第4話 悲劇を演じる亡者
「ク、クロイス!?」
ファーラが慌ててクロイスに近寄る。クロイスの胸元からは血が滲んでいた。
「フフフ…、天下のアルバート家もこの程度か。地に落ちたなセヴィアル、そして跡取りのクロイスよ。」
剣を持っていたのは、召使いだったはずのアズロンであった。
「おのれアズロン…。貴様、さては悪魔だな、いつからこの家に忍び込んでいた!」
さっきまで大広間で倒れていたはずのセヴィアルが、地面を這いながらアズロンに近づく。アズロンはすぐに返事をした。
「無様なもんだな…。なあセヴィアル様…あなたがこの家に引っ越してきたあの日…、あなたは私になんといったかお覚えですか?」
「いや…、そんな大昔のことなんて覚えておらんよアズロン。」
「…こののろまめ。」
「…?」
アズロンは体を震えさせながらこう言った。そしてさらに続けた。
「俺はあの日、確かにそう言われた!セヴィアル貴様にだ!俺は何もしていない、むしろあなたとその息子に使えてきた!なのにずっとずっと虐げられてきた!奴隷のように扱われ、労働に対して明らかに不釣り合いな報酬、周りの連中はろくに仕事もしていない、それにも関わらずその倍、いやそれ以上の額をもらっていた!そして貴様はありもしない事故をでっち上げて何回も俺を呼び、夜な夜な殴る蹴るの応酬、そしてまた朝が来て、休む間も与えずに死に物狂いで働かされてきた!こんな…こんなひどい話があるか!」
アズロンは話しながら涙をいくつもこぼした。
「だから俺はある夜中に、この川の対岸にいる悪魔達に身を売った。俺の姿とこの状況を話したら、あいつらはとてつもない力をくれた。こんな強者が優遇されて、身分の低い弱者たちが虐げられる世界なんてもうコリゴリだって…。俺はあの時の俺なんかじゃない。貴様らなぞ、この力でひとひねりにしてくれるわ!」
その瞬間、アズロンの体から眩い光が発せられた。そして、人であったはずの体がみるみるうちに、大きな黒い魔物に変わり果ててしまった。腕や足は大木のように太く、顔は正気を完全に失っている。
「さあ、俺を倒してみろ!」
パーティをやるはずだった会場は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図に変わろうとしていた。
「そうだ、ひとつ言い忘れたことがある。俺の名はアズロンではない。いやではなくなったが正しいか…まあいい。俺の名はフィゴットだ!俺はこの世界に闇を作り、そしてその闇を支配してきた。今度はここが闇に落ちる番だ!」
フィゴットの声は聴き馴染みのあった声からとても低いまさに魔物の様な声になった。
「そんな…そんなバカな…。」
セヴィアルは自分の状況に絶望した。自分が愚かなことをしてしまったが故に、この怪物を生み出し、そして自らの息子に大きな傷を与えてしまったということを。そんな息子であるクロイスは、その絶望なぞ知ったことではないと言わんばかりに、必死に頭を使い、この怪物の倒し方を考え続けた。クロイスは力で相手を抑えるのではなく、頭を使い、効率の良い倒し方を考えるスタイルであった。
「クロイス、そんな無防備な状態で私に挑むつもりか?ハッハッハッ!甘いな、甘すぎる!」
次の瞬間、フィゴットは大木の様な腕を振り下ろした。しかし、クロイスは見切っていた。クロイスは刺されたのが嘘のように軽く攻撃を交わした。
「俺はただ棒立ちしてるだけじゃねぇ、頭は闘志を燃料にフル回転させてんだよ。お前みたいに力だけで生きてきた野郎とは訳が違う。」
この一言は、どうやらフィゴットの逆鱗に触れたらしかった。
「おのれクロイス…調子に乗りおって…。この攻撃は交わせるかな?」
フィゴットは腕を大きく振るった。しかしクロイスには当たりも擦りもしていない。傍から見る限り、フィゴットが攻撃を外したように見えた。しかし、フィゴットは計算していた。クロイスの計算の速度よりも圧倒的に高速で、かつ正確であった。次の瞬間、クロイスの後ろ側で何かが崩れる音がした。
「…っ!なんだ今の!?」
「クロイス、私だって頭は使っているさ。こんな感じにな…。」
そういうとフィゴットは高くジャンプした。その瞬間であった。クロイスやセヴィアルがいるバルコニーが、大きな音を立てて崩れ始めた。
「ハッハッハッ!闇に沈め、間抜け共目が!」
バルコニーと地面は遠く離れていた。そんな高さから落ちれば、クロイス達は死ぬこと間違いなしであった。クロイスとファーラは、自分が死ぬと悟った。しかし次の瞬間、クロイスとファーラ、そしてセヴィアルはなぜか空中にとどまっていた。そこにいたのは、明らかに見たことのない姿をした人であった。しかし、ファーラははっきりと分かった。この男が何者か。そして、この男が、この窮地を救ってくれるであろうと。
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