いつも通りの日常
「先輩、聞いてますか?」
「ん?ああ聞いてる聞いてる」
そういえば柚葉から説教受けてたんだっけ?
「絶対聞いてませんね。どうせまた別の女の子とでも考えてたのでしょう?」
「いや、柚葉のこと考えてた」
「はへっ!?う、嘘を吐くのならもっとましな嘘を吐いてほしいですね」
「嘘じゃないよ。三か月前のことを思い出してたんだ」
「三か月前?………あー、あの時の………。早いものですよね?あれからもう三か月ですよ?」
「そうだな」
この三か月はいろいろあったような、なにもなかったような、それでもネットカフェで過ごした一週間よりも短く感じた。
「あの時は先輩、百万円のためとか言ってましたが、今もそうなんですか?」
「………」
確かにあの時は百万円が動機の八割を占めていた。
なら、今はどうだろう?
柚葉と一年の四分の一を一緒に過ごして、俺の中でなにが変わったのだろうか?
いやいや過ごす日々の長さを俺は良く知っている。
毎日何かに怯えながら過ごす日々の辛さをよく知っている。
でも少なくともこの三か月でそれを感じたことはなかった。
俺にとってこの場所は居心地のよい、もしかしたら自分の家以上に落ち着ける場所になっていた。
その理由は、そんな風に過ごすことができたのはなぜか?
そんなこと分かり切っている。認めたくはないが、柚葉の存在が俺の支えになっていることくらい分かっている。
でも、こんなこと言ったら柚葉の奴絶対調子に乗るから言わないでおこう。
「まぁ、そうと言えばそうだな」
「そうですか……」
これは落ち込んでるのか?
でも、こんな肩まで落として分かりやすく落ち込んでいますアピールする人間がいるだろうか?
いや、いる。
少なくともこの『バカと天才は紙一重』を体現したような少女なら素でやりかねない。
騙されるな、俺!
これは演技、これは演技、これは演技……。
「あー!嘘だよ!もう百万円とか関係ないから落ち込むな!」
「ホントですか!」
途端に笑顔になりやがった。
やっぱり演技だったか……。
まぁ、演技と分かってて騙されに行く俺もかなりのバカなんだけど。
「やっと先輩がデレました。では、さっそく結婚式の準備を___________」
「誰もそんなこと一言も言ってないだろうが!」
つうか、デレてねぇし。
「しかし、百万円とは関係なく私と住んでもいいのですよね!つまりはプロポーズ」
「なわけあるか!飛躍しすぎなんだよ!バカ!」
「失敬な、私は天才です!」
「そういう意味のバカじゃねぇよ!」
もうこの際、天才=バカ(※逆は成り立たない場合あり)でいいのではなかろうか?
「しょうがないですね。では結婚を前提としたお付き合いを______」
「しないから」
「そんな!?先輩は一体私の何が不満なんですか!?年下で、美少女で、天才で、お金持ちで、天才な私の何が不満なんですか!」
「俺が年下好きを前提に話を進めるところと、自分を美少女とか言っちゃうところと、金持ちってことをしっかり自慢するところと、何げなく天才って二回言ってるところだよ!」
「全部事実ですから」
「否定できないのが辛いわ!」
実際、柚葉が自分で言ったことは、ほぼすべて真実だ。
いや、別に年下しか受け付けないわけじゃないからね?
「全く、先輩はせっかくJKと付き合えるというのにそれを不意にするなんてどうかしてます」
「不登校児がJKを名乗るな」
「しかし、名目上はJKですから。そうですね、先輩がニートのくせに社会人を名乗っているのと同じです」
「ぐはっ!」
なにも言えねぇ!
思いっきりブーメラン食らったよ!
ああそうだよ!
引きニートのくせに社会人名乗ってたよ!
普通にエロゲー買ってたよ!
「でも今はちゃんと働いているわけだし、ニートではないのでは?」
「働いてると言っても、基本私の部屋でゴロゴロしてるだけじゃないですか。ニートの生活と大して変わってませんよ?それに、仮にそれを働いてると言っても、私が解雇したらその瞬間また無職ですよ?」
「偉そうなこと言ってすみませんでしたぁ!」
地に伏した。
思いっきり額を床にぶつけてめちゃくちゃ痛い。
「まあまあ先輩、安心して下さい。私が先輩を解雇するなんて現政権が変わらない限りありませんから」
「割と簡単に解雇されそうなんだけど!?」
「冗談ですよ。少なくとも次の台風が来るまではありません」
「夏よ、もう来なくていいぞ」
「冗談です。先輩を解雇するなんて先輩が私と結婚するまでありません。ちなみに自主退職しようとすれば先輩を殺して私も死にます」
「呪いじゃないか!」
「いいえ、愛です!」
「重いわ!」
だから、柚葉ならホントにやりそうで怖いんだよ!
「え?もしかして先輩、既に自主退職しようとしてます?ちょっと待ってください。今マグロ包丁をAm●zonで買うので。あ、逃げても無駄ですよ?今回ちょっと反省して、衛星カメラをいつでもハッキングできるよう準備しましたから」
「いいえありません!いやぁ、ホントここはいい職場だなぁ!こんなところで働ける俺って幸せ者だなぁ!」
才能を無駄なところにつぎ込んでるんじゃねぇよ!
完全に犯罪じゃねぇか!
「冗談です。何があっても私が先輩を殺すなんて絶対にありません。私は先輩が望むのなら、それがどんなことであってもそれを全力でサポートするつもりですから」
「柚葉…………」
ごめん柚葉、その言葉、全然信用出来ない。
柚葉が俺を騙すわけないことも、やや性格に難があっても基本的心優しい女の子であることも、俺は分かっている。
頭では分かっているんだ。
でもやっぱり、信用出来ない。
「それじゃあそろそろ飯にするか」
「そうですね。今日はラーメンの出前を取りましょう」
多分柚葉は気付いている。
彼女は、自他ともに認める天才なのだから、俺の抱えるものについて大体の予想はたっているだろう。
それでもなお、何も知らないふりをして、いつものように接してくれる柚葉に俺は本当に救われたのだった。
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