第7話 鳴動2
また、購読者リストの飲食店の中には、警察のリストに「暴力団の表稼業」として載っているものが幾つか散見されていた。故に「犯罪に直接関与」する可能性が高い、それらをまず優先的に洗うことで、ローラー作戦の効率を高める方針が最終決定された。
「ところで、常紋トンネル調査会の件はどうする西田?」
倉野事件主任官から質問が飛んだ。
「それについては今週の土日のどちらかということで、土曜日にしようかと思っていますが」
と西田は言った。
「西田は事件との関係性は薄いとみているのか?」
2人の会話を受けて副本部長たる槇田署長が聞いた。
「ええ、現時点では。ただ、ちょっとだけ注意する必要があるかもしれません」
「注意とは具体的に?」
「副本部長、今回の件では、目撃されていた霊、つまり殺人の
「つまり、米田の遺体の回収が出来ていない?」
「そうです。ということは、遺骨採集の時に発見される危険性は、我々が遺体を発見するまでは存在していたということになります」
「結論を言ってくれ!」
署長との会話に再び倉野が割り込んだ。
「もし私が『霊』の立場なら、遺骨収集に紛れ込んで発見を阻止する方向にもっていったでしょう。ということは、吉見忠幸の死体が発見された6月9日から、我々が遺体を発見して、捜査本部が立ち上がり、同時にニュースとして公に報道された6月17日の朝より前に、収集ボランティアに応募した人物の中に、犯人かその周辺人物が居てもおかしくないでしょう? それから、記事が出る前にどれだけの人間がこの遺骨採集の予定を知っていたのかということも、きちんとチェックしておいた方が良いでしょう」
「なるほど……。なかなか説得力のある意見だな。それについては西田に完全に任せて問題ないな?」
「事件主任官、任せていただいて構いません」
西田がそう力強く言うと、すぐに倉野はそれを承認し、会議の終了を全員に告げた。
翌日から開始されたローラー作戦は、数日間にわたり集中して行った頼みの暴力団絡みの飲食店調査に特に当たりになりそうな情報もなく、後は地道に購読者リストを潰していく作業に移行していた。
※※※※※※※
一方で西田と北村のコンビは、捜査の合間を縫って土曜に、常紋トンネル調査会の会長である松重勇作に会うため、留辺蘂にある温根湯温泉に向かった。松重は温根湯温泉にある老舗ホテル「松竹梅」の社長なのだ。ここ数日、何度も通っている道を通り、ホテルに到着すると、ロビーで松重を待った。ロビーの様子を見る限り、そこそこ繁盛していそうな印象を2人は受けた。
しばらくすると、
「どうもお待たせしました」
と落ち着いた声と共に松重が現れた。見た目40後半ぐらいだろうか。西田が事前に想像していたよりは若い年齢だった。ただ、さすがに社長というだけあって、立ち居振る舞いは年齢相応の顔とは違い貫禄すら感じた。
「こちらこそお忙しいところ申し訳ないです。私が遠軽署刑事課の西田、こっちが北見方面本部の北村です」
名刺を松重から受け取ると、警察手帳と共に定型の挨拶を済ませた。松重はそれを一瞥すると、2人に席に座るように促しつつ、2人に出されたお茶がほぼ空になっていることを確認したのか、従業員にお茶を入れるように指示した。
西田はお茶が注がれている間、松重に、
「なかなかキレイなホテルですね」
と社交辞令も兼ねて話し掛けた。すると、
「ありがとうございます。当館は、昭和59年に、先代の父親がそれまでの温泉旅館から、ホテルスタイルに変えて建て直してリニューアルオープンしたもんですから、まだ割と綺麗な状態かもしれませんね」
と説明した。
「元々は温泉旅館だったんですか?」
その話を受けて吉村が会話に入ってきたが、
「そうですね。ただ時代に合わせざるを得なかったということですよ。と言っても、今でも部屋のほとんどが和室スタイルですから、中身はそう変わっているわけではないんですよ」
と笑って返した。
そして、従業員が下がったのを待っていたかのように、
「えーっと、今回の調査の件でしたね。よくわかりませんが、電話では、なんでもつい先日の遺体発見事件と関係があるとかおっしゃってましたが。私もチラッとニュースで見た程度でよくわかってないですけど」
と、松重側から切り出した。
「そうです。どうもあなた方の調査予定を知った人間が、調査によって、殺した相手の遺体発覚を恐れて、事前に回収しようとした節がありまして」
「ほう、そんなことが……」
従業員が持ってきたお茶を飲みながら、松重はしばらく茶碗を見つめつつ指先で撫で、次の言葉を継いだ。
「それで私に聞きたいことはなんでしょうか? 当然出来る限り協力させていただくつもりです」
「ありがとうございます。まず聞きたいのは、今回生田原側を調査しようとした経緯を教えていただけますか?どうもこれまでは大規模調査は、生田原側ではされたことがないとか」
西田の質問に、
「それについては、ここ数年遺骨収集をしてなかったので、『しばらくぶりにやろう』ということを副会長の遠山と話しまして。だったら思い切って今度は常紋トンネルの生田原側出口の方でやってみるのも手かと」
と回答した。
「ということは、あくまで松重さんと遠山さん?との思いつきといいますか、アイデアでたまたま今回生田原側でやることになったと?」
「ええ、単純にそういうことです。何か具体的な意図があったっていうことではないですね」
「それはいつ頃決めたのですか?」
北村が自分の番とばかりにやや急いた感じで聞く。
「えー、いつだったかはっきりは憶えてないですが、多分5月の頭ぐらいじゃなかったかなあ」
「新聞記事になったのが5月の18日。屯田タイムスで聞いた限りでは、会長さんに取材したのは5月12日だそうです」
北村がメモを読みあげた。
「そうそう、屯田タイムスの岡村という記者さんが取材に来てくれまして、色々しゃべりました」
「お二人で決めた後から記事になるまで、他にこの計画を喋った方はいらっしゃいますか?」
「西田さん、そりゃうちは秘密組織じゃないんで、全く誰にも喋らなかったということはないですけど、記事より前に今回の計画を話したのは、遠山以外の調査会の会員の一部、多分3人ほどでしょう」
松重は苦笑して言った。
「勿論、それが悪いということではないですが、さっきの理由から新聞記事が出る前にこの件について知っていた人間がどれほどいるか、念のため把握しておく必要がありますので」
「なるほど……。わかりました。連絡したのは田中、山村、横川の古参メンバー3人ですね。この人達は私の親父の代からこの調査会の会員さんでしてね。やはり事前に連絡しておく必要がありました」
「松重さんの父上の代からやってるんですか?」
北村が驚いたように声をあげた。
「はい。この調査会は昭和30年代前半には立ちあがってますからね。元々タコ部屋労働について、実際に見聞きしてきた地元の有志を中心に出来上がった組織です。実際に常紋トンネル近辺で勤務していた国鉄のOBなんかもそれなりに居たようです。田中さんなんかはその流れで加入したはずです。因みに私の親父は、若い頃から常紋、金華地区とは離れたこの温根湯地区で、このホテルの前身の温泉宿をやっていたので、直接タコ部屋労働について見ていたわけではなかったそうですが、趣味として地元の歴史なんかを調べてたんで、会長に抜擢されたみたいですね。で、親父が亡くなって、私がその跡を継いだということです」
「かなり歴史のあるボランティア組織なんですねえ」
「そうなんですよ、西田さん。ただやっぱり高齢化がネックで。発足当時からメンバーの年齢はそこそこ高かっただけに、かなりの方が亡くなってましてね。今のメンバーには、その方達のお子さんとかも多いんですよ。いずれにしましても、会員数はやはりかなり減ってます。全体で40人弱ですね。昔は100人以上いたようですが。今はメンバーも地元留辺蘂在住よりも他の市町村の人が多いですね。遠いところでは札幌や旭川辺りにも居ます。そういう人達は、親父同様、趣味で歴史なんかを調べてる人や大学教授ですけど。ああ、東京にも1人いましたね」
「東京からわざわざここまでやってくるんですか?」
「元々は北見で学生時代を送っていた方だったようですが、今は就職で東京にいるので、調査の時には来てますね。数年前の遺骨収集の時にもいらしてましたよ」
今度は西田が驚いてした質問に、松重は真摯に答えた。
「ところで、今回の新聞記事に載ったことで、ボランティアに新たに応募してきた人はいましたか?」
西田はいよいよ核心に触れる話題に変えた。
「3名ほど居たと思います」
「3名だけですか?」
北村はメモを取りながら話した。
「そうですね」
「では、その中で6月の9日以降に応募してきた人はいますか?」
「いや、3人は全員5月下旬には応募してきたはずですよ、北村さん」
北村はメモ帳に落としていた顔を上げて、松重氏を確認するように見た後、残念そうな表情を浮かべて西田に目線をやった。
「それは確かですね」
「私が知る限り確かです」
西田の問いに松重はきっぱりと言い切った。
※※※※※※※
松重への聞き込みは想定していた成果を得ることも出来ず、西田は運転の北村と共に帰りの車中に居た。一応、調査会員と今回応募してきた3人の名簿のコピーを手には入れたが、やはり吉見の遺体が発見されて以降の応募者がなかったというのは、今回の聞き込みの結果としては弱い。
「西田係長、どうしましょうか」
サンシェードを下ろしながら、困惑したように北村が聞いてきた。
「……さて、どうしたもんかな」
窓の外をぼんやりと見ながら、西田はやや上の空で言った。先程から思索を巡らせていたが、「これだ!」と思った着眼が違っていたのは痛い。
「まさか、そもそもの話になりますけど、あの記事がきっかけじゃなかったということはないでしょうね?」
「いやあ、それはないと思うな。記事そのものが直接の要因になったかどうかはともかく、調査会の今回の調査予定が犯人に影響を与えたことは、タイミング的に間違いはないはずだ」
「だとすると、諦めたんですかね犯人は。或いはあの深さなら大丈夫だと腹をくくったか」
「そうは思えないんだがな。そんな簡単に諦めるぐらいなら、あんなに労力使って、辺り一面掘り返すだろうか?」
「それは言えますね。すると、遺骨調査の監視に意味がないと考えたということでしょうか」
「あり得ない話じゃないな」
「逆に、係長の想定通り監視する必要があると考えていた場合は、自分で『発掘』する前から、保険として念のため応募していたということになりますか。俺の考えだと1つは既に調査会のメンバーだったということ、もう1つは記事の後、応募してきた3人の中に居るということです」
「おれはそこまで奴が徹底していたとは考えていなかったが、一応考えておくべきか……」
「どっちにしたって、メンバーについては調べるわけですから、そんぐらいの考えでいいと思いますけどね」
北村の言葉に、多少救われた西田だったが、刑事の勘がドンピシャで当たらなかったことが、彼の気持ちをモヤモヤさせたままであることに変わりはなかった。
※※※※※※※
一方その頃、強行犯係主任の竹下は、帳場(捜査本部)が立ちあがって以来のコンビを組んでいた北見署刑事課強行犯係係長の向坂と、北見屯田タイムス購読者リストを基にしたローラー作戦を実行していた。今回の応援組の中で、北見方面本部の刑事部の刑事以外で他の所轄から応援に来たのは向坂1人だった。
※※※※※※※
向坂は40代前半のベテラン刑事で北見署刑事課での役職は、西田同様強行犯係長だった。竹下が聞いたところによれば、北見署の前は旭川方面本部の捜査一課にいたらしい。このレベルの刑事が通常の所轄署に戻ることがある場合、やはり係長レベル以上の待遇になることが多い。親の介護のために実家の留辺蘂付近に居る必要があったため、北見方面本部もしくは北見署への異動希望による転勤だったことが、北見署の勤務になった理由だった。本人の推測では、北見方面本部は以前勤務経験があったので、所轄の北見署配属になったのではないかとのことだった。
今回の応援組が近隣所轄からは向坂だけであり、しかも異例の係長クラスの刑事だったのは、捜査本部が小規模だったことに加え、彼の経験、練度、そして出身が地元の留辺蘂だということもあったに違いないと竹下は考えていた。おそらく向坂もそう思っているだろう。
※※※※※※※
竹下と向坂は今回、主に北見にある企業の購読組を調べていたが、午前中回った1社には取っ掛かりは何も得られなかった。個人購読者ならともかく、一般企業となるとそこから更に容疑者を絞り込むのは難しいのは当然である。ヤクザ関係の企業、飲食店で何も挙がらなかった時点で、「こういう方面」の聞き込みにはかなり限界がある。
午後にも3社ほど回る必要があったので、それに備えて市内のファミレスで急いで胃袋を満たしている最中、リストを見ていた向坂がボソッと、
「ああ、ここか」
と呟いた。
「向坂さん、何か?」
竹下がそれに気付いて反応すると、
「まあちょっとな……」
と若干不機嫌そうに答えた。そして溜息をついた後、
「俺が北見方面に居た8年ぐらい前だったか、午後から回る予定の、この伊坂組の社長にちょっとした嫌疑がかかってな」
と続けた。
「嫌疑?」
「ある事件の重要参考人だったんだ、ここの社長。正確に言うなら先代の社長がな、竹下」
リストを見ながら喋っていた向坂は、一瞬顔を上げて竹下を見やると、再び視線を紙片に落とした。
「おもしろそうですね、詳しく聞かせてもらえますか、向坂さん」
「終わった話だからまあいいか・・・・・・。8年前の秋口、9月末の話だ」
向坂は暫し間を置くと重い口を開いた。
「当時、札幌に住んでいた佐田という、当時65歳だったかな、その男が北見の知り合いに「資金の融通を受けるため」会いに行くと家族に言い残したまま帰ってこなくなった。さすがに1週間音沙汰無しだったので、心配して警察に届け出たわけだ。北見署ではそれを受けて調査したんだが、取り敢えず北見駅前のセントラル北見ホテルに宿泊したことがわかった」
向坂はタバコに火を付けると話を続けた。
「それで当時俺がいた北見方面本部も加わって色々調べると、札幌の自宅の電話で伊坂組の社長と連絡を取っていたのがわかってな。北見のホテルでも連絡を取っていた形跡があった。北見の知り合いというのが、伊坂組の社長だったというわけだ」
「なるほど、その時点で重要参考人になりますね」
「ああ。そういうわけで伊坂社長に任意で取り調べすることになったんだ。当然の話だな。で、いざ取り調べとなると、奴は佐田のことを知っていて連絡を取りあっていたことは認め、更に北見で会ったことまでも認めたが、それ以降の事は知らないと突っぱねられてね」
「それで引き下がったんですか?」
「勿論本来ならそんなもんで引き下がれるわけがない、本来ならな……」
若干語気を荒げた向坂だったが、すぐに周囲に気を使ったか口調を改めて続けた。
「そこに、ここの選挙区選出の国会議員、大島海路が東京から介入してきてな」
「大島海路ですか? また大物が絡んできましたね」
竹下は率直に驚いた。大島は与党である民友党の中でも重鎮衆議院議員だった。
「そうだ。伊坂組は大島の有力な後援者なんだ。で、『具体的な証拠がないなら手を引け』って話になり、道警の本部からも色々あって、結局そのままお宮入りだ」
「それで捜査やめちゃったんですか? 国会議員の圧力があったにせよ、ちょっと及び腰過ぎませんかね」
竹下は思わず憤慨した。
「こちらとしても追及する手だてがあれば、やりようはあったんだ。しかし伊坂と佐田が北見で会った時に、大島海路の子分である道議会議員の松島孝太郎が同席していてな。その松島が『佐田と伊坂の話は佐田の会社への出資の件で、その点について伊坂が金を払うという約束になり、佐田は札幌に戻ると言い残してそのまま円満に別れた』という証言をしたわけだ。実際に北見で会ったことも、飲食店と言うか料亭の証言から裏付けられ、その後ホテルに戻って一泊して朝方チェックアウトしたのも確認されてる」
「その後足取りが掴めなくなった?」
「そう。北見から乗るはずだった特急に乗らなかった」
「そもそもの話ですけど、道議会議員がなぜ同席したんですかね。その時点で反って怪しいような」
「まあそれは言ってくれるな……」
そう言うと向坂はタバコを強く灰皿に押しつけた。
「あれは調べようによっては『お宮入り』する必要はなかったと、俺は今でも思ってる。刑事人生でまともに後悔したのはあの件だけだな」
敢えて事件とせずに「件」としたのは、現状があくまで失踪という形だからだろうが、むしろそのことが向坂の無念さをにじみ出させていると、聞いていた竹下は強く思った。だが、竹下はその先の向坂に言うべき言葉を飲み込んで、コップの水を空になるまで喉に注ぎ込んだ。その後の2人の間の会話はレストランを出るまで弾まないままだった。
※※※※※※※
食後、すぐに伊坂組に調査に入った2人を応対したのは、専務の喜多川だった。わざわざ専務が応対したのには少々驚いたが、下っ端よりは突っ込んだ話ができるわけで、望むところでもあった。豪華な応接室でお互いに決まり切った挨拶を交わすと本題に入った。
「刑事さん達も大変ですねえ、わざわざ新聞の購読の件で聞き込みとは」
竹下から事件で購読リストを洗っていることを聞かされて出た、喜多川の第一声がそれだった。竹下の個人的な印象だが、心底そう思っているというより、若干馬鹿にされているような気がした。
「まあこれも仕事ですから」
受け流すように言う向坂だったが、すぐに真顔に戻って話を続けた。
「この屯田タイムスは社内の誰でも見られるようになっていたんですか?」
「そうですね。この「部屋」に1部、従業員休憩所に1部という形になっていました。応接室で読んでいるのは基本的にお客さんか役員クラス、休憩所のやつは社員が読んでいるという形でしょう」
さすがに、北見でもかなり大きい会社だけあって、数社の新聞を複数部取っている形態のようだった。こうなるとかなりの人数があの記事を見た可能性がある。
「どれくらいの人が見ているかわかりますか?」
「どれくらいといいますと?」
竹下の質問を聞き返す喜多川だったが、確かにわかりにくい質問だったと反省して言い換える。
「つまりですね、この会社でこの新聞を実際に見ている人がどのくらいいるかということです」
「さすがにそれは具体的にはわかりませんけど、まあ地元の記事が色々載っているので、うちの会社の人間はかなり見ているんじゃないかと思います。因みに私もそこそこ見てますよ」
と北川は一呼吸置いてから話した。従業員だけで100名近くはいるだろう会社だけに、これだけで絞り込むのはかなり厳しいと竹下は感じた。そして、
「わかりました。これ以上は聞いても無駄でしょうね。この程度のことで時間を割いていただき、色々有り難うございました」
と向坂は喜多川の返答にそっけなくそう言うと、頭を軽く下げて立ちあがった。向坂もこの状況下でこれ以上聞いたところで意味がないと感じたのだろう。竹下もそれに続き立ちあがった。が、その直後、向坂が喜多川に思いがけない質問をした。
「突拍子もないことで申し訳ないですが、わざわざ専務さんが我々に応対してくれたのはどうしてですかね?」
予想もしない質問にぽかんと口を開けたまま数秒黙ったままだったが、
「いや社員から連絡を受けまして、社長とも相談の上、ある程度責任のある立場の人間がお話を聞くべきだと判断しただけですが」
と言った。
「そうですか。いきなり変なことを聞いてすみません」
そう言うと、再び頭を下げて、2人は応接室を出た。
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