Ⅶ.Hermes and Athena

 瞳を開けると白い壁が高く聳え立つ通路に居た。

 6人はとりあえず通路に沿って歩いてみた。

 暫く進むと左右に分かれている場所に出た。

 べりぃは左右を交互に見比べながら言う。

「どっちに行けばいいんだろう?」

「てか、『ゴールを目指せ』って……迷路ってこと?」

 ローラが言った。

「迷路……」

 ローラの言葉を聞いて、べりぃは考え込み、上を見上げる。聳え立つ壁には天井は無く、空が見えた。

 バサッ

 べりぃは背中にある大きな白い翼を広げた。

「どうなってるのか上から見てくるね」

「その手があったか!!」

 ローラが声を上げると、べりぃは空に向かって飛んだ。

 れいんは自主的に視線を逸らしたが、光太郎はべりぃを目で追っていた。そんな姿に気付いたローラは、光太郎の目を手で覆う。

「うわ!何すんだよ!!」

「変態!!」

「はぁ!?」

 下で騒いでいる中、べりぃはどんどん空高く飛んでいく。

(もうすぐ……)

 壁の終わりまでもうすぐという時、べりぃの身に異変が起きた。

 バチンッ

「んぁあ!!」

「べりぃ!?」

 電流のようなものが全身を駈け巡り、身体に力が入らなくなった。

 力を失ったべりぃは銃で撃たれた鳥のように地面に向かって落ちていくしかなかった。

 下に居る者達がそんなべりぃを受け止めようとあたふたしていると、黒い何かがべりぃを宙で受け止めた。

「れいん!」

 れいんはべりぃを抱えたまま、その黒い翼でゆっくりと降りてくる。

「大丈夫!?」

 れいんに抱えられているべりぃの元へ皆が集まり、心配の声を掛ける。

 べりぃは気を失っているようで、瞳を閉じて動かない。

「とりあえず、そっとしておいた方が良さそうね」

 キリアはそう言って辺りを見渡した。

「上が駄目なら自力で抜けるしかないのかしら……」

 一通り見渡し終わると、再び口を開いた。

「少し道を見てくるから少し待っていて」

「あ、私も行きます」

 4人を残し、キリアとミントは角を曲がった。



「ねぇ、2人が行ってから結構経つけど……」

 ローラが心配するように、2人が角を曲がってから1時間は経過している。

「キリアに限って迷子になるって事はないと思うけど……」

 3人は徐々に顔色が悪くなってきた。

「べりぃも起きない事だし……」

「てか、死んでねーよな?」

「あんた馬鹿?死んでるから私達は此処に居るんでしょ」

「あ、そっか」

「もう。私、ちょっと見て来るわ」

 そう言うとローラは立ち上がり、キリアとミントが曲がった角へ向かった。

「行き違いになるかもしんねーぞ」

「大丈夫よ。少し行って、直ぐに戻って来るから。2人はべりぃのことをよろしく頼むわよ」

「俺も行く!れいん、べりぃのこと頼んだぞ」

 そう言って、光太郎は慌ててローラを追い掛けた。

「なんで付いて来るのよ!」

「もし、1人で迷子になったら困るだろ」

「迷子になるほど先に進まないわよ!」

「てか、なんで怒ってんだよ」

「別に怒ってない!」

 そう言い争いながら、ローラはどんどん進む。だが、突然止まった。そこには2つに別れた道があり、どちらに進むか悩んだ末、右の道を選んだ。そして、次の角を曲がると行き止まりに行きあたった。

「正解はあっちね」

 そう独り言を漏らし、光太郎の存在は無視して勝手に戻る。

 角を曲がり、そしてまた角を曲がる。

「あれ?」

 今曲がった角まで戻り、少し先まで戻ってみる。

「え?」

「どーした?」

「あんた馬鹿?私達、別れ道を右に行って角を1回曲がったのよ?別れ道から行き止まりの間で1回しか曲がってないのに、今2回曲がったのよ!?」

「え?……あ!!」

 漸く気付いた光太郎はローラの後を急いで追い掛けた。ローラはそのままどんどん進み、角を曲がってまた立ち止った。

「嘘でしょ……」

「ん?」

 さっきまで行き止まりだったはずが、今はちゃんと道があった。

「どういう事よ!!」

 暫くの間、2人はその場から動けなかった。



(皆、遅いな……)

 ローラと光太郎がキリアとミントを捜しに行ってから随分と経った。

 べりぃは瞳を閉じたまま動かず、陽が傾き始めている。

(完全に暗くなるまで、もう1時間もなさそうだな……)

 れいんはべりぃを置いたまま動き回ることをせず、陽がまた昇るまで待つことを決めた。



「此処……何処だ……?」

 一晩動かず、その場で一夜を明かしたれいんは呟いた。

 昨日、寝る前には一本道の先に曲がり角があったはずが、今は少し開けた場所に居り、別れ道が6つもあった。

「う……ん……」

「!!」

「……あれ?なんで私……」

 漸く起きたべりぃは辺りを見渡して言った。

「……皆は?」

「先に行ったキリアとミントを捜しに、ローラと光太郎が行ったきり帰って来ない」

「……え!?まさか迷ったとか?」

「分からない。だが、俺達も迷ったも同然の状況だ……」

「……あ」

 もう一度見渡したべりぃは、やっと以前とは違う場所に居ることに気付いた。

「あれ?もしかして、私が気を失っている間に進んだの?」

「いや、全く動いていない。陽が落ちて暗くなったから、仕方なく此処で一夜を明かしたら知らない場所に居た」

「ええ!?どういう事!?」

 少し考えたれいんは口を開いた。

「もしかしたら、この迷路は壁が勝手に動くのかもしれない……」

「……え?」

「この試練を管理してるのは冥王のハデスだろう。ハデスも一応神だ」

「んー……まあ、確かに神様ならこれくらいやっちゃえそうだけど……」

 妙な沈黙が続く。

「……とにかく!進もう!ミントにはキリアが付いてるし、ローラには光太郎が付いてるから、皆は皆で何とかすると思うし。だから、私達も進もうよ」

 べりぃがそう言うと2人は立ち上がり、一歩踏み出した。

 が、直ぐに止まった。

「でさ、どの道に進む?」

「…………」



 4人を置いて様子を見に行っていたキリアとミントが振り返ると既に来た道がなく、前に進むしかなかった。

「皆さん、大丈夫でしょうか……」

 ミントが心配そうに言う。

「多分大丈夫でしょう。あの子達、見た目ほど幼くないしね」

 その言葉にミントはハッとした。

「やっぱり、子供なのは私だけ……。べりぃさんも20歳過ぎているって……」

 肩を落としてキリアの後に付いて来るミントに、キリアは優しく声を掛ける。

「年齢なんて関係ないわよ。20歳過ぎても幼い人が居るように、11歳でも大人っぽい人もいるわ」

「でも……」

 ミントが何かを言いたそうにしていたが、中々言いだせないようだ。そんなミントをキリアは優しい眼差しで見つめ、口を開いてくれるまで待った。

「……どうしたらキリアさんのようになれますか?」

「え?」

 予想外のことを訊かれたキリアは驚いた。

「キリアさんのように女性らしい素敵な人になりたいんです。既に死んでいるから、そう言うのも可笑しな話ですけど……」

 真剣に訴えるミントにキリアは微笑み、言った。

「ミントも十分素敵よ。女の子は皆可愛くて、美しくて、素敵なもの。逆に、私はミントが羨ましいわ。私には“若さ”ってものはないから。それに、恋をしている人は尚更魅力的に見えるものよ」

 その言葉にミントは頬を紅く染めて俯いた。

「わ、私は……別に……」

「詮索はしないけれど、好きなら好きでいいんじゃないかしら。死んでいようがいまいが、素敵になりたいって思うことは悪くないと思うわよ。それが誰かの為なら尚更。その気持ちって、とても大切よ」

「……は、はい……」

 ミントは俯いたままキリアの後に続く。そんなミントをキリアは微笑んで見つめる。その姿はまるで親子のようだった。

「……え?」

 無意識に漏れたキリアの声にミントは漸く顔を上げ、2人は立ち止った。

 2人の進む先には白く光るものが浮いていた。

「何でしょうか……?」

 キリアとミントは互いに見合い、発光体向かって歩き出した。



「だーかーら、何で怒ってんだよ?」

 勝手にどんどん進むローラに光太郎は訊いた。

「だから、怒ってないって言ってるでしょ!!」

「じゃあ何でそんなにトゲトゲしいんだよ」

「それは……あんたがしつこく訊いてくるから!!」

「いや、最初っからトゲトゲしかった」

 遂にローラは光太郎の相手をしなくなった。

 会話がなくなった2人はただ無言で先に進む。陽は落ち始め、視界が徐々に闇色へと染まっていく。

「なあ、今夜は休もうぜ」

 光太郎が話し掛けるが、ローラは聞く耳を持たず先に進む。

 暗闇の中、ローラの手の中には小さな炎が燃えている。このお陰で周囲が見え、暗闇の中でも動き回れるのだ。

 しかし、昨夜もこの状態で一切休んでいなかった。

「なあ、本当に休んだ方が……」

「うっさいわね!別に休まなくても平気よ!どうせもう死んでるんだから、これ以上死ぬわけないじゃない!」

 後ろを付いて来る光太郎を見る事なく言い放つ。

「でも……」

 ローラは気丈に振る舞っていたが、確実に昨夜よりも炎の威力が弱まっており、疲弊しているのは明らかだ。

「なんか……お前、さっきから震えてっぞ?」

「う、うるさい!!大丈夫って言ってんでしょ!!もう黙っててよ!!気が散るでしょ!!」

 一際大きく怒鳴った。

 ふらぁ

「お、おい!!」

 ローラは遂に倒れ込み、光太郎が背後から支えた。

「急に大きな声出すから……っ!!」

 光太郎はローラに触れて漸く気付いた。

(こいつ……この震え、尋常じゃねぇ……)

 尋常じゃない震えの中でも、ローラは炎を出そうとしていた。

 ぼしゅ

 ぼしゅ

 しかし、オイル切れのライターのように点いてくれない。然う斯うしているうちに、ローラの震えは増していく。

「お、おい……本当に休んだ方が……」

 光太郎はローラを心配して言うが、

「大丈夫って言ってんでしょ!!」

 と、身体の震えとは裏腹な言葉を放つ。

(お願い……点いてよ……っ!)

 不安と恐怖からローラの瞳から涙が溢れ出ていた。

「お前……泣いて……?」

「泣いてない!!」

 否定はしたものの、涙声で説得力は全くない。

(お願い……お願いだから……)

 ぼしゅ

 ぼしゅ

 ぼしゅ

(何で……点いてくれないの……)

 ぼしゅ

 ぼしゅ

 ぼしゅ

 ローラは気付いていたが、認めたくなかった。魔法の使い過ぎで炎を出せる程魔力が残っていないことに。

 暗闇で震えが増す中、脂汗まで滲み出てきた。

「お前、もしかして暗いのダメなのか?」

「違う……」

 もう自我が崩壊しそうなほど、恐怖に蝕まれていた。

 そんなローラの姿を暗闇の中で想像した光太郎は1つ溜息を漏らし、

 ぎゅっ

「っ!?」

 ローラを後ろから包み込むように抱きしめた。

「大丈夫だ。何も怖いことなんてねーよ」

 耳の直ぐ傍で声が発せられる。

「こーしてれば俺が近くに居るの、分かるだろ?」

「光太郎……ひっく……」

 光太郎の腕の中は温かく、規則正しい鼓動が聞こえる。それは正しく、心が落ち着く優しい音。

「光太郎……」

 ぎゅっ

 その音を聞いていると何故か不安を感じなくて放したくないと思った。それでもまだ、ローラの身体は微かに震えている。

「なあ、お前に良いことを教えてやる」

 そう言うと、光太郎は子供を寝かしつける父親のように語り出した。

「俺の名前、何て言うか知ってるか?」

「……は?『光太郎』でしょ?あんた、馬鹿を通り越して遂に認知症にでもなったわけ?」

「お前……これから俺が良いことを言ってやろうって時に……」

 雰囲気をぶち壊すローラの発言にキレそうになったが、未だに微かに震えるローラに免じて話を続けた。

「じゃあ、どういう意味が含まれてるか分かるか?」

「意味?名前の意味って……親から引き継いだとかじゃなくて?」

「確かにそーゆーのもあんのかもしんないけど、そーじゃなくて……。『こうたろう』の『こう』は“光”って意味なんだよ。だから、俺は皆の“光”になるし、勿論ローラの“光”にも。目に見る“光”はないかもしれないけど……ほら、瞳閉じてみろ」

 ローラは言われた通り、素直に瞳を閉じた。

 視界は先程と変わらず暗いままだが、背中から伝わる温もりや鼓動が一際大きく感じられる気がした。

「“俺”と言う“光”は直ぐ近くにある。だから、今はこのまま眠れ」

 まるで呪文でも唱えられたかのように、ローラはそのまま深い眠りに就いた。



「う……ん……ん?」

 夜明けの眩しさにローラは目が覚めた。

「……っ!!!!」

 目の前には光太郎の寝顔があり、何故か光太郎の服を強く握り締めていた。

「い……っやあ!!」

 恥ずかしさのあまり、ローラは光太郎を突き飛ばし自分もその場から数メートル離れた。

(わわわ私、何やってんの!!?)

 ゴンッ

「ぐはっ」

 突き飛ばされた光太郎は壁に顔面強打した。

「いってぇーな……。何すんだよ」

 鼻を擦りながら振返る。

「そそそそれは、私のセリフ!!!」

 光太郎を避ける様に壁に張り付いて叫ぶ。そんなローラを見て光太郎は呟く。

「何だよ……昨日は大人しかったのに」

「なっ!!!」

 昨夜の出来事を思い出し、ローラは尚更顔を紅くする。そんな姿を見るのが楽しいのか、光太郎は悪乗りする。

「あ!もしかして、俺に惚れた?で、あのまま襲って欲しかったとか思っちゃったとか?」

「なっ!!?何、馬鹿なこと言ってんのよ!!そんなわけないでしょ!!」

「そう照れるなって。俺ってイイ男だから惚れられても可笑しくないんだから」

 笑いながら言う光太郎に対し、ローラは俯き耳まで真っ赤に染めて震えていた。

「まあ、ローラが俺のことを好きで好きで仕方ないってんなら俺も考えてやるけどな」

「…………ぶっ殺す!!」

「え?」

 ローラは光太郎に向けて火の玉を放った。

「ちょ!!や、やめろ!!冗談だって!!」

「これだから軽い男は嫌いなのよ!!」

 尚も放ち続ける。

「うわ!!マジで死ぬって!!」

 必死に避けつつ叫ぶ光太郎に対し、ローラも叫ぶ。

「もう!!だから、私達既に死んでんのよ!!これだから馬鹿な男は……って、あれ?」

 火の玉を放つのを止めてローラは己の掌を見つめる。

「魔力が……」

 昨夜は全く出なかった力が一晩眠って回復したようだ。

「ん?どーした?」

 いつの間にか光太郎もローラの隣りで同様にローラの掌を見つめていた。

「っ!!!」

 また恥ずかしさのあまり、火の玉を放とうと両手を光太郎に向けた瞬間、

「うわっ!!マジ止めろって!!この距離じゃマジで笑いごとじゃ済まねぇから!!」

 と数メートル後退る。その姿は攻撃する気が失せる程に滑稽で、ローラは笑いながら両手を下げた。

「もう、分かったわよ。それより行きましょ。ゴールを探さなきゃ」

「お、おう……」

 ローラは歩き出し、その後を恐る恐る光太郎が付いて来る。が、ローラは急に止まり、光太郎の後ろに回った。

「ローラ?」

 その行動を不審に思った光太郎はローラを目で追うが、

「早く行きなさいよ」

 と、背中を押された。

「お、おう……?」

 前を歩けと言いたいらしい。

 ぎゅっ

 何か引っ張られる感じがして光太郎は後方をチラリと見る。すると、ローラが自分の服を小さく掴んでいるのが見えた。

「ローラ?」

「前、見て歩いて」

「ん?うん……?」

 どうしてローラが後ろで自分の服を掴んでいるのか分からず考えていると、

「……ありがと……」

 後ろから微かに声が聞こえた。

「え?」

 思わず様子を窺ってしまった。

 ローラは俯いていたが耳まで真っ赤な辺りどんな表情をしているのか想像出来た。

 この妙な雰囲気に流石に光太郎も恥ずかしくなり、前を向いて小さく呟いた。

「お、おう……」

 そのままの状態で数歩進むと、今度は光太郎が急に止まった。

 ドンッ

「ちょっと、急に止まらないでよ!」

 俯いていたローラは光太郎が止まったことに気付かず、そのまま光太郎の背中にぶつかってしまっていた。

「何だ?あれ」

 光太郎が何かを指していた。その先をローラも追って見た。

「何?」

 そこには白く光るものが浮いていた。

 2人は互いに頷き、光に近付いてみた。すると、白い光は大きくなり2人を包み込んだ。

 暫くすると光は収まり、聞き覚えのある声がした。

「ローラさん!光太郎さん!」

 ミントだ。その後ろにキリアも居る。

「え?何?どうして……」

 辺りを見渡すと、そこは8つの扉がある白い部屋だった。

「戻って……来たってこと?」

 ローラと光太郎は今の状況を理解しきれず、キリアとミントに訊いた。

「白く光るものを見つけませんでしたか?」

 ミントがまず口を開き、キリアが続ける。

「それに近付いたら光に包まれて、目を開けたら此処に居て……。おそらく、これが“ゴール”ってことなんだと思うのだけど……」

 キリアが試練へと続く扉に目を移すと、3人も順に扉を見つめた。

「あとはべりぃとれいんだけ……」



「あーあ。心が通っちゃった。喧嘩する程、仲が良いってやつか?」

 ミノスが言うと、ラダマンテュスは、

「僕はあの2人、何だかんだで仲良いと思ってたよ。それよりもこっちの……べりぃとれいんの方が問題だと思う。ほら、同じ世界出身で、白い翼と黒い翼だから……」

 ミノスとラダマンテュスがべりぃとれいんの映っているモニターを見つめていると、アイアコスが珍しく口を挿んだ。

「いや、一番問題なのはコイツだ」

 モニターに映る人影の中から1人を指した。

「一見問題なさそうだが……一度破裂したら抑えが利かなくなるだろうな」

 アイアコスの言葉にラダマンテュスが答える。

「確かにそうかもしれないけど、このまま行けば破裂しないと思うんだけどなぁ……」

 心配そうにその人物を見つめていると、アイアコスが追い打ちを掛けるように言う。

「そうだと良いんだがな……」

 珍しく憎まれ口をたたくアイアコスにラダマンテュスは違和感を感じた。

(そろそろ限界なのかな……)

 モニターを見つめるアイアコスを、ラダマンテュスはこっそり窺っていた。

 アイアコスの表情は普段と変わらないが、心労は相当溜まっているはず。

(あともう少しだ。僕も頑張らなきゃ)

 ラダマンテュスは再び視線をモニターへ移した。



「ねぇ、なんで私の後ろを歩くの?」

 3日目の朝、ずっと後ろについて歩くれいんに、べりいは漸く疑問に思っていたことを切り出した。

「別に……」

 通路は2人が横に並んで歩いても余裕があるくらいの幅がある。それでもれいんはべりぃの隣りに来ようとはせず、一定の距離を保って後ろを歩いていた。

「もしかして私のこと嫌い?」

「…………別に」

 少し間を置いて答えたれいんに意地悪でもするかのように近付いて手を握る。

「!!?は、放せ!!」

 れいんはべりぃの手から放れようと腕を引いたが、べりぃは強く握って放さない。

「やっぱり嫌いなんだ?」

「……っ!!」

 べりぃがれいんの顔を覗き込んできた。そんなべりぃにれいんは漸く観念し、口を開く。

「嫌いだ。その白い翼を見るとイライラする。白い翼は黒い翼を忌み嫌い、差別し、虐げる」

「私はれいんのこと、嫌ってないよ?それでも?」

「ああ。白い翼は嫌いだ」

 その言葉にべりぃは頭にきた。

「翼じゃなくて“私”を見てよ!!」

「!?」

「彼は黒い翼だったけど、私のこと大切な“友達”だって言ってくれた!!黒とか白とか関係ないって!!私だってそう思ってるからただ仲良くなりたいだけなのに、差別しているのはれいんの方じゃない!!れいんがそんなんじゃ“差別”は無くならない!!そんなんじゃ……」

 大声を上げて行くうちに、べりぃは落ち着きを取り戻し我に返る。

「ごめん……怒鳴って……」

 べりぃは謝ったが、れいんは黙ったまま動かない。怒ってしまったのだと、べりぃが不安に思っていると、れいんは漸く小さく呟いた。

「……お前を見てると親父を思い出す」

「え?」

「俺の親父も白い翼で、お前と同じで『白とか黒とか関係ない』って言ってた……。けど、俺はアイツが嫌いだ。いっそあの時殺してくれれば……」

 れいんはべりぃが心配そうに自分を見つめていることに気付くと、一拍間を置き、話を締める。

「とにかく、親父も白い翼も嫌いだ」

「じゃあさ、もし、私が黒い翼だったら?そしたら……?」

「…………」

 れいんは黙ったまま答えない。

「ふふ。良かった」

「は?」

「否定はしないみたいだから、少しは希望持っていいのかな」

 そう言って、べりぃは歩き出した。

 そんなべりぃにれいんは声を掛け、歩みを止めさせた。

「お前、何でそこまでして……」

「え?だって、れいんはお友達で仲間だもん。きっと、れいんもそう思ってると思うよ」

「俺は……」

「だって!」

 れいんが否定する前に、べりぃは言葉で遮った。

「壁を越えようとして失敗した時、私を助けてくれた。本当に嫌ってたら、そのまま放っておくでしょ?」

 笑顔のべりぃにれいんは目を逸らす。

「ハッキリと憶えてる訳じゃないけど……」

 べりぃはれいんに近付き、鼻を利かせる。

「この匂い。遠のく意識の中で感じた匂いだもん」

「っ!!?」

 その不可解なべりぃの行動にれいんは目を見開き、べりぃから離れる。

「?」

 しかし、べりぃはまたれいんに近付く。

「!!」

 そして、れいんは離れる。

「?」

 それを何度も繰り返す。

「!!」

 数回繰り返すと、べりぃが声を発した。

「なんで逃げるの!?」

「だ、だから!!お前が嫌いだからつってんだろ!!」

 れいんは柄にもなく大声を上げてしまった。

「さっきの、手を振り払おうとした時と何か違うんだけど……?」

「うっ……」

 一瞬間を置いて、べりぃは切り出した。

「まあ、いっか。とにかく、あの時はありがとう」

 べりぃの満面の笑みが眩しいのか、れいんは俯いてしまった。

「?」

 そんなれいんを疑問に思いつつも、べりぃはれいんの手を掴んで歩き出す。

「なっ?!何だよ!!」

 れいんは思わず手を引っ込めった。今度はすんなり手が放れた。

「え?だって、下向いて歩くと危ないから……手を引いて行ってあげようって思って」

「はあ?!」

 マイペースというより天然なべりぃに動揺しっぱなしのれいんだった。

「えへ?」

「っ!!」

 べりぃに微笑みを向けられ、れいんは自分の白い肌が紅くなるのを感じた。

「ねぇ、顔赤いけど……大丈夫?」

 れいんは咄嗟に後ろを向いたが、べりぃはしつこく回り込み、れいんの額に手を当てる。

「っ!!!」

「んー。ちょっと熱いけど、熱って程でもないかな?少し休む?」

 上目使いで見つめられている状況に耐えられなくなったれいんは、額に当てられているべりぃの手を掴み、自ら歩みを進める。

「うわっ……あ、ちょ、待っ!!」

 べりぃはいきなりの行動に躓きそうになったが、なんとか堪えた。そして、妙な笑みが零れる。

(えへへ。お友達だぁ)

 そう思っていたのも束の間、れいんは止まり前方を見つめていた。べりぃもその先を見た。

「何だろう?あれ」

「分からない」

 2人の前には白く発光するものが浮いていた。

「でも、何だか温かい感じがするよ?」

 べりぃの言葉にれいんは頷き、2人は発光体に向かって歩き出した。



「あれ?皆!?」

 べりぃとれいんは光の中から現れ、ローラと光太郎が戻って来た時と同様に現状を把握出来ずにいた。そんな2人の元へと4人は集まる。

「良かった。2人共戻って来れて」

 キリアの安堵による溜息を筆頭に、次々と声が発せられる。

「そろそろ72時間経つ頃だったんですよ」

「てか、血色良くなってねーか?」

「そう言われてみれば……少し赤みが増したかも?」

「なっ!?」

 光太郎とローラに顔を覗き込まれ、動揺するれいん。

「ああ、何か少し熱があるみたいなの」

「はあ?!おまっ!」

 マイペースに答えるべりぃに、れいんは更に動揺した。

「えー、どれどれー?」

 光太郎はれいんの額に手を当てた。

「うわっ!てめぇ、何すんだよ!!」

 れいんは光太郎の手を払い除けた。

「何って、熱を測ってやろうと思って――」

「野郎にそんなことされても、気色悪いんだよ!!」

「……てか、お前、キャラ違くね?」

「はあ?!」

「きっと“知り合い”から“お友達”にランクアップして、自分の殻から抜け出れたからだよ」

「お前も何言って……」

 笑顔で理解に苦しむことを言うべりぃに、光太郎も流石に怪訝な表情を浮かべた。

 6人が騒いでいると、いつの間にか審判員3人が部屋に居た。そして自分たちの存在を知らせるかのようにアイアコスは咳払いをした。

「この試練も合格だ。では、次の試練に――」

「ちょっと待って!!」

 アイアコスが次の試練への扉に向かおうとした時、キリアが止めた。

「今までの試練もそうだったけど……一体、貴方達は私達に何をやらせたいのですか!?」

 他の5人も心の何処かで思っていた疑問をキリアが切り出した事により、その場はアイアコスに視線が集中した。しかし、アイアコスは何も答えず扉に向かう。そんなアイアコスを見て、ラダマンテュスが代わりに答えた。

「6人の仲を深める為だよ」

「ラダマンテュス!!!」

「!!?」

 突然声を張り上げたアイアコスにその場の誰もが驚いた。

 ――それ以上言うな。

 ラダマンテュスをじっと見つめるアイアコスの瞳には、そんな意味を感じられた。

「ごめん……」

 小さくラダマンテュスが謝るとアイアコスは再び扉に向かった。

 そして、次の試練の扉は開け放たれた。

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