Ⅰ.Zeus
人は生を終えると冥界へ行く。
そこでは生前の所行が審議に掛けられ、俗に言う天国や地獄と言った類の場所へ送られる。
ここは冥界。
審判の時が来るまで、ただ待つことしか出来ない死者で溢れ返っていた。
「べりぃさん!待って下さい!」
「ほら、早く!」
彼女はべりぃ。栗色の長い髪を風に靡かせ走っている。その後ろを追っているのはミント。今にも空気に溶けてしまいそうな程、色素の薄い髪を靡かせ必死に追っている。
2人は数日前に出逢い、仲良くなった。その2人がなぜ走っているのかと言うと、死者を裁く審判員から大事な知らせがあるので至急、神殿前広場へ集まるようにと御布令があったのだ。
ドンッ
「あぁ!」
ミントは同じく走っていた体格の良い男に突き飛ばされた。しかし、地面に倒れることはなく何か温かいモノに支えられている。
「大丈夫か?」
後ろから声を掛けられ、人に支えられていることに気付いた。
「ご、ごめんなさい!」
ミントは慌てて自らの足で立った。
「いや、私なら大丈夫だ。君は……怪我していないようだな」
「あああ、お、お陰さまで」
ミントは深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べる。
漸く相手の顔を見る余裕が出来たのか、ミントは頭を上げた。そこに居たのは、とても綺麗な長髪の男性だった。その長髪は薄暗い冥界の光を反射させて銀色に輝いている。瞳は妖しい黄色で、目の下に少し隈があり疲れているようだが、それでもとても整った顔立ちをしている。
「ん?どうした?」
「あ!いえ、すみません」
ミントは何か温かいモノを感じたが、それが何なのかよく分からなかった。
「では、私はこれで」
そう言って男はそそくさと角を曲がって行った。
「…………」
ミントは自分の胸に手を当て、立ち尽くした。
「なんだろ、これ……」
分からない。分からないけど、何かがある。
そんな疑問で頭の中が一杯になり始めた時、
「……あ!」
ミントはべりぃと一緒に広場に向かっていたことを思い出し、再び駈け出した。
その頃、べりぃは既に広場に着いていた。
「あれ?」
ミントがいないことに漸く気付いたべりぃは周囲を軽く見渡すだけで、そこまで熱心に捜そうとはしなかった。
「まあ、いっか」
そのうちまた会えるだろうと思ったべりぃは審判員の登場を待つ。
こんなにも素っ気ないのには訳があった。彼女のみならず、ここに居る者には生きていた時の記憶がない。どうしてここに居るのかも分からず、気付いたらここに居たとしか言えない。唯一憶えている事は己の名だけ。だから友達と言うものが分かっておらず、特に気に留めることもなかった。
冥界の入口には河があり、その河を渡る間に
記憶がない死者は自分の審判の時をただ延々と待つだけで、べりぃとミントの様に一緒に居ると言う事はかなり稀なことだ。しかし、全く無い訳ではない。たまに強く惹かれあう者達もいる。そういう者達は輪廻転生の中で何度か出逢っている可能性が高い。
広場には既に死者で埋まり、広場の外にまで広がっていた。
暫くすると審判員と思われる3人組が神殿の中から現れた。彼らは壇上に上がり、拡声器を持った1人が一歩前に出る。
「これからお前達には6人1組のグループになってもらう」
彼の名前はアイアコス。緑色の髪に水色の瞳、頭に布を巻いているのが特徴。とても真面目そうな青年で、冥界の王ハデスの忠実なる部下だ。
「辺りを見渡してもらえば分かると思うが、ここには死者が溢れ返っている。今のスピードではとても審判が間に合わない。と言うことで、今までの“1人ずつ審査する”制度は廃止になり、これからは“グループで審査”することとなった。審査方法は簡単。7つの試練を与える。クリアすればエリシオンへ行ける。出来なければタルタロス行き。ただそれだけだ。そして、グループの作り方だが……」
アイアコスは後ろに居る2人に目配せした。
長身長髪でとにかく偉そうにしているのがミノス。アイアコスが仕切っている辺り、3人の中でアイアコスが一番権力を持っていそうだが、実際はミノスが一番の権力者だ。
もう1人はラダマンテュス。見た目は少年だが、これでも立派な成人だ。死者を裁くだけでなく、極楽浄土と言われているエリシオンや地獄であるタルタロスなどの管理も兼ねている実力者だ。普段はエリシオンの雰囲気に合わせて少年の姿をしているが、極稀にタルタロスに合わせて剛腕な青年の姿になる時もある。
3人が横一列に並ぶとアイアコスは話を続けた。
「籤を引いてもらい、書かれた番号の部屋に進んでもらう」
記憶がないせいか、死者達は文句を付けることなく籤を引いて行った。
そして、漸くべりぃの番になり引いた。
籤には見た事のない文字が長々と書かれていたが、頭に直接電気信号を送られる様な感覚で理解する事が出来た。
べりぃはラダマンテュスに「あちらへ」と促され進んでみると、壁になにやら紙が貼ってある。普通ならば、「こんな高そうな壁に直接テープで無造作に貼るとは何事だ」と思うところだが、特に何も思わず見てみる。
矢印と共に籤に書かれた文字と似たような文字が書かれている。これも先程と同様に理解できた。
矢印に従って進むとまた貼紙を見つけた。どうやら徐々に分散させていく仕組みのようだ。
何度か貼紙を見つけた後、べりぃは1つの部屋に辿り着いた。
中に入ってみると既に1人、女の人が部屋の中央にある小さな舞台の様な物に腰かけていた。その人は赤い髪に赤いスカートを履いており、とても赤が印象的な人だった。
彼女はべりぃが来たことに気付くと軽く会釈し、また何処か遠い所を見つめた。べりぃも軽く会釈すると、彼女に近付き声を掛けた。
「隣、座っていい?」
「ええ」
べりぃは彼女の隣に座ると部屋を見渡した。
何処も彼処も真っ白で、シミひとつない綺麗な部屋だ。部屋全体は八角形をしていて、それぞれの壁に扉が設けられている。そのうちの1つが今入って来た扉だ。
ふと、べりぃは何かを思い出し、隣に座っている赤毛の娘に声を掛けた。
「そう言えば、名前言ってなかったよね。私はべりぃ。よろしくね」
べりぃは笑顔で手を差し出した。
「私はローラよ」
ローラは差し出された手を眺め、ハッと気付いて握手した。
「どうも駄目ね。記憶がないせいか、どうすればいいのかイマイチ分からなくって……」
「うんうん」
女同士、妙に打ち解け始めた頃、また1人部屋にやって来た。
今度は染めすぎて傷んだ様な薄茶色の髪を無造作に散らした青年だ。
青年は部屋に入ると妙に馴れ馴れしく話し掛けてきた。
「お。君達がメンバーか。ラッキー!俺は
死者にも例外は居る。光太郎の様に首錠だけでは抑えられない特殊な個性を持った無駄にハイテンションな人も居るのだ。
「私はべりぃ。よろしくね」
べりぃはローラの時と同様に手を差し出し握手を求めた。
「私はローラよ」
「べりぃにローラか。いやいや、超ラッキーだ!」
何故、自分がこんなにハイテンションなのか光太郎自身も分かっていなかったが、とりあえず2人と握手した。
次に現れたのは黒髪が美しい大人な魅力に溢れた女性。その姿を見た光太郎は死者とは思えない積極性で話し掛けた。
「キレーなお姉さん!俺、光太郎!よろしく!」
「よ、よろしく……」
女性は光太郎の行動にたじろぎ困惑したが、当の光太郎は気にする事もなく続けた。
「もし良かったら名前とメアドを……」
「め、めあど?」
女性は聞き慣れない単語に疑問を抱いたが、それは省いて答えた。
「私はキリアよ」
とりあえず愛想笑いしてみた。その笑顔に騙された光太郎は更にテンションを上げて言う。
「なんだろ……楽しいって言うのかな?妙に気分が上がってる!えーっと……こう言うの何って言うんだっけ……?」
光太郎は暫く考えた。
「そうだ!ハーレム!ああ、やっと思い出した。カロンとか言うオヤジに何かされたのか、どーしても色んな事が分かんねぇんだよな……」
カロンとは冥界の入口にある河の渡し守だ。この人が首錠を付ける役割を担っている。
まるで生者の様に振る舞う光太郎にローラは呆れ、キリアは特に何も思わず見つめ、べりぃはとりあえず笑顔を送ってみた。
特に話す事もなく、光太郎がただ1人ハイテンションで話していると、また1人部屋に入って来た。
青い髪に丈の長い服を着た青年。光太郎と同い年くらいに見えるが、雰囲気は年上に感じられる。
「なんだよ。男かよ」
光太郎は露骨に嫌な顔をして呟いた。
「これから何をするのか知らねぇけど、折角なら女と組みたかったな」
そう言うと光太郎は「あっちに行ってろ」と言わんばかりに振り払う動作をする。
青年はそれに従うかの様に端の方へ行き、壁に寄り掛かった。
そんな青年にべりぃは釘付けになっていた。
(なんだろ……これ……?)
よく分からない感情がそこにある気がする。
べりぃは気付くと青年に話し掛けていた。
「ねえねえ、名前なんて言うの?私はべりぃ。よろしくね」
「れいんだ」
青年の名前を聞くと、よく分からない感情が更に膨らんだ。
(なんだろ、これ。なんか……んー……やっぱりよく分かんない……)
記憶があれば分かるのだろうかと思いつつ、とりあえずれいんにも笑顔を送った。どう接していいか分からない以上、愛想笑いして済ませるのが死者の典型的な行動の1つだった。
とりあえず5人揃ったものの、最後の1人が中々現れない。確かにあの死者の数からして、こんなにも早く次々と揃って行く方が不自然な気もする。そう考えると、暫くはやって来ないと思われる。死者なりにべりぃは考えていた。
あれから何時間経っただろうか。審判の時を待つ場所が変わっただけで、その他は特に変化していない。その結果、5人は時々話したりするものの、基本はバラバラに無言を保っていた。
「あーあ。残りあと1人……女の子がいいなぁ~」
光太郎が何やら喋り出した。
「これで男が来たら、合コンじゃん」
本当に死者なのか、そして本当に記憶がないのか疑いたくなる様な発言をしていた。
しかし、他の4人にはどうでもいい事だった。これは記憶がないせいだけではない気がする。
「そうだなぁ……」
光太郎が残り1人の理想図を語っていると、申し訳なさそうに1人の少女が部屋に入って来た。
「!!」
部屋に入ってきた少女を見たべりぃは驚いた。べりぃにとってその少女はとても見覚えがある子だったから。
「ミント!?」
「え?」
確かにそこに居るのはミントだった。
急に名前を呼ばれたミントは一瞬強張り、声がした方を向く。
「べりぃさん!?」
「これってもしかして同じチームって事!?」
べりぃはミントの元へ駆け寄り、ミントの手を取った。
「みたい……ですね」
べりぃとミントがガールズトークでも始めるかのようにじゃれ合っていると、光太郎が仲に割り込んできた。
「え?何?君ら知り合い?」
死者同士がじゃれ合う場面など中々見られるものではない為、残りの3人は動きが止まっていた。
「ああ、うん。そう。ミントは
べりぃがミントとの出逢いを話し終えると、光太郎を筆頭に自己紹介を始めた。
「ああああの、よろしくお願いします」
ミントが締めくくるかのように深々と頭を下げると、部屋の中心から声が発せられた。
「中々打ち解けているようだな」
6つの視線が中央の舞台に集中した。舞台にはアイアコスが立っている。
6人は少し驚いた。特に舞台に腰かけていたローラは驚きを隠せないでいた。
「いつからそこに?!」
ただ単に自分が鈍感になっているだけかもしれないが、こんなにも近くに居たのに今まで全く気配も感じなかったから。
ローラは気味悪く思い、舞台から離れた。
「広場でも言ったが、これから7つの試練を受けてもらう。それにあたって力の解放を行う」
6人はキョトンとしていた。
「それと共に、記憶も解放する」
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