Ⅺ.2004/08/08

 花火も終わってどうするか相談した結果、家に戻る事にした。

 あんな事言った後だったから戻るのに勇気が必要だったけど、やっぱり自分でも言い過ぎたって思ってて、謝りたかったから……。それに、勝平も一緒に居てくれるって言ってくれたから。

「それより、香澄のお父さんが許してくれるか……。ほら、俺がここに残るとしたら、やっぱり香澄んちにお世話になるわけだろ?自分の食い扶持は自分で何とかするけど、戸籍とかそういうのは俺一人じゃどうにも出来ねぇし……そうなると……うーん……」

 絶対、承諾してくれないと思う。

「でも大丈夫。私、何があっても傍に居るから」

「ありがとな」

 そう言って私の頭を優しく撫でる。この行動から『妹』って想いが伝わってくる。それは嬉しいけど……やっぱり恋愛対象じゃないのかと、ちょっと落ち込んでしまう……。

「ねぇ……」

 勝平に話し掛けた瞬間、

 バッ

「!?」

 勝平が誰かに攫われた。

「なっ!?しょ、勝平!!?」

 勝平は体格のいい男に担がれて……あの人は、お父さんのボディガード……たしか……徳永さん。

 一応、社長だから……お父さんにはボディガードが付いている。……誰が狙うのか分かんないけど。

「お父さんの命令……」

 思わず呟いて、次の瞬間走り出した。裸足で痛いとか忘れて、ただ走った。

 ボディガードの走って行った方向には別荘があるから、きっと、そこに向かっているのだと思う。



「どうだ?」

「はい。調べたところ、該当する者は居ません。確かに、青森に『浜中勝平』と言う者は居るのですが……」

「何か問題でも?」

「その……12才でして……写真も……この通り……」

「似てはいるが……どう見ても、この少年は高校生くらいだろう?」

「はい……」

「兄弟は居ないのか?」

「家族構成も調べてみましたが、祖父・父・母・弟2人の6人家族です。母親が妊娠中とあるくらいで、兄はおりません」

「どういう事だ?」

 バンッ!!

「お父さん!!」

 リビングにはお父さんたちが陣取っていて、パソコンを見ていた。

「はっ!勝平!!」

 勝平は気を失っていて、床に無造作に寝かされていた。私が勝平に近付こうとすると、勝平を攫っていったボディガードの徳永さんに捕まれ、それ以上近付けない。

「勝平をどうする気なのよ!!」

「この少年の事を少々調べてみたが……まさか、本当に未来から来たとか言うんじゃないだろうな?」

「え?!」

 なんで知って……。

「お嬢様……」

 直が困った顔で見ている。もしかして直が……。きっと、お父さんに無理矢理口を割らされたんだ!

「だったらどうなのよ!」

「そうか……なら、消しても構わないな」

「え?何言って……」

 『消す』?殺すって事?!

「本当はこんな事したくないのだが、大切な娘を正道に戻す為なら仕方ないだろう」

「勝平を消すって、殺すって事?!それが犯罪だって事、分からないわけないんでしょ?!なのに……なんで?!!いくら隠しても、いずれバレるわ!!そんな事になったら……お父さんが1番気にしている会社はどうなるのよ!!」

 そうよ。私がどうとか言う前に、会社が潰れたら……元も子もないのに……。そこまでしたい理由が分からない。

「この少年は未来から来たんだろう?なら、この少年を消してもその未来までは生きているわけだ。現に、今も青森で元気に暮らしているぞ。6人家族で幸せにな。それに、もうすぐ子供も産まれる。なんて幸せな家族だ」

 産まれる……?もしかして、事故で亡くなってしまう妹さん?!

 お父さんは大きく笑った後、真剣な眼差しで話し出した。

「少年はある日突然行方不明になった。それだけの事だ」

 お父さんがそこまで悪くなっているなんて思いもしなかった。だって……ずっと会う機会なくて……ようやく家族が揃ったと思ったら、こんな話で……。

「貝澤、後は頼む」

「分かりました」

 お父さんは付き人の1人に命令して、私に近付く。

「さあ帰ろう。私は香澄が大切なのだ。こんな汚い部分は見てほしくない」

 『汚い部分』って……まさか、本気で?!!

「嫌!!放して!!勝平は殺さないで!!」

 私が妥協すれば、勝平は助かる?

 私が自由を捨てれば、勝平は殺さない?

「お願い……お父さんの言う事、聞くから……だから……殺さないで……」

 これ以上大切な人をなくしたくないの……。

 最後まで言えず、足にも力が入らなくなった。そんな私を徳永さんが支えてくれて……。

「うっ……」

 勝平が目を覚ました。

「……!!香澄をどうする気だ!!」

「勝平!!待って!!」

 お父さんに襲い掛かろうとする勝平を止めた。

「もう……帰って」

「な、何言ってんだよ!?」

「あんたにはあんたの家族があって、幸せがあって……私、自分の事ばかりで……。ごめんね、我儘言って」

「『我儘』って……いいんだよ!!我儘言って!!俺は――」

「いいから帰って!!!」

 勝平の目を見て言えなかった。俯いたまま、直に言う。

「直、服……」

「……は、はい」

 直は勝平が着てきた服を取りに行った。



 嫌がる勝平を冬服に着替えさせ、タイムマシンの中に無理矢理入れる。勝平は出ようとするが、お父さんの付き人に扉を押さえられていて出られない。

「なんで……俺、せっかく覚悟を決めて……」

 震える手で日付を……あ。私、勝平がいつから来たのか知らない……。

「いつから来たの?」

「絶対、教えない。教えたら、お前、俺をその日に送るだろ?」

 俯いたまま頷く。

「なんで急に……。お前、『行っちゃヤダ』って……『冷たい日々はヤダ』って……。それなのになんで!?」

 私は何も言えなくて……。

「なんだよ……。俺、1人で……バカみたいじゃん。俺だけ、お前の事妹みたいに思って……お前は俺の事、“他人”って……」

 そんな事ない!私は……勝平が私を想っている気持ち以上のもので見ているんだよ!!

 必死に堪えていた涙が溢れた。

「お願い……帰って……」

 必死に絞り出した声はとても小さくて、硝子越しの勝平には聞こえないと思った。が、

「そんなに辛いなら、別に俺は残ってもいいって言ってんだぞ?」

 ゆっくり優しく言う勝平に対して、もう気持ちを抑えられなかった。

「傍に居なくなっちゃうのは、すごく辛い……。けど、ここに残ったら、勝平は殺されちゃう……。それは……もっと辛くて……」

 ずっと俯いていた顔を上げ、じっと勝平を見て続けた。

「好きだから……大切な人……だから……」

 それだけ言うと、喉の奥が締まっちゃって何も言えなかった。ただただ涙が溢れるばかりで、目の前の勝平がどんどん曇ってボヤける。

「2008年12月24日」

 !!!……私が……行こうとしていた日……。

『時間は?』

 声が……出ない……。

 口パクでモニターを指して必死に訊きたい事を表現する。勝平はそれを見て、

「死のうとか……考えんなよ?」

『うん』

「香澄には直美さんが居るんだからな?」

『うん』

「俺だって居る」

『うん』

「心は傍にあるから……」

『うん』

 ただただ頷く。必死に声を出そうとするが、全く出ない。完全に締まってる。

「18:00」

 時間まで一緒……。

 この出逢いはたまたまで、偶然だと思っていた……。けど、ここまでくると運命だったのかもしれない。そして、この別れも、運命。

 Enterキーを押す手が震える。

 カタッ

 押しちゃった……。

 ウィーーーーン

 激しく機械音が鳴る。

 勝平……。

 ただ見つめる事しか出来なくて……。

「俺、香澄が自殺してないか確認しに行くから」

 え?

「帰ったら、ソッコー行くから!」

 硝子越しに勝平と手を合わせる。

「ここに来るから!」

『勝平!』

 出ない……。

『勝平!!』

 お願い……出て!!

「香澄に会いに行くから!!」

「しょおへえぇぇぇぇぇ!!!」

 カァァァァァァァ



 しばらくすると、タイムマシンの発光は止まり、目を開ける。そこにはもう、勝平は居なくて……。タイムマシンのキーボードを押してみるが、反応は全くなくて……。

 一度使うだけで壊れちゃうみたい……。

 ガクンッ

 急に足の力が抜け、座り込んでしまった。

「お嬢様!」

 直が私のところへ来た。

「直……、帰っちゃった……」

 もう、帰っちゃった……。もう、ここには……居ない……。

「かえっ……ちゃっ……っ!!」

 次の瞬間、目の前が真っ白になって、無我夢中で泣き叫んだ。

 直が優しく私を抱きしめてくれていると気付きもせずに。


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