上げながら視界に入った克生を呼んだ。
克生が朔良から仁科に視線を移す。
「……はい。何でしょう?」
嫌な予感がぷんぷんした克生は、眉間にしわを寄せた。
「今日の部活は、お前に任したわ」
「……」
――やっぱりか。
最悪な予感が的中した克生は、眉をピクつかせた。
こんないい加減な顧問がいて良いのだろうか?
「仁科先生。今日は工藤師範がいないんですが?」
「だからだよ」
「だからだよ、じゃないです。だからこそ、仁科先生にしっかりしてもらわないと」
「大丈夫だよ。ちゃんと射場にはいるから」
――そういう問題じゃない。
話の通じない顧問に、段々キレそうになってくる。
工藤がいないだけなのに、何故こんなにも部活動がやりづらいのか?
克生は、自由奔放な仁科の性格を呪った。
そんな二人の会話を耳半分で聞きつつ、朔良は射場の一番奥の射位に立ち、八節を始める。
…………ストッ
「……!」
朔良の異変に最初に気付いたのは、観覧席にいた弌夜だった。
――何だ?
前のめりになった弌夜が、口元に軽く右手を当て怪訝そうに眉根を寄せる。
朔良の放った矢は的に中っている……が、的の端っこだ。
放った本人も不満が残る行射だったようで、的を見据えたまま立ち尽くしている。
「泉水。調子悪いのか?」
克生越しに朔良の行射を見ていた仁科が、珍しげに呟いた。
「え?」
その言葉に反射的に振り返った克生が、的を見て微かに目を瞠る。
――泉水が
克生が静かに驚いている中、朔良は溜息とともにやっと残心を解いた。
「どっか具合でも悪いのか?」
腕組みしながら、仁科が朔良に話し掛ける。
「いいえ……」
「ふん? も一回やってみな?」
「……はい」
仁科に言われるがまま、再度、朔良は矢を放った。
…………スタンッ
今度は的のほぼ中心に中った。
朔良がほっと安堵の息を吐く。
「矢乱れしてるな。弓具の調整のせいか、射癖もあるかもしれないが……」
顎を撫でながら、朔良の行射の批評をする。
「泉水。お得意の不動心はどうした?」
仁科の言葉に、朔良が眉根を寄せ俯いた。
聞かれて答えられるような明白な答えを、朔良は持っていない……いや、持っているが自分でも分からないことが多過ぎる。
「……集中、出来てないみたいです。少し外の空気を吸ってきます」
仁科と克生に頭を下げた朔良は、壁に弓具を立てかけると、そのまま弓道場から外に出て行った。
「今度の知事杯で力が入ってる、ってわけでもなさそうだな。何かあったのか?」
仁科はこういうことに疎いと思われがちだが、実は鋭い。部員の精神状態を、行射を見ただけで直覚する。
「僕にも良く分かりませんが……確かにいつもと様子が違うように思います」
「精神的なもんだったら、俺らが手助けすることじゃねぇな」
ただ仁科はそこから這い上がるための助力はしない。
技術的なことならいくらでも助言出来るが、精神的なことなら外部が何を言っても結局は自分自身との闘いだ。それに、事情を深く知らない仁科や克生の言葉など、到底響かないだろう。
「ま、疲れてるんなら休ませるのも、主将としての役目かもしれないぜ?」
そう言った仁科は、克生の肩をポンッと叩いた。
――それを僕に行かせるわけね?
自分から離れて行く仁科に、呆れたような視線を向ける。
だが、仁科の言い分は良く理解出来た。
先生という立場の仁科よりは、先輩と言えど生徒の立場である克生の方が、朔良も気兼ねせず何かと言いやすいはずだ。朔良の性格上、克生に何かを相談することはなさそうだが、調子が悪いなら取り敢えず休ませるのも一つの手ではある。
仁科に同感した克生は、朔良のあとを追おうと足を向けた、が……。
「あの……」
「わっ! あぁ、伊崎くん……」
突然背後から聞こえた声に、克生は驚きに肩を竦ませた。振り返った先には、弌夜が立っている。考え事をしていたため、自分の後ろに弌夜が来ていたことに全く気付かなかった。
「泉水、どこ行ったんですか?」
「泉水なら、気分転換にちょっと外に出てるけど?」
克生の返答に、弌夜が少し考え込む。
「あいつ、二回とも変な感じがしたんですけど……」
不思議そうに訊ねる弌夜に、克生は一瞬目を瞠ったあと「そっか」と何かを納得するように呟いた。
最初の一射目は確かに的輪に中ったが、二射目はきちんと的のほぼ中心に中てている。一射目と二射目の矢乱れがひどいのは事実だが、弓道を知らない人なら二射とも変、とは言わないだろう。
「伊崎くんは分かるんだっけ」
「? ……いや。弓道のことに関しては全く分かりませんが?」
克生は、弌夜の直感的センスのことを言ったつもりだったが、弌夜には伝わらなかったようだ。
怪訝そうな弌夜に、克生がふっと苦笑する。
「泉水はちょっと調子が悪いみたいだね。今日はもう休ませようかなって思ってるんだけど……。伊崎くん、話してくる?」
「……え?」
「何があったのか聞いて来いってわけじゃないよ? ただ泉水が不安定になってるから、帰りながら少し他愛もない話でもしてやって?」
柔らかく微笑んだ克生はそのまま弌夜から離れると、更衣室から出てきた赤坂のところへ向かった。
「……」
克生の言葉には、朔良に対する先輩としての愛情を感じる。
――良い奴に囲まれてんだな……。
工藤や克生の人柄の良さに、そんなことを思いながら、弌夜は弓道場から外に出た。
五月の青い空が目に眩しい。
朔良は目を細めながら、その雲一つない青空を見上げていた。そして目線を徐々に落とし、陽の当たるグラウンドの土を見つめ、物思うように表情を曇らせた。
調子が悪い理由は分かっている。だが、最近はどうも悪目に出てしまうことが多い。
「湊……」
「それ、お前の兄貴のことか?」
「!」
小さな呟きに言葉が返ってきたことに驚いた朔良が、反射的に背後を振り返る。
「伊、崎くん」
いつものようにけだるそうに近寄ってくる弌夜に、気まずくなった朔良は思わず視線を逸らしてしまった。
自分が呼んでおいて、思わぬ醜態を晒してしまったような気がする。何となく合わせる顔がない。
「帰るから、準備して来い」
「……え?」
驚いた朔良が小さく声を上げる。言葉の意味が分からず、怪訝そうに弌夜を見つめてしまった。
「今日は休ませるって。あの……主将が言ってた」
「……」
朔良の表情がさらに暗くなる。
克生が分かっているということは、仁科も当然分かっているということだ。だから、休めと言っているのだろう。
「話、聞いてやるから」
「!」
優しげな声に、朔良が目を瞠った。声音通り、弌夜の表情も柔らかいように見える。
「……良いの?」
「良いから言ってる」
どこか不機嫌そうでぶっきら棒な言い方ではあるが、その中に優しさを感じた。
朔良は切な気な表情をしながらも、嬉しそうに微笑んだ。
その後、弓道場に戻った朔良を弌夜は外で待っていた。
壁に背を預け、朔良の話を自分が聞いて良いものかどうか、改めて悩む。
だが朔良は、良いのか? と訊ね返してきた。つまりは、誰かに何かを聞いて欲しかったのではないだろうか? そしてそれを弌夜に言うということは、その相手が弌夜でも構わないということになる。
俺は……好きなのか……?
弌夜が首を捻る。
相手のことを思って悩むことなんて、今まで一度もない。加えて、そのことに対してやはり苦を感じていない。面倒事は嫌だとずっと思っていた。だが、朔良に関してだけは、面倒事も面倒だと思わない。
――ということは、好きってことなのか……?
再び、首を捻る。好きの感情は弌夜も良く分からずにいた。
「伊崎くん。ごめん、待たせて」
自分に走り寄ってくる朔良を見て、弌夜が少し目を細める。
「……中は、大丈夫だったのか?」
「うん。仁科先生と克生先輩に許可もらってきた」
「じゃあ、帰りながら話すか。工藤って師範も今日はいないんだろ? 送ってやる」
どうやら弓道場で話していた克生と赤坂の会話を聞いていたらしい。
「うん。ありが……あっ!」
頷いた朔良が、何かを思い出したかのように声を上げた。
「ごめん。もう一人いた」
「? もう一人?」
そう言った朔良は、何故か第二体育館の方に走って行った。そして入り口から中にいる人物と何やら話している。
不思議に思いながら待っていると、「ごめん」と言って朔良が戻ってきた。
「友達と帰る約束してて……」
「良かったのか?」
「うん……大丈夫」
朔良は俯き加減で小さく頷いた。表情も少し陰り気味だ。
弌夜もその変化には気付いたのだが、深くは聞かず「そ。じゃあ、行くか」と淡々と言うと、そのまま歩みを進めた。
「そう言えば、お前の家ってどこ?」
正門を出る前に、ピタリと足を止めた弌夜が朔良に訊ねる。今さらながら、朔良の家の方向を知らなかったことに気付く。
「あ、
「あぁ、方向一緒。俺は
松原と常盤は隣町だ。学校からの帰路だと松原の次に常盤になる。
帰る方向が一緒だったことに、朔良が小さく安堵の息を吐いた。
送ると言われても、家の方向が真逆だったら送ってもらうのは何だか心苦しい。弌夜の家が隣町だったことは幸いだった。
「お前、兄貴と仲良いな……」
「!」
歩き出した弌夜にふいに話しを振られ、朔良が肩がピクッと反応した。
工藤が朔良の兄だということを弌夜は知っている。だが朔良が先程呟いた言葉に、弌夜は「それ、お前の兄貴のことか?」と訊ねてきた。
それから鑑みるに、どこで知ったのかは分からないが、湊が朔良の兄だということも弌夜は知っているということになる。
そうなると、今、弌夜が言った兄貴とは、工藤と湊……どちらのことを指しているのか。
「……」
どういう意図で聞いているのかも分からず、朔良は答えあぐねてしまう。
「成政湊」
「え?」
フルネームで言われ、驚いた朔良は反射的に隣を歩く弌夜を見上げた。
「昨日少し話した。……っていうか、話し掛けられた。お前の兄貴だろ?」
「あ、うん」
別に隠していることではないから、朔良も素直に頷く。
「名字が違うのは何で?」
一番核心をついた質問でありながらも、弌夜は足を止めることなく、淡々と普段の口調で朔良に訊ねた。朔良にとって、普段通りが一番落ち着くだろうと思ってのことだ。繊細な話だからこそ、過剰に繊細な話だと思わせたくない。
「……私が七歳の頃に両親が事故で亡くなって、身寄りのなかった私と湊は、孤児院で育てられたの」
弌夜の気遣いに気付いたのか、朔良は微笑みながら自分の生い立ちを話し始めた。
「その二年後に湊は成政家に、私は工藤家に引き取られた。二人と名字が違うのは、湊は成政家と養子縁組をしたけど、私は工藤家と養子縁組をしなかったから」
「何で?」
「もう少し、この名前でいたかったから……かな」
朔良の口調は低く、少し寂し気だった。
朔良は女の子だ。通常、結婚すれば入籍するため、いずれ姓は変わる。泉水の姓を守りたいなら、相手方に婿養子に入ってもらうなどという方法もあるが、そこまで泉水の姓に執着はなかった。両親がいたらこうなっていた、という状況を崩したくなかっただけだ。
それでも、いずれ泉水の姓がなくなるということに、寂しさを感じないわけではない。だから両親との繋がりのある泉水の姓は、もう少し自分が引き継いでいたいと思った。
「要人さんのご両親は、私の意思を尊重してくれた。養親じゃなく、里親になってくれたの。だから名字は泉水のまま」
朔良の願いを聞き入れた工藤の両親は、姓を変えなければいけない養子縁組をするのではなく、朔良の戸籍を泉水の姓のまま残すことが出来る、里親の立場を選んだ。
「なるほど」
詳しく理解は出来ないが、弌夜が抱いた一つの疑問は解消された。
「工藤家は成政家と遠縁関係で、要人さんたちが私と湊の掛け橋になってくれた。だからすごく感謝してる」
弌夜も工藤と接しているため、その人となりを少しは分かっているつもりだ。朔良を大人の視点で気遣っていることは目に見えていた。優しい兄であろうことは、この短期間でも十分窺い知ることが出来る。
「湊もね、孤児院で別れてからしばらくは会えなかったんだけど、最近は時々会えるようになったの。すごく嬉しくて、湊が来てくれた時は気持ちが落ち着かなくなる」
話す朔良の表情は柔らかく本当に嬉しそうだ。だが、その言葉の裏に弌夜は疑問を感じた。
「もしかして、さっき調子が悪かったのは、成政湊の影響か?」
弌夜の問い掛けに、朔良がぐっと口を噤んだ。そしてまた徐々に表情を曇らせる。
「……いつも、じゃないんだよ? 湊と会って行射の調子が良い時もあるし、逆に精神的に冷静になれる時もあった。でも最近は、ずっと悪目に出てて……」
たまにしか会えない肉親なら、会えた嬉しさから行射の調子を崩すのも分からなくはない。だが朔良の場合、その崩し方が極端なのだろう。
「湊は優しいから、いつも私に気を遣ってくれてる。……きっと会えなかった時も、ずっと私のことを考えててくれてたんだと思う。でもその反面、ストレス抱えてるんじゃないかなって思うの。私のためを思って、今までいろんなことを犠牲にしてきたんじゃないかなって……」
朔良は成政家の養子になった湊の周囲環境を知らない。それは今現在もだ。
前に一度、成政家に行っても良いか、湊に聞いたことがあった。湊にばかり来てもらうのは気が引けたし、出来れば湊を引き取った成政夫妻に会ってみたいと思っていたから。
しかし、湊はそれを拒んだ。
「成政さん家に養子になってから、私の知らない湊が増えてきて、すごく不安になった。湊はちゃんと幸せなのかなって……」
成政家での生活は、もしかしたら幸せなのかもしれない。湊が感じる幸せの定義は、湊にしか分からないのだから。
だが、朔良が成政家に行くのを拒んだ時、湊は苦しそうな表情をした。聞いた朔良も思わず悲しくなるような……そんな表情を。
「まぁ、あいつの幸せはあいつにしか分からないからな」
隣を歩く弌夜が、ごく当たり前のように言う。朔良と同じことを思ったようだ。
「お前は?」
「え?」
「幸せなのか?」
――幸せ?
何気ない弌夜の言葉に、朔良は黙考してしまった。自分の幸せを考えたことが一度もなかったことに気付く。
確かに、両親を失った時は、世界の終りのような絶望的な気持ちになった。これからどうすれば良いのか分からず、湊と二人で『もう死んでも良いか……』などと思ったことがあるのも事実だ。
でも、孤児院でも工藤家でも、朔良には感謝という言葉しか思い浮かばない。それが幸せというのならば、朔良は幸せなのかもしれないが……。
「……すごく、恵まれてると思う。孤児院でも優しくしてもらってたし、工藤さんたちも、何も出来ない私を引き取ってくれ……」
「分かった」
まだ続きそうな朔良の言葉を遮った弌夜は、再び視線を進行方向へ戻した。
『一番肝心なことは教えてくれないよ』
ここでようやく工藤の言葉の意味を理解した。
それはきっと、工藤も思っていたこと。多分、一緒に生活していても、朔良は工藤に肝心なことを教えてはくれなかったのだろう。打ち明けてくれなかったのだろう。それを昨日今日初めて会った弌夜に、簡単に教えてくれるわけがない。
――ま、仕方ないか……。
朔良の胸の内を、むりやりこじ開けるようなことはしないが、何にせよ時間が掛るのは間違いない。
「!」
歩きながら考えを巡らせていたら、急に制服の袖を引っ張られた。反射的に足を止め、重みを感じた袖に視線を映す。
「私……何か、変なこと言った?」
朔良が不安そうに問い掛ける。
袖から朔良の方に視線を向けた弌夜は、何故そんなことを聞かれるのか怪訝に思いながら軽く頭を振り、「……いや?」と答える。
それでもまだ朔良は不安そうだ。
弌夜は少し前の自分を思い出した。
――そう言えば、泉水の話を途中で遮ったんだった。
「怒ってる?」
朔良がそうとってもおかしくない。
弌夜はもともと感情を表に出さない。一見すると、いつも怒っているように見えるだろう。ただ、弌夜にもちゃんと感情はあるのだ。
「怒ってない。さっきのは泉水のことが分かった、ってこと」
「私の、こと?」
朔良は首を傾げた。
幸せか? と問われ、朔良は「恵まれてる」と答えた。だがそれは、問いの答えになっていない。
あの会話の先に出てくる可能性もあったが、最初で出なかった時点で、すぐに答えることの出来ないものだったことが分かる。
――成政湊の幸せは考えるのに、自分のことは全く考えていない。
弌夜は湊と朔良は似ていないと思っていたが、根本的なところはよく似ていると考えを改めた。
「それで? 成政湊が幸せかどうか確かめたいのか?」
再び二人で歩き出したあと、弌夜は話を元に戻した。
「知りたい……けど、それは確かめようがないというか。湊は自分のことあんまり話してくれないから」
それはお前もだがな、と心の中で弌夜は呟く。
「ただ、無理してないか心配なだけ」
「……」
まっすぐ遠くを見つめる朔良に、ちらりと視線を落としてみる。
それは朔良の本心なのだろうが、その答えを持っているのは弌夜ではない。
「泉水。今日、俺を部活に呼んだ理由は何だ? 怒らないから言ってみな」
「……」
穏やかな口調の弌夜を、朔良が見上げるように見つめる。朔良に歩幅を合わせて隣を歩く弌夜に、無言の優しさを感じた。
『怒らないから言ってみな』。弌夜は、朔良が抱く不安を先回りして解消した。
少し安堵した朔良が、申し訳なさげに小さく笑う。
「湊の影響で、今日も絶対調子崩すと思った。いつもは要人さんがいるから、何とか立て直すことが出来るんだけど、今日は休みで……。自分で立て直す方法が分からなかったから、伊崎くんに見てもらって聞いてみようと思ってたの」
朔良は正直に話した。俯いて歩く朔良のスピードが若干遅くなる。
「結局、早退する羽目になっちゃったんだけど」
話していて、さすがに不機嫌にならないか心配になってきた。
他人の調子回復のために呼ばれたと思えば、怒る者もいるだろう。しかも相手は彼女でもクラスメイトでもない女子だ。弌夜でなくても良い気はしないと思う。
「その代理が俺で良かったのか?」
「!」
しかし弌夜から出た言葉は思いもよらないものだった。
朔良が俯いていたその顔を上げる。
「伊崎くんしか、思い浮かばなかった」
「そっか……」
自分を見上げてくる朔良の頭の上に、弌夜は右手をポンッと軽く置いた。そしてすぐ離す。
「悩んでも良いんじゃないのか?」
「え?」
「家族のことだろ? それで調子を崩すことなんざ、誰にだってある」
弌夜の言葉に、朔良はピタリと足を止めた。
今まで朔良は、湊のことで調子を崩してしまう自分に対し、精神的に成長出来ていないのだと腹を立てていた。行射する前の心構えが出来ず、悔しい気持ちを抱いていた。
だが、弌夜はそれでも良いのだと言う……。
「……」
少し後ろを歩いていた朔良が立ち止まったのを気配で感じ取った弌夜は、同じように足を止め朔良の方に体ごと振り返った。
「滅多に会えない兄貴に会って、調子を崩さない方がおかしい」
「でも今日みたいにすごく影響が出るんだよ? 仁科先生や克生先輩が心配して帰すくらい……」
「それほど、成政湊が大切ってことだろ?」
「!」
息を呑んだ朔良の目が、大きく見開かれる。
今まで朔良は、湊のことに関してだけは絶対に不動心になれなかった。いつも必ず行射に影響していた。でもそれは、それだけ朔良の中で湊の存在が大きいということだ。
一番大事なことを、弌夜に気付かされた気がした。
「うん。すごく……すごく大切な人」
朔良は頬を緩ませ、湊のことを思った。
両親が亡くなった時も、孤児院で過ごしていた日々も、成政家に引き取られた時も、そして今も……湊はいつでも朔良を一番に想っていた。朔良もそんな湊に救われていた。湊がいたから、全てを乗り越えることが出来たのだから。
「伊崎くんは、すごい、ね」
「……は?」
「どうして分かるの?」
朔良は不思議そうに小首を傾げた。
弌夜は、いつでも朔良にとって大切な何かを教えてくれる。迷っている朔良の行く道を、何気ない言葉で照らし、気付かせてくれる。朔良自身にも分からなかった朔良のことを、弌夜は知っているかのようだ。
「泉水見てれば大体分かる」
朔良は納得出来ないように、眉間のしわを濃くした。
「俺が泉水のこと気にしてるから」
「……え?」
「取り敢えず歩け。帰りが遅くなる」
「あ、うん」
歩き出した弌夜の隣に走り寄った朔良が、ちらりと弌夜の顔色を窺ってみたが、その表情はいつもと変わらなかった。
結局、朔良が抱いたこの疑問は解答を出すまでには至らなかった。
だが気付いたこともある。不安定になるのも、湊のことなら仕方のないこと。そして当り前のこと。そう割り切れば、少しは精神を落ち着かせることが出来るような気がする。
「今度……湊とちゃんと話してみるね」
ただ、湊が正直に話してくれるかは分からない。そこがまた不安ではあるのだが。
「家族だから話せることと、家族だからこそ話せないことがある」
「!」
ふいに聞こえた弌夜の声に、朔良が隣を見上げる。
「その時は、泉水があいつの気持ちを汲んでやれ」
聞いても教えてくれない時は無理に聞こうとせず、向こうが話してくれるのを待て、と。
どうして分かったのだろう? 朔良が思っていたことの答えを、弌夜はすんなりとくれる。まるで心の中を読まれたかのようで、朔良は驚きを隠せなかった。
「結論が出たら、きっと泉水には話すはずだ。血の繋がった、たった一人の妹なんだから」
「…………」
弌夜の言葉は、不安という靄が立ち込めていた朔良の心に、心地良い風を送り込んだ。一掃された心は、晴れ渡る五月の空のように澄んでいる。
「やっぱり、伊崎くんはすごいね。湊のことまで分かってるみたい」
「……俺のは推測に過ぎない」
弌夜は無愛想に言う。
湊の朔良を想う気持ちは、揺るぎないまっすぐな気持ちだった。昨日湊と会話をした弌夜は、それだけは疑いようもない真実だと分かった。たとえ今は、朔良を不安にさせることになっていても、その延長線上には必ず朔良の笑顔があるはずだ。
しかし……と、弌夜は表情を険しくする。
それで朔良を不安にさせているのは本末転倒なのではないだろうか?
誰よりも朔良のことを想い、誰よりも朔良に想われている湊が、一番大切な朔良をないがしろにしているように見える。
――いや。事情は人それぞれか……。
それに湊の事情は朔良より込み入っているのかもしれない。それ故のことならば、弌夜が口を挟むことではないだろう。
そこで思考を中断させた弌夜が、隣を歩く朔良の頭をポンッと軽く一回叩く。
「!」
「ま、信じて待っててやれよ」
その手の温もりを感じつつ、朔良は「うん」と嬉しそうに微笑んだ。
「…………」
インターホンが鳴り、家の玄関で朔良を出迎えた工藤は、隣に立っていた弌夜を見て、目を丸めて絶句した。
確かに、誰かと一緒に帰っておいでとは言ったが、まさか弌夜と一緒に帰ってくるとは思っていなかったのだ。
予想外の人物に、どう対応すれば良いのか、工藤は若干戸惑ってしまった。
「要人さん? えっと、ただいまです」
「あ、うん。お帰り。伊崎くんと一緒だったんだね」
「どうも」
一応、弌夜も軽く頭を下げる。
「朔良ちゃんを送ってくれてありがとう。良かったら上がっていって」
「いえ。俺はこれで」
再度、軽く頭を下げた弌夜はそのまま踵を返し、家路へと足を歩ませた。
「あ、伊崎くん!」
帰ろうとする弌夜を慌てて朔良が呼び止める。
立ち止まった弌夜は、顔だけ朔良の方に向けた。
「ありがとう」
微笑みとともに礼を言われ、弌夜が少し面映ゆそうに目線を逸らす……が、すぐに朔良に視線を向けると、「ん」と短く返事をした。
――伊崎くんは今回も何かしてくれたみたいだな……。
弌夜を見送る朔良の後ろ姿を見ていて、工藤は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「さて。何があったのか聞いても良いかな?」
腰に手を当て、工藤が朔良に小首を傾げて問い掛ける。
何のことか分からず、朔良も瞬きを繰り返したが、工藤が自分の腕時計をトントンと指している動作で気付いた。本当ならば、まだ部活をしている時間帯だ。
「! すみません。要人さん」
勢いよく頭を下げる朔良に、工藤も苦笑する。
「いや。全然謝ることはないよ。ただ、どうしたのか気になっただけ。良かったら教えてくれる?」
「はい」
「取り敢えず、中に入ってゆっくりしようか」
素直に頷いた朔良に、工藤は少し安堵した。朔良の表情が、今朝とは微妙に違う気がする。その変化に弌夜が一枚噛んでいることは明白だったが、朔良にとっては良い傾向のような気がした。
――ありがとう。伊崎くん。
玄関の扉を閉める間際、弌夜の後ろ姿が消えた道路に向かって、工藤は心の中で礼を言った。
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