第225話 名実134 (321~322 犯罪へと4)

「じゃあ、派遣されてきた実行犯についても、詳細を聞かせてもらいます。あなたに聞いてもわからないかもしれないが、瀧川側から派遣されてきた人間については、事前に詳しく聞いていたんですか? 少なくとも名前はわかっていたはずですが、所属している組織とかについては?」

「吉村くん。私は詳細については中川に任せていたが、その点については瀧川からも報告があって、おおまかだが記憶している。瀧川からは名前しか聞いていなかったはずだ。中川とその派遣されて来る連中との事前のやり取りでも、細かいことについてはお互いに明かさない様にしていたはずだと思う」

「それは、瀧川からの提案だったのか、それとも小野寺さん側からの提案だったのか、どっちですか?」

吉村は更に情報を求めた。


「瀧川から、『あんたの事務所に潜伏させるのなら、特に細かいことは教えない方が良い。本橋の様な個人的な信頼関係まではない連中だから』と言われてね。『そんなことを言われても、こっちの事務所に潜ませるのだから、信用の無い奴じゃ困る』と文句を言うと、『自分との信頼関係は薄いが、あっちがいい加減な人間を寄越すことは、ウチとの関係上あり得んから、あくまで念の為程度だ』と一笑に付されたと記憶している。だったら、知らぬが仏じゃないが、余計なことを言ってくれるなという気分だったが、ここは瀧川を信用しようと腹をくくった」

返答を聞いた西田はここで、

「その潜伏の件ですが、あなたの事務所に潜伏させた上、上の集会場で射撃練習するというアイデアは、一体誰が思い付いたんですか? 正直言って、これは今振り返っても、捜査してる方からすればかなり嫌らしいやり方でした」

と追及してみた。

「そうか……。やはり捜査の撹乱には効果的だったんだな」

大島はそう呟いた。

「ええ。有力代議士の事務所にガサ入れなんて、どう考えても当時の状況では無理ですからね。と言うよりは、正直言うなら、まさかそんなことがあったとすら、当時は思ってもいませんでしたよ……」

西田もあの時の自分の考えは、そこまで全く及んでいなかったことを、ある意味懐かしくさえ思って言葉を吐いていた。


「ウチの事務所は、共立病院からもそれなりに近いから、行き帰り共に時間が掛からずに済むというのがまずあった。そしてウチの事務所まで警察が捜査にやって来る確率は格段に低い。潜伏先として最善だったという訳だ。加えてカラオケ大会にも使えるように、防音もしっかりしていたから色々と使い勝手が良くてね。わざわざ人気のない山に出掛けて射撃練習する必要もない。これについては、私と中川で色々と話し合った結果だ。北見に常駐していた中川の意見をより尊重したことはあるが、こちらが最終判断して了承したのだから、その点について言い訳するつもりは毛頭ない」

具体的な計画は中川が主に策定し、大島はそれを追認していたということなのだろう。大島も自分の立場であれば、具体的な計画について主導したしないにより、罪の重さが軽くなるとは認識していないはずで、事実を言っていると西田は考えていた。


「実行犯は犯行後、事件前同様、しばらくあなたの事務所に潜伏した後、今度は伊坂組の留辺蘂にあった施設に移動するんですが、その判断については、あなたは何か関わったんですか?」

尚も続けた西田だったが、

「それについての記憶は、残念ながらはっきりはしないが、中川から『そうしたい』というような話があった様な……」

と、首を捻りながらの回答だったので、

「わかりました。後で中川秘書に確かめることにします」

と、この件については話を切った。そして、

「病院銃撃についての捜査情報は、大島さんの方に当時漏れていたんですか?」

と質問し直した。そういう動きも含め、捜査情報全体が大島側に漏れていたのではないかという、疑念があったからだ。


「私としても警察の情報は欲しがったが、残念ながら道警の方はかなり厳しい状況で、西田君が懸念している様なことは無かったと、しかと記憶している」

西田の目をまっすぐ見つめて、ハッキリと否定してみせた。

「そうですか」

大島がこの点については明確に否定してくれたので、西田としても内心は喜んでいた。それでも、

「しかし、その後年末に掛けて、今度は警察庁の方からの圧力が道警に掛かって、いよいよ捜査の急先鋒だった捜査員達が、残念ながら捜査から外されることとなりました。これについては圧力があったんですね?」

と、その捜査員が自分達であることを隠して、更に納得行く回答を求めた。


「道警側への働き掛けだけではどうにも動かなかったから、東京から圧力を掛けてみることにしたはずだ。ただ捜査の急先鋒に誰が居たとか、そんなことはこちらは知る由もないぞ! さっきも言った様に、ちゃんとした情報は入って来ていないのだから」

大島は少し不満を見せたが、ここで当時の疑惑が事実として露呈した。それを聞いていた吉村は、

「あなたの指紋についてチェックしていたということも?」

と尋ねると、

「指紋? それも初耳だぞ」

と、つっけんどんな態度を隠さなかった。

「本当なんですよね?」

吉村はそう言うと、続けて不満げにはっきりと舌打ちした。あの時、北見方面本部の首脳陣の発言に余り抗わなかった西田に対し不満を隠さなかったが、その思いが蘇ったのだろう。


「具体的には、政治家側の国家公安委員長絡みですか? それとも、その下の(官僚である)警察庁長官の方ですか?」

西田はその流れを無視して、大島が圧力をどこに掛けたかを尋ねた。

「当時の公安委員長が白田という、鳴鳳(大学)の後輩だったので、派閥こそ違ったが色々とやり易かったのは事実だ」

言うまでもなく、国家公安委員長を抑えれば、警察庁長官も抑えたも同然だ。

「相手は、事実関係まで把握してたんじゃないでしょうね?」

吉村が疑い深く突っ込んだが、

「詳細は話しとらん。あちらも求めとらん」

相変わらずこの手の話では、強く否定した様に見せて、ややボカした作法が用いられていた。事実関係はわからないが、やはり他人には迷惑を掛けたくないという思いはあるのだろう。


 一方で、大島側が道警の捜査情報をよく把握していない中で、東京からの圧力の結果、西田達の遠軽組が疎外されたとするのなら、道警本部か北見方面本部の側の都合で、勝手に西田達が排除されたことを意味していた。情報が漏れていないのであれば、圧力の結果、西田達を外す選択は完全に「身内」によって為されたことになる。


 あの時対峙した、当時の北見方面本部の大友刑事部長や倉野一課長の態度や言動から見て、彼ら自身の選択では無く、道警本部側の決定の可能性が高かったが、いずれにせよ決して気分の良いものではなかった。


「わかりました」

西田は冷静を装ってそう一言発した。基本的に直接殺人事件に絡んだ質問はこれで終りとなるが、96年から今に至るまで、聞いておかなくてはならないことはまだそれなりにあるからだ。


「その後ですが、本橋が97年の10月にかなり早く死刑になりました。当時の橋爪内閣の法務大臣が確か小野寺さんの派閥で、それについて何か関与したということは、まさかなかったですよね?」

西田の発言は、明らかに大島からの「明確な指示」など存在しないという回答を先読みした、皮肉を込めた言い方だった。これまでの取り調べでも、弁護士との関係、他の政治家との関係を見ても、その間にはっきりとした指示は見当たらなかった。と言うよりは、明らかに相互に避けあいつつ、暗黙の了解を用いた節すら感じられていた。今回もそうに違いないという、西田の諦観から出た言い回しだった。


「その時は確か……、室伏だったかな? 法務大臣は」

そう言ってしばらく溜めた後に、

「彼は元々がかなりの死刑賛成派だったはずで、私は何か彼に言ったことはないはずだ。ひょっとすると派閥全体として、私や梅田が、具体的にはわからないが、何やら関わっていることを知っていた上で、気を回した可能性がないとは言えないが、そんなことは証明しようがないし、私もわからんよ」

と、やはり少々投げやりな回答で済ませた。


 ただ、当時の本橋がまさか裏切ると思っていなかったとすれば、実際に死刑を早めることは、それほど急務ではないと認識していた可能性は否定出来ず、追及側からしても微妙な部分があったのも事実だ。

「死刑賛成派ということを認識した上で、これまた同じ派閥所属の、当時の橋爪総理が気を使って、わざわざ法務大臣に任命したということは?」

吉村が、今度は首相であった橋爪による「貢献」だった可能性に触れた。すると、

「確かに橋爪も同じ派閥だが、彼はああ見えて非常に頑固なところがあるからね。彼にとって私が先輩議員とは言え、何となく気を使ってそんなことをするタイプの人間じゃあないな。彼はそういうのは好きじゃないよ。それだけは言える」

思い当たる節が幾つかあるのか、明らかにあり得ないという素振りを見せた。この件では、同派閥の首相と法務大臣による「配慮」について、予想と違いどうも大島は本音を言っている様に西田と吉村には感じられていた。


だが、その後すぐに

「そう言えば……」

大島が何か思い付いたらしく、

「そう言えば、何ですか?」

と西田が改めて尋ねた。

「室伏が法務大臣になった組閣で、橋爪が私と同じ道内選出のロッドマン(実際にはロッキード事件の佐藤孝行)事件で色々あった才野を総務庁(2001年に、郵政省や自治省と統合されて総務省化)の長官に任命したんだったな。それでマスコミや世論から大きく批判された。死刑がその直後だったから、支持率回復を狙ったか話題逸しで死刑にしたのかと思ったよ正直……。こっちにとっては、言葉は悪いが都合が良いので、一々本人に詮索することもなかったが、そういうことを考えたこともあったな……」

少し前の記憶を手繰り寄せるように、大島はゆっくりと述懐した。


「その件ですが、当時の我々の中には、むしろ支持率が急激に落ち込んだことで、内閣の先行きに暗雲が漂ったので、その前に死刑にしようとしたのではないかと言う考えがあったんです。勿論それは、あなたへの配慮があったという仮定での考えでしたが」

西田は、その時竹下とも話していた仮説について触れた。

「室伏がどこまで勘付いていたかは、さっきも言った様にわからないが、才野は結局すぐに辞職する形になったのだから、そこまでの危機感は持っていなかったと思うぞ。少なくともそれは間違いない」

その点について大島はきっぱりと否定した。いずれにしても、大島は自分は迅速な死刑執行には関与していないと突っぱねていることには変わらず、結論はそのままであることは自明であり、2人はこの点について尋問することを止めた。


「ではその後について、本橋が死刑になった97年10月で、あなたにとって一連の事件は終わったモノと認識していたんですか?」

新たに吉村が、死刑遂行後の感想を求めると、

「まだ病院の事件が残っていたからね。その感覚はなかったが、かなり安心していたのは確かだったと思う」

そう淡々と語り、机の上で軽く組んでいた両手を解いた。


「今度は今から1年以上前の話になりますが、鏡という男の遺体が山中から発見されて、その男が病院の銃撃事件に絡んでいたことがわかった件で、それ程大掛かりではなかったものの、色々報道もされたかと思います。警察の方からも内部情報が行っていたかもしれませんが、何か対応しようとしたり、思う所はあったんでしょうか? こちらとしては、特に何かあったという話は聞いていませんが」

代わって西田が質問し終えるや否や、

「その件は先に報道で中川が知り、私に連絡してきた。そしてそれを受けて、私が警察側に照会したところ、紫雲会という葵の2次団体の構成員だったことを知った。その上で瀧川に改めて当時の共犯について、バレる心配が無いのか聞いたが、『あんたとは関係性が遠すぎて、まず問題ないから気にするな』とだけ言ってきた。これ以上は問い詰めてもムダになるので、その言葉を信じる他なかった」

と解説してみせた。やはり情報は把握していたらしい。


 この時点で瀧川の側も、残る実行犯は駿府組所属の幹部で、東館の兄貴分でもあった大原だと認識していた可能性がある。ただ弟分に当たる東館が、大原の身代わりとして実行犯になっていたことは、露程も知らないはずだった。

「それに関連して、今年の6月頃ですが、東京の暴力団事務所、つまり紫雲会の事務所で爆破事件があったのはご存知ですよね?」

西田はその話を踏まえて、質問を広げた。

「ああ、知ってるよ」

「その爆破事件は、小野寺さんが口封じを狙って葵一家側に指示したとか、そういうことは絶対に無いでしょうね? 何しろ、実行犯や関わった組織が全滅すりゃ、あなたにとっても十分なメリットになる訳ですから、あり得ない話じゃないはず」

今度は吉村が大島をジロジロと見つめながら詰問した。

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