第一章(五)

 ホテルの部屋で荷物を詰めながら、ちらりとハリーに目をやる。無表情な大男の黒人捜査官がドアの前に陣取っていた。『黒い大理石』とはよく言ったものだ。

 ハリーとはよくコンビを組んでいた。歳は近いが性格は水と油。行動居一直線のレオに対して、沈着冷静何事にも論理的に対処するハリー。それがかえって良かったのかも知れない。友人としてはともかく仕事のパートナーとしてはベストだろう。

 しかし三ヶ月前のあのミスはレオの単独行動の時に起こった。情報を仕入れた時はまだ漠然としたものだった。狙われている相手さえ分かっていなかった。分かっていたのは、テロリストと見られる集団が不穏な動きをしている、と言う内容だけ。信憑性も低かった。

 しかし、捜査を続けるうちに本物だと分かったのだが、レオの存在に気がついたのか、やつらは逃走してしまった。

 そして一ヶ月後、テロリストたちの目的が最悪の形で判明した。

 ローマ教皇暗殺未遂。教皇のアメリカ訪問のパレードの中、パレードのコースに爆弾が仕掛けられ教皇の車が横転。教皇は命を取り留めたものの、脳に損傷を受け未だに意識が戻らないでいる。

 当然レオの責任問題になり査問委員会にかけられた。だが、他の捜査機関も極秘にテロリストたちを捜査していた事もあり、レオの失態を立証できなかった。

 審議は未だ続いているが、審議が終わるまでは現場を離れて再訓練を命じられた。

「よく謹慎処分が解けたな」

 支度が済むとベッドに腰を掛け、タバコに火を付ける。

「査問委員会も結局の所原因が突き止められなかったのだろう。そもそもあれは貴様のミスではないと私は思っている。貴様はどうしようもないお調子者だが、捜査を察知されるような馬鹿でもない」

「へー、お前が俺を庇うなんて珍しいじゃないか」

「全てを総合した結果だ。私には貴様を庇護する義務など無い」

「全く正直なやろうだな。だけど何で部長でなくお前が来たんだよ」

「察するに貴様のことが嫌いなんだろう」

 レオは肩をすくめて薄く笑った。

 改めてハリーを真顔で見つめる。

「で、何なんだ俺に仕事なんて。前触れも無しに迎えに来るなんて、麻薬の取り締まりや、一年で一〇〇人殺してそれを食っちまった猟奇殺人者の逮捕なんてありふれた仕事じゃないんだろ」

「通常の仕事ではないのは確かだが、これは間違いなく貴様の仕事だ」

「あの事件がらみか」

「教皇が今どんな状態か知っているか」

「ああ、意識が戻らないとか。ヴァティカンに帰って療養しているんだろ」

 ハリーはかぶりを振る。

「実はまだアメリカにいる。アメリカ政府が用意した病院で極秘に治療中だ」

「だって暫くアメリカの病院で治療していたが、動かせるようになったからヴァティカンに帰ったってニュースで見たぞ。飛行機で寝たまま運ばれてた」

「あれはダミーだ。輸送中に教われでもしたら今度こそ終わりだ」

「アメリカにいる方が危ない気がするけどな。情報が漏れている可能性もあるし、病院が襲われるんじゃないか。長く滞在するほど暗殺計画が立てやすい。ヴァティカンに帰る方が危険性は減る」

「私もそう思う。しかし、FBIやアメリカ政府はこのまま教皇を帰してしまってはメンツが立たないらしい。第一に教皇の意識回復、犯人の逮捕、はてはその両方を達成しなければならないのだ」

「くだらねえ。大体どうするつもりだ。いつ戻るか分からない教皇の意識をいつまでも待っている気か。それともFBIが教皇を治療するのか。FBIは医者じゃないんだ」

 立ち上がり大きな声を出してしまった。

「大きな声をだすな。人に聞かれたらどうする。落ち着け」

 ハリーが人差し指を立てて横に振る。

 諭されて再びベッドに腰を下ろす。

「ただこちらにも引き止めるだけの理由があった。そうでなければヴァティカンが承諾しない。アメリカにとってはラッキーな出来事だった」

「正義の超能力ヒーローでも現われたのかよ」

「ここでも言えない。とにかく車に乗れ。詳細は車の中で話す」

 ハリーが先に立って部屋を出て行ったが、レオは暫く動かなかった。しかしタバコを灰皿にもみ消すと、大きなため息をついて部屋を出た。

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