女子小学生がロックで一発逆転する方法 ~全国ご当地バンド残虐非道トーナメント~

渡葉たびびと

ジモトソニック2016

予選バトルロイヤル編

第1話 この国に潜むロックなヤツラ(1) 

 ロックで天下を取ろうと思うなら、正気のままではいられない。


 熱気に包まれた会場。

 拳を振り上げる数百か数千かの人々。


 それらを目の前に、少女はフリルつきのパーカーを、

 英字の書かれたTシャツを、

 デニムのミニスカートを、

 リボンのワンポイントがついたソックスを、

 キッズサイズのキャミソールを、

 頭のシュシュを、

 そして最後にウサギの絵が描かれたショーツを天高く投げ捨てた。


「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 そして走り出した。

 歳の頃はとおに届くかどうか。未発達な白い肢体が躍動し、瑞々しい汗が散る。


 何もかもが許せなかった。許すわけにはいかなかった。想像を超えた『全国』の舞台が、彼女をそうさせた。

 仲間も止めはしなかった。大男はピアノを弾き続け、女子高生は足を震わせながらギターをかき鳴らした。彼らは演奏などに集中する必要があった。


「うあああああーーーーッ! あーーーーーーーーーッ!」


 彼女は理解していないのだ。

 本人にとっては、生まれたままの、自分本来の姿にすぎない己の裸体。それが、とても公共の電波に乗せられる代物ではないという事を。


 それは、その姿を目にした者らを塀の中にブチ込める力をもつ裸。

 視界に映っただけで人を社会的に殺す事のできる、死神の裸体。

 「見たものを決して生かしては返さない」あの土地のごとき、呪われし全裸。

 なぜなら彼女は、十にも満たないのだから!


 存在そのものが冒涜的で違法で反社会的。そう、ロックンロール!

 その事実を彼女は理解していない!


 彼女はただ走るだけ。真っ直ぐ前を見て、全力で走るだけ。

 少女の目に映っていたのは、処刑台。

 それだけを見て細い腕を振り、脚を振り、一心不乱に駆けた。

 すべき事は決まっていた。



 * * *



「グゴオォォォォガアァァァァァァゴオォォ!」


 会場を震わせる、地の底から唸るようなデスヴォイス。その叫び声はヒトの原初の記憶に宿る生理的恐怖を引き起こし、オーディエンスの中には泣き出す者や、足がすくんで立ち上がれなくなる者までいた。


「おおおおっと出たア! 体格を活かした声量! そして芸術的なまでのリアルな『死』の気配! 並みの人間には不可能な芸当であります。まさにモンスター・バンド!」

「この叫びひとつ取っても、彼らがいかに優れたデスメタルバンドであるかが窺えますね」


 放送席の実況者は手に汗を握って声を張り、解説が横で評価を添える。


「ゴゴオォォォォアアァァァァァ!」


 周辺の注目を一手に集めるこのバンド。その中央で叫ぶ者は確かに、明らかに尋常ではない。

 三メートルに迫る体躯、丸太のような腕にはパワーが漲り、巨体をフルに使って絞り出される咆哮は人ならざる膨大なエネルギーを感じさせる。

 人間離れした体格、人間離れした声量、人間離れした全身の毛、さらに人間離れした爪と牙、耳の位置。


「北海道代表『モリノクマサン』……これは本日も絶好調かァ!」


 そう、彼らこそが北海道地区予選を血祭りにあげたデスメタルバンド、モリノクマサン。人間離れしたボーカルをフロントマンに据えた危険なバンドである。

 ボーカルの「ジョゼフィーヌ」は十一歳。かろうじて大会最年少ではないが若く、力と獰猛さに満ちており、食欲は旺盛。さらに生物学的にはクマ科クマ属に属する。


 マイクにかぶりつくように必死に吼えていたジョゼフィーヌはとうとう耐え切れなくなり、目の前のマイクを激しく食いちぎった。


「ガアアァァ!」


 鉄片を吐き散らし、なおも叫ぶ! 迫真のパフォーマンスだ。

 あるいは今大会が冬の開催であれば、ジョゼフィーヌの出演はなかっただろう。だがこの日は盛夏であり、「彼女」は万全だった。 あまりにも危険である!


 聞く人間にとってこれほど「死」を身近に感じさせる声があるだろうか。即ち、これほど真に迫ったデスヴォイスがあるだろうか! 観客はいよいよ恐怖で一歩たりとも動けず、あるいは失禁する者まで出る始末。


「最! 高! 潮ッ! これはいよいよ、モニタで見ているだけの私の膀胱までもが怪しくなってまいりました」

「私も同じくのようです。この迫真さ……予選突破は確実と言ってよいでしょう。少々、お手洗いの時間を頂けませんでしょうか!?」

「ちょうど同じ事を申し上げるつもりでおりました。では、ここで一旦CMです。再開後は別のブースを見て参りましょう」


 実況は様々な意味で手に汗を握り、解説も手に汗を握った。これが「全国レベル」の戦いだ。



 * * *



 全国ご当地バンド選手権……通称「ジモトソニック」。

 この大規模ライブフェスは四年に一度開かれており、各都道府県を代表するバンドを集めて日本一を決める、という趣旨の催しである。


 優勝者に与えられるのは基本的に「圧倒的栄誉」のみであるとされているが、日本一の冠さえ持ち帰ればそこからいくらでも町興しの材料とする事ができるため出場者の支援に本腰を入れる自治体も多い。

 実質的には、各都道府県の代理戦争であるとまで言われている。


 今年の開催地である富士山麓、その広大な会場で現在行われているのは「予選ライブ」。参加バンドのうち、トーナメント方式の本戦に進むことができるのは十二チームのみだ。

 真に強いバンドを見極めるため、予選は「ストリートライブ形式」で行われる。四十七の代表バンドたちは会場のあちこちに散り、ステージもない道端に場所を確保してライブを行う。


 そしてこの日を楽しみに全国から集まった聴衆が好みのバンドの位置に集まり、思い思いに楽しむ。一定時間、観客を集められないバンドは振り落とされ、淘汰されてゆく……。まさに実力勝負、血も涙もないバトルロイヤルである。


 この熾烈な選別を生き残るには、手段を選んでいる場合ではない。だから、手段を選ぶ者はいない。



 * * *



「……! おい水元みなもと、あれを見ろ」

「どうした芦加賀あしかが。取り乱すなど……ん? あれは。バカな」

「脱いでいる。全て……!」


 片や扇子、片や刀を持ち、舞っていた和装の男たちは狼狽し顔を見合わせた。


「由々しき事態だ。得川とくがわ……将軍には?」

「伝えていない」

「一刻を争う。行くぞ!」


 先導する男、水元は懐からホラ貝を取り出すと、全力で息を吹き込んだ。


 ブオォォォ~~~~~ ブゥオオォォ~~~~~


 戦の合図だ!

 茨城県代表、『女体幕府』。筑波の女体山を本拠とし、「女体原理主義」による統治を唱える危険なバンドである。


 彼らの目的は至ってシンプル。鎌倉に開けば鎌倉幕府。江戸に開けば江戸幕府。室町も、よくは知らないが地名だろう。

 ならば彼らの地元、女体山に幕府を開けば? そう。この国の統治機構の名は、「女体幕府」となる!


 女体による統治が実現すれば国内の争いは収まり、ひいては世界平和にも繋がるはず。少なくとも彼らは、本気でそう思っていた。そんな彼らが全国進出の足掛かりとして選んだのが、この大会であった。

 水元と芦加賀はその発起人にして中核である。彼らは走った。自らの手で戴いた「将軍」のもとへ。


「どうしたの」


 駆けてきた二人の男に向き直ったのは、このバンド自前のお立ち台の上で歌っていた、桃色の艶やかな着物をまとった少女。

 ぱっちりとした目、小さな口、この時代における美人の条件を揃えた可憐な美少女である。


 着物を着てなお主張するバスト、腰帯を巻いてすら小気味よくくびれたボディライン。全身を縛り付ける和装ですら、彼女の魅惑の体型を隠す事はできない。まさに女体幕府の頂点たるべき女体である。


「将軍!」


 水元は少女の前にひざまずき、大声で報告しようとした。瞬間、その顔面を理不尽な鉄拳が襲った。反応する間もなく、彼は殴り飛ばされた。


「グワアァァァーーーーーーッ」

「水元!」


 友の名を呼ぶもう一方の男、芦加賀を見下ろしながら、拳を振りぬいた少女……得川やすえは言い放った。


「姫と呼びなさいって! いったでしょ!」

「し、しかし将軍。我々は」

「バカーーーーーーー!」

「グワアァァァーーーーッ」

「芦加賀!」


 体勢復帰する水元と入れ違うように吹き飛ぶ芦加賀!

 彼らの将軍は絶対的暴君であるのだ。この女体を将軍として担ぎ上げたのは水元と芦加賀であるが、もはや二人には口答えひとつする権利すら残されていなかった。

 やむなく、水元は報告事項を優先する。


「お、恐れながら将……姫。あちらをご覧ください」

「ん」


 彼らの視線の先には、全裸で駆け抜ける幼女の姿があった。


「なんじゃありゃ」

「確か、山梨県の……。あれでは、我々のお株を奪われたも同然でござります」

「え、ウチのアイデンティティってアレなの」

「我がバンドの名を……我々の大いなる野望をお忘れに御座いますか!」


 水元と芦加賀には、幕府を開くほかに、もう一つ悲願があった。

 今まで何度も挑み、しかしいまだ為しえていない、遠大なる野望。

 人々を救いうる素晴らしい野望。


「これは邪な心によるものではありません。奴らに対抗し、我らここにありと見せつけるがため」


 それは。


「どうか……どうか、一肌脱いでは頂けませぬか!」


 水元はついに言った。極めて合理的な男であった。

 彼らはこう考えていたのだ。

 女体による統治を実現する前に……まずは女体について知る必要があると!


「えー、でも」


 得川はわずかに頬を赤らめる。

 少女が少し悶えるだけで、かんざしから垂れる金色の飾りがしゃらり、とうねる。


「決断の時にござります」


 復帰した芦加賀が真剣な眼差しで迫った。


「皆の者! 声を上げ将軍を盛り立てよ!」


 水元は立ち上がって振り返り、軍配を掲げて他のメンバーを鼓舞する。するとたちどころに、割れんばかりのコールが巻き起こった。


「「「将軍! 将軍! 将軍! 将軍!」」」


 見れば、和装のバンドメンバーだけでなく、周囲の観衆も加わっている。

 『女体幕府』のファンは、メンバーの和装に倣って揃いのハッピを身に着け、刀を模したオリジナルグッズを持つのが習わしである。

 その刀身はサイリウムになっており、色とりどりの光を明滅させている。またハッピの背には「♥将軍♥」のロゴがあった。


 ファンらはバンドとリズムを合わせ、見事な振り付けでサイリウム刀を振り、踊った。

 おお見よ、これぞライブの醍醐味、会場の一体感! 彼らの志は、今や一つ!


「「「将軍! 将軍! 将軍! 将軍!」」」


 得川は目を伏せ、悩ましげに自らの肩を抱く。彼女とて、なぜ自分が祭り上げられたのか、その理由は知っている。何のためにここへ来たか、経緯が頭をよぎる。ここで勝つ必要はある。

 脱ぐべきか、脱がざるべきか。数瞬の思考を経て彼女が選択した答えとは、


「うっさい死ねバカ!」


 拳であった。だって恥ずかしいものは恥ずかしい!


「「グワアァァァーーーーーーッ」」


 側近の二人を皮切りに、次々と吹き飛んでゆく家臣バンドメンバーたち! 嗚呼、悲願成就はまたしても次回へ持ち越しとなった。

 しかしメンバーもファンも、諦めずついてゆくだろう。彼らの戴く将軍が、得川やすえである限り。


 茨城県代表、『女体幕府』。最終的には幕府を開いての日本国からの独立、そして将軍の生脱ぎライブを目的とする夢想家たちであるが……。

 さしあたって現時点では、和楽器のサウンドと着物女子による無双ショーが人気だ。



 * * *



「いやあ、またしても女体幕府の悲願成就ならず……大変残念であります」

「私などは、一度殴られてみたいと思いますがね」

「その点に関しては無論、同意するところです。さて、気を取り直して次は富山県のブースを……っと、これは?」

「既に会場を掌握し終えているようですね」


 実況と解説が目を移したのは富山県代表のライブである。


 そこは整然とした興奮に支配されていた。

 人々は不気味なほど均一に頭を振り、一個の群体であるかのような統一感がある。

 そしてそれら群衆を統率するのが、巨大なアンプを多数並べ立てた富山県代表バンド『ハイパーエリートQED』である。


 本来それだけで絶対的な単語であるはずの「証明終了」がさらにハイパーでありエリートである事から、どれほどの科学的パワーを持っているかは察するに余りあるが、彼らがいかにしてこの会場を掌握したのかを説明するには十五分ほど時をさかのぼる必要がある。


 富山県代表『ハイパーエリートQED』は「音楽で人は洗脳できる」を信条とする危険なバンドだ。


 打ち込みのDTMによって繰り返される、単調でノリの良いリズムを特大スピーカーで放射する。

 低音がブーストされた刺激的なトランスミュージックは少しずつ、少しずつ人間の脳を侵していく。

 古くは地元のクスリ売りであった彼らの一族は研究を重ね、ついに人を支配する音楽ドラッグを開発したのだ。


 その「新薬」の効果を検証するために、彼らはこの大会に乗り込んだ。

 プロジェクトリーダーである白衣の女性、ジャスミン・サカキバラ女史が眼鏡を光らせながらミュージック・スタートのエンターキーを叩いたのが十五分前である。


 それから十分。人々は大いに熱狂した。頭を振り、跳び跳ね、思い思いに盛り上がった。彼らの音楽は、常識的な範囲で成功した。ある意味で理想のライブシーンとすらいえた。だが、サカキバラ女史はマイクを投げ捨てた。彼女は激怒した。


 誰一人として、発狂してないではないか!


 彼女は観衆のもとへ進み出た。そして最前列の男性客を、容赦なく殴りつけた。


「オラァー!」

「グアァーーッ!?」


 殴られた男性客が悲鳴をあげ倒れる!


「何をやっている貴様! もっと狂わんか! 科学の力をナメてるのか!?」

「い、痛……え? え?」

「狂えと言っている!」


 狼狽する男性を二発目が襲う。タイトスカートからスラリと伸びた脚によるローキック!


「ヒ、ヒイィー! アリガトウゴザイマス!」


 理不尽な暴力! 恐れた男性はそれまでの倍速でヘッドバンキングを始めた。洗脳完了!

 さらに女史は隣の客へ目線を移す。


「貴様もだウラァー!」

「グアァーーッ!?」

「いいか! 洗脳されろ! タイミングを合わせて踊り狂え! 科学に貢献しろ!」

「ア、アリガトウゴザイマス!」


 洗脳完了! 二人目の客は先の男性に合わせて頭を振り始めた。


「次だゴラァー!」

「アリガトウゴザイマス!」

 洗脳完了!


「グラァー!」

「あのー、できれば蹴りのほうでお願いできませんか」

「私は往復ビンタで」

「踏んでください!」


「ドラァー! ゲラァー! ボラァー!」

「「「アリガトウゴザイマス!」」」


 洗脳完了! 洗脳完了! 洗脳完了!

 このやりとりは百回近くも繰り返された。そして最終的に観客たちは……女史の言いなりに発狂する、統率された軍団へと調教されたのである!


「そう、それで良い! これが音楽の持つチカラよ。我らの理論は証明された……科学に栄光あれ!」


 サカキバラ女史は両手を広げて狂笑!

 そして彼女の、富山県の野望は、ここで終わるものではない。確固たる研究成果を手にするためには、より多くの観客サンプルが必要なのだ。


「さて。ではお行きなさい、科学の使徒たちよ! このスピーカーを担いで、全ての聴衆を我が元へ!」


 彼女は洗脳した群衆を暴徒化させ、他バンドのブースを襲うよう命じた。奴隷たちは頭を振って応える!


「「「ウオオォォォーーーーー!」」」



 * * *



「ウオオォォォーーーーー! ……っといけない。思わず私も応じるところでありました」

「私は悲しいですよ。放送席こんなところに居ては、蹴られにも行けない」


 放送席は今一度、無念に包まれていた。


「その点に関しては無論、同意するところです……! しかし、これは危険な展開になりましたね」

「そうですね。しかしこういった局面こそ、バンドの地力が試されるとも言えます。各代表のお手並み拝見と言ったところでしょうか」


 「ジモトソニック」の全試合は対バン形式を取っている。

 バトルロイヤルの予選ライブにおいてもそれは共通であり、即ちそれは、他バンドへの妨害行為が認められているという事を意味する。

 そして妨害行為に屈して演奏が止まった時……ライブを行わない者はバンドではないと見なされ、敗北となる!


 扇動された暴動が他県のブースへ散っていく。

 いかにして、この容赦なき暴力の塊に対抗し、ロックンロールするか。それもまた、今大会で勝ち残るのに必要とされる要素なのだ。


 熊は、幕府は、女子小学生は、そしてまだ見ぬ全国の猛者のロックは果たしていかほどか?

 一番ロックな奴は誰だ?


 戦いはまだ始まったばかりだ。

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