第四章(六)
監禁部屋に帰るとレオが雑誌を読みながらくつろいでいた。誘拐犯のボスに酷い言葉を浴びせられていた時に、一人で雑誌を読んで遊んでいたと思うと無性に腹が立った。先程までボスとやりあっていて興奮が冷めていないから余計に癪にさわる。
「よう、お帰り。どうだった、何か面白い話しでも聞けたかい」
レオが、間延びした声で聞いた。
「いいご身分ですね。どうせなら、DVDでも差し入れてもらえば、どうですか」
「それ言ったんだけど、断られたんだ」
嫌味が通じなかったので、更に腹立たしくなり、無言で椅子に腰を下ろした。
「お姫様はご機嫌斜めだね。まあ、怒るくらいの元気があるのは、いいことだけど」
レオの言葉にため息が出た。
レオがハリーから、ボスとのやり取りの経緯を説明されているのを、黙って横で聞いていた。そのうちに昂揚していた気持ちがおさまって来た。
冷静さを取り戻すに連れ、自分の発言に後悔し始めていた。
「あんな事、言っちゃいけなかったですか」
おずおずと尋ねた。
「君は素晴らしい」レオが、両手を広げ、大げさなしぐさで、花暖を抱きしめた。「それでこそ、俺が守るだけの価値があるってもんさ」
抱きしめられたのと、褒められたのとで、レオの腕の中で赤くなった。危うくキスをされそうになったが、それは必死で回避した。
「その通りだ。カノンの意思の強さを見せつけておけば、彼らも迂闊に手が出せないはずだ。彼らの目的がどこにあるのかはわからないが、カノンに手が出せないのは事実だ。あのまま、脅しに負けていれば付け入られるだけだったが、カノンが強気に出たおかげで、こちらの方が優位に立てた」
「でも」レオの腕から何とか逃れた。「このままだと、いつまでも平行線です。あの人が言っていたように、次の教皇様が決まってしまったら私たちのやっている事が無駄になります」
「君が、醜い教皇選挙に気を配る必要は無い。君はヨハネス二十四世の治療に専念していればいい。今一番大事なのは教皇を助けたいと思う君の強い意思だ」
ハリーの言い分もわからないではないが助けるなら一刻も早い方がいいに決まっている。
「しかしここにいても進展の無いのは確かだぜ」
レオが、花暖とハリーの肩に手をかけ、三人の頭がひっつくくらいに顔を寄せた。声は非常に小さく囁くようだ。
「早いとこ逃げ出さないと、教皇も手遅れになるかも知れん。教皇の命を狙っているやつは、いくらでもいるんだ」
「何が言いたいんだ。貴様の事だ、ただ読書していたわけじゃあるまい」
レオの声に合わせて、ハリーも小声になる。
「脱獄する」
真顔で言い切るレオの目を見て、花暖はぞくっとした。
「どうやってだ。簡単には行かないぞ」
「そうですよ、助けも無しにここから逃げ出せるはずありませんよ」
「それじゃ、一生ここにいるかい」
「勝算は、どれくらいだ」
「俺とお前が、命を捨てる覚悟でのぞめば、かなりの確率だ。勿論、カノンが恐れずに行動出来ればの話しだけど」
「そんな。私のために、二人を犠牲になんて出来ません」
「いいかい、良く聞くんだ」レオが、諭すような口ぶりになった。「俺たちの仕事は、君を守る事なんだ。それが、おめおめと捕まって恥さらしもいいとこだ。このまま助かったとしても、FBIの面目丸潰れさ。それならいっそ君を助けるために殉職した方が余程、名誉になる。君だって一刻も早く教皇の所に行きたいはずだ。カノンのために、逃げるんじゃない。俺のプライドのために、逃げて欲しい」
「わかりました。でもこれだけは、覚えていて下さい。あなたたちの仕事は、私を教皇様の下に連れて行く事です。それまでは、三人一緒ですからね。絶対に最後まで、私を守って下さいね」
「当然だ。君を日本に帰すまでが、我々の仕事だ」
「それに、カノンとはデートをしなくちゃいけないしな」
花暖は、二人の顔を交互に見つめた。目覚めた時の絶望感は消え去り、希望が湧いてくるのを感じた。
レオがドアを何度も殴り、大声で叫んだ。花暖は思わず耳をふさぐ。
「お姫様がご用だぞ。じいを呼べ」
廊下を走る靴音が近づく。複数の人間の足音だ。ドアが開いたかと思うと、男が叫んだ。
「静かにしろと言っただろ。ぶち殺されたいのか」
「お前じゃ話しにならねえ、ボスを呼んできな。うちの姫がお言葉を聞かせてやるって言ってるんだ。さっさとしろ」
男たちは、困惑したようにお互いの顔を見合わせた。予期せぬ事態といった感じだ。
「ちょっと待ってろ、騒ぐんじゃないぞ」
男たちが姿を消してしばらくすると、例の案内役の男が、複数の仲間を引き連れてやって来た。
「さっきは、もう話しは無いって言っていたはずだぜ。今更何の用だ。ここから出せってのは、無理な相談だ」
薄笑いを浮かべて、勝ち誇ったような態度だ。花暖は、また怒りがこみ上げて来た。一言いいたかったが、余計な事を言って計画が露呈してはいけないので、黙っているように言われた。
「ちょっとは、折れてやろうって言ってんだよ。お姫様の気が変わらないうちに、ボスに会わせたほうがいいぜ」
「わかった、ドアを開けるから、下がっていろ。少しでも変な動きをしたら、その場で射殺する」
言われたようにドアから離れると、鍵が開いた。
「それから、今度は俺も一緒に行く。一人で留守番なんて、寂しいからな」
案内役の男とレオが睨み合っていたが、やがて案内役が折れた。「いいだろう。さっさと出ろ」
男は銃で促す。
「おっと、その前にトイレだ。ちょっと待っててくれ、ボスの前で粗相しちまったら、申しわけないからね」
しばらくして、トイレに消えたレオが出てきた。
「悪い、タバコ取ってくるから、もう少し待っててくれ」
レオが寝室に消える。
「さっさとしろ、このぐず」
男は本気で怒っていたが、花暖は笑いを堪えるのが辛かった。
「時間が勿体ない。早く行こうぜ」
寝室から出て来たレオが先頭を切って、部屋を出る。男はため息をついていた。
「おい、ちゃんと鍵を掛けておけよ。ここは手癖の悪い奴がたくさんいるかな」
鍵を持っている男に偉そうに命令すると、レオは案内男について歩き出した。花暖とハリーもその後をついて行く。背中で鍵の閉まる音がした。
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