第9話 鳴動4
「それはどういう経緯で?」
北村も再び話に加わった。
「話が長くなるんだがいいかい?」
そう言うと、田中は胸ポケットからタバコとライターを取り出し、火を付けてふーっと煙りをはき出すと喋りを再開した。
「俺は定年まで国鉄にずっと勤めていてね。保線畑で30年以上やってたんだ。元は
ここまで話し終えると、田中はタバコを灰皿に置き、おかきを湯飲みにチャッチャッと浸すと、それを頬ばった。西田も北村もそれを見ながら、話の続きを黙って待っていた。
「えっと、どこまで話したっけか? あ、勤めだした頃の話か……。まあそんなこんなで俺は保線を北見の周りでずっとやってきたんだが、常紋辺りでも当然作業する時期があった。あんたがたも勿論知ってるだろうけど、あそこはトンネル工事のタコ部屋労働でたくさんの死人が出た場所だから、当時から色々噂があってな……。俺等の先輩方からも話を聞くし、俺も人魂みたいのを2度ほど見たりして、冷や汗流したこともあったわ……。特にトンネルの中で作業するときは何とも言えない気味の悪さがあったな。だからあそこの保線作業はみんな嫌がってな。だけど仕事だからやるしかねえべや? 俺も数年ずつ、何度かその担当保線区に勤めることがあった。で、国鉄の方も昭和35年ぐらいだったかなあ、そのちょっと前ぐらいだったけか、地元の人達の働きかけもあって、慰霊しようってことで、常紋トンネルのところに地蔵建てたんだわ」
田中の話はおそらく、常紋トンネル・留辺蘂側出口の常紋信号場の傍にある歓和地蔵尊のことを言っているのだと西田は思った。
「そんな人達の中で知り合ったのが松重さんの父親で、先代の調査会の会長さん達だったわけなのさぁ。それ以来俺も、幽霊が怖いってだけじゃ、死んだ人達が浮かばれないように思えてよ。調査会の会員として色々やってきて今に至るんだわ。ただ、調査会は基本的に留辺蘂から北見ぐらいの間の人が多くて、生田原とか山越えた方の人はほとんど居なくてよ。先代の時代からそっちの方の遺骨収集調査は、会としてはほぼやってないってのは本当の話」
その時、北村が会話の間を縫っておかきを食べた音が、案外部屋に響き、申し訳なさそうな顔をしたが、老人は構わず話を続けた。
「で、昭和52(1977)年だったかな、国鉄の職員で常紋トンネル周辺で働いたり、運転士やってよく通ってた連中やらOBやら有志が集まって、生田原側でも大規模に遺骨の収集しようって話が持ち上がったんだわ。おれも調査会の方に籍は置いていたが、そっちは確かにやってなかったから、昔の同僚と『参加してみるべさ』ってなことになって。仕事上俺等は日曜だから休みとかってことは決まってないから、それぞれ都合の良い日に勝手に集まって骨拾ったり、遺品みたいなものを集めたりしたんだ。雪が完全に融けた6月ぐらいから9月ぐらいまでやってたかなあ。一通り集めた後は、慰霊碑建てて骨を集めた上で、みんなで集まってお寺の住職呼んで慰霊してもらった。そういうことだから、『やらなくて良いんじゃないか』って、会長さんに話を聞いたときにアドバイスっていうか言ったんだ。わかってくれるべか? 刑事さん」
ここまでの話を聞くと田中の話はでたらめではなく、実際にあったことのように思えた。筋も通っていた。
「そうですか」
と一言発すると、西田はやっと出されたおかきに手を付け、その噛み応えを一噛み一噛み味わう。いや、味わうというより、事前に想定したことがひっくり返されたわけで、実際には余り味を感じている余裕はなかった。パリパリと噛みしめながら、次の一言を探していた。北村も田中の話に疑う余地はないと感じているのだろう、取っていたメモ帳は既にボールペンと共に机に置かれたままだった。
「田中さん、その話を証明できる人は他にいますか?」
ようやくすぐに聞いて当たり前の言葉が口をついた。
「うちの娘婿が当時国鉄で俺の後輩……」
「残念ながら親族は証人とは言えませんね」
西田が田中の発言を切って、そこはきっぱり言うと田中は、
「そう言われたんじゃ仕方ない。じゃあ
と言った。
「満というのは?」
「俺の国鉄時代の同僚で、一緒に遺骨収集に参加してた奥田満っていう奴だよ」
「わかりました。その人の連絡先を教えて貰えますか」
西田は、田中の発言のすぐ後に続けて早口で喋った。
「ああ、それはいいけど、今家にいるべかな」
田中は席を立つと、数分してからメモ書きを持って部屋に戻ってきた。
「これで」
田中からメモを受け取った西田は、住所の他に電話番号が書いてあるのを見るとすぐに携帯を取り出した。
それを見た北村は、
「ここで電話するんですか?」
と耳元でヒソヒソと喋りかけてきた。
確かに相手の目の前で確認するのは、一般的には非常識とも思われたが、一瞬でも相手に口裏合わせされる隙を与えるわけにもいかないと考えていたからだ。
幸い奥田氏はすぐに電話に出た。最初警察関係者だということを俄には信じなかったが、田中が電話を替わり、本当の警察関係者だと告げると、西田の質問に素直に応じるようになった。
「で、昭和52年? に実際に奥田さんは田中さんと遺骨収集を常紋トンネルの生田原側でしたことがあるんですね?」
「ああ、したさ。かなり長い期間に渡ってやったんだ。結構な遺骨を集めた記憶がある。清の言うことにウソはないよ。なんか話がよく飲み込めていないけど、その話は信用してやってくれ。うーん、それにしても、俺の言ってることが実際に、清の役に立つんだべか?」
「ええ、田中さんにとっては重要な証言になります。助かりました。ところで、奥田さんと田中さんは割と近い関係のようですが、どうせなら明らかに第三者で今回の件を裏付けられる方はいますかね?」
西田は奥田の証言以外に確証が欲しいと考えていたので、そう尋ねたのだった。
「第三者かぁ。うーんとねえ……」
しばらく直接奥田と電話で話している西田が沈黙しているのを見て、奥田が返答に窮しているのを察したか、田中が助け船を出した。
「俺との関係性がないということなら、当時生田原の町議会議員と生田原にある寺の住職さんが慰霊の時に参加してくれてるはず。その人に聞いてくれれば、刑事さん達も納得するんじゃないべか?」
「なるほど。確かにそういう人達なら完全に証言者としての資格を有します。どなただったか憶えてますか?」
「えっとねえ、確か慰霊式の式次第だか予定表だかなにかがあって、それに出席者の名前が載っていたような気がするんだが、何処行ったかな」
再び田中は席を立った。一方で西田は奥田にもそのことを尋ねた。
「確かに言われてみればそういう人達がいたような気がするな。そういう紙がこっちにもあるかもしれない。今探してみるからちょっと待っててくれ。後で電話かけるから番号教えてくれ」
と言って、番号を聞くと一度電話を切るように西田に言った。
しばらくすると、田中が戻ってくるより先に奥田が電話を掛けてきた。
「刑事さんあったわ。ちょっと待ってくれ、今メガネ掛けて見るから……。えっと、ああ、あったあった! 1人は町議会議員じゃなくて、町長だったみたいだ。町長の名前は堂岡達吉って書いてあるな。もう1人は三好松蔵、こいつも町議会議長って書いてある。はっきりは憶えてないが、どっちかが元国鉄の生田原駅長だったとか言う縁もあって、来てくれたとか言う話があったような気がするんだが、あくまで俺のつたない記憶だけど。住職ってのは、この弘安寺の住職さんのことかな? とにかくこれでいいべか? 刑事さん」
奥田の話を受け、氏名の漢字を一字一句聞き、メモを取り終えた西田の目の前にやっと田中が現れた。
「見当たらねえ。申し訳ない」
と困ったような表情を浮かべて言った。
「いや、幸いなことに、今奥田さんが教えてくれましたよ」
北村が言うと、
「そうかい! そいつは助かった。ちょっと電話替わってくれるかい、刑事さん」
と2人に言った。そして電話で田中は笑顔で奥田に礼を言った。西田は電話を田中から受け取り、奥田との会話に戻った。
「奥田さん、頼んだついでと言ってはなんですが、その書いてある奴、それしばらく我々に預からせて貰えないでしょうかね? 勿論こちらから拝借しにお伺いします」
「こっちとしては構わんが、いつ取りに来るの?」
「奥田さんの家は北見市内ですか?」
「いや、申し訳ないが
「そうですか。でも訓子府ならここからすぐですね。それなら本日中に伺いたいのですが、大丈夫ですか?」
「じゃあ、30分もあれば来れるべ。こっちは年金暮らしで仕事もせず、毎日暇で時間もたっぷりあるし待ってるわ」
奥田からすんなり許可を貰ったので、詳しい住所を聞いて、これから直接訪ねることにした。どうせ「実物」を貸して貰えるのなら、メモなんて取る必要はなかったと自省しながら会話を終えると、北村に目配せして、席を立つように指示した。
「いやそれにしても、本日は色々ご迷惑をお掛けしました。必要なことはお聞きしましたので、これでおいとまさせていただきます」
と西田は頭を下げた。田中はそれを見ると、一瞬安堵したような顔つきになったが、
「それにしても、何を調べてるかわからないが、こんな目には二度と会いたくないもんだな」
と、やや不機嫌そうな口調で言った。勿論、刑事達がいきなり押しかけて、疑ったように色々聞いてきたのだから、そういう気分になるのは当然でもある。西田もそれについては、とやかく言える立場にはなかった。ただ、
「本当にすみません」
と繰り返すしか言いようがなかった。
※※※※※※※
北見の田中の家を出て、訓子府の奥田の家まで向かう間の三十分ほど、西田と北村の会話は、田中の潔白を確信せざるを得なかった割には案外弾んでいた。というより、そうした方が精神衛生上良いという暗黙の了解が、二人の間にあったからかもしれない。北村についてはわからないが、西田は自分自身が落胆しているというより、捜査本部長の倉野に期待感を与え、わざわざ担当を変更してもらったにも関わらず、こういう結果しか得られなかったことが申し訳ないという想いが強かった。
奥田の家の近くに来て、車をスローダウンさせながら周辺を見回していると、こちらの様子を確認しながら小さく手を振ってくる老人が見えた。乗っている車がパトカーではないので疑心暗鬼なのだろうが、田舎の住宅街を知らない二人組がうろちょろしているのを見て、件の人物だと推測したのだろう。勿論こちらもその老人が奥田だという保証はないのだが、こんなことをするのは奥田に違いないと言う感触があった。
「奥田さんですか?」
北村が車を止め、ウインドウを下ろして声を掛けると、
「あんたらが遠軽の刑事さん?」
と返してきた。
「そうです。先程は失礼しました。車どこに駐めれば良いですかね?」
と西田が言うと、
「ここでいいよ」
と家の前の割と広めの砂利が敷き詰められた場所を指した。言われるまま車を駐め、二人は奥田に挨拶すると、奥田は家に招き入れた。西田は玄関先で、名前が書いてある紙を受け取り、そのまま「退散」するつもりでいたのでやや途惑ったが、余り強く断るのも悪いと考え、玄関で待ちかまえていた妻に会釈すると、そのまま上がることにした。
「狭いし、大したもてなしは出来ないけど、まあ車の中より多少はくつろげるべ」
と通された部屋は、田舎の一軒家にありがちなかなり広い居間で、十分立派な造りだった。視線を机にやると、既にお茶とお茶菓子に漬け物まで用意してあったのには少々驚いた。田中の家で出された菓子よりバラエティに富んでいたのは、田中の場合は突然の訪問だったこともあるが、「招かれざる客」であったのに対し、こちらは完全に「お客さん」として扱ってくれているという差もあったかもしれない。
恐縮しながら座布団に座ると、奥田はちょっとした世間話を始めた。如何にも田舎の人の良い、話し好きな老人というイメージのままの彼の話を、西田と北村は適当に
「あんた、無駄話ばかりしてると刑事さん達も困るでしょうが」
とこれまた人の良さそうな妻が声を掛けてきた。台所でさっきからチラチラこちらを見ていたのは、これを言うタイミングを計っていたのだろう。
「おお、すっかり忘れてたわ!悪い悪い」
と笑いながら、畳から冊子のようなものを取り上げると西田の前に置いた。その「冊子」はいわゆる式典の「プログラム」のようなものに見えた。そこに出席者などの名簿も載っているようだ。
「これですか……」
西田はさっとめくって確認した後、北村に手渡して彼にも確認させた。それをじっと見ていた奥田は、
「それにしても、遠軽から北見や訓子府までやってきて色々調べてるなんて、あの清がなんか事件に関わってるのかい?」
と西田に聞いた。
「ええ、まあ……」
と一瞬言葉を濁した西田であったが、
「ただ、奥田さんのおかげで、田中さんは事件にはほぼ無関係だと思います」
と続けた。本来なら、未解決の事件で関係者以外にここまで言う必要はなかったのだろう。しかし田中の友人である奥田にここまで協力してもらった以上、安心させてやるのも一つのやり方として正しいはずと考えていた故の言動だった。
「そりゃそうだべや、刑事さん! だってあいつのことは国鉄の時代から知ってるが、何の事件だか知らねえけど、警察のお世話になるようなことをしでかす奴じゃないよ。スピード違反だのでとっつかまったことはあるだろうけど」
奥田は最初真剣な表情をして訴えていたが、最後には多少ニヤニヤする余裕を見せた。
「ええ、確かに人の良さそうな方でした」
と西田が受け答えしながら、北村から再び手元に戻った冊子を眺めていると、町長の挨拶など割と大掛かりな慰霊式だったことが窺えた。
「これを見る限りは、かなりの人数が参加したみたいですね」
北村が口を開いた。
「うん、そうだあ。50人ぐらいは加わってたんじゃないか? 国鉄の常紋地区担当保線区の職員は勿論、鉄道管理局の上役やら運転所の運転士やらの一部、生田原なんかの有力者も参加してたからな」
奥田の言うとおり、出席者名簿には、それぞれの名前と役職や所属部署などが羅列してあった。そこに当時の生田原町長や議長なども載っているのである。
「国鉄や生田原町のお偉いさん以外にも参加者がいたみたいだなあ。他にも所属や肩書きが載ってない人もいますね」
西田はそこに載っている出席者の中に、「毛色の違う」人物が複数載っているのを見逃さなかった。
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