第26話 明暗5 (35~38)

 9月6日、20時過ぎ、北見方面本部より、正式に遺体の身元が「佐田 実」と確認された。既に9月5日には、歯型と治療痕、血液型より確実視されており、遠軽署にもその旨が伝えられていたこともあったが、西田の推理通りに遺体が出て来た時点で、ほぼ確信できていたことと併せインパクトのある報告ではなかったとは言えた。


 法医学を以ってしても、この時点で死因はやはり特定出来ていなかったが、状況から見て殺人による死体遺棄と見られることは当然の帰結だった。一方でそのことが、米田の殺人のために設けられた捜査本部が、佐田の殺人も絡んだ連続殺人の捜査本部になったということにおいて、やはり「重み」の面ではるかに違うことは間違いなかった。




 遺族にとっても、行方不明になった1987年(昭和62年)の秋以来、8年目になってようやく死亡が実際に確認されたということになった。死に対する覚悟は持っていただろうが、やはり遺体が出てくるということは心理的には確実に違ったものだろうことは、捜査員にとっても容易に想像できた。ただ、北見方面本部の鑑識と科捜研では、顎が砕かれていたこともあり、若干鑑定に不安があるという名目で、いや実質「練習」も兼ねてか、DNA検査もしておきたいという理由で、遺族の遺骨の引取にはまだ時間が掛かるようでもあった。


 9月7日昼前には、槇田署長と沢井課長は、刑事課の捜査員の前で、正式発表を受けた訓示を行った。


「諸君の努力のおかげで、先日見つかった遺体が佐田実氏の遺体と確認され、正式に捜査本部が立ち上がることになった。だが、残念ながら道警本部よりの指示で、引き続き遠軽署単独での捜査をせざるを得なくなった」

署長の言葉に、一同からどよめきが起きた。ただ、西田はある程度覚悟出来ていたので、特に反応を示さなかった。

「すいません! さすがに連続殺人となると、ウチ単独ってのは無理があるんじゃないですかね?」

小村が疑問をストレートに口にした。

「道警本部並びに北見方面本部からは、我が遠軽署単独捜査命令の理由として、昨今の各本部が置かれている殺人事件捜査で、人員が割かれていることによる物理的困難性がまず挙げられた。そして、当一連の殺人事件での重要参考人である、伊坂大吉、篠田道義の2名が死亡、喜多川友之が意識不明状態下にあり、回復の見込みがない状況であるため、事件の全貌の解明が難しい、もしくは解明したとしても立件が現実には出来ないということも大きな理由とされた。これは自分の推測だが、どちらかと言えば、実際には後者の方が理由としては大きいと考えている」


 署長の説明に、不本意ながらも納得せざるを得ない刑事達だった。確かに緊急性がなく、被疑者が既に死亡しているとなると、警察として大規模に動く動機付けとしては弱すぎることは事実だった。

「まあ、とは言っても、まだ犯人が全員死んでいるとは限らないし、やはり事件の実態は解明出来るならすることが被害者遺族のためにもなるだろう。我々が全力で捜査するという立場に変わりはない」

課長はそう明言もした。

「幸い、道警本部も新たな臨時予算を付けてくれたし、そういう意味では、最低限の協力体制は整えてくれている。また当時、佐田の事件の捜査にあたった捜査員などにも、我々に協力するように指示を出してくれてもいる。更に8年前の事件を再び洗いだしたという面で、諸君の本部からの評価も上がっていることもまた確かだ。だから『見放された』という意識は持たないでくれ」

署長の発言は部下を鼓舞する意図もあっただろうが、事実ある程度は評価されているとは西田も考えていた。


「課長、ちょっと聞きづらいことを聞きますが、『上』の方としては、前回の佐田失踪捜査時に大島議員の圧力があったことをどう考えているんでしょうか? 今回自分達がそれをひっくり返したようなもんだと思ってるんで、そこは『マズイ』ことをやったと思われていないかと」

竹下の突然の質問は、西田も内心思っていたことではあったが、正直口に出しづらいことでもあった。そこをストレートに突いてくるのが竹下らしいと言えば竹下らしかった。

「そう考えることはまあわからんではないが……」

沢井は躊躇したが、

「少なくとも署長の自分には、道警本部並びに北見方面本部からも何か問題視されているようなことは一切聞いていない。事実、前回そういうことがあったとは聞いているが、さすがに今現実に殺人があったと判明しているのに、捜査を妨害しようとする程、警察は腐っていないと信じている。但し、多少の「非協力」などはあるかもしれない。そうなった場合にどこまで楯突くことが出来るか、自分としてもベストは尽くすつもりだ」

と、槇田は代わってきっぱりと言い切った。田舎の弱小署の署長ということもあり、あまり威厳のあるタイプとは言えないが、この時の言葉には、捜査員全員にとって槇田が頼もしく見えた。

「そうですか。わかりました。署長にそう言っていただけると安心して捜査に邁進できます」

竹下も迷いは消えたようだ。


「他に質問はないか?」

沢井は捜査員を見回したが、特に発言を求める者は居なかった。それを確認すると、

「じゃあ、佐田の事件について、何度かやっているがもう一度復習も兼ねて」

と言うと、資料を配り始めた。

「今はこの前配ったのと同じ資料だけだが、後から北見方面と『本社』から詳しい資料が来るかもしれないんで、現状これで我慢してくれ。あくまで確認のためだ」

課長の言葉を聞きながら、配布された資料に目を通す。と言っても、課長の言ったとおり以前渡されたものと同じ資料だったので、西田はざっと目を通して確認するにとどめた。


※※※※※※※


1987年9月23日秋分の日の昼、札幌市東区在住、食材卸売り経営「佐田 実」当時65歳は、札幌を早朝出発の特急で北見駅に到着した。佐田はそれ以前から、伊坂組先代社長「伊坂 大吉」当時67歳と頻繁に電話で連絡を取り合っていた。その内容については、伊坂本人からの事情聴取を前提とすれば、佐田の店の経営難においての資金提供の話であったとのこと。伊坂本人は佐田との関係は、「昔からの知り合い」と語ったが、佐田周辺からは、伊坂との古い付き合いがあるということの裏付けは一切取れなかった。遺族も、佐田が北見へ行くことは知っていたが、それ以前に伊坂と連絡を取っていたことや、伊坂と会うことは知らなかった。


 伊坂周辺において、伊坂の主張を補強したのは、後で出てくる、当時の北見市選挙区選出道議会議員「松島 孝太郎」当時62歳の証言のみである。


 佐田は、北見に到着後、駅前の「北見セントラルホテル」に宿泊。宿泊先からも伊坂大吉との連絡を頻繁に取っていた。そして、2日後の9月25日、佐田は北見市内の「グランド北見ホテル」の中の和風割烹料亭「風鈴」の「松の間」にて、伊坂と立会人としての松島と会食をした。そしてその後、セントラルホテルに戻った。


 翌日9月26日朝、セントラルホテルをチェックアウトしたところまで確認されたが、当初札幌に帰るために乗る予定だった、網走発函館行きの特急「おおとり」には北見から乗らなかったことが、該当列車常務車掌による指定席乗車確認表より確認された。


 佐田の家族から捜索願が出されたのが、10月3日。担当所轄である北見署・生活安全課(行方不明等の担当部署)がまず捜査を開始した。佐田の会社の資金繰りが余り良くなかったことは家族の証言より確認されたが、同時に会食後の失踪前日夜、「金策の目処が付いた」との電話が、佐田より午後11時前後に家族にあり、それが原因での失踪は考えにくかったこと。チェックアウトした際に、ホテルのフロントに「そのうちまたこっちに来るから」と言い残したことなどから見て、自ら家出などという行為に及んだ可能性が低く、何らかの事件に巻き込まれた可能性を考慮。10月6日、刑事課にも協力を要請。


 刑事課は、佐田家や佐田の会社からの電話による通話先の解析から、伊坂大吉を割り出した。佐田の失踪について何か知っている可能性を考慮し、任意での事情聴取を要請するも当初拒否。伊坂が北見地区の有力者であることから、北見方面本部刑事部捜査一課も動き出すことになった。


 当時の刑事部長が直々に参考人聴取を伊坂の顧問弁護士に依頼。何とか任意での事情聴取が可能になるも、伊坂は佐田の失踪については全く知らないと言い張った。会食の際の話し合いも、円満のうちに終わり、資金提供の話がついたと証言した。伊坂と佐田の関係性も上記の通りの主張。立会人だった松島にも事情聴取するが、こちらも伊坂の発言を追認するだけだった。


 北見署刑事課も方面本部捜査一課も、伊坂についての捜査を続行すべきとの結論に至るが、ここで伊坂組が有力支援者になっている、地元選出の与党・民友党の大物国会議員「大島海路」が東京から介入してくることになる。松島は、大島の子分格の道議会議員で、松島との関係も深いが、「道議会議員の松島が、伊坂社長について問題ないと証言している以上、これ以上ない証拠能力がある」と主張。道警本部にも圧力を掛け、道警本部直々に、「10月20日までに具体的証拠が出なかった場合、伊坂からは手を引くように」という命令を出させる。


 結局のところ、具体的に伊坂が佐田の失踪に関わっている証拠が、それまでに出なかったため、捜査は頓挫し、伊坂は自発的に失踪した可能性ありということで、刑事事件扱いは、北見署も北見方面本部もやめることになった。以降は、純粋に生活安全課の自発的失踪案件として扱われた。その後も行方はわからないままであった。


※※※※※※※


「これ前見たのと一緒じゃないですか。と言ってもあのコピーどっかにやっちゃったんで、むしろ助かりましたが」

横の吉村が相変わらず刑事失格な発言をしたが、西田は一々咎めることもなく、資料を折ってファイルに入れた。


 全員が読み終わったのを見届けると、課長が話を再開した。

「もう次行っていいな? じゃあこれからの捜査について。しばらくは強行犯係だけで捜査するが、場合によっては刑事課全体、或いは遠軽署全体で協力体制を敷いてもらうこともあるかもしれない。ただ、佐田の遺族にまずは聴取させてもらわないといけない。同時に、篠田と喜多川が佐田殺しに何らかの関与をした可能性が、現時点ではかなり高いので、これについても捜査していく必要があるだろう。まず遺族への聴取については、西田と吉村に札幌に行ってもらって、色々聞いてきてもらうというのが、現時点で俺が決めていることだ。いいな?」

「勿論異論はないですが、自分達でいいですか?」

西田は念のため確認した。吉村は「余計なことを言わなくでくれ」と言いたげな目をしていたが、さすがにおいそれとは口には出さなかった。西田が急遽休みをもらって札幌に戻る時にうらやましそうに言っていたので、おそらく札幌行きは吉村にとっても渡りに船だろうと考えていたから余計にそう思えた。


「まず今回の佐田の遺体発見においては、西田が力を発揮したこともあるし、吉見の死亡事故という最初からの流れを見ると吉村の一連の貢献も大きい。それにおまえも札幌から単身赴任しているということもあるし、どれをとってもお前たちが札幌に遠征するのがベストだと俺は考えている」

「それはありがたいんですが、先日も札幌に戻ったばかりで、申し訳ないですね」

西田は形ばかりとは言え恐縮して見せたが、

「いやいや、あの休みはお前がとっておくべき休みを後に振り替えただけだし、遠慮なく行ってきてくれ。多少の家族の団欒目的も、署長だって認めてくれた上でのことだ」

と背中を押してくれた。

「わかりました。じゃあ遠慮無く、札幌で捜査してきます!」

「自分も頑張ってきます!」

西田に続いて吉村も高らかに「宣誓」した。


「目安として3日から最大1週間程度ぐらいで戻ってこれるだろう。西田にしてみたらあっちで長逗留出来た方がいいのかもしれんが……。とにかく札幌でも当時の捜査関係者がいるから、そちらにも当たってくれという道警本部ほんしゃの刑事部長からの連絡も来てる。佐田の遺族との接触も、そちらを通してさせてもらうことになっている。ただ、問題はそこから先だ。すぐにどうこうという訳ではないが、場合によっては、ウチで議員先生方にも話を聞かなきゃならないかもしれんが、そうなると、さすがに警察上層部も絡んでくるから、さすがに好き勝手というわけにはいかんだろうな……」

課長はその前の署長の発言と比べると、若干弱気の虫が頭をもたげた様子だったが、大言壮語はしたくないタイプ故の弱気だろうと西田は思った。


 そしてこの日の午後、形式ばかりの佐田実の殺害に関するニュースが流れた。あくまで「伝えた程度」の報道量だった。言うまでもなく、大袈裟にしないように、警察側からの報道への指示があった。失踪当時、大島から圧力が掛かったことを考慮した、道警上層部の判断だった。勿論、遠軽署側の意向もある程度は反映されていただろう。


※※※※※※※


 9月8日、西田と吉村は特急オホーツク2号にて早朝遠軽を発っていた。進行方向左手側には、東大雪連峰の峰々の頂付近が若干色づき始めているように見えた。横の座席でイヤホンで音楽を聞きながら雑誌を読んでいる吉村を横目に、西田はこれまでの捜査について思い返していた。


 6月の常紋トンネル付近での吉見の死体発見からここまでの道程は、想像だに出来ない展開だった。幽霊騒ぎとそれが篠田に失くされた(と思っていた)自分の時計と米田の遺体を探していた喜多川だったこと。そして吉見はそれを幽霊と勘違いしたであろうことで焦り転倒して死んだこと。少なくとも篠田と喜多川が行方不明になっていた佐田の殺人に何らかの形で関与し、その後不運な偶然で無関係な米田を殺していただろうこと。どれも後から考えても結びつけられたのが不思議なぐらいだった。


 そして、捜査の過程で、遠軽署以外の捜査本部の面々は勿論、様々な事件関係者と出会い、話を聞き、そして助けられた。特に事件とは全く無関係だった奥田老人を筆頭に、「湧泉」の大将である「相田 泉」にも多くの事件解決のヒントを貰った。刑事としては半人前の吉村も事件の根本部分で大将から情報を聞いてきて、捜査の進展に貢献した。彼らなくしてここまで到達することはありえなかったことは自明だ。そう考えると、横で何も考えていなさそうな吉村にも、口にこそ出せないが、頭が下がる思いは正直あった。


 そんなことを考えながらも、やがて時間が刻一刻と過ぎ、山間部から旭川に出て、空知平野を抜け石狩平野に入ると、昼前には高架の札幌駅ホームに降り立っていた。吉村にとっては札幌が実家だが、昨年のお盆以来帰っていなかったらしく、かなり久しぶりの帰札だったようだ。


「この都会の空気に飢えていたんですよ俺は!」

妙にテンションが高い吉村に半分冷めた視線を送りつつも、共に改札を通って南口に出た。目の前には、縦のメインストリートである大通に対し、横切るメインストリートである駅前通が広がり、このまま真っ直ぐ行くと、大通公園を抜け、北の歓楽街である「すすきの」にたどり着くが、さすがに昼間からそんなよこしまな考えを巡らすこともない。道庁方面から北大の植物園を横目にして道警本部を目指す。距離的には1キロもないので、10分ちょっとで着いた。


 1階の受付で刑事部長の遠山に面会に来たと告げると、事前にアポを取っておいたこともあり、すぐに刑事部の応接室に通された。遠山とは喜多川が取調べ中に倒れた時、北見に調査にやってきた際面識があったので、ある程度フランクな形で会話が始まった。


「どうも、お忙しいところ申し訳ないです。いま刑事部自体が大変な時だと聞いてますんで、わざわざ時間割いていただいて」

気遣いの言葉を口にした西田に、

「こっちこそ悪いね。本当なら北見とウチから捜査員派遣しなきゃいけない事案にも関わらず。まあ正直、ホシを挙げられるかどうか微妙な事件ってのがあって、俺としては助けてやりたいんだが、刑事部より上がね……。そっちもわかってると思うが、ガイシャに関しては行方不明になった時点で色々あったらしいから、そういうのももしかしたらあるのかもしれんな……」

と微妙な話をし始めた。槇田署長と違い、本部の上層部に直接近い部長からすると、やはり違う空気を感じていたのだろうか。当然部長自身も上層部を構成している役職ではあるが……。これには西田も正直戸惑った。


「で、ウチに来てもらったの理由はわかってるとは思うが、札幌での捜査協力者を紹介しようと思ってね。一人は当時北見方面本部の捜査一課主任だった沓掛くつかけ。これが今、札幌西署の刑事課で課長やってる。当時の捜査状況について詳しく聞きたいなら彼に聞いてくれ。今日でも明日でもいつでもOKと言っていた。資料とはまた違う話が聞けると思う。電話番号はこれだからここに掛けてくれ」

とメモ用紙を西田に渡すと、

「そう言えば君らの捜査本部でも当時の関係者居たんだっけ?」

と向坂に関してだろう話を振ってきた。


「ええ。同じく北見方面本部の捜査一課だった向坂さんという方が、今北見署の刑事課の係長をやってまして、特別に参加してました。今は例の連続女性殺しで元の部署に戻って捜査してますが」

「そうか。じゃあある程度のことは彼から聞いてるんだな。まあ、沓掛は捜査責任者の一人だったから、ある程度突っ込んだ話はその向坂という刑事より聞けると思うからね。で、もう一人が今、ウチの捜査二課で主任やってる南雲ってのがいるんだが、これが札幌のガイシャの家族と北見の捜査陣との連絡係というか橋渡し役というかを、本部の捜査一課時代にやっててね。家族とも面識がある。家族、いや遺族か……とも話しなきゃいけないだろうし、そういう意味で彼を上手く使ってくれ。さっき連絡しておいたから、ちょっとしたらこっちに来ると思うぞ」

そう言うと、遠山は腕時計をチラッと見やった。そして、

「そうそう、大事なことを忘れてた。車はウチのを自由に使ってもらって構わない。レンタカーとか面倒だからな。これがキーだ。遠軽に戻る前に返してくれればいい。あとで警務部の工藤ってのが来るから、彼に駐車場に置いてある車まで案内してもらってくれ」

と言うと、西田に車のキーを手渡す。

「色々手配していただいて恐縮です」

吉村と共にペコリと遠山に頭を下げた西田に、

「いや、最初の話に戻るが、協力態勢を整えられなかった時点で、こっちの責任だから。せめてもの罪滅ぼし程度だよ、こんなんじゃな」

と力なく笑った。


 談笑しながら数分待っていると、やや小太りで40代前半らしき南雲が現れた。遠山を横にして形ばかりの挨拶を交わすと話題は早速捜査の話になった。


「我々としては早急に遺族から参考人聴取したいと思ってるんですが、どうでしょうか?」

「今日はちょっと無理でしょう。えー、今日が金曜だから、明日明後日が土日ですね。奥さんはともかく息子さん、娘さんは会社員だから、タイミングはベストだけれど、一応今確認させてもらいます。勿論身元確認の時点、そして判明した時点で、刑事部の一課からは当然、私からも個人的に数度連絡してますから、その際に聴取の可能性について言っておきましたんで。だから聴取があること自体はあちらもわかってくれてますから心配はないかと思います」

「一課を離れた後もずっと付き合いがあるんですか?」

「ええ。ああいう形で捜査終了したんで、こちらとしても罪悪感というか、そういうのがありましてね。個人的に色々話を聞いたりする関係が長年続いてました」

西田の質問に伏し目がちに答えた南雲だった。


「勿論事件後はそんなに頻繁に連絡取り合ってるわけでもなかったんですがね。最近だと4年前ぐらいだったかな、あちらさんから連絡いただいて、その時は久しぶりに密な連絡取り合うことになりましたけど」

「何かあったんですか?」

吉村が問いかけた。

「変な手紙が見つかったとか電話掛かってきましてね。事件と関係があるんじゃないかということでしたが、こちらとしてはよくわからないんで、北見方面に丸投げしたんですが、そちらもよくわからんということでそのままうやむやになりました。まあ関係ないと思いますよ」

苦笑いで答えた南雲だったが、真剣な眼差しになると、

「それにしても、本当によく遺体を見つけ出しましたね。正直、御見逸れしましたよ。人員も色々あって足りない中で結果出したんだから、検挙に至らないとしても凄いの一言ですね。遺族としても少なくとも遺体は見つかったわけですから、御の字だと思いますよ。私には直接言ってはいませんがね」

と続けた。それには横の遠山も深く頷いていた。これについては槇田署長が言っていたことと本部の意識は一致していたようだ。

「じゃ、失礼してちょっと電話掛けさせていただきます」

南雲は携帯を取り出すと、佐田の遺族と連絡をとった。


「はい、今担当の刑事が来てますので、お電話替わります」

会話を始めてからしばらくすると、南雲は西田に電話に出るように促した。小声で、

「奥さん奥さん」

と西田に囁いた。佐田の未亡人なのだろう。

「はい、替わりました。今回聴取させていただく遠軽署の西田です」

と告げると、相手は突然、

「ああ、あなたですか。主人の亡骸を見つけてくださったのは……。話は聞いています。本当にありがとうございました!」

と大袈裟に聞こえるほど感謝の言葉を伝えられた。存命なら70過ぎの佐田の妻だったのだから、声だけ聞いてもおそらく確実に60代以上で、しかも後半の可能性が高いと西田は感じていたが、世代的にも電話の向こうですら頭を下げているのではないかと想像させる丁寧な謝意だった。西田が佐田の遺体を発見するのにかなり尽力したことも南雲から聞いていたのだろう。逆に言えば、沢井課長は手柄を自分のモノにせず、部下の成果をそのまま上に報告していたということでもあった。


「いえいえ。仕事ですから当然です。部下のアドバイスやさまざまな幸運も重なったということもありました」

こういう発言が口をついて出たのは、意図したかしないかは別にして、真横に色々ヒントを与え続けてくれた吉村が居たこともあったかもしれない。いゃそれだけでなく、沢井課長が今回したであろうことも影響を与えたのは確かだった。


「それでですね、お話を聞きたいと思っていますので、出来れば土日のどちらかお時間いただければと考えています」

「私はいつでも結構ですが、そういうことがあるならば、子どもたちは日曜日の方が良いと言っておりましたので、日曜の午後、私の家に来ていただければ……」

「そうですか。それじゃ日曜午後でお願い致します。住所の方は南雲の方に聞けばいいんですね?」

「はい。電話番号も南雲さんにお聞きになってください」


 最終的に必要な会話が終わり、携帯電話を南雲に返した。そして、

「聞いてたと思うが、日曜午後」

と南雲がまだ会話していたので、邪魔しないよう小声で吉村に告げた。

「明後日ですか。となると沓掛さんに話聞くのは今日にします? それとも明日?」

「今日済ませてしまって、明日一日空けるのもいいか。おまえも家でゆっくりしたいだろ。俺も家族サービスに使う。課長には俺から許可してもらうよ」

「そういや、課長もそんな話してましたっけ。じゃあ遠慮無くそうしましょう」

吉村はにこやかになった。どうせ遊びに行くつもりなのだろう。


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