Ⅳ.Poseidon

 中に入ると、第一の試練を受ける為に入った空間と全く同じ空間だった。

 次々と6人が入る中、一番後に入ったキリアは直ぐさま振り向き扉を見つめた。

「!!!……そう……なるほどね」

 扉はミノスの手から剣が光の粒となって消えたのと同じように、角から徐々に光の粒となって消えていた。

 キリアが今は無き扉を見つめていると、前回と同様にアイアコスの声が何処からともなく響き渡る。

「第二の試練。飲み水を汲んで来い」

「み、水?」

 予想外の試練を言い渡され、6人を代表するかのように光太郎が声を上げた。

 しかし、アイアコスはそれを無視して続ける。

「期限は72時間」

 その言葉を合図に辺りは光り出した。



 光が収まり目を開けると、先程とは別の光が目に入る。

 ザザーザザー

 視覚のみならず、聴覚まで刺激される。

「ひゃあ!」

 床が揺れて、ミントは思わず倒れた。

「大丈夫?」

「あ。はい」

 キリアは立ち上がろうとするミントを支え手伝う。

「船……」

 べりぃが呟きながら夢遊病者の様にゆらゆらと歩き出し、仕舞いには駈け出した。

「海だぁ!!」

 べりぃは1人、甲板で喜び飛び跳ねる。

「海?……え……船……ですね」

 べりぃの騒ぐ姿を見て、ミントは辺りを見渡した。

 そこには青い空と青い海が何処までも続くばかりで島などは全く見えない場所だった。そして6人は船に乗っており、目の前にはドラム缶が1つ置いてある。

「これに水を入れろってこと?」

 ドラム缶に近付き、眺めながらローラは言う。

「おそらく、そう言うことだと思うのだけど……」

 キリアは答えたが、辺りの海を険しい顔で見つめ考え込んだ。それを見たれいんも辺りを見渡し、口を開く。

「島がない」

「そう。島がないのよ」

「それって……何か問題でもあんのか?」

 光太郎はれいんとキリアが意気投合している意味が分からず訊ねた。

「海の水じゃ飲めないでしょ?飲み水を探すなら川を探さなきゃいけないのよ……」

 キリアが答える。

「そっか。島がなければ川もないって事!」

 勘付いたローラが続けた。

「そう言う事」

「じゃあ、探せばいいじゃん」

 軽く言う光太郎に、ローラは言う。

「そんな簡単に見つかるものじゃないでしょ!」

 その言葉にキリアは少し考え込み、呟く。

「……そうね」

「え?」

「光太郎の言う通り、島を探すしかなさそうね」

 キリアの言葉にローラは意見する。

「確かに探すしかないかもしんないけど、探すったって……。方角すら分かんないし……ただ闇雲に動いてもその先にあるか分かんないし……」

「北は……あっち!」

 数秒前まで飛び跳ねていたべりぃが自信満々に北らしい方を指す。5人はその方向に顔を向けた。

 暫くの静寂を破ってローラがべりぃに訊く。

「なんで分かんの?」

「ん?ああ。コレ、アンテナなの」

 べりぃは自分の頭にある2本のアホ毛を指して言った。そんなべりぃに対し、5人は困り果てて動きが止まってしまった。その状況にローラが代表して訊く。

「えーっと……触角ってこと?」

「ふふふ。冗談だよ」

 皆の動きが止まったことに笑いながらべりぃは続けた。

「方角によって磁力の流れって違うでしょ?コレがアンテナって言うのは冗談なんだけど、私ね、電波とか磁力とか感じ取る力があるの。だから、流れる方向が判れば方角も判るの。まあ、私が住んでいた世界と同じ原理だったらの話だけど」

「……人間コンパスじゃん」

 べりぃの言葉に光太郎は呟いた。



 6人は交代で舵を取り、先に進んだ。舵を取らない間はそれぞれ思い思いに過ごしていた。何しろ、6人は船の知識に乏しく、何をすれば良いのか判らなかったから。



 時は流れ、残り10時間程しかない。

 6人は焦り始め、苛立ちを隠せないでいた。そんな中、キリアがべりぃに話し掛けた。

「島、無いのでは?」

「え?」

 べりぃは言葉の意味が解らず、訊き返した。

「島にも磁気ってあるものなのでしょう?」

 べりぃはその言葉で意味を理解した。少し悩んだがキリアにだけは言っておこうと、重い口を開いた。

「……うん。実は……ここ、前にも通ったの」

「え?!!」

 キリアは予想外の返答に驚いた。ただ単に、この延長線上には無いだけだと思っていたから。

「少し前に、初めてここに来た時と同じ磁力の流れの地点があったから……。結構小さい球体みたい」

 べりぃは苦笑いで告げた。そんなべりぃを見てキリアは意見する。

「球体なら、ずっと真っ直ぐに進めばいずれ一周してしまうけど……こんな二晩くらいで……」

 しかし、ここが何処だか判らない以上、何も言えなかった。

「たぶん、何処を探しても島なんて無いと思う。一周回って……微かにすら感じなかったから」

 風に靡く髪がとても哀愁を漂わせていた。

 キリアは一度頷き、べりぃに向いていた視線を水平線の先へと移し呟く。

「こんなにも沢山の水があるのに飲めないなんて……」

 すると、今度はべりぃがキリアを見て言った。

「このことは皆に言わないで。エリシオンに行けないと知ったら……」

 俯き両手に力が籠る。

「大丈夫、言わないわ」

 微笑むキリアにべりぃも微笑み返した。すると、背後から声が掛かる。

「ねぇ、なんか雲行き怪しくない?」

 舵を取っているローラだ。

「なんか雨降りそうじゃね?」

 光太郎が言うと本当に降り出した。

「やだ!!本当に降り出したじゃん!!」

 空は見る見るうちに黒ずんだ。雨粒も大きくなり、勢いが増していく。

「風が酷くなる前に帆を畳むわよ!!」

 キリアが叫び、舵を取っているローラ以外の5人は急いで帆を畳みにかかった。

 畳み終わった5人はローラを連れて船室へ入る。

 雨は嵐に変わり、波も荒々しくなっていた。そんな時、キリアが閃いた。

「この雨、飲めるかしら……」

「え?!」

 光太郎は自分の耳を疑い、訊き返した。

「今、この雨を飲むとか言った?」

「ええ」

 その返答を聞いて、光太郎は首を左右に振り否定する。

「無理だって!!酸性雨とかだったら死ぬって!!」

「『死ぬ』って……私達、もう死んでるし」

 冷めた口調でローラは言った。

 そんな光太郎を見て、キリアはべりぃに一言謝り、告げた。

「べりぃ、ごめんなさい。さっきの約束破るけど……。酸性雨の心配は要らないと思うわ。このまま居ても島なんて見つからない。べりぃが島から発せられているはずの磁気を感じられないって言っていたから。島が無いってことは人間も存在しないと思うのよ」

「つまり……汚染物質を発生させる生物がいないってことですか?」

 ミントが訊く。

「そう言うこと。だから、おそらく酸性雨ではないと思うのよ」

 そう言うキリアに対して、光太郎は意地でも飲めないと反論する。

「でも、まだ100%飲んでも平気とは限らねぇじゃんか!!」

 そんな光太郎を見てローラが言う。

「あんた、普段どんだけ消毒された水飲んでんのよ」

 ローラは光太郎からキリアに視線を移し続けた。

「私は賛成。だって、島無いんでしょ?このままここで突っ立ってるだけじゃタルタロス行き決定じゃない。だったらこの雨に賭けてみた方が少なからずエリシオンに行けるかもしんないでしょ」

 そう言ってキリアとローラは甲板に飛び出した。その後をべりぃ、ミント、れいんも追う。船室には光太郎がただ1人残るだけだった。



「れいんは舵!!べりぃとミントは雨を溜める為の入れ物を探して来て!!ローラと私はこのドラム缶をマストに結び付けましょう!!」

 キリアが雨音に負けないように声を張り上げると、4人は頷きそれぞれの持ち場に着いた。

 キリアは近くにあったロープを引き寄せ、ローラに渡し2人で結んでいく。れいんが舵を押さえてくれたお陰で揺れは多少収まったが、まだかなり揺れていた。

「ダメ!!コレじゃ固定出来ないよ!!」

 ロープを3本使ってマストに結び付けたが、揺れが大きく徐々にロープが下がってきて外れてしまう。

 キリアは様々な結び方をしてみたが、どれも旨くいかない。

「気を付けろ!!前からデカイ波が!!」

 舵を押さえる為に踏ん張っているれいんが大声で叫ぶと、ローラとキリアは前方を見る。

 暗黒の雲を背に波がゴオゴオと音を立てて近付いてくる。それはもう、波と言うより壁の様だ。

「う……そ……」

 あまりにも高い波を見て怯んだローラは思わず呟き、そんなローラを見てキリアは慌てて叫んだ。

「何処かに掴まりなさい!!」

 その声を合図に波が船を飲み込んだ。

 船と共に海の中へ引きずり込まれ、四方八方に引っ張られる。キリアはマスト、れいんは舵にそれぞれしがみ付き必死に耐えた。

 数秒後、船は海の中から顔を出し、ようやく息が出来た。大きな波に飲み込まれたにも関わらず、船は何処も壊れていなかった。

「ローラは?!」

 キリアは目の前に居たはずのローラが居ないことに気付き辺りを見渡す。

「!!!」

 ローラは少し離れた所にうつ伏せで倒れていた。その手にはマストに繋がっているロープがしっかりと握られている。

「ゲホッゲホッ」

 咳き込みながらローラはゆっくりと身を起こす。キリアが安堵の溜息を吐くと、新たな恐怖が押し寄せてきた。

「!!危ない!!」

 キリアが何かに気付き叫ぶ。

「え?」

 ローラは顔を上げた。すると、ドラム缶がこちらに向かって来るのが見えた。少し距離があり、直ぐ様立ち上がり動けば躱せそうだ。

 ローラは立ち上がろうとしたが異変に気付く。

 ズキン

(痛!……足、ぶつけた?!)

 ローラは足の痛みに耐えられず動けなかった。その間にもドラム缶は加速しながら近付く。

(やだ!!どうしよう!!?)

 ローラは必死に足を引きづり、ドラム缶の当たらない位置に逃げた。しかし、船が揺れ、ドラム缶の進路が変わってまたもやローラに近付く。

「んっ!!」

 ローラは瞳を閉じて痛みに耐える覚悟を決めた。

 ぐいっ

「!?」

 ローラは一瞬、浮遊感に襲われた。

 その直後、背後でドラム缶が壁に当たる音が聞こえたが、ローラに当たった痛みはない。

「大丈夫か?」

 ローラはゆっくり瞳を開けた。そこには光太郎の顔がどアップであった。ローラは光太郎に抱えられていたのだ。

「……!!!ちょ、放してよ!!」

 ローラは自分の置かれている状況に顔を赤く染めた。そして、必死に腕を伸ばし光太郎との距離を開ける。

「痛っ!!」

 右足に重心が掛かった瞬間、ローラは激痛に耐え切れず声を上げていた。そして、思わず痛む部位に手を添える。

「足、怪我してんのか?」

 眉間にシワを寄せているローラを見て光太郎は言ったが、当の本人は強がる。

「大丈夫」

「無理すんなよ。ローラ、乗れ」

 そう言って、光太郎はローラに背を向ける。

「お、負んぶ?!!」

 ローラは尚更赤くなり、必死に拒否する。

「いいって!!それよりアレをマストに結び付けなきゃ」

 ドラム缶をキリアが転がしているのを見て言った。

「でも、怪我してんだろ?だったら船室で手当てしなきゃ……。歩けねぇんだろ?だから俺に――」

「本当にいいから!!時間がないのよ!!早く水を集めなきゃ!!」

 キリアが1人でドラム缶を押さえている姿を見て、光太郎は頷く。

「分かった。こっからは俺がやる。だから、怪我人はそこで大人しく待ってろよ!」

 そう言い残し、光太郎はキリアの元へ駈けた。



「その縄貸して!」

 キリアは大人しく光太郎に持っていたロープを渡す。慣れた手付きで光太郎はマストにドラム缶を結び付けた。

「これでいいのか?」

「ええ。あと、べりぃとミントが持ってくる物を……あ!」

 タイミング良く2人が戻ってきた。

「これでいい?」

 べりぃの腕には樽が抱えられ、ミントの手にはバケツが握られていた。

「ええ。他にはなかった?」

「樽がいくつか……でも、中に何かが入ってて……」

「中身を捨てれば使えるわ」

 キリアは頷き、光太郎を見た。

「光太郎。この樽も結び付けておいて!1人で出来るわよね?」

「ああ」

「私は2人と一緒に残りの樽を持ってくるわ」

 光太郎を残し、3人は船室へと走って行った。

 れいんは舵。光太郎は水受けを固定。べりぃ、ミント、キリアは水受け集め。それぞれ必死に行った。そんな5人の姿をただ見ていることしか出来ないローラはもどかしさを感じていた。



「……あ」

 れいんは空を見上げていた。

(そろそろ止むな……)

 雨は徐々に弱まってきた。



れいん以外の5人はやるべきことを済ませ、船室で待機していた。

「大丈夫ですか?」

 ミントはローラの足を不安そうな面持ちで見つめて言った。

 ローラの足首は紫色に腫れ上がり、痛々しかった。

「大丈夫。そりゃあ……ちょっと痛いけど」

「ちょっとじゃねぇだろ?」

「…………」

 光太郎の言葉にローラは黙り込み、しばらく間を置いて口を開いた。

「……ごめん」

「なんで謝るの?」

 べりぃが訊く。

「この試練がなんとかなっても、この足じゃ……次の試練、足、引っ張っちゃう……」

「…………」

 その言葉に4人は黙ってしまった。そんな重い雰囲気の中、外から声が掛かる。

「雨、止んだぞ!」

 いつの間にか外は光を取り戻し明るかった。

 べりぃとミントは思わず外に飛び出し、叫んだ。

「虹!!」

 キリアに手伝ってもらいながらローラも外に出た。その後に光太郎が続く。

「わぁ」

 思わず感嘆の言葉がローラの口から漏れる。

 そこには茜色の空をバックに虹が浮かび上がる幻想的な光景が広がっていた。

「今は……先のことより今のことを考えましょう?」

 キリアがローラに微笑み掛ける。

「私も先のことを考えたら……きっと、皆の足を引っ張っちゃうことになると思うから」

 そういってキリアは自分の掌を見る。キリアの右手には布が巻いてあり、血が染み出ていた。

「その手どうしたの?!」

「樽の蓋を割ろうと思って……近くに落ちていた物で叩き割ったら怪我をしてしまったの。ふふ。馬鹿みたいね」

「そんなこと――」

 ローラの言葉を遮ってキリアは話を続けた。

「本当はこれを使えば良かったのだけれど……」

 キリアは腰に携えている刀に触れて言う。

「……たぶん、壊れてしまうから……」

 キリアは海に浮かぶ虹の向こうを見つめ悲しそうな顔をした。

 ローラは自分と同じくキリアにも皆に言えない何かがあるのだろうと思った。

「これ、綺麗な結び方ですね」

 背後からミントの声が聞こえ、キリアとローラは振り向く。

 ドラム缶の周りにべりぃとミント、そして光太郎が集まっていた。

「亀甲縛りっていうんだよ。なんかそそられるものがあるだろ?」

 光太郎が答え、何やら語り出した。そんな光太郎にローラは後ろからど突く。

「変なこと吹き込んでんじゃないわよ!」

「なんだよ!この美しさの解る同志が居たんだから語ってるだけじゃねぇか!」

「これ、どうなっているんでしょうか……」

 ドラム缶に結び付けられているロープを辿りながらミントは呟いた。

「結び方教えてあげるよ」

 ドスッ

 すかさずローラの突きが光太郎の腹にクリーンヒットした。

「余計なことしなくていい!」

 苦しみながらも光太郎は弁解する。

「べ、別に……変なこと教えてる訳じゃ……ねぇだろ……」

「あんたの言い方が怪しいんだよ!」

「ああ?」

 ローラと光太郎の不穏な空気にミントが動揺し始めた。

「あああああの……」

「ふっ」

「え?」

 ローラを睨んでいたはずの光太郎が笑いだした。

「やっと戻った。誰も足手纏いとか思わねぇよ。な?」

 光太郎の言葉に4人は頷く。

「だからフツーにしてろ。そうやって絡んでくんないと、こっちの調子が狂っちまう」

 ローラは思わずキリアの胸を借りて泣いた。そんなローラを5人は温かく見守った。

「じゃあ……皆、樽やバケツに溜まった水をドラム缶に集めましょう」

 キリアの言葉に4人は動き出した。



 6人は八角形の白い部屋の中で固唾を呑んで審判員を見つめていた。審判員の3人は6人が集めた水を口に含み、頷き合った。

「合格だ」

 アイアコスが代表してそう告げた。

「やったぁ!良かったね!」

 べりぃは隣に居たミントの手を取り騒ぎ出した。それにつられてミントも笑顔になる。

「それじゃあ、次の試練に向けてその怪我治そうか」

 ラダマンテュスはローラとキリアに向かって言った。

「……え?」

 6人が意味を理解する間もなく、アイアコスは鍵を取り出しローラとキリアの首錠に向けた。力の解放と同様に光が放たれ、鍵穴へと吸い込まれる。

「あ」

 キリアの肩から腕を外したローラは自分の足だけで立つ事が出来ていた。左右に重心移動を繰り返して痛みが無いことを確かめている。

「痛くない!」

 ローラが喜んでいると、キリアは手に巻いていた布を外し始めた。

「治ってる……」

 掌にあったはずの傷は跡形も無く消えていた。その掌を覗き込んだべりぃは訊ねた。

「どうなってるの?」

 アイアコスに訊いたつもりだったが、ラダマンテュスが答えた。

「それはね。君達ってもう死んでいるわけでしょ?魂のみで器はもう無いんだよ。その躰は仮初めで、力の解放の時に与えられたもの。アイアコスが持っている鍵があればどうにでも出来るんだよ」

 6人の視線はアイアコスが持っている鍵に集中した。

「ラダマンテュス。余計なことは言うな」

 アイアコスはそう言うと、次の試練の扉へ向かった。

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