Ⅱ.Hera
ここは八角形をした白い部屋。壁にはそれぞれ扉が設けてある。
中央には一段高くなった小さな舞台のようなものがあり、そこにアイアコスは立ち、6人を見下ろしている。
「これから力の解放を行う。名前を呼ばれた者は前へ出ろ」
アイアコスは持っていた名簿に視線を落とす。
――記憶の解放。
力の解放と共に行うと言っていた。
『力の解放』と聞いてあまりピンと来なかったが、『記憶の解放』と聞いて、6人は身体を硬直させた。次の瞬間、更に身体を硬直させる者がいた。
アイアコスは名簿から目を離し、名を呼んだ。
「べりぃ」
ビクッ
べりぃは一番に呼ばれるとは思っていなかったせいもあり、どうしていいか分からず兎に角固まった。
それを見兼ねたアイアコスは声を掛ける。
「前に」
「え?あ、はい!」
べりぃは慌ててアイアコスの前に出た。
アイアコスはいつの間にか1つの鍵を持っていた。それをべりぃの首錠に向けると鍵の先端から光が放たれ、光は首錠の中心にある鍵穴へと吸い込まれていった。
ガチャリ
鍵が開く音がしたのと同時に、べりぃの身体は光り出し今まで塞き止められていた血が流れ出すような感覚に襲われた。
「うっ……くっ……あああー!!」
一瞬電流が身体を駆巡ったかと思うと、次には激痛が全身を襲う。
「あああああ!!!」
痛みに耐え切れず叫ぶべりぃを残りの5人は怯み見つめることしか出来なかった。
(な……に……これ……?)
べりぃの全身に走る激痛の中心――頭の中に何かが溢れ出る。
――白。
――黒。
――赤。
次々に映像が流れる。
(……あ)
大量に流れる映像の中で何度も映る男性がいた。
「りん……く……ん……」
誰にも聞こえない程小さく呟くと、べりぃの背中が特に光り出した。あまりにも強い光に残りの5人は目を瞑る。
光が徐々に収まっていくにつれて、次々に閉じていた目が開いていく。
「!?」
「な……に……?」
目を開けた先に居たべりぃは先程と比べて明らかに表面積が増えていた。
べりぃは振返り、自分の背後に何かがあることを確認した。
それはべりぃにとって当たり前のもので、今までそれなしでよく居られたなと思えるものだった。
べりぃが思わず安堵の笑顔を表すと、光は完全に収まった。それを見計らってアイアコスは「戻れ」と目配せし、次の名を呼んだ。
「キリア」
キリアはべりぃと入れ替わるようにアイアコスの前に立った。
元の位置に戻ったべりぃは光太郎に質問された。
「なあなあ。それ、何?」
光太郎が指したのはべりぃの背中にある白いものだ。
「ん?これ?翼だよ」
少し前まで激痛で叫んでいたのが嘘のようにケロっとしている。
「ふ~ん。てか、なんか叫んでたけど……力の解放って痛いの?」
「あ~……んー……」
べりぃは先程の痛みを思い出してみたが上手く言葉で説明出来そうにない。すると、隣りで話を聞いていたミントの顔がどんどん青褪めていった。
「そそそそんなに痛かったんですか?」
涙目で話しに入ってきた。
「あの時は……まあ痛かったけど、今は何ともなくて……う~ん」
やはり言葉で表現出来ない。こればっかりは実際に経験してみるのが一番分かり易いと思われる。
そんなことを話しているうちにキリアの力の解放は終わり、次の名を呼びあげる。
「光太郎」
「!!!……お、俺かよ……」
光太郎と入れ替わるようにしてキリアが戻ってきた。
べりぃと違って特に変わった所はなかったが、左手に何か長い棒の様な物を持っていた。
「?」
キリアは先程から自分の手を見つめているべりぃに気付いた。
「これ?これは刀よ。とても大切な刀なの。今まで忘れていたのが信じられないくらい、私にとってとても大切な物なの」
そう言って、力の解放によって取り戻した刀を愛しそうに眺める。
「あ、あの……」
ミントは申し訳なさそうにキリアに声を掛けた。
「なあに?」
記憶を取り戻したせいか、キリアの表情は数分前と比べものにならないくらい穏やかだ。
「あの……その……力の解放……」
恐縮して中々切り出せないでいるミントにべりぃは助け船を出した。
「解放する時の痛みについて話してて……」
「ああ、あの痛みね……」
「そうそれ。私じゃ上手く説明出来なくて……」
「そうねぇ……確かに説明するのは難しい感覚よね……」
キリアは一旦言葉を切り、また続けた。
「けれど、記憶を取り戻す代償としてはそれ相応と言えると思うわ」
その言葉に片や頷き、片や難しい顔をしていると、いつの間にかローラと入れ替わりに戻っていた光太郎が口を挿む。
「でもさ、記憶を消した……と言うか、抑えたのは奴らだろ?それなのに痛みを味わわなきゃいけねぇのって……割に合わなくね?」
「まあ……それもそうよね……」
キリアが相槌を打つと、光太郎はすぐさま話題を変えた。
「そんな事より、ソレ!何だよ!」
光太郎はべりぃの背中に付いている白いものを指すという、数分前と同じ光景が広がっていた。ただ、光太郎の動きが先程より大きい。
「え?だから翼だよ?」
「『翼だよ?』じゃ、ねぇーよ!」
べりぃの喋り方を真似る光太郎は相当気色悪かったが、本人は気付いていない。
「てか、天使かよ……」
「?」
べりぃには光太郎が騒いでいる理由が分からなかった。寧ろ、べりぃからしたら何故翼がないのかと逆に問いたい。しかし、光太郎が騒ぐのも無理ない状況だった。光太郎にとって翼の生えた人間というものはアニメや漫画等の架空世界でしか存在しないもの。第一、『人間』と呼べるものなのか。光太郎の頭の中はそんな疑問で一杯だった。
「……な、なんだろね……?」
べりぃは自分の世界に入ってしまった光太郎に苦笑いを浮かべ、キリアに視線を移した。キリアはべりぃと視線が合うと、口を開いた。
「私も、彼の気持ち……解らなくもないわ」
キリアの口から出てきたのはべりぃにとって意外な言葉だった。
「べりぃのように翼がある人間は……その……見たことがないから……」
「……そ、そうなの?」
べりぃにとって翼があるのは当たり前のことだが、2人にとっては翼がないのが当たり前のことだった。
「でも……まあ、そうよね」
キリアは何かに納得し、続けた。
「冥界は色々な世界と繋がっているって聞いたことがあるし……」
その言葉にべりぃが興味津々な瞳を向けていると、キリアとは別の声が聞こえた。
「私も聞いたこと……と言うか、私の世界じゃ当たり前のことよ?」
ローラだった。
いつの間にかローラも力の解放を終えており、今はミントが受けている。
「どんな世界でも、命あるものはいずれ死ぬ。死とは器から魂が離れること。その魂は所謂“冥界”という世界に集まり、そこで天国、若しくは地獄に行く。そういう教えがあったのよ。と言っても、実際に死んでみないと分からないことだから、ただの御伽話と捉えられていたけど」
そう言うと、ローラはべりぃの翼に視線を向けた。
「それにしても……綺麗ねぇ。ちょっと触っても平気?」
「え?うん。別に平気だけど……」
「マジで!?じゃ、遠慮なく~」
言葉の通り、ローラは無遠慮にベタベタと触り始めた。
「うっわー、本当に羽だよ!これ、マジで生えてんの?」
ローラは翼の付け根を見つめ、触ってみた。
「ひゃあっ!」
「!!」
いきなりのことで思わず漏れたべりぃの声に反応したのは光太郎だということは言うまでもない。
現実に戻って来た光太郎はイチャつくべりぃとローラをじっと見つめ、善からぬ妄想に浸り始めた。
そんな危険な視線に逸早く気付いたのはローラ。
「何やってんの……?」
ローラのジト目にも気付かず、妄想に浸り続ける。
然う斯うしているうちに、ミントも力と記憶の解放を終え、最後のれいんの番になっていた。
力の解放を終えたミントはアイアコスから数歩離れた所で黙ったまま突っ立っていた。それを不審に思ったべりぃはローラから離れ、ミントの元へと足を進める。
「……大丈夫?」
ミントの顔を覗き込んで声を掛けるが、何の反応も示さない。
「おーい」
今度は顔の前で絵を振ってみるが、やはり反応がない。
「ミーンートーー?」
「……え?は、はい?!」
漸く気付いたミントは周囲の視線を独り占めしていることに驚き、思わず一歩足を退いた。
「どっかにトリップしてたみたいだけど大丈夫?」
べりぃが心配そうに訊くと、ミントは慌てて返事する。
「だ、大丈夫です!」
「そう?」
あまりにも動揺しているミントの姿は、とても大丈夫そうではなかった。しかし、べりぃはあまり言及せず、代わりにミントの手を取り笑顔を向ける。
「!!」
べりぃのその行動にミントは一瞬誰か別の人物と被って見えた。
べりぃはミントから中央の舞台に視線を移すと如何やらもう終わる所らしく、れいんを包んでいた光は徐々に収まりつつあった。
べりぃにつられて他の4人も部屋の中央に視線を移す。全員の視線が一ヶ所に集まる頃には、れいんを包んでいた光が大分収まり、べりぃの時と同様に明らかに表面積が増えていた。
「やっぱり!」
光が完全に消えると、べりぃはミントの手を掴んでいることも忘れてそのままれいんの元へと駆け寄った。その結果、ミントは転びそうになりながら付いて行くことに。
れいんの元へ駆け寄ったべりぃは何やら語り出した。その様子を窺いつつ、4人の視線はれいんの背にあるものに集中した。そこにはべりぃと同様に翼が生えていた。ただ、こちらは漆黒だ。
「名前を聞いた瞬間感じたのはこれだったんだよ!『懐かしい』って!ああ、黒い翼かぁ。懐かしいなぁ」
笑顔で言うべりぃは視線を漆黒の翼へ移した。すると、それを避けるかの様にれいんは場所を移動した。
「あ……」
(色んな世界の人が
自分を避けるようなれいんの行動にべりぃが残念そうにしていると、アイアコスは話を進める為に声を掛けた。
「次に進めたいんだが」
「あ。どうぞ」
べりぃがそう言うと、アイアコスは1つ咳払いし、6人に向かって話しかけた。
「これで総ての力の解放が終った」
力の解放によって見た目が変わったのはべりぃとれいん。キリアは刀を返され、ミントとローラは何やら纏っているオーラが変わったような気もするが、見た目に変化はない。そして、光太郎に至っては全くもって変わった様子はない。
アイアコスは6人を一瞥して8つある扉のうちの1つへと歩みを進めた。6人はその姿を目で追っていたが、アイアコスが扉の前で振り向くと誰ともなくアイアコスの元へと寄って行った。
6人が近くに集まった事を確認するとアイアコスは再び口を開いた。
「それでは第一の試練に入る」
その言葉に緩んでいた空気が一気に引き締まる。
アイアコスはまたいつの間にか別の鍵を持っており、今度の鍵は先程より少々小振りだ。
アイアコスが鍵穴に鍵を向けると先程と同様に光が放たれ、鍵穴へと吸い込まれた。
キィィィィ
扉がゆっくりと開いていく。
中は真っ白で何もなく、ただ光があるだけだった。
「中へ」
アイアコスに促され6人は戸惑いながらも扉の中へと入って行った。
「何なの?この真っ白な空間」
ローラが口を開くと一番前を歩いていたべりぃは振り向き、目を見開いて叫んだ。
「あああ!!!」
5人はいきなり大声を上げたべりぃに驚き、自然と視線が一ヶ所に集まる。
「急に大声ださないでよ!」
ローラはべりぃに近付き言った。
「あああれ!!あれー!!!!」
べりぃは今入って来た扉の方を指して暴れた。その暴れようから5人も振り向くとそこには扉などなく、ただ真っ白な空間が広がっていた。
「私、まだ一歩しか踏み入れていないわよ?」
一番最後に足を踏み入れたキリアが言った。
しかし、まるで何メートルも歩いて来たかのように、何もない真っ白な空間が何処までも続いている。
6人が右往左往していると何処からか声が聞こえてきた。
「第一の試練。どのような形でもいい。剣を造れ」
アイアコスだ。
「道具や材料がなくてどうやって造れと言うの」
キリアは姿なき理不尽な声に対して冷静に問うた。
「それは心配するな」
カッ
「!!!」
そう言うと辺りが自分の姿すら見えなくなるほど光り出した。
暫くすると光は収まり、眩しさのあまり閉じていた瞳を開ける。
「!!?」
そこには先程の真っ白な空間ではなく、煉瓦で囲まれた一室だった。
「何だコレ……」
机の上に置かれている治具を眺め、手に取り光太郎は呟いていた。べりぃ、ミント、ローラも同様に何なのか分からず、手に取っていた。れいんとキリアは部屋の様子をただ窺うだけ。
そんな6人にアイアコスの冷たい声が言い放つ。
「期限は72時間。3日もあれば十分だろう。それまでに剣と言える物を造れ」
「はあ?何言ってんだよ!造れって……どーやんだよ!」
「…………」
光太郎は叫んだが、何の返事も返って来ない。
「シカトすんじゃねぇーよ!!」
光太郎の声が空しく響き渡った。
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