Ⅹ.Hades and Persephone
気付くとそこはコロシアムではなく、八角形の部屋に戻っていた。
舞台には審判員の3人が穏やかな表情で立っていた。その表情から最後の試練もクリアしたのだと6人は悟った。
「私達……本当にエリシオンに?」
ローラは感極まって泣き出してしまった。そんなローラを光太郎が支え、べりぃとれいんは互いに笑顔を見せる。
「君達が行くのはエリシオンではないよ」
笑顔で言うラダマンテュスに6人の表情は一気に固まった。
「君達が行くのはアスポデロス。詳しいことは後にして、その前に傷を治そうね」
ラダマンテュスが言うように、6人の躰は傷だらけでボロボロだった。
アイアコスは先ずべりぃの首錠に鍵を向けた。
力の解放を行った時と同様に光が放たれ、鍵穴に吸い込まれる。ガチャリと音を鳴らすと首錠は光の粒となり消え、傷だらけの躰も軽くなった。
6人全員の首錠を外し終えたアイアコスは6人を一度見てから口を開いた。
「これでお前達は罪人ではなくなった」
そう告げると一歩下がり跪いた。ミノスとラダマンテュスもそれに続く。
その光景に6人が戸惑っていると、背後からただならぬ気配を感じ振り向いた。
そこには銀色の髪をした長身の男が佇んでいた。
「あの人!?」
思わずミントが言葉を漏らすと、5人は知り合いかと問いだした。
「いえ、あの……」
ミントは頬を仄かに染め、視線を逸らす。
「……もしかして、あの人が想い人なの?」
「!!!」
キリアが訊くと、ミントは目を見開き、更に顔を赤く染めて俯いてしまった。
「へぇ~、あの人が……」
ローラはその男を吟味し、一言呟いた。
「告ればいいのに」
「え!!!?」
ローラの言葉にミントはもの凄い勢いで首を振る。
「どうせ、もうアスポデロスとか言うところに行くんですから……」
弱気なミントにローラは推す。
「もうアスポデロスに行っちゃうからでしょ!別に付き合うとか、そう言うことを言ってるんじゃないわよ。最後に『好きでした』と言って心残りをなくして行った方が気分もいいじゃない」
興味津々なローラに押され、引くに引けない状況にミントは勇気を振り絞り一歩踏み出した。
「ん?君は……確か、神殿近くで会った子だな?」
(憶えていてくれた!!)
そう喜んでいたのも束の間、話を切り出そうとした瞬間、
「!!!!!」
ガクン
「ミント!!?」
上から何かに押し潰されるような感覚に襲われ、ミントは床にへばり付いた。
「な……に……?!」
必死に声を出したが、かすれて大きな声は出せない。
5人はミントの元へ駈けだした。しかし、
バンッ
「……いっ……たぁ……」
先頭を走っていたべりぃが急に止まり、蹲る。その姿に他の4人も止まる。
「一体何なの?」
べりぃは顔を擦りながら呟いた。
「どうしたのよ」
ローラはべりぃの横から顔を覗き込んだ。べりぃの顔は鼻を中心に赤くなっていた。
「なんか壁みたいのが……」
べりぃに言われ、ローラは手を前にやった。
「……何、これ!?」
ローラに続き、れいん、光太郎、キリアも横に並び前に手をやる。
「ホントだ。見えねぇけど、何かある」
光太郎の言葉にれいんも頷き、キリアは見えない何かが何処まで続いているのか探ってみた。数メートル進むと角があり、また数メートル進むと角がある。
「私達を囲むように壁があるわ」
「は?何で!?」
キリアが呟くと、その場は騒がしくなった。
そんな中も、ミントは床にへばり付いて身動きが一切出来ない状況だった。表情も一層苦しそうに歪んでいく。
「ミント……」
べりぃは呟き、上を向く。
壁に手を当てたまま空高く飛び、天井まで行くと降りて来た。
「上まであるよ!」
「はあ!!?つまり、私達を此処から出さないってわけ!!?」
ローラはべりぃから審判員に視線を向ける。
「試練はもう終わったんでしょ!?私達はもう罪人じゃないって、さっき言ったじゃない!!なのに、何で……」
しかし、アイアコス達も状況を把握出来ていないのか、困惑していた。
「何もかも、貴女がいけないのよ……」
聞き覚えのない女性の声が聞こえた。だが、姿が見えない。
「私、知っているのよ。貴女がメンテーの生まれ変わりだって……」
「『メンテー』って……誰?」
べりぃの疑問にローラが答える。
「確か……精霊の名前。冥王が恋をした精霊」
コツコツと靴の音が響き、皆の視線がそちらに向く。
「生まれ変わってもハデスを誘惑する気!!?」
そこには美しい顔をした女性が立っていた。
ミントは必死に顔をあげ、その人物を見る。
「…………?」
女性に対してミントは声を出したが音にならなかった。
「ペルセポネ!!?何故、此処に……」
男はペルセポネの元へ行き、彼女の怒った表情に困惑した。
「『何故』じゃないわよ!!いつもいつも、仕事中に城を抜け出しているってこと、知っているんだから!!この前だって、この子と会っているところ見たんだから!!」
ペルセポネは這いつくばっているミントを指して怒鳴る。
「別に会いに行ったわけでは……。たまたま道で会っただけで……」
「もういいわよ!!」
そう言ってペルセポネは男からミントに視線を移した。
「今、此処で貴女が消えれば全てが収まるわ。もう二度と生まれ変われないように……」
「お、おい!待て!」
男は片腕を高く掲げているペルセポネを押さえた。
「放して!!」
「だから、あれは彼女が男にぶつかって倒れるのを助けただけで……それが何故こうなる?!」
「だって、あの子が消えれば貴方は私だけを見てくれる!!だから、あの子には消えてもらわないと!!」
5人は何が何だか理解出来ず、男女2人の喧嘩を見ていることしか出来なかった。
男のみならず、審判員もペルセポネを宥めるが聞く耳を持たず、ミントを消そうと暴れる。
そんなペルセポネを見かねて、男は辺りを気にしつつも大きな声で言った。
「あー、もう、ずっと言っているではないか!!『愛しているのはお前だけだ』と!!」
その瞬間、空気が止まった。
ペルセポネはじっと男を見つめたまま止まっていたが、暫くすると何かを思い出したのか再び怒鳴り始めた。
「あの時だってそう言っていた!!なのに、メンテーの元へ行ったじゃない!!」
「う……あの時は魔が差したと言うか……。でも、今回は違う!」
「違わない!!私だって女よ!!あの子の目を見れば分かるわ!!貴方に恋をしているって!!」
ペルセポネは目線を落とし、急に弱気になった。
「それに、貴方が私を好きになったのはエロスの矢の所為だって聞いたから……。いつか、私を置いて何処かに行ってしまうんじゃないかって……」
「ペルセポネ……」
今にも泣き出しそうなペルセポネを男は優しく抱きしめる。
「きっかけはそうだとしても、今は心の底からペルセポネ――お前を愛している。愛しているのはお前だけだ」
「ハデス」
「やっぱりあの人が冥界の王?!」
ペルセポネが男の名を呟いたのを漏らさず聞いたローラが呟くと、べりぃは男女2人からミントに視線を戻した。
「ミント……」
最初は力に抵抗していたミントも、今は抵抗せずただ押しつぶされるがままになっている。
「てか、何これ。痴話喧嘩?夫婦の営みの一部?そんなことに私達は巻き込まれたってわけ?」
ミントの心配をしているべりぃを余所に、ローラは抱き合う2人の姿に呆れていた。
すると、周囲の壁らしきものが光った。
「何!!?」
「壁がなくなった!?」
壁がなくなったことに気付いた瞬間、べりぃはミントの元へ駈け出した。ミントを抑え付けていた力も同時に消えたようだ。
「大丈夫!!?」
ミントはゆっくりと上体を起こす。しかし、顔は伏せたまま上げない。
「ミント……」
べりぃは優しくミントを抱きしめる。そんなべりぃの優しさにミントは涙を流した。
「私、知らなかったんです……」
べりぃにしか聞こえないくらい小さな声で続ける。
「まさか、あの人が冥界の王様だなんて……。あの時、ローブを着ていたから首元は隠れていて首錠は確認できなかったけど、あんな暗い所に居たから……私と同じで死者なんだと思い込んでいて……。何より、“冥界”と言うイメージから勝手に冥王はもっと怖い方だと思っていたから……」
一度鼻をすすり、ハデスをべりぃ越しに見た。
「こんなにも優しい眼差しは初めてだったから……こんな気持ちも初めてで……」
そこまで言うと、べりぃの胸に顔を埋めて泣いた。
漸くミントが落ち着きを取り戻すと、アイアコスは話を切り出した。
「色々とあったが、アスポデロスに行く準備をしなくてはならない」
「その『アスポデロス』って何よ」
ずっと疑問に思っていたことをローラが代表して訊く。
冥界のことを一番よく知っていたローラが知らないのだから、他の5人も知らないのは当然である。
「アスポデロスとは、エリシオンとタルタロスの中間の地。エリシオンには行けないが、タルタロスに行く程でもない者が行く場所だ」
アイアコスが軽く説明すると、ハデスが前に出る。
「既に分かっていると思うが、この方が冥界の王――ハデス様だ。そして、そちらに居られるのが皇后のペルセポネ様」
アイアコスが2人の紹介を終えると入れ替わるようにラダマンテュスがハデスの横に来た。そして、掌を合わせたかと思うと、そこから光る輪を出した。その光る輪を受け取ったハデスは一度、6人を眺めミントの元へ寄る。
「『ミント』と言ったな?」
ハデスの問いにミントは軽く頷いた。
「きっと来世で心から愛し愛される出逢いがある」
そう言ってハデスはミントの頭に輪を載せる。
「…………はい」
ミントはこれ以上ハデスに恋心を寄せないよう、俯いたまま小さく頷いた。
ラダマンテュスから新たな輪を受け取ったハデスはミントからべりぃへと視線を移す。
「貴女も」
「え?」
「互いに互いを必要と想い合える出逢いがきっと待っている」
そう言いながら輪を載せた。そんなハデスの瞳は優しく、ミントが惹かれる気持ちも分かる気がした。
ハデスは同様に輪を受け取り、順番に輪を載せて行く。次はれいん。
「来世でこの出逢いは報われる」
「!!?」
にこやかに言うハデスに対し、れいんは一度目を見開いたが、輪を受け取ると不思議と心が落ち着く気がした。
ハデスはローラと光太郎に視線を移した。
「2人は……」
2人を交互に眺め、一拍間を置いて話し出した。
「2人の想いが繋がっていれば、また逢える」
「ああ!」
その言葉に光太郎は元気に頷き、ローラの手を取る。
「っ!!」
そんな光太郎の行動にローラは思わず赤面し俯いた。しかし、手を放そうとはせず、強く握り返した。
ローラと光太郎にも輪を載せ終えたハデスは最後の1人――キリアに視線を向けた。
「大丈夫だ。次こそ子に恵まれる」
「……はい」
「今だって、こんなに恵まれている」
「はい……っ!」
感極まったキリアは静かに涙を流した。
そんなキリアに5人は温かな視線を送る。その光景はまるで沢山の子供に恵まれた母のようだった。
その光景にハデスやペルセポネ、審判員も思わず顔が緩んだ。
「では、そろそろアスポデロスへ行くか。ラダマンテュス、最後までしっかり頼むぞ」
「はい」
ハデスに言われ、ラダマンテュスは6人に背を向ける。
パチン
ラダマンテュスが指を鳴らすと、光の粒が集まり徐々に大きな塊になっていく。そして、扉の形へと変化した。
扉を開けると灰色の空間に白い階段が続いていた。
「これを上ったら、もう此処には戻れないけど、悔いはないよね?……って言うのも変な話か」
ラダマンテュスは苦笑いする。
6人は互いに頷き合い、ラダマンテュスに視線を送る。
その姿を見てラダマンテュスも頷き、ハデスに視線を向けた。
「では、行ってきます」
「ああ」
6人はラダマンテュスに続いて階段を上り始めた。
延々と続く階段を一定のペースで上り続けた。
不思議なことに疲れは全く感じず、ただ単にラダマンテュスの後に付いて行くだけ。
「この階段、何処まで続いてんだ?」
光太郎は今まで上って来た階段と、何処までも続く階段を見比べて言った。
「もう少し……かな?」
もし、冥界から脱走しても、そう簡単に行かれないようにする為、長い道のりなのだと言う。また、此処でのことを振返ってもらう為にも長い方がいいと言うハデスの粋な計らいらしい。そして、こんなにも長い階段を上っているのにも関わらず、疲労を全く感じないのは先程与えられた輪のお陰だと上りながら説明してくれた。
「なんだよ。メンドーなことするよなぁ」
思わず呟いた光太郎に、ラダマンテュスは苦笑いで答えた。
「とにかく、君達が最後で良かったよ」
「最後?」
ラダマンテュスの後ろに付いているべりぃが訊き返した。
「実はね、チーム制で審議するようになったのにはちょっとした訳があって……」
「死者が増えたから一気にやってんでしょ?最初に説明してたじゃない」
ローラが相槌を打つ。
「うん……まあ、そうなんだけど……原因が僕らにあってね……。ちょっとした問題が起きて、一時期裁判が出来なくて、気付いた時にはこの有様」
ラダマンテュスは苦笑いを浮かべる。
「あんまり詳しく話すとアイアコスに怒られちゃうから言えないけど、とりあえずチーム制は君達で最後なんだよ。次からは今までのやり方に戻るんだ」
そう言うラダマンテュスの表情は何だか安心したように見えた。
「出会って間もないと人によってはちょっとしたことでも衝突しやすいし、酷いとお互いを消し合ってしまうから……。最後まで来られずにタルタロス行きになっちゃう人も多いし……今まで個人制だったからそんな、殺し合いみたいなこと見ることなかったから、ちょっと参っていたんだよね。でも、最後がこんな短期間で固い絆で結ばれたチームで救われたよ」
振り向いたラダマンテュスの表情はこちらまで顔が緩んでしまいそうなくらい笑顔だった。
「さてと、そろそろアスポデロスに着くよ」
再び前を向いたラダマンテュスは先を指す。
その先には明るく光る出口があった。その光の所為か、階段を上り始めた頃よりも辺りが明るくなっている気がする。
先に進むにつれ光は大きくなり、階段の終わりもハッキリと見えてきた。
残り数段のところでラダマンテュスは止まり、振返った。
「君達は此処で大切なことを学べたはず。来世ではそのことを忘れないように。ね?」
微笑むラダマンテュス。
見た目はとても幼く見えるが、様々なことを経験してきた立派な大人のように感じられた。
「“見た目は当てにならない”ね……」
キリアが小さく呟くと、それを聞き漏らさなかったべりぃは微笑み呟き返す。
「確かに」
ラダマンテュスは一歩横に避け、道を開けて光の中へと促す。
べりぃ、ミント、れいん、ローラ、光太郎、キリアは促されるまま光の中へと入って行った。
「ようこそ、アスポデロスへ」
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