この状況は修羅場
「あれ?ユキ」
道端に元同級生が現れた。
「どうしたの?ユキが外を出歩いてるなんて珍しいじゃない?」
どうやら俺が外を出歩いていることに相当驚いているらしい。
確かに、俺の高校生時代の引きこもり具合を知っていれば驚くだろう。
当時はホントに外に出なかったからな。
下手をすれば
それでも外に出ようと思えたのは、いろいろ理由はあるけれどそのうちの一つは目の前の元同級生だ。
彼女がいなければ今の俺はこうして雇い主の我が儘のためにコーラを買いになんて出ていないだろう。
しかし、それは別としてこっちもかなり驚いている。
それはもう、アマゾンでペンギンを見つけたくらいの驚きだ。
だってそいつは、ここにいるはずのない人間なのだから………。
「………なぜお前がここにいる?お前は地元の大学に行ったはずだろ?」
そうこの女、
つまり、こっちに引っ越してきた俺と道端でばったり遭遇なんてあり得るはずのないことなんだが、どうしてこの女は全く動じずいられるのだろうか?
「あのねぇ、人の話くらいちゃんと聞いてよ。あたしこの近くの大学に進学するって言ったでしょ?」
「そんな不機嫌そうに言われたって聞いてないものは聞いていないんだから仕方ないだろ?」
「ちょ、開き直らないでよ!っていうか、なんか今日不機嫌じゃない?あんた」
「お前以外の元同級生と会ったらもっとひどいぞ?」
佳穂に対する俺の態度が弱冠悪いことくらい俺も気づいてはいるけれど、こればかりは仕方のないことだ。
誰だっていい思い出のないものと遭遇すれば嫌な気分にもなる。俺の場合はそれが自分自身の過去とそれを知る人だってだけで、他の人たちと大して変わらない。
「でも一応元気そうで安心したわ。正直あんたのことはずっと心配してたんだから」
「ずっと?お前約三年も昔の同級生を想い続けるとか、どんだけ暇なんだよ。大学生」
「なっ!?べ、別に想い続けてなんてないわよ!誰があんたのことなんかっ______」
「あー、言い方が悪かったな。そういう意味で言ったわけじゃないからそんな顔赤くして興奮するな」
「わ、分かってるわよそれくらい!___________少しは空気読みなさいよバカ」
「それ流行ってんの?みんな小声でなにか言うけど」
今日は会う人みんな小声でなにか言ってるけど、まさかまた流行に乗り遅れてる?
もうあんなの嫌だぞ?あの時はホントに恥ずかしかった。
総理大臣の名前を自信満々に言ったら、実はその人は二年前の総理大臣だったことが判った時のあの恥ずかしさと言ったら、軽く死にたくなるレベルだった。
「流行ってるわけないでしょ?」
「そうなのか?なら一安心だな」
「なんで安心なの?」
「別になんでもいいだろ」
「え~、なんで?」
言ったら絶対バカにするだろうが!お前らリア充どもは!
リア充どもは人の不幸を笑うのが大好きだからな(偏見)。多分ここで俺が事故にあったら半分以上のリア充は写真撮ってSNSにアップするだろう。そしてこうつぶやくのだ。
『目の前でオタクが轢かれたぞwww。ざまあぁみろwww』
そうして俺は日本中、いや世界中の笑い者になるんだ。
くそっ!お前らこそ滅べばいいのに!
「具体的な内容は分からないけど、なにかろくでもないことを考えてるのは分かるわね……」
なんでこいつは呆れたような顔をするんだろうか?謎いな。
「そうだ、せっかく三年ぶりに会ったんだしどこかでお茶でもしていかない?」
「嫌だね。急いでるんだ」
嘘はついていないはずだ。現に、今家にはダメっ娘が俺の帰り(主に俺の買ってくるコーラ)を待っているのだから、急いで帰ってやらないといけない。______という建前を利用する。
本音は、単に居心地が悪いからだ。
佳穂は高校生時代唯一俺が話をできた同級生だ。
彼女のおかげで真のボッチにはならなかったといっても過言ではない。
だが、そのあと俺は逃げるようにあの町を去った。
その時俺は、佳穂のことも捨てるつもりでいた。
だから正直佳穂といると罪悪感で潰されそうになるのだ。
「あたしの奢りだけど?」
「………行かない」
「近くにおいしいケーキ屋さんがあるんだけど________」
「_____行く!」
「即答!?」
そんなに驚くことだろうか?
男がケーキ好きでなにが悪い?
男はケーキを好んで食べちゃいけないのか?
そんな法律あるのか?
全国全世界のケーキ好きの男性に謝れ!
「ほら、なにぼさっとしてるんだ?行くぞ?」
「急に超乗り気だし……」
他人の奢りでケーキが食べれるなんて最高だろ。
というか、他人の奢りでなにかを食べるという行為だけで最早最高だというのに、それがケーキだというのだからこれは最高を超えたなにかに違いない。
俺は温くなったコーラが入ったビニール袋を片手に、最初にどんなケーキを食べようかを考えながら佳穂の後に続いた。
「ユキ………、あんた一体何個食べるつもり?」
「なんだよ?まだそんなに食べてないだろ?せいぜい三個目くらいだ」
そう、まだ三個目くらいだ。そんな大袈裟に言うほどの数じゃない。
とはいえ、まだ一切れ目で手が止まってる佳穂にとっては三個食べる俺は相当にすごいのだろう。
「三個目ってあんた、どう考えても数え方おかしいでしょ!」
「なにがおかしいんだよ?別におかしなところなんて一つもないと思うけど?」
「まずあんたのその価値観が異常よ!それとあんたの胃袋も!」
「え?このくらい普通だろ?」
「あんたの普通って一体を基準にして普通なのよ!?あんた大食い大会にでも参加してるの?」
「そんな人が涌くところになんで自分から行かなきゃいけないんだよ?常識的に考えろ」
「今のあんたにだけは常識を語られたくないわ………」
「だったら言ってみろ。なにがどうおかしいんだよ?」
「いや、普通に考えれば分かるでしょ!どこの世界にケーキ三ホール分食べて普通なんて言うバカがいるのよ!?」
なにを言っているんだ?たかだかホール三個分でバカ呼ばわりか?
だったらこの世界の女子どもの半分はバカってことになるぞ?
たったのケーキ一切れも食べられない佳穂は除くけど。
「あと、あんた奢ってもらう立場よね!?それちゃんと分かってる?」
「当たり前だろ?確かにお前奢るって言ったからな」
「だったら少しは遠慮しなさいよぉぉぉ!!」
「遠慮だ?せっかく奢ってもらえるのに、なんで遠慮しないといけないんだよ?」
「それこそ常識的に考えなさいよ!礼儀とかいろいろあるでしょ!」
「そうケチケチするなよ。俺と佳穂の間柄だろ?」
「親しき仲にも礼儀ありって言葉を知らないの?」
「ごめん、俺高校ほとんど行ってないから全然知らない」
「そうだった!こいつ高校生活二年間引きこもってたんだった!」
「そんなことよりも佳穂」
「なによ?」
「お前騒ぎすぎ。周り見てみ?」
「?………っ!」
あ、ようやく気付いたか。
実は数分前から、つまりは佳穂が騒ぎ出してから俺たち___というか主に佳穂はほかの客たちの視線を集めまくっていた。
迷惑そうな視線と好奇な視線が二対八くらいでまじりあった視線が俺たち(主に佳穂)を貫いて、さらには今にもブチ切れそうな店員さんの殺気まで飛んできていた。
果たして、それらを一身に受け続けていることに気付いた佳穂は、この混沌とした空気の中で正気でいられるだろうか?
ちなみに俺は今にもちびりそうなくらいビビってる。
こんな空気、豆腐メンタルの俺が耐えられるわけがない。
実は今にも逃げ出したい気分だ。
でも足が震えて全く動かない。
こんなことならケーキに釣られてこんなところ来なければよかった。
大人しく温いコーラを柚葉に届けてやればよかった。
そう考えると、きっとこれは天罰なのだろう。
柚葉との約束をすっぽかしてケーキを食べに来た天罰。
ごめんなさい神様。心から反省するのでどうかわたくしをこの窮地からお救いください。
「ゆ、ゆきぃ。たすけてぇ」
「無理。泣きそうな顔されたって俺には無理。既にビビって一歩も動けない状況。知っての通り俺のメンタル弱いから」
「そ、そんなぁ~」
なにか、なにか無いか?この窮地を脱出する方法は?神頼みはダメっぽいし、他に俺たちが助かる方法は本当に無いのか?
……いや、一つだけある。この謎の空気をどうにかする方法はただ一つ。
『
誰かが入店、もしくは退店すればこの空気は換気されて少しは空気が和らぐはず。
しかし誰も出ていく気配がないため、退店の方は期待できない。
さあ、入ってこい救世主。
俺たちに救いの道を創ってくれるのは一体どこの誰なんだ?
そんな時だった。店の入り口のベルが鳴る。
来客だ。救世主が現れた。
よし、みんな新しい客に意識が向いている。
「佳穂、今のうちに行くぞ」
「あっ……」
俺は佳穂の手を握る。
初めて握った女子の手は、まるでつきたての餅のように柔らかかった。
これは後でいろいろと弁明が必要そうだけれど、今はとにかくこの場を離れることを最優先に考えよう。
……と思ったんだけど、どうして?どうしてお前なんだ?どうして今出てくるんだよ?______柚葉っ!
「やっと……見つけた」
「柚葉………なんで……?」
これはやばい。一難去ってまた一難どころじゃない。
一難去らずにまた一難じゃねぇか!
「ユキ?あの子知り合いなの?」
「悪い、お前の質問に答える余裕は俺には無い。とにかくちょっと大人しくしててくれ」
「う、うん。分かった」
俺と柚葉の間に流れる尋常じゃない緊迫感を察知したのか、本当に珍しく素直に引き下がってくれた。
「ど、どうしたんだ?こんなところで。お前家を出ないんじゃなかったのか?」
「そのつもりでしたよ。ええ、そのつもりでした。でも、たかだかコーラをコンビニに買いに行っただけの先輩の帰りがあまりにも遅いから、まさか事故にでも遭ったのでは?と心配して渋々、嫌々外に出て先輩を探してたんですよ?なのに、見つけたと思ったらその対面の席に見知らぬ女性が立っているじゃないですか?この時の私の絶望が先輩に分かりますか?私は先輩を心配して、わざわざ外にまで出てきて寒い中探してたのに、当の先輩は暖かい店内で可愛い女の人と仲良くデートしてたんですよ?それはもう、親に一億五千万円で売られた子供の気分ですよ!」
「そこまでか……?」
どこかで聞いたことのある例え話だし。
というか、さっきと視線の種類が全然違うんだけど。さっきは好奇な視線が多かったのに、今はなぜかゴミ屑でも見るかのような視線に変わっていた。
「ユキ………あんた最低ね」
いや、お前が誘ったんだろ?俺は確かに急いでるといったんだ!それなのに強引に誘っておいてそれはないじゃないですかね?
ヤバいぞ。今この場所には俺の見方は一人としていない。
待ち望んでいた救世主がまさかの新たな火種だったとは……。
「違うんだ!聞いてくれ!」
「ええ、他でもない先輩の弁明ですからね。飽きたとしても聞き続けてあげます。_____家に帰ってからじっくりと」
ゾクっ!
なんだ今の寒気は?
「さ、帰りますよ?先輩」
「は、はい……」
「あ、それとそっちの人」
「え?私?」
柚葉が佳穂の方をここにきて初めて見た。
「はい、あなたです。あなた私の先輩とどのような関係ですか?」
「関係……?えっと、元同級生……だけど……」
「そうですか。すみません。私の先輩を誑かす泥棒ネコかと勘違いしてしまいまして、質問させてもらいました。でも違ったようで安心です」
「……私の先輩ってなによ」
「?なにか言いましたか?」
「なにも」
「そうですか。では私たちはこれで失礼します。さ、帰りますよ先輩」
「分かった!分かったから引っ張るな!」
期せずして、想定とは違う形で俺は店を脱出できた。
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