インターバル

「すみません、なんだかんだ言って、短編一本しか出来ませんでした。中編なんて夢のまた夢です」

 綱渡は頭を下げた。小説誌『小説野獣』の編集部である。

「ああそう。じゃあ単行本は出せないねえ。残念でした」

 編集長の虎尾は冷たく言った。

「短編、もう一本書きますから、許してくださいよ」

 もう一度頭を下げる。

「ほう、自分から書くって言うなんてずいぶんと積極的じゃないか」

「だって、もう少しで単行本が出せるんですよね」

「そうだよ。もう少しだ」

「じゃあ作家として張り切らざるをえないですよ」

「いい心がけだ」

「ただ、でもですねえ」

「なんだ?」

「ネタが本当に尽きちゃったんですよ」

「情けないな。それでも天下のノンフィクションライター綱渡通かね」

「だって、小説書いている間、全然取材できなかったんですよ」

「俺の知ったこっちゃない」

「そんなあ、少しは補償してくださいよ」

「小説を書け。原稿料はやる」

「そんなには量産できませんよ。腱鞘炎になっちゃいましたから」

「ワープロソフトで書いてんだろ。腱鞘炎になんかなるか! 嘘つき」

「肩が腱鞘炎に……」

「それは肩痛っていうの。湿布でも貼っとけよ」

「肩が痛くて上がらないんですよ」

「それは四十肩! ほっときゃ治るわい」

「僕、まだ、三十八歳ですよ」

「四捨五入すれば四十だよ」

「ところで、編集長は何歳なんですか」

「秘密だよ」

「そんなこと言わずに……ああ、でも鯖目さんと一緒なら、三十八歳、僕とタメだ」

「だからって、急にタメ口聞くなよな」

「聞きませんよ、クライアントなんだから」

「それはともかく、小説を書け」

「ネタがですねえ」

「自分の得意ジャンルを書けばいいじゃないか」

「得意ジャンル? 何かな」

「スポーツだろ、よくも門松書店の雑誌に文芸夏冬の雑誌名出すよな。上で問題になっても知らないぞ」

「編集長も集団社の『小説プレアデス』の話、よくしますよね」

「クソ、鳥越め!」

「実は僕も鳥越さんから話きてて……」

「この野郎! 裏切ったらお前のウチから出してる本、全部、絶版にしてやる」

「冗談ですよ。やめてください」

「まあとにかく、スポーツ小説を書け。恋愛ものばっかり書くと『女性ヘブン』から執筆依頼が来るぞ。お前の恋愛小説っぽいの全部暗い終わり方ばっかりだからな。主婦に受けるぞ」

「編集長『女性ヘブン』は中学館ですよ。それはそうと、いい恋、してないんですよ。誰か良い方いらっしゃいませんか?」

「君に薦められる人はいません。不幸になるのは目に見えているから」

「そんなことないですよ。僕は優しいですよ」

「外面が良い奴ほど、家に帰ると危ない」

「愛猫家ですよ」

「ねこなんてほっといても生きてられる。ヒゲでも引っ張ってんじゃないか?」

「そんなこと、絶対にしていません!」

「とにかくスポーツ小説を書け! 競技はなんでもよし」

「他のジャンルは駄目なんですか?」

「なんだよ?」

「リストラとかホームレスとか」

「社会問題に食い込むのか」

「ちょっと味付けにどうかと思って」

「そういう題材は『野獣小説賞』に、それこそ山のように来ている。書きやすいんだな。身につまされて」

「じゃあ鬱病とかパニック障害とか」

「それも、ありきたりだ。心の病も題材にしやすいんだな」

「みんな、考えること一緒なんですね」

「独創性が大事だ」

「プロ野球に、伝説の騎士が参入してホームラン連発するとか」

「ファンタジーはやめてくれるかな。それに宮本武蔵がプロ野球に入って活躍する小説が昔、あった」

「伝説の騎士が剣道界に殴りこみをかけて王者になるとか」

「グーで叩くよ」

「冗談ですよ」

「もう、剣と魔法とお姫様とオタク少女さえ出なければなんでもいい。好きに書いてくれ」

「承知しました」

 綱渡は編集部を出た。そして、その足で、多摩川の河川敷にある、東京キングの練習グランドに来ていた。野球ネタで何かいいものがないかと探しに来たのだ。グランドには新監督になった、日本橋慶喜が来ていた。

「ああ、ツナさん、ご無沙汰だねえ」

 日本橋監督が気さくに話しかけてくれる。

「何の因果か、小説の世界に顔を突っ込んじゃって、まともに取材する時間がなくなっちゃったんです」

 綱渡がぼやくと、

「今度読ませてよ」

 日本橋監督は言った。

「お世辞でもありがとうございます。ところで今年の新人はいかがですか?」

「まだこれからだね。でも二塁手にいいのが入ったよ。苦労人だからやるんじゃないかな」

そういうと日本橋監督はグランドに降りていった。綱渡は注目の新人二塁手にインタビューをすると家に帰った。

 今日も五時まで資料整理。その後ねこのエサやり、ねこトイレ掃除、部屋の掃除、、洗濯、、入浴、食事、読書とルーティンをするといつも通り、十二時に就寝する。

 そして午前三時に起きるとパソコンを起動した。今日はフィクションの神は降りてくるだろうか? それは誰にも分からない。

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