引きこもりVSクラス委員 前編

「知り合いか?」

ブルブルブルブル。

勢いよく首を振る柚葉の様子を見るに嘘は言っていない。

とすれば、この制服姿の美少女は一体どちら様なのだろうか?

見ればこの制服、柚葉のクローゼットに押し込められているものとデザインが似ている。

だからてっきり柚葉の知り合いが会いに来たのかと思ったのだけれど。

「………………」

この、超が付くレベルの人見知りが沈黙を守っているということは間違いなく知らない人なのだろう。

とはいえ、俺も俺で長い引きこもりの弊害で人見知りを患っている。

小声で柚葉に話しかける程度は出来るけれど、こんないかにもリア充してますって感じの雰囲気を出している本物の現役女子高生相手に名前を聞くなんて出来っこない。

「あの、相模柚葉さんですよね?」

ブルブルブルブルブルブルブルブル。

なんで首を横に振る!?

普通に頷けるよ!

「え、えっと………」

やめて、こっち見ないで。

そんな助けを求めるような目を向けても俺は何も出来ないぞ?

俺が最近まともに話したのは杉村ちゃんと佳穂だけだ。

というよりは、その二人以外とはまともに話せないんだ。

コミュ障舐めんなよ?

「柚葉さんの保護者さんですか?」

ブルブルブルブルブルブルブルブル。

あれ?なんで横に振ってるんだろ?

これって保護者ってことにしておいた方が良かったはずなのに。

やっちまったか?

「柚葉さんのお兄さん………ですよね?行動が柚葉さんとそっくりですし」

お?もしかして逆に良かった感じか?

初めて柚葉とシンパシーが通じ合ってて良かったと思えたよ。

「初めまして、私は柚葉さんのクラスでクラス委員をしている奏杖叶そうじょうかなえといいます」

「は、はぁ……」

うつむいたままの柚葉の代わりに生返事を返しておく。

これが俺の精一杯だ。

「今日は柚葉さんに何とか登校してもらえないかと思って来てみたんですけれど……口も利いてもらえないみたいです。やっぱりいきなりは迷惑でしたか?」

いや、全くその通りだよ。

普通に考えれば迷惑だろ。

それくらい高校生なんだから聞かなくても分かれよ!

まあ、口を利かないのは全面的にこいつのコミュ障が原因なわけで、学校側から頼まれて渋々来たであろう彼女には同情するしかない。

「あの……何か言ってくれませんか?」

流石に俺たちがそろって口を閉ざしていることに不安を覚えたか。

でも悪いな。

ここにいるのはコミュ障のペアだ。

初対面の人間との会話スキルなんて皆無に等しい。

しかし、

「で、では言わせてもらいます。め、めめめ迷惑ですから帰ってくだしゃい!」

あ、噛んだ。

じゃなくて、まさか柚葉が初対面の人間と話すとは……。

自分と同じ分類の人間としか上手く話せないはずの柚葉が、自分と同い年の女の子に向かって迷惑だと言い放った。

俺が知る中では柚葉が初対面で話したのなんて、この間のケーキ屋での一件で佳穂に話しかけたのが最初にして最新の記憶だったのだ。

「そ、そうだよね。迷惑だよね……」

どっちだ!

この落ち込み方、まるで柚葉の演技時のそれと全く同じだ。

柚葉の場合はすぐに演技だと分かるけれど、これが普通の人ともなれば話は別だ。

俺は今までに何度も騙され続けてきたためか、他人の行動はどうにも全部嘘っぽく見えてしまう。

「そ、そうやってあらか様な『落ち込んでます』アピールをしても無駄です。その手は既に先輩に使ってますから」

うん、仕方なく騙された振りをしてやったあれね。

「そんな見え見えの演技に引っかかるのなんて世界広しと言えど先輩くらいです!」

「騙された振りに決まってるだろうがぁぁああ!」

「!?」

「せ、先輩!?なんですか?いきなり大声出して」

やっぱダメだ。

この天才、少し優しくするとすぐに付け上がる。

今後も厳しくいこう。

「さて、曹操さんだっけ?」

「奏杖です」

おっと、さっき大声を出して緊張が解けてきたとはいえ、まだ完全に解けたわけではないらしい。

「奏杖さん。一つだけ聞きたいんだけどいいかな?」

「はい、なんですか?」

「前に俺、こいつに学校に行かなくてもいいのかって訊いたことがあるんだけど、その時こいつは登校しなくてもいいって条件をもらったって言ってたんだわ。そこんところどうなってるんだ?」

「そうです!そのはずです!なのになんでクラス委員がわざわざ家にまで乗り込んでくるんですか?内申点稼ぎなら他所でやってください!」

「そ、そういうわけじゃなくて、やっぱりクラス全員揃ってないとみんな気持ちよく授業できないかなって……」

ちょっといい感じのことを言い出したな。

クラスのために、みんなのために、か。

「その憶測になにか根拠があるのですか?クラスの人達がみんなそう言ったのですか?」

「そうじゃなくて……」

うぁ、容赦ねぇな。

これ多分だけど、柚葉のやつ徹底的に奏杖さんを潰しに行ってるよ。

「そうでないならこれはあなたの自己満足ということですね。結局あなたは私を学校に登校させたという実績が欲しいだけ。クラスがみんながという言葉を盾にして、建前にして自分の内申点を上げたいだけで私のことは何一つとして考えていない。その証拠に、あなたの言うみんなに相模柚葉は入っていないのですから」

「………ぐす……うっ……」

あーあ、泣いちゃったよ。

どうすんの?

柚葉さん、流石に少し大人気なかったんじゃないか?

「今度はそうやって同情を誘う戦法ですか?残念ながらそれも既に一度先輩にやって見破られていますから、私にその戦法は通じませんよ?全く、泣けばみんなが味方をしてくれるとでも思ってるんですか?そんなのが通じるのはせいぜい小学生までですよ。まあ、『みんなみんな』と小学生のような言い訳するような人ですし仕方が無いですかね」

「ウワァァァン!!!!もうヤダぁぁ!!」

そう言うと奏杖さんは部屋の外へ逃げていった。

そりゃ逃げたくもなるだろうな。

この無駄に天才なバカは身内にはダダ甘なくせに、他人には超辛口なんだよな。

「さて先輩、邪魔者もいなくなったわけですし二人で愛を語らいましょう……ってどこ行くんですか!?」

「ちょっとあの娘追いかけてくる」

あのままというのは少しだけ可哀想に思う。

それに、できればあの娘には柚葉の友達になって欲しい。

友達ができれば少しは外に出ようと思うだろうし、柚葉には俺と同じ場所に行き着いて欲しくないから。

「先輩!」

俺を呼ぶ柚葉を無視し、俺は奏杖さんを追いかけて飛び出した。


落ち込んで公園に逃げ込むとかホントに小学生かよ。

奏杖さんがウチを飛び出していくらかラグがあったため、すぐには見つからないと思ってたけど、まさかこんなにも簡単に見つかるとは……。

「奏杖さん」

「……お兄さん?」

割と本気で泣いていたらしいく、振り返った彼女の目は赤かった。

「どうしたんですか?こんなところで」

「いや、結構柚葉にボロクソ言われてたから大丈夫かなって」

「……はい、大丈夫です。今思えば全部柚葉さんの言った通りです。私は柚葉さんと勉強がしたい、柚葉さんとお友達になりたい。そんな自己満足に柚葉さんの気持ちを無視して付き合わせようとしました」

柚葉と友達に……ね。

本気で言っているのかどうかは分からないし、どういうつもりかもわからないけれど、どうやらちゃんと自分の非を認められる子のようだ。

「本当は自分で謝りに行くのが筋なんでしょうが、お兄さんにお願いしてもいいですか?」

「そのくらいなら別にいいよ」

「ありがとうございます」

そうだろう。

身内に謝罪を頼むなんて間違っている。

謝罪の真摯さが伝わってこないからだ。

向こうは『もう謝ったから』と勝手に解決してさようならだが、こちらの気持ちとしては全然解決出来ないのだ。

だから条件だけは付けさせてくれ。

「キミが何を企んでいて、どんな思惑があるのかは知らないけど、どうか柚葉の友達になりたいという言葉だけは本当であってくれないかな?いや、友達じゃなくてもいい。とにかく柚葉と関わることをやめないで欲しい」

「それは、またお邪魔してもいいって事ですか?」

「事前に連絡をくれればね」

「わかりました。じゃあ連絡先を交換しましょう」

「なぜそうなる!?」

今の話のどこをどう取ればそんな話になるんだ?

これがあれか?

女子特有の『メアド交換しない』なのだろうか?

「なぜってお兄さん、連絡して欲しいって言ったじゃないですか?」

「連絡網とかで自宅の番号くらい知れるだろ!」

「最近は個人情報保護のために電話番号は配らないようになってます。それに、仮に自宅の番号を知っていて自宅にかけたとしても、柚葉さんが電話を取ったらバレちゃいます」

「いや、その心配はない。あいつ電話越しでも人見知りするから絶対に電話は取らないんだよ。それにしても、連絡網ってもうないんだな…………」

これがジェネレーションギャップというやつだろうか?

軽くショックだ。

俺の学校での最後の記憶は高校一年生だ。

もしかして次の年くらいには撤廃されてたりして……。

「というわけでケータイの番号とNetのIDの交換をしましょう」

「ごめん、俺Netやってない」

というかやる相手がいない。

伊達にボッチ歴=年齢をやっていない。

…………これは言い過ぎか?

ちなみに俺の電話帳に入っている番号は実家と母親と妹様のものだけだ。

あ、一応佳穂のもあったっけ?

「Netやってないんですか!?やりましょうよ!チャット形式でお友達と話せるんですよ」

「自慢じゃないが、俺は友達がいない」

「えっ…………すみません」

「謝らないで!余計悲しくなるから!」

「すみません……」

あぁ、そうだよな。

俺って友達いないんだよな。

改めて思う。

なぜこうなった…………。

「ささ、Netをインストールしてください。それから_______________」

というような経緯で、俺は人生で初めて家族以外の番号を登録した。

取り敢えず柚葉に言うと荒れそうだし、黙っておこう。

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