第四章(七)

 再び、ボスと対面したあの部屋に到着した。

 ボスはまだ来ていない。花暖は椅子には座らずに、立ったままでボスを待った。礼儀を重んじてではない。座っていてはいざという時の行動に遅れをとってしまう。一瞬の遅れで計画が台無しになる。

 早くボスが現れてくれないかと心配になる。この計画にはタイミングが大変重要なのだ。

 すぐにボスがやって来た。花暖はほっとする。恐らくレオとハリーも同じ気持ちだろう。

 ボスは先程とは違って、何か困惑しているようだ。あの強気の態度が見られない。回りの子分たちも落ち着かない表情だ。トラブルでも起きたのだろうか。

「君と再び話しが出来るなんて、光栄だね。お嬢さんとは、二度と言葉を交わす事は無いと思っていたよ」

「それじゃ、あなたも困ると思ったから。私と取引した方があなたにとってメリットがあると思ったからよ」

 レオから、ボスに対しては、思い切り強気に出るように言われた。『今から君は、クレオパトラだ。世界は君の手の中にあると思え』と言う事だ。そこまでは、なれないにしても自分にしては、かなり強い態度に出たと思う。

「何があると言うのだね。私は一生ここにいてもらっても、構わないがね」

「それでは、あなたが失う物が大き過ぎるわ。今すぐ、私たちを開放しなさい。でないと、大変な事になるわ」

「話しにならんね。部屋に帰りたまえ」

 ボスに、話しを打ち切られそうになったので、花暖は少しあせった。何でもいいから、話しを伸ばして時間を稼がねば。もうすぐ、合図があるはずだ。それまで、もう少しの辛抱。

「このまま帰したら損をしますよ。あなたの命にかかわる問題ですから」

 それにしても遅い。もしかしたら失敗したのか。不安がよぎる。

「立場を考えたまえ。君はもう少し、利口かと………」

 ボスが咳き込む。花暖も喉に痛みを感じた。合図が来たのだ。反射的に口と鼻に手を当てる。

 突然ドアが開いた。振り返ると手下の男が立っていてドアからは、黒い煙が侵入して来る。

「大変です。監禁部屋が火事です。消火しようとしているんですが、鍵を持った奴が、どこかに行ってしまって、駄目なんです。このままじゃ、建物全体に広がってしまいます。早く逃げなと………」

 男がそこまで言うと、花暖の後ろでレオとハリーの動く気配がした。作戦の実行だ。

 レオが花暖を通り過ぎ、ボスに飛びついた。花暖もハリーに背中を守られるように、ボスに向かって走る。

 レオはボスから銃を奪い、腕を締め上げ、こめかみに突きつけている。花暖はハリーと共に後ろに回る。

「何をしたんだ」

 腕を締められているボスは、その痛みと煙のために、絞り出すような声でうめく。

「何、ちょっと火遊びをしただけさ」ボスに答えたレオは、続けて手下の男たちに向かって言った。「おっと、動くなよ。ボスが死んじまうぜ。全員銃を置け」

 レオがした仕掛けは、ごく簡単な物だった。レオが手に入れた雑誌を破り、丸めて寝室とトイレにばらまく。特にベッドの上には、燃えやすいようにたくさん乗せた。そして残りの切れ端で、こよりを作り、それを導火線とした。部屋を出る時に、トイレに行ったり、寝室に戻ったりしていたのは、導火線に火をつけるためだ。そして、部屋に鍵を掛けさせた。火事が発見されてもすぐに消火されないように。

 レオの計算では、今頃は火の海になっているはずだ。男たちの慌て方からすると、実際火の手はかなりのものらしい。

 花暖は騒ぎが起きるまで、ボスの気を引き、そして、相手に動揺を誘うように言われていた。火事騒ぎになるまで、思ったより時間が掛かったので、少しあせった。

 火事が大きくなればなる程、花暖たちには有利になる。この建物には、そんなに人はいないはずだ。消火をする者もいれば、逃げ出す者もいるかも知れない。手薄になれば、逃げ出すのも楽になる。それに今は、ボスの命をこちらが握っている。

「出口を開けろ。部屋の奥に行け」

 レオが、部屋にいた手下たちに命令しながら、じわじわと、ドアに向かって移動する。それに合わせて花暖も動く。花暖は常にボスを捕らえているレオとハリーの間に挟まっている。

 ドアまで来ると床に落ちている手下たちの銃をハリーが拾う。全部でライフル銃が三丁、二丁をハリーが持ち一丁を花暖が持った。花暖に銃など扱えるはずもない。たんなる荷物持ち程度だ。渡された時はさすがに手が震えた。今更ながら自分の置かれている立場を再確認する。

 もしもの時は花暖一人で逃げるように言われている。たとえ、レオやハリーが敵に殺されそうになっても構わず逃げる事を約束させられた。

 幸い外には幾分人通りがあるようだ。建物から脱出して、大声で助けを求めれば、誘拐犯たちも手が出せないに違いない。

 廊下に出ると、黒い煙が充満している。花暖はむせかえりながら移動する。レオが仕掛けた火事は期待以上の効果を現しているようだが、少々やり過ぎの感がある。

「なんて煙だ」レオが叫ぶ。「俺の仕掛けだけで、こんなに大きくなるはずがないんだが」

 なんにせよこのままでは、自分たちの起こした火事に巻き込まれて、逃げ出すどころではない。レオもさすがに危険を感じたのか慎重だった足が速くなる。

 細い廊下をまっすぐ進むと、駐車場だ。僅か20メートル程だが、果てしなく遠く感じる。追っ手はこない。皆、火事に気を取られているようだ。案外、楽に逃げ出せるかも知れない。車を奪えればこっちのものだ。

 廊下を半分まで来て安心しかかったその時、突然前方に光が見えた。駐車場のドアが開いたのだ。黒い煙でよく見えないが、光の中を人影が動く。外にいた仲間が、火事に気付いて入って来たのだ。

「くそっ」

 レオの声と共に、銃声が響く。煙の中に火花が見える。花暖は小さな悲鳴をあげ、足が一瞬止まるが、後ろのハリーに押されて否応なく前進させられる。

「待て、止めろ」

 レオでもハリーでもない。でも聞き覚えのある声。あの案内男の声だ。

 こちらも前進するのを止められないし、相手も近づいて来るので、両者の距離は見る見る縮まる。

 レオは何度も発砲したが、相手に当たった気配がない。

 男が眼前に迫った刹那。レオは捕らえていたボスを、横の壁に打ちつけた。ボスは頭を打ったのか、頭を抱えて花暖の足もとに転がる。花暖は再び悲鳴をあげて、ボスを飛び越えた。

「うおぉ」

 レオは雄叫びをあげると敵に掴みかかっている。そしてそのまま勢いをつけて、駐車場につながるドアまで敵を押して行く。花暖も遅れまいと走る。

 視界が大きく開け、数台の車が目に映った。

 レオはその中の一台に、案内男を投げつける。男はフロントガラスにひびを入れて、ボンネットに転がった。

 なおも男に向かって行くレオ。その光景を見ている花暖の視界を、光る数人の人影がふさいだ。その人影はもみ合うレオと男を引き離そうとしている。

「何をしている。早く逃げないか。焼け死ぬぞ」

 光る人影が叫ぶ。花暖はその人影に引っ張られる。

 駐車場のシャッターは全開になっていて、誘拐犯たちも光る人影に誘導されて、続々と出口に走っている。花暖たちには目もくれない。

 外では、消防車が放水を開始していて、出た途端に花暖は、びしょ濡れになってしまった。脱出した誘拐犯たちが喉を押さえながら座り込んで、救急隊員に手当をしてもらっている。

 それよりも、花暖の目に止まったのは、十人くらいの女性たちだ。男ばかりだと思っていた誘拐犯に、女性がいたのだ。救急隊員に、携帯用の酸素呼吸器を付けられながら、その女性たちを観察する。どの女性も誘拐やテロに関わるようなタイプには見えなかった。

 目の前の光景に気を取られていた花暖だが、ふと我に帰りレオとハリーを捜す。ハリーは花暖のすぐ後ろで手当を受けていた。ハリーは花暖の目を見て頷く。レオは少し離れた場所で、案内男と一緒に道端に座っている。

 花暖はハリーに即されて、レオのもとに歩く。二人とも疲れ切っているみたいだ。

「大丈夫ですか」

 酸素呼吸器を外して、座り込んでいる二人に声をかけた。何となく案内男も可哀相に見えた。

 レオは片手を上げて応え、案内男はそのままひっくり返った。

「勘弁してくれよ」案内男が情けない声で言った。「前にも言っただろ。一日八ドルしかもらってないんだぜ」

「どっかで見たと思っていたら、お前だったのか。まだこんな所にいたのかよ。てっきり、ハリウッドに行ったかと思ってたぜ」

「道に迷ったんだよ」

 意外にも、レオは案内男と知り合いのようだ。

 花暖は改めて辺りを見回す。確かに町中で、バーやホテルが建っている。しかし、建物の数に対して、人の数が極端に少ない。やじ馬の数が数えられるくらいだ。

「ここは、通称ホーガン横丁」ハリーが言った。「FBIアカデミーの中にある、捜査官の訓練のために作られた町だ。私もレオもここで訓練を受けた」


 呆気にとられている花暖の腕を誰かがつかんだ。びっくりして、振り返ると、そこには亜麗亜がいた。二人はその場に崩れ、抱き合った。

「怪我は無いようね」ミチルだった。花暖は体を上から下まで丹念に調べられた。「それにしても派手にやったわね。これで50万ドルが灰だわ」花暖を調べ終わったミチルは、消火の甲斐も無く、燃えつきてしまった建物を見つめてそう言った。

「すみません。私のミスです」

 さっき、建物の前で座り込んでいた女性の一人がやって来てそう言った。

「あなたのせいじゃ無いわルチア。早く手当を受けなさい。アグネスにも、気にしないように言って。全責任は私が取ります」

「一体何なんですか、これは」立ち上がり花暖はミチルに噛みついた。「ミチルさんは知っていたんですか」

「俺も知りたいね。説明しろよ」いつの間にか、レオも花暖の側に来ていた。「それに、ハリー。あんまり驚いていないようだな。知っていましたって面だ」

「そのつもりよ。でも、その格好じゃ、落ち着いて話しも出来ないでしょ。着替えに行きましょうか」

「着替えなんて、後でいいです」花暖は言い放った。一刻も早く真相が知りたい。「今すぐ、ここで聞かせてください」

「わかったわ、それじゃ、あそこに座って」

 未散が少し離れた木陰を指した。そこに移動し、木に寄りかかり花暖はハリーが救急隊員からもらって来た毛布を体に巻き付け、亜麗亜と手をつないで座りレオはその隣に座った。ミチルとハリーは立ったままだ。

「まず、この町にいる人たちは、ほとんどがFBI捜査官の訓練生と、その訓練に協力している役者なの。あの誘拐犯人たちを含めてね。銃なんかは本物だけど、弾は入ってないの。みんな空砲よ。間違って撃ったら大変だものね」

「芝居だったんですか」

 無理に感情を押し殺し、冷静さを保った。

「はっきり言ってしまえばそうよ。あなたを騙したの」

「何のために」

「あなたの治療のためよ。あなたたち姉妹をアメリカに連れて来たのは、亜麗亜ちゃんの治療のためだけど、私はあなたにも治療の必要があると感じた。あなたの事は日本で会うずっと前から観察していたのよ。その結果、より心に傷を負っているのは、あなただと診断した。あなたの傷は亜麗亜ちゃんの何倍も深いわ」

 以外なミチルの言葉に花暖は愕然とし、質問が出来なくなった。

「あなたは、小さい時からお祖父さんの言いなりで、自分の意思を表に出す事が少なかった。そのせいで、あなたの歌は感情表現に乏しいの。勿論それは、ハイレベルでの話しで、一般的にはあなたの歌は世界でも最高レベルよ。でも、それでは教皇様を目覚めさせるレベルの歌には程遠いの。さらに高い次元にまで、自分をもっていってもらわないと到底無理なの」

「それと、この猿芝居と何の関係があるんだ」

 レオが、黙っている花暖を見兼ねてか、口をはさんだ。

「だから花暖に、自分の意思で歌ってもらおうと思ったの。誰かに頼まれただとか強制されただとかじゃなく心の奥から突き上げる激情で。それには、幼い頃からのお祖父さんの呪縛を花暖が自分で解くしかないのよ。それにはまず、極限状態に身を置いて心と真っ正面に向き合う事が必要だった。だからこんな芝居の設定をしたのよ。時間が無かったし少々荒っぽかったけど」

「教会で別れたのも、予定のうちだったのか」

「あれは本当に亜麗亜ちゃんがぐずったからよ。本当は捕まってから別々にされる予定だったの。それで皆と別れてから、いそいで教会で待機している役者に連絡して変更したのよ。亜麗亜ちゃんには、お姉ちゃんは病気を治すために病院に行ったと嘘を言ったわ」

「ハリーも、ぐるだったんだな」

「彼には、ボスとの会話の中で、花暖の自立心を引き出すための手助けをしてもらっていたの。それと、事情をしらないあなたが暴走しないためにね。その会話は全て別室でモニターを通して、セラピスとたちが監視していた。さっきの彼女がそうよ。花暖の心理を分析しながら、役者に無線で指示を出していたの。演技を通して自分の心に向き合うのを、ロールプレイングセラピーっていうんだけど、今度のはそれを更に進めたものだったの」

「酷い。私がどんなに、怖かったか知っているんですか」

 花暖は涙を流しながら、抗議した。

「ごめんなさい。でもあなたは、ボスとのやり取りの中で、一時はちゃんと自分の意思を持って、呪縛を解いたのよ。あの時点で、あなたに対する治療は、終了するはずだった。そして、ここから救出して、教皇の下に駆けつける段取りだったの。全ての真相は隠したままでね」

「でも、この有様か。俺のせいで」

「まさか、ここまでやるとはね」ミチルは振り向き建物を見た。「ハリー。どうして止めてくれなかったの」

「私には、彼女の心はまだ揺れているように感じられたからだ。あのやり取りだけでは、本当の自立にはならない。だからレオの提案を受入れた。彼女の決意を確かめたかったからだ」

「そして、全てが台無しになった。こうなってしまっては、あなたも歌う気にはならないでしょ。また元のあなたに戻っているもの。教皇様の治療は諦めましょう。すぐに日本に帰る手続きをするわ。でも責任は取ります。私も日本に行って今度はゆっくり時間を掛けて、あなたと亜麗亜ちゃんが、幸せになれるように、手助けをさせてちょうだい。本当に、ごめんなさい」

 ミチルが頭を下げる。強い女性だと思っていただけに意外だった。

「最後に一つ教えて下さい。今回の件は、私のためだったのか、教皇様のためだったのか聞かせて」

 花暖は立ち上がり、ミチルに詰め寄る。

「一言で言うのは難しいわね。その両方なのは確かだけど、それ以外にも、珍しいケースの患者に対する、学者としての好奇心もあるし、名誉欲もあったと思うわ」

 その言葉を聞き終わった瞬間、花暖はミチルの頬を叩いていた。

「一発だけでいいの。もっと叩いても構わないのよ。あなたには、その資格があるのだから。私には拒否出来ないわ」

 ミチルは叩かれた頬を押さえもしないでそう言った。

「正直なんですね、ミチルさんは。だから、もう二度と嘘はつかないと、約束してしてくれますか」

「許してくれるの」

「全部じゃありません。でも、今は教皇様の下に行くのが先です。私は、教皇様に歌を聞かせると自分で決めました。だから、どんな辛い思いをしても、自分の意思は貫き通します。だから、連れて行って下さい」

 ミチルの目が潤んだかと思うと、花暖は強く抱きしめられた。

「有り難う」ミチルは小刻みに震えている。「あなたは以前、自分をマリアと一緒だと言ったわね。無理やり祭り上げられたって。でもね、マリアは天使ガブリエルから受胎告知を受けたときこう言ったのよ。『私は主のはしため。お言葉の通りになりますように』マリアは自らの判断と決意によって、キリストの母になることを受託したの。あなたも誰に押し付けられたのではなく、自分の意思で歌うことを決意したのよ」

「はい」

 花暖は、自分でも信じられないくらいの自信でこたえた。

「豊嶋花暖に対する治療行為は、これにて終了します」


「貴様はどうなんだ」

 ミチルとの包容を解いた花暖の耳に、ハリーの声が聞こえて来た。声はレオに向けられているらしい。

「納得した訳じゃない」レオは、ゆらゆらと立ち上がった。「ミチルの嘘もお前の芝居もだ。だけど、カノンが行くなら俺も行く。日本に無事に帰るまで守るのが、俺の仕事だし、約束もしたからな。お前たちとはその後できっちり話しを付けてやるから覚悟しておくんだな」

「貴様と和解しなくても、我々の関係には変化は無いと思うが」

「なんなら、ここで決着付けてやろうか」

 レオは睨つけながら凄んだ。ハリーも引く気配が無い。二人とも、訓練を受けたFBIの捜査官だ。そんな二人が本気で喧嘩をすれば、花暖たちでは止められない。花暖が未散を殴った比ではないのだ。

「止めなさい二人とも」

 ミチルの制止もむなしく、両者はお互いの間合を計っている。

 レオの呼吸音が止まった瞬間、亜麗亜がレオの前に飛び出した。普通なら、ぶつかっていたのだろうが、レオは紙一重で亜麗亜をかわし斜め前方に転がった。

 亜麗亜は唇を噛み締め、仁王立ちでレオとハリーを交互に睨つけている。

「わかったよ。止めりゃ、いいんだろ」レオはあぐらをかいて、肩をすくめた。

 ハリーはレオに近づき右手を差し出す。

「立て、通行の邪魔だ」

 レオはため息をつきながら、その手を掴んで立ち上がった。

 亜麗亜は笑顔で花暖の下に駆け寄る。花暖は、ややたしなめる笑顔で亜麗亜を迎えた。

 その時、消防隊員の一人が、ハリーに駆け寄り、耳打ちした。ハリーは暫くそれを黙って聞いていた。報告を終えた消防隊員は、再び全焼した建物に戻って行った。

「どうしたんだ」

 レオが苛立ちながら聞いた。

「あの火事だが」おもむろに口を開いた。「レオの仕掛けだけにしては、火の手が大きすぎるように思ったので、調べさせていたんだが、やはり第三者によって手が加えられていた形跡がある」

「役者に混じって、本物がいたっていうのか」

「まさか。ここにいるのを知っているのは、FBIの中でも限られているのよ」

「教皇の事件に関しては、やはり内通者が存在するようだ。教皇の覚醒がいよいよ現実になってきたものだから、敵も我々に手を伸ばしたのだろう」

 ハリーの言葉に花暖は驚愕し、亜麗亜を抱きしめる。レオは辺りをうかがい、ミチルとハリーは二人をかばうようにかたまった。

「それじゃ、またあの芝居みたいな目に合うんですか」

「いや、それ以上だろう。今度こそ、命の保証は無い」

 花暖は一つ唾を飲み込んで言った。

「早く教皇様の所に行きましょう。敵の妨害が入らないうちに」

「そうね、とにかくホテルに行きましょう。風邪をひいてしまっては、歌うどころじゃないでしょ。この近くに部屋をとってあるから。こっちよ」


 ミチルの先導で、歩き始めた花暖たちに、近づく車があった。まっすぐ猛スピードで、こちらに向かって来る。

 ハリーが花暖たちの前に出て壁になり、レオが身構える。武器は持っていない。さっき捨ててしまった。あっても空砲なので役には立たない。

 車はタイヤを軋ませ、地面から煙を上げながら、運転席をこちらに向けて止まった。止まると同時にドアが勢い良く開いた。

 花暖と亜麗亜はミチルに体を押えつけられて、しゃがんで頭を抱えた。怖々、車に視線を向けると、ドアの勢いとは反対に大きな体がのそのそと這い出て来た。まるで、車から絞り出されたみたいだ。車が今しがた、出産を終えたように、大きく肩で息をしている。その様子が滑稽に映って、こんな時だが笑いそうになった。

「何やってんですか、主任」

 警戒を解いたレオが、その巨体に向かって言った。

「しばらく見ないうちに、少し痩せたんじゃないですか」

「私の体重なんて、どうでもいい。それより、どうしたんだこの騒ぎは」

 巨体の持ち主はレオの言葉をあしらい、火事現場を見て言った。

 花暖は、危険な人物ではないことがわかったので、立ち上がった。

「紹介しよう。我々の上司の、特別捜査主任、チャールズ・パーソンズだ」

 ハリーが説明した。

「名前が覚えられなければ、マシュマロマンでいいよ」

 レオの言葉に納得する。

 ミチルは、そのマシュマロマンに、事の次第を説明している。マシュマロマンは黙ってそれを聞き、聞き終わると花暖と亜麗亜に、自己紹介をし握手をした。

 花暖たちは主任と一緒に、再びホテルに歩き出した。


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