エピローグ

 それから4年、本当に辛かった。

 勝平と約束したのに、何度も、何度も、『死にたい』と思ってしまった。でも、自殺する事は出来なくて……。勝平が『会いに行く』って言ったから。だから、死ねなかった。

「お嬢様、旦那様には連絡しておきました。パーティーが終わったら家に戻るから、きっちり説明するように、との事です」

「分かったわ。ありがとう」

「……本当に良かったのですか?今夜のパーティーは大切な取引もあるとお伺いしておりましたが……」

「そうね……ただじゃ済まないかもしれない……それでも、私は今日のこの日の為に生きてきたようなものだもの……」

「お嬢様……」

 直は一度解雇されたが、私が素直にお父様の言う事を聞いていたから、ご褒美としてまた雇ってくれた。

 直が居なかったら、勝平との約束を忘れて死んでいたかもしれない……。それくらい直の存在は大きかった。

「分かりました。私も一緒に怒られる覚悟です!とりあえず、中に入りましょう?暖かいスープを作りましたので一先ず暖まらないと……ずっと外に居ては風邪を引いてしまいます」

「ありがとう。でも大丈夫よ。ここで待っていたいの。勝平が来たらすぐに駈け付けたいから……」

 4年前のあの別荘の前で待っている。寒いけど、室内なんかで待っていられない。

 もう19:00を回る。勝平がこっちに戻って1時間経つ。

 確か、池袋に住んでいるとか言っていた。でも、詳しい場所は知らないから直接家に行く事は出来なくて……。お父様に調べてもらえば分かるのだろうけど、言えば絶対に会わせてくれないから……。せっかく、この事を忘れているのに、思い出させるなんて馬鹿な事、したくないから……。だから、ここで待っている。

「池袋からここまで電車で2時間程掛かるんですよ?あと1時間は来ないと思います」

「それでも、ここで待ちたいの」

 勝平。早く来ないと私、風邪を引いてしまうわ。だから、早く来て……早く……。



 光が収まると、硝子越しに香澄じゃなくてじいちゃんが居た。

 そっか……帰って来たんだ……。

「行かなきゃ……」

 バンッ

「しょ、勝平?!」

 俺が慌ててタイムマシンから出ると、じいちゃんは驚いて……。心臓に悪い事しちゃったかも。

「勝平!タイムトラベルは……」

「ごめん!その話は後で!」

 そう言って自分の部屋に行き、財布とケータイを持って出た。家を出る間際にじいちゃんと擦れ違い、

「じいちゃん!タイムトラベルは成功だよ!ありがとー!」

 そう言い残し、駅へ向かって走った。

 走りながらケータイで行き方を調べると、1番早い電車で1時間55分も掛かる……。こんな事ならケータイの番号でも教えときゃ良かったな。

 過去に行くのに手ぶらで何も持ってなかったから、ケータイの存在をすっかり忘れていた。

 とにかく、今は走るしかないか……。

 香澄……時間掛かるけど、待ってろよ!



 時計を見ると20:30を回っていた。

 私の腕の中には、あの時勝平が着ていた浴衣があって……。それを抱き締める事で、会えない辛さを和らげていた。けど、そろそろ、これだけじゃ限界で……。

 勝平……早く来てよ!!

『香澄』

 ほら、幻聴まで聞こえて……。

「香澄ー」

 幻聴じゃない?微かだけど、遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。

「勝平!!」

 私は待ち切れず、森の中へ飛び込んだ。

「勝平!!どこ!!どこに居るの!!?」

 何度もそう叫びながら駈ける。

「香澄ー!」

 勝平の声はどんどん近付いてきて……。

 ガサガサッ

「香澄!!」

 目の前に現れた。

「香澄……だよな?」

 この声……ずっと……ずっと、聴きたくて……。

「勝平……」

 ガクンッ

 思わず、足の力が抜けた。

「だ、大丈夫か?!」

 勝平は心配して駈け寄ってきてくれる。

 涙が次々と溢れ出て……。

『会いたかった』

 そう言いたいのに、声が出なくて……。

「なんて言うか……その……お前、随分変わったな……」

 目を逸らしてそう言う勝平の頬は、ほんのり赤みを帯びていて……。そんな勝平は初めて見た。

『なんで目を逸らすの?』『私を見てよ!』

 そう言いたいのに、声が全く出ない……。

 ガシッ

「か、香澄!!?」

 声が出ないせいで、もう我慢出来なかった。

 ずっと、ずっと、恋焦がれていた勝平が目の前に居るんだもん。本当は、もっと前から我慢なんか出来なかった。それを無理して我慢していたから、大胆にも抱きついてしまった。

 そして……

「んん!!!!!??」

 接吻くちづけまでしてしまった……。

 唇を離し、目を開けると、目の前にはリンゴの様に真っ赤になっている勝平が居て……。

「……っ!!!」

 そして、自分のした事を理解し、私まで恥ずかしくなって……俯くしかなかった。

「お嬢様!」

 そんな私達の間に直が割り込んで来た。

「お嬢様に何をしたんですか!?」

 何を勘違いしたのか、もの凄い剣幕で勝平を睨んでいる。

「おおおお俺は何もしてねぇーよ!!!かかかか香澄がっ!!!」

 勝平は動揺しつつも弁明していて……。そんな光景がなんだか面白くて……。

「ふふ」

 笑ってしまった。そして、勝平と直も微笑んでくれた。

「さてと、お嬢様。そろそろ別荘に戻りましょう。浜中様も」

 ずっと勝平が来るのを外で待っていたから身体が芯まで冷え切っていた。

「そうね。勝平……」

「ん?」

「……ずっと会いたかった」

 笑ったお陰か、今度は言えた。

「ああ。約束守れて良かったよ。待っててくれて、ありがとう」

「うん」

 勝平と会えない4年の間に色々と問題は起きていたけれど、今だけは……。勝平と再会できた今だけは……。

「4年ぶりの再会なのですから張り切って色々お料理作って置きましたからクリスマスパーティーといきましょう!」

「早速、直美さんの手料理食べれるとか最高じゃないですか!こっちに戻ってきてソッコー来たから、もうずっと飯食べてなくて……実は腹ペコだったんですよ!」

「沢山作りましたから、沢山食べてくださいね」

「ほら、香澄!そこで何ぼーっと立ってんだよ!早く飯食いに行くぞ!」

 そう言って勝平は私の手を掴んで別荘へと走り出した。

「うん!」

 たった一時だけかもしれない幸せだから……。

 今はこの再会を大切にしたい……。


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