第13話:とりあえず、謝ってこいよ

「明日の晩飯、三人で食うから。絶対空けておけよ」

「逃げたら本当に許さないんだから」


 既視感を感じるメッセージを改めて確認して、僕はいつものお好み焼き屋に向かっていた。以前と違うのは、アイとシンジの飴と鞭が、鞭と鞭に変わっている事くらいだろうか。

 八月も折り返したとは言え、まだ真夏の暑さは続いている。どうせなら、エアコンの効いたカフェだとか、しっかり食べたいなら冷やし中華だとかでも良かったのでは。

 そう考えてはみるものの、僕に決定権は無い。今日はただ、謝って、お好み焼きをごちそうするマシーンとなるのだ。話の続きはそれからである。


「本当にごめん」

「しょうがないから許してあげる」

「アイちゃん、許すの早すぎ、優しすぎ。俺はまだだ、食べ終わったら許してやる。スペシャルミックス玉、とりあえず三つな」

「おごるのは良いけど、残したら逆に怒るぞ」

「よし。残さなきゃどれでも良いんだな。鉄板焼き、海鮮盛り合わせ追加。大盛りで」

「少しは遠慮とか」

「すると思うかよ?」

「イイエ」

「よくわかってるじゃねえか」


 二人は、特にシンジはメッセージ以上に荒ぶっていた。というより、荒ぶっているように見せて、急いで距離感を取り戻そうとしている、そんな感じだ。


「で、どうなんだよ?」


 お決まりの文句も何だか懐かしくて、微笑ましさすら感じる。小さく笑う僕に、シンジは「おい、なんでにやけてんだ」と口を尖らせた。

 僕の不敵な笑みを見て、アイも心配そうな顔つきに変わる。私が放っておいたばっかりにこんな事に、とでも言いたげである。全く、失礼な。


「先週、帰省してきたんだけど」

「そうなんだ。おばさん達、元気だった?」

「うん。二人にもよろしくって」

「いや、それはいいけど何の話だよ」

「大自然の中で考えてきたんだよ」

「はあ? 自分探しでもしてきたのか?」

「そんな、いいもんじゃないけどさ」


 僕は、父親にまんまと悩みを言い当てられ、不器用に慰められた事をかいつまんで話した。

 ただし、潔く謝れと叱咤された辺りの話は、無口だった父がよくしゃべるようになっていた、という表現にさせてもらった。逃げ帰ってきたんだろう、とさらりと言われた事も、以下同文だ。


「へえ。あの親父さんが」

「そんなにお説教とかしてるイメージ無いかも」

「っつうか俺は、しゃべってんの見た事ない気が」

「あはは、おしゃべりなタイプでは無かったよね、確かに」

「シンジは言うほど親父のいる時に家に来てないだろ。まあとにかく」


 ここで一度、話を切る。この続きをどう言えばわかってもらえるか。何度も、そしていくつも考えてきたつもりだったのだけど、いざとなると上手い言葉が出てこなくて困る。


「このままじゃまずい、と思ったんだよ」

「だからこうやってお好み焼きを食ってやってんだろ。ありがたく思え」

「シンジくんの言い方はあれだけど、私達の事、それなりには考えてくれたんだね」

「二人や、ミホノちゃんとかイマミヤに対して申し訳無かった、って言うのもそうなんだけど」

「他にもあるの?」

「あると言えばある」

「まどろっこしいな、はっきり言えよ」


 鉄板に油をこれでもかと敷き詰めて、シンジが唸る。そんなに全面に塗りたくってどうするんだ、まさかスペシャルミックス玉を三つ同時に焼く気なのか。頭の隅っこでシンジの挙動を追いかけながら、話の軸だけを戻す。


「正面から、ぶつかってみようと思って」

「なんだ、まだ自分探しの真っ最中か。照りつける真夏の太陽がそうさせるのか?」

「シンジくん、茶化さない。それってどういう意味?」

「説明が難しいんだけど」


 けど、だけど、と歯切れが悪くて自分でもまどろっこしい。迷うなよ、何しに来たんだ。本当にお好み焼きごちそうマシーンで終わってしまうじゃないか。

 えい、と力を入れ直して、僕は高校時代のイマミヤとの一件を、改めて話した。

 現れた死に様に、自ら飛び込むような形になった事。結果として、イマミヤの周りでは、今のところ安全が確保されているという事実。

 それをすれば、僕はこの得体の知れない何かから解放されるのではないか、という希望を。


「アタリ判定ギリギリで回避すりゃ、でかいチャンスがくるかもって事か」

「なにそれ、シューティング? ゲームに例えるのはやめろよ」

「うーん……賛成したいような、したくないような」

「したくないような?」

「だって、下手したら」

「まあそうだね」


 もちろん、上手くいけば良い。僕は毎朝の通学や将来の通勤時に遠回りをする必要がなくなる。街中で、忘れ物、と叫んで注目を浴びる事も。

 しかし下手をしたら、途中で命を落とすかもしれない。アイの言わんとしているところは、よくわかる。


「でもさ、現実的に考えて、このままじゃ仕事にも就けないし」

「普通にバイトしてるじゃない」

「これでもかなり無理言って、融通きかせてもらってるんだよ」

「ふうん」

「それに、みんなとまともに遊びにも行けない」

「毎回、メイちゃん呼んでくるわけにもいかねえしな」

「そういう事」


 腕を組んで考え込むアイと、既に乗り気なシンジ。ここまでの反応は、まあ予想通りと言える。


「そういう訳だから」

「ちょっと待て」

「なんだよ」

「こないだの時みたいによ、じゃあ二人は遠くから見守っててくれ、とか言い出さねえだろうな」

「駄目。それは、私も本当に怒るよ」


 そしてこのリアクションも、嬉しい事に予想通りだった。僕は首を振って、順番に二人に視線を向ける。


「それはないよ」

「じゃあどうすんだ?」

「そうだよね。必ずどの道のどこに何時、っていう訳では無いんでしょ?」

「うん。でも確率の問題、だと思うんだ」

「おお、ってわかんねえよ。しばらく見ねえ内に、ややこしい言い方ばっかり覚えやがって」


 スペシャルミックス玉を三つまとめてぐりぐりとかき混ぜながら、シンジが喚く。本当に一気に焼くつもりなのか。それ、多分一つずつ焼いた方が美味しいと思うよ、と今日でなければ言ってやるところだ。しかし残念。今日の僕には、お好み焼きに関しては何も、発言権が与えられていない。

 シンジのお好み焼きは無視をする事にして、僕は自分の推測を口にした。


「毎朝通る大通り。大学手前の橋から川の辺り。工事があればその近く。朝一番と夕方、日の落ちる前。それから人混み」

「なんだそれ」

「もう、シンジくんはちょっと静かにしてて。わかってるのに横から口出すんだもん」

「アイ、いいって。ありがとう。がよくいる場所だよ」


 よく死んでいる場所、とは言わなかった。それこそ、縁起でもない。


「的を絞って、そこに突撃するんだな」

「まあそんな感じ。ただ、実際に行くのは僕だけにさせてほしいんだ。二人には万が一に備えていてほしい。遠くからじゃなく、まあまあ近くで」

「どうせなら、私も一緒に行く」

「俺だって見てるだけは嫌だぞ、つまんねえし」


 つまる、つまらないとか言うなよ、不謹慎だぞ。じろりとシンジを睨んでから、続きを組み立てにかかる。僕だって、どうせそこまで来てもらうのなら、と考えなかった訳では無いのだ。


「イマミヤみたいになったら、意味が無いとは言わないけど、何度もやらなきゃいけなくなる」

「あ、そうか。特定の誰かといる時だけ安全、じゃ駄目だもんね」

「俺らが見てる時だけ安全、になったらどうすんだよ」

「それは……やってみなくちゃわからないよ」

「結局、行き当たりばったりじゃねえか」

「何が確実かなんて知らないんだから、しょうがないだろ」


 可能性に賭けていくしかないのは、間違いない。そして、そんな事が出来るのは学生の間だけ。もっと言うなら、就職活動だとかを本格的にやらなくても良い、今年が一番都合が良いはずだ。


「とりあえずはこんな感じなんだけど、どうかな」

「私は協力する。カナトと普通に遊びに行きたいし、普通に生きててほしいから」

「アイちゃんは本当に優しいねえ。俺はな、条件をつけるぞ」

「……なんだよ」

「ミホノちゃんとメイちゃんにちゃんと謝って、許してもらえ」

「え」

「え、じゃねえだろ。どうせ格好つけたつもりで、嫌われた方が危険な目に合わせなくてすむ、とかなんとか考えてたんだろ?」

「それは、だって、実際に」

「渋谷の真ん中で不幸な自分カッコいいとか、キモいから。吐き気しかしねえよ」


 お好み焼きの前でそういう事を口にするのは、本当に止めてくれないかな。今日だけは言わないけど。

 それはともかく、この条件は想定外だった。ミホノちゃんに謝れるなら、謝りたいとは思う。しかし、僕が彼女に近付く事は、それだけで彼女を危険にさらす事になる。僕自身にも良い影響があるとは思えなかった。


「謝るにしても」

「全部終わってから、ってのはナシだ」

「どうして」

「もし全部が上手くいったとしよう」

「絶対そうしようね。私に出来る事は何でもするから」

「ありがと。上手くいったとして、なんだよ」

「お前はきっと、今更どんな顔をすれば良いかわからないとか、またつまんねえ事を言い出すに決まってる」

「ああ……なんかそれ、ありそう」


 数秒前まで心強い味方だったアイが、あっさりとシンジの側につく。出来る事は何でもするから、とキラキラした笑顔で言ってくれた幼馴染みはどこへ行ってしまったのだ。

 結局、それが前提条件のようにされてしまい、またしても僕の予定は少しだけ崩れた形で着地した。ミホノちゃんもイマミヤも、巻き込みたくはない。これは本心ではあるのだけど、僕がそう願えば願う程、その通りにはいかない気がしていた。

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