Ⅵ.Aphrodite

 そこは白い部屋で、先程まで居た白い部屋とそう変りない部屋だ。ただ、中央に六角形をした机があり、そこに座れと言わんばかりに椅子まで置いてある。

 6人はとりあえず椅子に腰掛け、それぞれ美しいと思うものを述べることにした。

「亀甲縛り!」

 光太郎が言うと、すぐさまローラが白い目で見る。

「な、なんだよ!ミントも綺麗って言ってたぞ!なあ?」

「え?!えーっと……綺麗とは言いましたけど……その……」

「個人的趣味の押し付けは止めなさいよ。ミント、困ってんでしょ」

「そう言うローラは何だと思ってんだよ」

 ローラは暫く悩み、答えた。

「私は“火”かな。ほら、キャンプファイアーとか……暖かいし」

「お前だって個人的な趣味じゃん」

「私は押し付けてないでしょ!」

 2人は睨み合い、言い争いが始まった。そんな2人を宥めるようにキリアが割って入った。

「美しさって人によって違うものでしょ。だから皆の意見も聞きましょう?そうね……べりぃは何だと思う?」

「私は……んー。なんて言うのかなぁ?温かいものなんだけど……」

 べりぃは腕を組み、瞳を閉じたまま考え込んだ。

「じゃ、じゃあ、れいんは?」

「俺は……」

 一拍間を置き、続けた。

「美しいものなんて見た目だけ。所詮、中身はドス黒いものばかりだ」

 その言葉に誰もが心の中で納得し、何も言い返せなかった。



「あ~あ。黙っちゃった」

 監視しているミノスが呟く。

 モニターには黙り込んでいる6人が映っており、一向に話し出す気配がない。

「意見を出し合ってくんないと先に進まないのになぁ」

 溜息を漏らしつつ、ミノスの視線はモニターの中の2人に集中した。

「このチームはこの2人がどれだけ言い争ってくれるかによるよな」

「…………」

 ミノスはアイアコスに話し掛けたつもりだったが、アイアコスは何事もなかったかのようにモニターを見つめ続ける。

「もう、なんだよ。つまんねぇなぁ」

『あ、あの……』

「お?」

 モニターの中でミントが恐る恐る声を発していた。

「私は“気持ち”だと思います。れいんさんが言うように見た目だけかもしれません。それでも、中には美しいものもあると思うんです。私はそう信じたい……」

「ソレだ!!」

 ミントの言葉にべりぃが賛同する。

「きっと私が言いたかったのはソレだよ!ほら、皆だって純粋に誰かを想った事あるでしょ?」

「まあ……確かに……」

 ローラが呟くように言い、他の3人も少し共感し始めていた。

「人によって想いの矛先は友達だったり、恋人だったり、家族だったり、色々だと思うのですが、どれも“相手を想う”って事には変わりないと思うんです」

「確かにそうね。私も誰かを純粋に思っていた時は美しかったと思うわ。……今なら分かる」

 キリアの言葉に皆が頷く。

 れいんも唯一愛していた存在が居たことを思い出していた。

「確かにそうかもしれない……」

 6人がそれぞれ想っていた相手を思い浮かべていると、べりぃが呟いた。

「にしても、よく思いついたよね。まるで今、現在進行形で想っている人がいるみたい」

「ひぇ?!!」

 べりぃの言葉にミントは顔を真っ赤にした。

「え?何何?好きな人、居るの?!」

 真っ先に反応したのはローラだ。

「ち、違っ……」

「嘘ついてもバレバレ!その顔で否定されても説得力ないから!で、誰?まさかコイツとかじゃないよね?」

 光太郎を指して言う。

「違います!!」

「は、はっきり言うのね……。まあ、いいわ。で、どんな人なの?同い年?年上?まさか、年下とか?あ、幼馴染とか?いいなぁ~」

「ぇえっ?!!」

 その後もガールズトークと言う名のローラの尋問は続いた。

 その光景を面白そうに眺め時々言葉を挿むべりぃと、始終温かな笑顔で眺めるキリア。話についていけない男2人は完璧蚊帳の外だった。



 白い部屋に戻ってきた6人はアイアコスに結論を話した。


 ――誰かを想う気持ち――


 それを聞いて、一瞬アイアコスが止まった気がした。

「……まあ、いいだろう」

 6人は安堵の溜息を漏らす。

「俺は反対だ!!!」

 アイアコスの判断にミノスは反論した。

「確かに“誰かを想う気持ち”は美しいかもしれない。けど、この世で最も美しいものと言ったら、俺だろ!!」

 その言葉に場の空気が凍りついた。

(……え?)

(これは……その……)

(……この人、もしかして)

(…………)

(えーっと……)

(……ナルシー)

 6人はそれぞれ心の中でそう思っていた。

「に、兄さん!!」

「何だよ」

 ラダマンテュスは目で何かを訴えたが、ミノスには通じなかった。

「兄さんの事はいいから続けて」

 そうアイアコスに言うと、ラダマンテュスはミノスを連れて部屋から消えた。

 残されたアイアコスは咳払いを一つし、話を戻した。

「では、次の試練に進む」

 アイアコスは歩き出し、6人も後に続く。

「あの人の想いの矛先って、自分だったんだね」

 べりぃのその言葉にミントは苦笑いし、光太郎が後ろから割って入って来た。

「アイツ、ナルシーだな」

 アイアコスはそんなやり取りを気にする事なく次の試練の扉の前に立った。

「期限は72時間。ゴールを目指せ」

 そう言うと同時に扉は開かれた。



 6人が扉の中へと入った事を確認したアイアコスはその部屋を後にした。

 向かった先は己の部屋。

 いつもならモニターのある監視部屋へと向かうが、少し気分が悪くなり自室のベットへと倒れこむ。

 別に熱があるわけではない。ただ、6人が出した答えがアイアコスの心を締め付ける。


 ――誰かを想う気持ち――


 アイアコスには嫌というほど、その気持ちが分かる。だが、果たしてそれが本当に良いものなのか分からなかった。

「冥界に残るということは輪廻転生の流れから外れること……」

 自分はハデスに仕える事に誇りを持っている。だから輪廻転生の流れから外れ、ミノスやラダマンテュスと共に冥界にいるが、彼女は本当にそれで良かったのか……。

 アイアコスは少し前に起きた事を振り返っていた。

「……あと少しで裁き終わる。それまでもう少しの辛抱だ」

 大きく深呼吸をし、起き上がった。仕事に戻るために。

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