インターバル

「綱渡君、ねこの調子はどうだね」

「ああ、おかげさまですっかり元気になりました」

「そうか、それは良かった。ところで君はテロリストだったのかい?」

「またあ、小説の世界と現実を混同しないでください」

「えっ? 近藤正臣がどうかしたか?」

「耳まで悪くなったんですか」

「俺はそんなにもうろくしてない。訂正しろ」

「帝政ロシアがどうかしましたか?」

「君がもうろくしてるんじゃないか!」

「ところで編集長、お聞きしたいことがあるんですが」

「なんだ?」

「この編集部、なんでいつも編集長しかいないんですか?」

「なんだ、そんなことが聞きたいのか」

「ええ」

「実はな……」

「ええ」

「君が来るのが日曜日だからだ!」

「えっ? そうですか。他の曜日にも来たことあるような気がしますが」

「その日はな、国民の祝日だ」

「なんで休みの日ばっかり僕を呼ぶんですか?」

「ああ、一人だとつまらないからだ」

「じゃあ、編集長も日曜、祝日休めばいいじゃないですか」

「そうはいかない」

「なんでですか?」

「それはな……」

「また勿体振る。大した理由はないんでしょ」

「大した理由はある」

「なんですか?」

「俺は月曜と金曜が公休日なんだ。だから日曜は出勤せざるをえないんだ」

「なんだ。くだらない」

「そうか、くだらなかったか」

「でも日曜に来ても仕事しているように見えませんけど」

「君は本当に失礼だな」

「そうですか」

「君の原稿をいつ読んでいると思う。日曜日だ」

「そりゃあ失礼しました。あとは誰の原稿を読んでるのですか?」

「君のだけだけど。何か問題でも?」

「問題過ぎます。僕の原稿なんて短編じゃないですか。あとの時間、何してるんですか?」

「うん、正直暇を持て余してる。だから君と無駄話してるんじゃないか」

「もう、心底軽蔑します。他の作家さんが逃げ出すの分かります」

「君は逃げないでくれよな。話し相手がいなくなる」

「逃げますよ。馬鹿らしい」

「それはそうと小説書かないか?」

「いやです。もうクタクタです。それに僕のノンフィクション、全然単行本にならないし」

「おかしいな。書籍部には圧力かけたのになあ。君のノンフィクション、つまらないんじゃないの」

「そういうことは読んでから言ってください」

「読もうにも本がない」

「今度原稿持ってきます」

「駄目駄目、俺、フィクションしか読まないから」

「殺しますよ」

「キャー、テロリスト」

「違いますって」

「ところで君に小説を書けって言ったのには訳がある」

「んんですか」

「あと短編二本ほど書くと、本が作れるかもしれない」

「本当ですか?」

「ああ、本当だ中編なら一本だ。だいたい二万字ちょっとだな」

「二万字ってどのくらいですか」

「おいおい、君も物書きならわかるだろ。原稿用紙六十枚弱だ」

「自信ないなあ」

「短編二作を上手くくっつけるという策もあるぞ」

「2アイデアってことですね」

「そうだ。考えてもみよ。長編小説だって短いエピソードの積み重ねだぞ」

「そういうのもありますね」

「長編マンガなんてみんなそうじゃん。敵を倒したらもっと強い敵が出てくるのの繰り返しだ。楽なもんだよな」

「コミック作家さんに殺されますよ」

「殺されたっていい。記憶に残るなら」

「なんですか、それ?」

「来月号の『小説野獣』のメインタイトル」

「今度はクレームが来ませんように」

「ああ、トラウマ」

「ところでいつまでに書けばいいですか?」

「そうだなあ、来月号はもういいから再来月くらいかなあ」

「本当に本にしてくれますか。生活苦しいんです」

「確約は出来ないよ。書籍部が決めることだから」

「やる気、削がれるなあ」

「もし、駄目だったら『小説野獣』で君の特集やってあげよう」

「へええ」

「タイトルは『ノンフィクションライター綱渡通のフィクション』ってのはどう?」

「カッコいいですねえ」

「その時は短編五本書いてもらうよ」

「ええっ? もう無理ですって」

「書かなきゃ特集組めないよ」

「一体いつまで僕に小説を書かすんですか。そろそろ子飼の作家見つけてくださいよ」

「それがねえ、一般文芸は難しい。インターネットのウェブ小説サイト見たってライトノベルばっかりだからねえ」

「『野獣小説賞』の候補作から見つけるんですよ。千本から応募があるんだから」

「俺、千本も素人の小説、読みたくない」

「二次選考とか三次選考とか最終選考とか」

「面倒だな」

「編集長、編集者の資格ないですよ」

「ふーんだ。俺は目が肥えてるから、プロの小説しか読まないの」

「じゃあ、部下に丸投げすれば」

「ここだけの話。部下は超多忙で読む暇なし」

「もうどうしようもないですね」

「そこで君の登場だ。君は僕の一番星。君が子飼の作家だ」

「お断りします」

「俺は待ってるからな!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る