第256話 迷信4 (7単独 応援)
松重はタオルを手に取って確認していたが、すぐに、
「これを今年の6月でしたっけ? 水上さんから実際に受け取ったんですね?」
と確認してきた。西田は黙って頷いた。
「そうですか……。実はこのタオルはですね……。このホテルがまだ温泉旅館の湯元松竹梅としてやっていた頃のものですよ。間違いありません」
そう断言すると、松重は2人に向けていた視線を再びタオルに落として詳細を語り始める。
「うちは、祖父が1903年に旅館として開き、ホテル形式にしたのが、父が私に代を譲ることを決めた時なんです。丁度来年で開業100周年になります。私が戻って来る直前まで、大学を出てから札幌のホテルで修行していたものですから、それまでの旅館形式からホテル形式にして譲ろうということで、昭和58年から建て直したんです。正直、祖父と父の代まで旅館形式だった訳ですから、私は温泉旅館のままで良かったんですがねえ……。そして昭和59年に『ホテル松竹梅』としてリニューアルオープンしたので、このタオルは、間違いなく昭和58年以前にホテルや浴場利用者に配っていたものです。うちの電話番号は、今は0157-□□-1126なんですが、当時は末尾も『よい風呂』の4126にしてたんですね。ただ4は余り縁起が良くないということで、ホテルにする時に、1126の『いい風呂』に変えたんですよ……。水上さんも存命中は、調査会の行事に関係なく入浴や湯治にそこそこ来られていたはずですから、その時に提供されていたタオルじゃないかと思います。残念ながら、ホテルが建つ前に亡くなってしまいましたが、水上さんからすると、ホテル形式よりは、慣れ親しんだ温泉旅館のままの方が良かったんじゃないかと」
最後には、在りし日の水上の姿を思い浮かべている様な口調になっていた。
「なるほど、そうだったんですか……。つまり、水上さんが亡くなる前に通っていた旅館時代のタオルを、我々に渡してくれたってことなんですね。あくまで推測ですが、これは水上さんによる、『あの世から、わざわざ
松重の証言を受けて、西田は自分なりの解釈を提示してみせた。
「ええ。それが一番しっくりする答えかもしれません。陽気である一方で、強く自己主張をする様な能弁なタイプの方でもなかったんで、ある意味水上さんらしいやり方かもしれませんね。しかし、こんな大した値段でもないタオルを、ずっと持っていてくれていたのは、私共としては大変ありがたい話です」
水上はタオルをキレイにたたみながら、しみじみと語った。
「我々がもらった直後は、今聞けばそんなに前のタオルだったのに、まさに下ろしたての様な状態だったんで、おそらく水上さんが生前もらってそのまま未使用のモノだったんだと思います。そしてそのタオルを使ったことで、直接的な事件解決の証拠とまではいかないものの、事件解決のヒントになる様なことがお陰でわかったりして、本当に我々を応援してくれていたんだと思います。水上さんの経験から出た強い思いが、我々に対する叱咤激励となって現れたってことなんでしょう」
西田はタオルに軽く触れながら、少し熱いものを心に感じていた。
「おそらく西田さんの仰る通りじゃないですか? しかし今思い出しても、水上さんは、ちょっと飲むとすぐ赤くなる様な、酒が余り強くない典型的な甘党の方だったんですよ。遺骨収集調査の時には、父がおやつとして持っていった、この地元の菓子店の温泉饅頭を喜んで食べてましたよ。特に餡モノの和菓子に目がなかった……。実は我が温根湯温泉のある地区は、日本で一番の
最後は、今そこに水上がいるかの様に故人を振り返っていた。
「しかし、私もなんだかんだ言いつつ、仕事や私用であの追悼碑の前を通る際には、時間が許す限り必ず手を合わせてから通っていたんですが、一度も現れませんでしたね、水上さんは私の前には……。西田さん達には顔見せておきながら、昔からの知り合いとしては、どうにも悔しい限りですよ。私が子供の頃から知ってるんだから、ちょっとぐらい顔見せてくれてもいいじゃないですか! まあ、実際に出たら出たで、相当びっくりしたんでしょうが」
松重はそう続けて言いながら苦笑していたが、
「それは、松重さんには、水上さんが伝えるべきことが無かった。逆に言えば、何の心配もしていなかったってことなんじゃないですかね?」
と、吉村が慰める意味合いではなく、真意として自分なりの解釈を披露した。
「うーん、どうなんでしょうか。出来ればそう願いたいもんです。……しかし、それにしてももう一度会いたかったですねえ……。この分じゃもう会えそうもない。50も半ばになれば、そろそろ人生を振り返ってみたくなるんですよ。あの人にまた会いたかったとか、こうしておけば良かったとかね……。後悔先に立たずの日々です」
そう言い終わった時の松重は、古い付き合いのあった水上との再会が叶わなかったことが、心底残念そうだった。
※※※※※※※
そのまましばらく歓談した後、2人は時間が来たので、北見へ戻る為に松重に礼を言って別れを告げ、ホテルの建物から駐車場にある車へと向かった。その時西田は、吉村にあることを確認しておきたくなった。
「吉村! 慰霊碑の前で、突然水上さんが消えた後、結局何が起きたかわからず、仕方ないので
「ああ、ありましたね……。その時、課長補佐が何か言いたそうだった感じがしましたが」
吉村は、ついさっきの出来事だったにも拘わらず、遠い昔に起きたことの様な口ぶりだった。
「お前もそうじゃないのか?」
西田が改めて聞くと、
「まあ……。ただ一々言わなくても良いかなと思って」
そう口ごもった。
「あの時はな……。あれだけ強い北風が後ろから吹き付けたから、思わず声を出したけど、実は全然寒く感じなかった。それどころか、むしろじんわりと温まる様な不思議な北風だった。だから強い違和感があったんだ」
西田はそう告白した。
「何だ! 俺と一緒じゃないですか! そうなんですよ! 俺もそれが不思議だなと思ったけど、課長補佐は『寒うっ』って声を出してたから、俺の勘違いかと思って」
話を聞いて急にテンションが上がった吉村に、
「いやいや、お前もだろうが」
西田は笑いながら返した。
「まあそうなんですけど、それまでの風の冷たさ考えたら、条件反射で思わず言っちゃいますからね」
吉村は相変わらず嬉しそうだった。
「それはそれでいいけど。でもな、さっきの松重さんから話を聞いて初めてわかったんだ。あの風はただの北風だったんじゃない。俺達の背中を押す、水上さんが吹かせた
西田は自身の推理を連ねた。
「なるほど……。まあ、どこまでが水上さんの仕業かはわからないですけど、今となってはそんな感じはしますね。轢きかけた時の、爺さんとは思えない俊敏な動きは、わざと弾かれる寸前のところで、俺達に『しっかりしろ』と文句言いたかったんでしょう。そして少なくとも今日のあの風は、課長補佐の解釈以外には、どうにも理解しようがないとも思います」
吉村も深く頷いた。
「しかし、そうなるとだぞ。大将の家に引き返した時に、ラジオから流れて来た人生劇場も、ひょっとしたら……」
西田は突然、誰かのリクエストによって、ラジオで人生劇場がかかり、それを機に吉村が西田を説得して、遠軽に引き返したことがフラッシュバックした。
「いやあ、それはさすがに課長補佐の考え過ぎじゃないですか? 俺が反応するかどうかも俺次第な訳ですから。そもそも幽霊があの絶妙のタイミングで放送局にリクエスト出来ますか?」
と苦笑いした吉村に一蹴された。しかしすぐに首を傾げ、
「でも、幽霊がラジカセ掛けてたんだから、あり得ない話じゃないかな……。俺がああいう行動を取ることまで読まれたんだとしたら、それはそれで結構悔しいですけど」
と、軽く舌打ちした。
「今となっては、ただの偶然なのかそうじゃないのかわからん。しかし、もし偶然じゃないなら、吉村どころか、俺が吉村に説得されて翻意することも読まれていたってことになるけどな」
西田も自分で言っておきながら半信半疑ではあったが、可能性が全くないとは到底思えなかった。とは言え、どうにも検証しようがないし、誰がリクエストしたかもわからないのだから、今更何を言っても無駄とも言えた。
「だけど、今日辺境の墓標で別れてから起きたことを竹下さんに教えたら、一体どんな反応するんでしょうねえ……。あの理屈の塊みたいな人が、幽霊話を信じてくれるとは思えないな」
そこまで言うと、竹下の反応を想像したか、ニヤニヤした吉村だった。しかし、
「ただ、竹下さんも向坂さんと組んでる時に慰霊碑を訪れて、その時に人生劇場の爺さんに会ってるって話を、北村さんが亡くなった日、カラオケしてた時に言ってた記憶があるんで、実は水上さんと7年前に会ってるはずなんですよ」
と付け加えた。
「え? そんなことがあったのか……。それにしても、どうしてあの時そんな話になったんだ? 俺はあの日の記憶が、その後の衝撃的な展開のせいで、結構あやふやなんだよ」
実際のところ、あの日の西田は、常日頃付けていた捜査日記すら記入し忘れる程、北村の死にショックを受けていた。
「そう言えばそうでしたっけ……。たまたま、沢井課長が人生劇場をカラオケで歌ったんで、俺がついでに『常紋トンネルの慰霊碑の所で爺さんが流してた歌ですよね?』って課長補佐に確認したら、話を横から聞いてた竹下さんも、カラオケの最中に、会ってたことを俺達に言ってきただけですよ。とにかく竹下さんに色々言われそうで、課長補佐はともかく、俺は黙ってた方が良いのかな?」
事情を説明した上で、上司の判断を仰いだ部下に、
「でもどうだろ? 俺達が真剣に話をすれば、あいつなら最後には『まあ信じましょう』ぐらいは言ってくれるんじゃねえか? どこまで信じているかはともかく」
と、西田なりの考えを述べた。そして、
「7年前、あいつと一緒に働いていた時には気付かなかったが、あいつの理屈っぽさや融通の利かなさってのは、あいつの真の姿というよりは、むしろ、『そうでなくてはならない』という、あいつなりの強い決意から滲み出てるもんじゃないか、そんな気がしてるんだ、
と、離れてみてからこそ、そう思える様になった元部下の性格を分析してみせた。
「そうか……。うん、案外そうかもしれないですね……。徹底して理屈っぽいが、決して感情のない人じゃないのは、課長補佐の言う通りでしょう。それにしても回りくどい表現とかする面倒なタイプですけどねえ」
吉村は最後は苦笑しながら保留しつつも、概ね同意していたが、まさか竹下も、あの別れの後似たような体験を直前にしていたとは、知る由もなかったからこその会話でもあった。そして、話が一旦終わった辺りで、正真正銘の乾いた強い北風が、何も遮ることがない駐車場で2人に一気に吹き付けて来た。
ただこの時には、温泉に浸かってじっくり身体の芯まで温まったせいか、その北風が2人の身体を冷やすことは全くなかった。
そして翌日26日には、この道東の片田舎の山間部にも、例年よりかなり遅い本格的な冬がいよいよ訪れ、生田原や留辺蘂は20センチ近い降雪に覆われたのだった。
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