第1話

屋敷の前に来た僕は内心ドキドキだった。

確かに、あの男性は退院したらこの屋敷に来いと言っていたが本当に僕はこの屋敷の使用人だったのだろうか?

僕は立派すぎる屋敷を目の前にして不安になってしまった。

門扉もんぴの前でウロウロしていると僕の尻に突然衝撃が走った。

「痛ったぁ⁉」

「何をしているんですか?そんな所でウロウロされていると邪魔なのですが?」

背後に立っていたのは細身の女性だった。

「何するんですか⁉というか普通初対面の人の尻蹴ります⁉」

彼女は両手で買い物袋を抱えていたため、僕を殴ることはできないはず。その上、場所が場所なだけに蹴り上げたのだろう。

「そういえば記憶を無くしていたのでしたね。はぁ、めんどくさい…。」

こいつ…人の尻を蹴り上げた上にため息まできやがった…!

「初対面ではないですよ。私はここのメイドですから。」

「そうだったんですか。でももっとマシな再会ってないです?」

「そうでもないです。いつもよりマシな方です。」

「いつもよりはマシなんですね…。」

つまりこいつは尻を蹴り上げるよりもひどいことをしていたわけか…。不憫だなぁ…、以前の僕…。

「そんなことより、どうしてこんなところでウロウロしているのですか?早く屋敷に入ればいいじゃないですか。」

「いやその…、本当に僕がここの使用人だということが信じられなくて…。」

「いやはや、私が嘘を教えたとお思いでしたかな?」

後ろから聞こえた聞き覚えのある声に驚いた。

「ち、違います!そんなことは…ない…です…。」

咄嗟に否定したものの内心嘘と思っていた部分のないとは言えず、言葉が尻すぼみになってしまう。

「ほっほっほ、冗談ですよ、さぁ、早くお入りください。」

入院の時に会った初老の男性は僕の言葉を笑い飛ばし、門扉を開く。

男性は僕が入った瞬間、門扉を閉じようとしていた。

「え?彼女は入らないんですか?」

「ああ、いいんですよ彼女は。」

男性が閉めようとする門扉がガシャンと音を立てて揺れる。見ると女性が足を突っ込んでいた。

「おい、ジジイ。もう耄碌もうろくしちまったのか?私もここで住んでるんだが?」

「おお、そうでしたねぇ。では。」

なおも閉め続けようとする男性、それを足のみで食い止める女性。

「あのー、二人は仲がいいんですか?」

「「どこをどう見たらそう見えるのでしょうか?」」

二人揃って返答する。やっぱり仲いいじゃん。そう思ったが口に出すことは出来なかった。二人顔は笑顔だったが目が全然笑っていなかった。

「彼らはいつもあんな感じなんだ。気にしていたらきりがないよ。」

僕に声をかけてきたのは僕と同い年くらいの女の子だった。

「久しぶりだね、零。おかえりなさい。」

「えぇっと…。」

「…あぁ、記憶がなかったのだったな。私は四方院凜華しほういんりんか。君の主人だ。」

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